cold 06



聞こえるんだ
どんなにこの両耳を塞いでも
あいつの、俺を呼ぶ声が。
聞こえるんだ
どんなにこの唇を塞いでも
あいつを、呼んでしまう俺の声が



第六話 天使の毒に囚われ堕ちてゆく


――――関東エリア・002警察署

「はい??何ですって?」
 薄汚れて、壁には所々ひびさえ入っている取り調べ室。両手に銀の輪を掛けられた男が、目の前にいる警官に向かって聞き返した。

「だから、ウチの奴が、お前が「患者」じゃないかって言ってるから、検査するって言ってるんだよ」

 ついさっきまで行われていた詰問よりも、いくらかばかり優しい声である。身を乗り出し、探るように被疑者である男をのぞき込む。男はそれを、不気味なモノを見るように眉をひそめ、言葉の意味を飲み込んだ数秒後には途端に顔を真っ青にした。今まで何回もしつこく同じ質問を聞き返したり、情に訴えてみたり、少々乱暴に身体に聞いてみたりしても全く反応しなかったのに…である。

「ちょ、ちょっと待てよ!?俺が「患者」に見えるってのか!?そんな訳がないだろう!第一「患者」ってのは、トイを手放さないし、精神的に不安定だ。……俺を見てよ刑事さん!!さっき俺の所持品全部取り上げたじゃないっスか!!でもしゃんとしてるでしょ!?」
「知らねぇよ、俺は只の人間だからな…専門家でもないし」
「ちゃんと見てクダサイよ!!」
「……仕方ねぇだろう。調べさせた方がいいって、みんな言ってるんだよ」

 険しい表情の被疑者と比べて、取り調べを行っている刑事…松 二郎はとても静かな声音で語った。男がそわそわしながら周りをみると、松の後ろには、やたら若い色白の青年が一人ファイルをもってメモをとっているだけだった。もう一人の監視役としてその場にいた刑事がいない。どうやら、その刑事が報告したらしい。心の中で舌打ちする。

 この世界で、「患者」であることイコール犯罪者、というレッテルが貼られる訳ではない。社会からの落ちこぼれと見られる事はあっても、新しく作られた条例により、回復した者が就職や生活に困るように政府が計らったのだ。何しろこれは世界規模で起きている事でもあるから、そうでもしなければ途端に市場が動かなくなってしまうのだ。

 この場合、被疑者である男の反応は異常であった。「患者」でないと自分で言い切るなら、もっと泰然としていれば良い話なのである。しかし、必死で違うと言い張る所から、久我刑事の言う事はどうやら当たりに近いようだ。

 もともと久我はこの被疑者を「患者」であるとは、実は言っていない。「患者」ではないが…微弱なプレパ線を纏っている者――それは常にプレパ線を発する「核」を持つ者――つまり売人しかいない。
 …この被疑者は、おそらく「核」の密売をやっている…!!

 こいつは落ちるな…と会心の笑みを漏らしたのを見たのは、何も被疑者だけではなかった。その場に居合わせた、新人刑事・紀ノ川 葵も、それを不可解な面もちで見つめていたのである。

「……松さん、それ、確かなんですか」

 松、と呼ばれた取締官が、馬鹿!という叱咤を込めて紀ノ川を見た。

「………だって、確かに、彼に「患者」の症状は見られません」
「久我がそうだって、言ってるんだよ」
「久我さんは、トイソルジャーでもなんでもない、只の刑事でしょう?」
「阿呆…俺だって、只のカンで物言ってる訳じゃねぇんだよ」

 ふぅ…と深いため息をついて、松はゆっくりとパイプ椅子に腰掛ける。ポケットに入っている安煙草を足り出すと、他の者の許可も得ずに火を付けて深く吸う。それにも、紀ノ川は顔をしかめた。煙草の匂いが嫌いなのである。紀ノ川は今年度のキャリアで、この第七部署(特殊班)に数ヶ月の研修をかねて来ている。まだ勤務して一ヶ月も過ぎていない。こうして被疑者を取り調べるのを見学するのも、今日が初めてである。

