リア、鳥そして





―――それは渇望にも似た至高の果て―――



 ―――もしも愛するなら、
 それは死なんてモノとは、ほど遠い存在がいい。
 それが人であるなら、終わりなんて必ずあるのだけれど。
 少なくとも、最後の瞬間までそれを望まない人がいい。

 生を…生きる美しさを体現するようなヤツがいい。

 …波打つ心臓が、そして赤い血潮が。
 指先にまでたどり着いて温もりを放つ―――そんな人間がいい。
 髪の色も身長も何かも関係ない。
 ただ、その生の美しさを…俺に教えてくれる存在なら…。

 …実は俺の理想がそうだから、それと正反対の空知は好きじゃない。
 …少なくとも、知り合い程度で付き合いたい。
 相棒といえど、やはり死をまとわりつかせるヤツとは付き合いたくないだろう…誰だって。
 一目見てそれが分かってしまった自分も嫌だったけれど。

『…今日付けで貴方とコンビを組むことになりました、空知雅也です』

 これまで会ってきた他の誰よりも美しい同性だったけれど。
 目を奪われる前に、嫌気が差した…最初は。
 でも、いくら邪険に扱ってもくらいついてきて。必死に説得しようとしていて。
(三ランク上の能力者と組む、という事に変だとか思わないのか…?)
 馬鹿だ、こいつは。そう思った。
 けれど…『茶飯事だ』という言葉を口にした途端に。
 綺麗に無表情になった…それまでの動揺を露わにしていた瞳が嘘みたいに氷に包まれて。
 直感だった…ああ、こいつ死にたがってるんだな…何かに絶望している…と。

 今までの相棒達とは、そこが違った。少なくとも、彼らの瞳に絶望はなかった。
 ―――自分に会うまでは。
 しかし空知は、それ以前から絶望していた…何かに…自分に?

 もしも止められたら―――微かな興味。
 能力を喰われる事を恐れるんだったら、最初から『能力喰らい』の噂(いや、事実だろう)がある俺と組む事にそんなに積極的になったりしない筈。…だから、こいつの能力を再び――恐らく十中八九喰らうだろうが――喰らったとしても、それで狂ったりはしない。

(―――嫌がらせしてやろう)

 そんな思いが一番占めていたかもしれない。
 自分が一番嫌いなタイプの男に。

 今覚えば、そう…最初はちゃんとこいつを無機質で生とは関わりない存在だと見極めていたんだ。
 でも当時は興味がなかったから、片っ端から忘れていたんだろう。
 アリスに、出会う前…”アリス”…?……”当時”…?

「……アリス……??」
「―――火村さん?」

 右隣から感情のこもらない声を掛けられて、はっとする。

「どうしたんです?」
「いや…なんか…変な…感じが」
「へん…??」
「なぁ…アリスって知ってるか」
「アリス??『不思議の国のアリス』ですか?」

 本部の廊下を歩きながら、そんな会話が珍しかったのか、すれ違った数人の警官やソルジャーが振り返るのが分かった。

「いや…何でもない」
「…………どうしたんです」

 尋ねてくる空知を無視した。
 妙に既視感を覚えた名だ、なんて言えない。そう、愛おしさまで思い出したなんて。

(―――だれ…?)

「…もしかしたら、俺が無くした記憶の欠片かな…」
「火村さんが損傷してるのは、いつの頃のです?」
「俺は大体十四、五歳の頃から数年かな…二十歳くらいまで」
「結構キツイですね、それは」
「ああ…なんかな、変な病気だよな。学力はあるのに」
「今世界屈指の科学者たちが必死に謎解きしてますよ。」
「―――そういうお前は」
「…私ですか……」

 私は、と空知が口を開いた時、遠くから自分を呼ぶ声がした。…鮫山さんだった。

「火村先生!」
「鮫山さん…先生は止めて下さい。全然そんなんじゃないんですから」
「いやいや…遠いところがわざわざご足労願いまして…お疲れでしょう」
 と駆けてきた鮫山は笑った。そして俺の隣にいる空知に視線を投げ、少し首を傾げる。
「おや…新しい助手…じゃなかった、相棒さんですか」
「ええ…まぁ。最近ですが」
「そうですか―――いや、どうも。初めまして、鮫山と申します」

 腰をきっちりと曲げてお辞儀をされると、空知も慌ててお辞儀した。しかし表情に変化はない。

「…どうも、こちらこそ初めまして。空知雅也と申します」
「…失礼ですが…能力は…?」
「―――”ヘーラァ”です。」
「ほぅ……」

 そう言うと、鮫山はまじまじと頭から下まで空知を見つめ、顎に手を添えたまま小さく頷いた。

「失礼、初めて『聞き手』能力者と会いましたよ。本当にいらっしゃるんですねぇ…」
「大体が狂ってますからね」

 自嘲気味に空知が言う。相も変わらず表情は冷たいので、鮫山は(相手が年下であるにも関わらず)少しあせりすみません、と謝った。

「謝ることないです、こいつかなり格下ですから」

 すぱん、と火村が言うと、空知は傷ついた顔を一瞬した。

「…もうすぐ『五聖騎士』に任命される鮫山さんが頭を下げられる事ありませんよ」
「え…いや…それは」
「大体こいつも礼儀がなってないんです。…まぁ、恐らく世間知らずなんでしょうね。コンビを組んだ事も仕事した事もあまりないんでしょ。すみません、俺から言っておきます」