 第七班は、警察庁内部特務部署…通称『クラッカー』の各都道府県につくられている末端の部署である。主な活動は、「患者」の捕獲。(捕獲後は厚生省等の特務部署102に送還、裁判所に書類送検)「核」の回収。……そして、「核」を作り出した販売会社等の調査・摘発…など、トイに関するあらゆる雑務を任されている一種の特捜本部と言い換えてもよい。ここに集まった全ての情報はすべて『クラッカー』にもたらされ、状況や場合によっては、トイソルジャーが『クラッカー』から派遣され、事件解決を目指す。

「あいつは『T候補』なんだよ」
 『T候補』とは、トイソルジャーの資質をもった、候補者達の事である。
 何度も机に叩きつけた為にいびつになった灰皿に、とんとん、と灰を落とす。

「………ここに配属される以上、少々変わった能力があるのは当たり前だろう。まぁ、俺は普通の人間だが。あいつが、『こいつだ』と言って、外れた事は今までないんだ……例え根拠が曖昧だろうとな」

 にやり、と口元を歪めて、煙草で紀ノ川を指し示す。

「『確率』の問題さ。分かるだろう、頭のイイぼっちゃん?」
 馬鹿にされたような気がして、紀ノ川が唇を噛んだとき、こんこん、とノックする音が部屋に響いた。

「はい」
 松が答えると、久我ではなく、見知らぬアルマーニのスーツ姿の青年が顔をだした。
「どうも、お疲れさまです」
 にこやかな笑顔を見せて一歩入り、奥に座る被疑者をみやる。顎に手をやり、ふんふん、と何度か頷くと、にこりとまた笑顔で松を見た。

「………素晴らしいですね、この被疑者、当たりですよ」
「え…?」

 突然そう言われて紀ノ川は対応に困る。この青年はなんなのだと戸惑いを込めて松をみやると、松は松で戸惑っていた。

「………あの?どちらさんで??」
「あ、すみません、僕、本庁の者です」

 そう言って手帳を見せて、その後に開いて、銀の桐野花のバッチを見せる。トイソルジャーの証である。

「……………!!」
 ガタン!!と被疑者が椅子から転げ落ちた。

「僕、森下って言います。さっきやぼ用で立ち寄ったら、久我さんに確かめてくれって言われまして、来たんですけど……」

 にこり、と笑うその姿は、どうも刑事には見えない。森下が、ふとドアから離れた…後ろから来たのは、当人の久我刑事である。警察学校時代の友人であると、松に説明する。


「………いやぁ、久我さん、本当に候補なんですか?ここまで『当たる』とそのうちスカウト来るかもしれませんよ?」
「おい、からかうなよ。俺には感覚でしか分からないんだ。しかも時々だよ」
「それでも、十分可能性はありますよぉ…最近トイの事件は増えてるのに、ソルジャーの絶対数が少なくて、大変なんです、来て下さいよ」
「………分かった分かった…ところで、こいつ確かにそうなのか?」
「ええ。間違いなく売人ですね」
 顔に似合わず、すぱんと少しきつめに言い放つ。絶対の自信を持った者が放つ、特有のオーラでもあった。
「……”微かに”トイのプレパ線がまとわりついてます。それにここ、”匂う”し」
「…あれ、森下って、鼻の方もきくんだっけ??」
「ええ、最近です。どっちかっていうと、僕は目なんですけど」

 松が、観念したのか脱力して座り込んでいる被疑者をひっぱりあげ、久我と森下に挨拶をしてから、紀ノ川を連れて取調室を出ていった。残された久我と森下も、部屋を出て廊下を歩き出す。

「目?…そっか…コンビは、誰と組んでるんだ?」

 久我の質問に、森下は嬉しそうに微笑んだ。曇天の空模様が、窓から覗く。
 ちら、とそれをみやり心が落ち込んでいたのだが(洗濯モノを外に干しっぱなしだったから)森下の笑顔みたら、なんだか笑ってしまった。なんだか、子供が親に見せたくて仕方ないのに、焦らしているような風情があったからだ。

「鮫山さんって人です。……僕のずっと憧れてた人なんですよ」
「鮫山さん……って?」
「もう!『五聖騎士』の一人だよ!!」
「え!?『五聖騎士』!?」




―――――関東エリア・『クラッカー』本部

 『五聖騎士』の一人である鮫山と、パートナーの森下専用の仕事部屋で、突然大きな笑い声がわき起こった。

「あっはっはっはっ!!」
「もう、笑い事じゃないです鮫山さんっ」

 森下は、頬を膨らます。手に持っている大きな書類を、腹立たしさで少しくしゃくしゃにしてしまった。笑い声の持ち主の鮫山は、デスクの前で、一人お腹を抱えている。座らずに、立ってまだひぃひぃと笑い続けている。

「ははは、いや、お前、いくらなんでも、所轄の刑事にトイソルジャーの構成員の名前言っても、分かるはずないだろう…あは、ははは…」
 自分のパートナーの幼さに、いや、純粋さに、今更ながら和まされてしまった。
「はは…そ、それで、数年ぶりに会った友人と、そんな事で喧嘩してきちまったのか?」

 か?の語尾が、少しなまる。必死で笑いをこらえてる鮫山の反応に、森下は収まりかけていた怒りが、またぶりかえしてしまった。

「鮫山さんまで、そんな事だなんて言うんですか!?あいつは鮫山さんの事全然知らないなんて言うんですよ!?」
「そ、そりゃそうだ。『五聖騎士』という言葉は知ってたって、構成メンバーまでは知るはずないだろう」
「だって、だってですね…!」
「まぁ、それはおいておこう。それより森下、俺が頼んだ情報は、ちゃんと収拾してきたのか?」
「あ、ハイ。それはこちらに…」

 と言って、慌てて書類を手渡す。分厚い紙の束と共に、もう一枚、スケルトンのMOも。
 PCを起動させて、椅子に座り、渡された書類に目を通し始める。
 彼ら2人のいる部屋は、豪勢であるのか、質素であるのか、計りかねるところがあった。確かにドアの造りも、窓の造りも、おいてある調度品の全ても、超逸品であることは見てわかる。しかし、いっそ心地よいまでに仕事に必要なモノ意外、ここには置かれていない。


「……**市の娯楽施設・ワンダーランドでの正体不明の爆発…やっぱり、科捜研の調べによると、フェノミナの暴走、みたいです」
「……ふむ、そうらしいな…」
 ぺら、と頁をめくりながら、森下の言葉を待つ。
「……それも興味をそそるが、問題はこの場所だな」
「場所、ですか」
「そうだ、ここ、数年前に政府が立入禁止区域に指定した場所だ」
「……あ、そういえば」
「…そういえばって、森下お前自分で調べてきたんじゃないのか?」
「え、っていうか……PCに命令したら、勝手に出てきたんです…」

 その森下の言葉に、きゅ、と鮫山の顔が曇った。その様を、森下は見逃さない。

「…す、すみません…。また、やっちゃったみたいですね」
「……過ぎた事はいい…。次は、…………」

 次は、と言葉に出しかけて、鮫山は口を閉ざした。苦い思いが身体を支配して、思考の回転を鈍らせる。

 森下は、何故か無機質のモノに…特に精密機械類に好かれている。感情のない機械に対して好くも好かないもないと笑い飛ばされそうだが、森下は現実にそうだから笑えない。この情報をハックする事なく取り出してみせたのもその一つだ。禁止区域に関する情報は、いわば不可侵の物で、『クラッカー』も人間でもおいそれと扱える物ではない。管理しているのは、世界すら支配している『ゼウス』なのである。それを、おそらく森下は検索しただけで取り出したのだ。