 火村はぐいっと空知の頭を抱き、一緒に鮫山に頭を下げた。無理矢理頭を下げさせられた空知は、不本意そうに頭を下げた時に顔をしかめたまま小声で怒鳴った。
『火村さん!』
『…周り見ろ阿呆!』
 切羽つまったその声に、空知は一瞬びくっとした。空知が周囲を見て、周りの視線に気づくのを見てとり、火村は言葉を続ける。
『ここを何処だと思ってる…!『クラッカー』の本部だぞ!?兵士の頭になる騎士に頭下げさせたら、どうなるか分からないのか!?』
『――――、すみませんっ』
 あまりにも素直に謝られたので、火村も少々驚く。
『分かってるならいいさ』
「ひ、火村先生…顔上げてください、あの…空知さんもッ」
 あせったような鮫山の声に、同時に二人で顔をあげる。
「―――すみません」
「いえ。お気になさらず…それにまだ任命が決まったわけじゃないんですから…」
 本当に困ったような顔をして、鮫山が言う。
「………あれ、森下君は?」

 いつも鮫山にくっついている相棒の森下がいない。鮫山が追い払うまで、犬のようにくっついてくる忠臣ぶりなのに。資料だって接待だって、主に彼がしている。

「…あいつは、今医務室の方に…」
「医務室?―――どうかしたんですか」
「いや…死ぬのを見てしまったんですよ。あいつが」
「………彼が…それじゃ…」
「ええ、最初のうちは虚勢はって大丈夫だと言ってましたが…倒れまして」
 軟弱なヤツです、と鮫山は言ったが、火村は仕方ないことだろうと言った。
「アゥゲの能力者でも、彼は特Aクラスですからね。(Sクラスのワンランク下)そりゃ敏感でしょう」
「刑事っていう本業職で、死体は見慣れておかなきゃいかんのです。飛び降りを見るなんて、昨今こんな仕事と副業をしている以上、キリがないでしょう。倒れるとは刑事失格ですよ」

 そう真剣な眼差しで言い切った鮫山に、冷たい声で切り返したのは空知だった。

「……でも鮫山さん、彼は落ちて死んでしまうその瞬間まで、リアルタイムで映像を見せられているんです」
「…空知…?」
「特Aクラスともなれば、「患者」の過去視能力も開花させているんでしょう?その言葉、ええと…」
「森下くん」
 言いよどむ空知に、火村はそれとなく助け船をだす。何を言い出すのかと一瞬冷や冷やしたが、様子からみて大丈夫だろうと予測する。
「そう…森下さんにはその言葉、絶対に言わないで下さい」
 整った眉を寄せて、必死に鮫山に立ち向かうように。
「『聞き手』は、通常アゥゲの五倍以上の情報量を得ると聞きましたが…」
「ええ。でもアゥゲ能力者も、森下さんのレヴェルになれば…」
「―――ありがとうございます」
「…え…」
 鮫山は頭を下げはしなかったが(おそらくさっきの事で気を使ってくれたのだろう)瞳を和らげて空知に礼を述べた。
「あいつを心配して頂けて。私はクラフトですから、『静』能力の辛さは正直分からんのです。以前分かったふりをしましたが、逆に気を使わせる結果になりました。どう対応していいのか…」
「出過ぎた真似をしました」
「いいえ―――ではここで立ち話もなんですから。案内します」
「すみません」

 今度こそ、空知は頭を下げた。それを見、火村は苦笑する。鮫山の後ろを二人並んで歩きながら、火村はぽんぽんと空知の肩を叩く。
「…格の違いを実感しただろ」
「ええ…不本意ですが。」
「―――鮫山さんと森下君な、もうかれこれ五年近くコンビ組んでるんだよ。刑事の仕事の方でも上司と部下だったからな。互いの事は本当は大切に思ってるし…途中あんな事言ったけど、鮫山さん相当森下クンの事心配してるんだぜ」
「…ですね。―――余計な事言いました。気を悪くされてないといいけれど」
「大丈夫さ。そんなに度量の狭い人じゃない」
「へぇ…貴方とは大違いだ」
「てめぇ…」
 ふん、と鼻で笑うと、空知は火村に叩かれた肩の部分を手で軽く払う。
「…ほぅ…空知。お前の考えはよぉ〜く分かった」
「同じ年なのに、先輩面されるのはいい気持ちしないんです」
「だからそこらが礼儀がなってないってんだよ。まだまだ子供だな」
「同じ年です」