森下が無機物に好かれる、その理由を、鮫山は知っている…。

「次は、やめろよ」
「ハイ…」
「…………俺に、心配をかけるな」
「すみませっ……ん、」

 傍らに立つ森下を引き寄せて、くちづける。森下が拒もうとする前に、素早く唇を離し、鮫山は椅子を回してPCに向かう。MOを差し込んで、ファイルを開く。

 画面上に現れた数字を見ながら、横目で森下を伺う。
 撫で肩を力無く落とし、今にも泣きそうな顔でつい数秒前にあわせた唇を手で押さえる。今彼の中にあるのは、ただ、後悔のみだ。…鮫山さんに、心配をかけてしまった…と。それのみが頭の中で繰り返して、何も考えられなくなってしまう。

「……心配かけて、すみません…」
「いい、別に」
「………もう、しません、僕」
「いいって、言ってる」
「鮫山さん………」


 涙が、この両目から零れないのは、おかしい。
 おかしい。そう思う。泣きたいのに、僕は泣けない。


 おかしい…おかしい。この言葉、大切な人に心配をかけてしまったという後悔。ぐるぐるとまわって、森下を苛む。いや、と瞼を強くつむる。鮫山に心配を掛けてしまう未熟者の自分が、ふがいない自分が、消えてしまえばいいのにという想いは、彼とコンビを組んだ当時からあった。
 鮫山は、森下がこうして機械に好かれる事を好ましく思っていないようだった。まるで自分が痛い目にあっているように、ただ顔をしかめてやめろと言うだけで、その理由を教えてくれない。


 何故、機械に好かれることがいけないのか

 明確な説明がなされた訳でもないけれど、鮫山さんが嫌がる。それだけで、森下には十分だった。
 鮫山さんの苦しそうな顔を見るたびに、やめようと思っているのに。
 今日は徹夜通しだったからって、気を緩め過ぎた。
 自分が調査する情報に、大した気すら止めていなかった。…ただ、これが終われば本庁に帰って鮫山さんに会えると…そればかり考えて…。

「すみません……」
「………気にするな…もういい」
「鮫山さ……?」

 ふ、と森下の声が途切れる。PCに向かう鮫山の背中…。首筋…。


「鮫山さん――?」


「……なんだ?もういい、茶入れてくれ…」
「あ、はい……」

 気のせいだろうか…振り向いた鮫山さんの頬が、以前より痩けた様な感じがする…。
 そう、最近、鮫山さんの顔色が、よくない…。恐らく、鬼のように仕事が舞い込んでくるのだろう。
(そんな時に、僕は……!また足を引っ張るような事を…!!)

 デスクの右側にあるボタンを押し、目の前に現れたスクリーンで彼の好みの葉を選ぶ。作業をしながら、次第に気分は沈んだ。

「……考え込むなよ、森下」
「え、あ…」
「………しょうがないだろう、お前のそれは、体質だ」
「………ハイ……」

 それでも気分のはれない森下に、鮫山は苦笑して近くに来いと呼ぶ。

「……お前が探って来た情報…恐らく当たりだ。………この爆発の原因は、十中八九、あの人が絡んでる」
「あの人……?」


「…『五聖騎士』トップの『黒の騎士』でありながら…臨床犯罪学者…様々な顔を持つ…火村先生だよ」





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Toy Soldiers 6あとがき
*こんばんわ、真皓です!試験から逃れたいという不純な動機で、トイの6…第2部スタートしました!…しかし火村先生出てきません…すみません…(泣)うう、ストーリィ上こうなる…そして鮫森…密かにファンなのです。あんまりいないんですけどね、ファン…。この2人に、ヒアリが関わって来るので、7は絶対に火村さんとアリス出てきますからね、待ってて下さいね♪

*ここからは火村さんとアリスがコンビを組んで、様々な事件を解決していく予定……そして予定は未定……なんちゃって(死)Σあ!!見捨てないでくださ〜い!!(汗)……いつも読んで下さって、ありがとうございます。6から読んでしまった人、最初ったから読んでね(*^_^*)それでは、失礼します。

*2000/7/5 眠い〜。テスト頑張らねば……           真皓拝

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