 むっかぁ〜と来たのか火村は顔をしかめていたが、二三度深呼吸すると無表情になってこう言った。

「―――――――嘘つくな嘘を。ガキ」
「…若年寄り」

 綺麗に切り替えされて、火村もカウンターをする。

「もやしっ子」
「…いじめっ子」
「………っ」
「…おぅや、図星のようですね。幼少の頃好きな女の子をいじめてしまうタチだったでしょう」
「言うなっ。そういう空知は絶対キザにきめて空振りしてただろう。難解な言葉並べて口説いて、最後には相手に『空知くん…わかんなぁい』とか言われ………」

 声色を変えて空知に猛反撃をしていた火村は、はっと口を閉じた。ついつい口げんかに夢中になっていたが、ここは本部なのだ。常に周りは人がいる。そんな中でいい歳した男二人がムキになって口論していたら…―――。
 前を歩いていた鮫山が、立ち止まって振り向き、くすくすと笑っていた。

「あ…や…―――あの…」
「…仲がよろしいですね」
「「え!?」」
「………違うんですか」

 目をまあるくして、鮫山が聞く。

「違います」
「断じて」
「…でも息は合ってますねぇ」

 鮫山さん。俺はこういうタイプは大嫌いなんですっ!と言いかけて、とっさにやめた。いくらなんでも大人げない。隣の空知も何か言いかけて止めた。おそらく同じ理由だろう。
 くすりと笑い、鮫山はまたすっと手で扉を開け示した。小さくお辞儀をして、室内に入る。

「ところで…火村先生」

 ぱたん、と扉を閉じ、鮫山は二人に座るよう勧めると共に話を切り出した。

「なんです」
「…事件の資料と報告書を読ませていただきましたが…その。どちらが少女を最後に看取ったんですか」
「俺ですが」
「何か不思議な事は、ありませんでしたか?」
「不思議な事?……と、言いますと?」
「いや…」
 と、鮫山は少し躊躇った後に、口を閉じた。
「鮫山さん…??」
「…その…森下のヤツが、言っていたコトなんですが、アゥゲの能力は主に『見る』事で、「患者」の意志を感じる事はそうそうないんだそうです―――ですよね、空知さん」
「ええ…そうですが。―――それが?」
 ふぅと深いため息をついて、鮫山は言葉を続けた。
「それが、森下が言うには、最後の最後に『見えた』って言うんです。」
「『見えた』?」
「はい…『自分には過去視の能力が少々あって、時折そういう事もあったが、これは始めた』とも」
「…どういう事です?」
「森下の言葉をで言いますと、『すり込み』に近いんだそうです」
 火村はよく分からず、隣に座る相棒に目をやる。
「空知、分かるか…?」
 火村の視線を受け、細い指で顎に触れながら目を伏せ、言った。
「ノイズに近いかもしれません」
「”ノイズ”…どういう事です?」
「これは私の感覚なのですが、大きな音の他に、微かに別の音が混じるんです」

 両手を軽く組んで、言葉を静かに紡ぎだす。
 鮫山も火村も、自分には分からない事象であるので、真剣に続きを待つ。

「…元々人間の意識は、カオスです。いつも一つの事を思っている訳じゃありません。だから、どうしても色々な声や音が入り込んでしまいます。同様に、アゥゲは「患者」の脳―――視神経を辿ったりなどして様々事象や場面を『見ます』。通常ならその映像をどのように『見て・選び取る』かは、能力者が『絞り』込みます。しかしそこに「患者」自身の意志が混ざり故意に『見せ』られたのでは?」
「…―――そんな事が、可能なのか?「患者」が?」
「あり得ないとは思いますが。否が応にでも『聞いて』しまうヘーラァは別として、アゥゲに『見せ』るのは不可能でしょう。」
「…専門家もそう言っていました。だから、混乱した森下の勘違いだろう、と」
「鮫山さんはそう思ってないんですか」

 火村の言葉に、鮫山は苦笑した。

「これでも、結構長いつきあいですからね。森下が嘘ついてるのか、それとも混乱してるのかぐらいは分かります」
「嘘でも、混乱による勘違いでもない―――と」
「ええ」
「彼はどういう『すり込み』を受けたと言ってるんですか?」
「…様々な形の文字が見えた、と」
「文字…ははぁ、だから『すり込み』ですね?文字だけ?」
「はい。普通ならそんな風には見えないと、森下は言ってました。絶対に、周りや他のものが同時に見える筈なんだと」
「そうなのか?」
「…そうらしいですね」
 空知はこちらを向かず、鮫山に向かって言う。
「なんて言葉を?」
「ランダムだったんですが、漢字もあったので…並べ替えたらこう―――」

 身を乗り出した空知と火村の前にだされた、一枚の文字が書かれた文章。



「”アナタは、世界を愛していますか?”」




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2000/10/31  火村先生の理想が〜… 真皓拝

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