第三話 いまここで
求めたって求めたって、手に入れられないもの。
「貴方の、ココロ」
「………なんだって?」
人形めいた表情が崩れて、ほんの少し、頬あたりに戸惑いの色がみえた。
少し碧の混じった、淡いオーラの色。
あれはおいしいかな、と脳裏に微かによぎるが、すぐにふりきった。たとえ掠めとっても、なんだか何の味もしないような気がしたからだ。
じっと彼を見つめていて、やっと分かった。
何故、俺が彼の気配を感じとれなかったのか。
同胞(はらから)なんかじゃなかった。
人間だ、彼は紛れもなく人間。今ここで俺が僅かに、…ちょっとでも力をこめて腕を握ったら、容易く壊れてしまう弱くて儚い生き物。
今や、世界を覆い尽くした種族。
そして、俺の最も憧れる存在。
感情豊かで、…綺麗なオーラを持ってる…者。
なのに、この室井さんという人は、全く感情がないんだ。
全然、表に現さない。
ほんの微かな感情の動きでも、オーラは正直に『揺れる』筈なのに。
滅多に、この人は感情を動かさない。
今だって、数十秒だけで感情はすぐに元に戻ってしまった。
この室井さんの今の状態はこう言う。
無感情。
何にも心を動かさない。命令だけで動いている、人形と同じ。
「どんな犯罪者も逃さない為には、常にここの地理を考えて行動しなきゃいけないわけ。確かに一般人がコンビ組む、なんて本店の奴らにとっちゃ寝耳に水だろうけど、ここでは俺が一番の情報通なんだもん、仕方ないでしょう。それがここでの常識なのよ?アンダスタン?」
「捕まえた犯罪者が全員、逃げ出すとでも?」
「……あのねぇ。ここは本店じゃないの。殺人事件なんて滅多に起こらないの。よ〜するにその殆どを締めるのは本店の連中が言う実に「小さい」事件な訳。彼らは元々小心者が多いから、逃げられる機会を虎視眈々と狙う。新人は初めての逮捕に浮かれがち。新人がガイシャに逃げられた過去のパーセンテージ、教えて上げる?」
「いや、いい」
「了解した?じゃ、何します?」
「了解はしていない」
「ありゃりゃ、…何が不満なの」
「…………すべてた」
むっと黙り込んで、室井さんは俺の前に座り込んできつく瞼を閉じた。きゅっと眉間の辺りに皺が寄って、なんだか堅苦しそう。彼の体から発せられているのは、俺にはどうしようもないくらいにかちんかちんに固まっているオーラ。あ〜あ、こんなんじゃ、疲れないかな、この人。
大体、室井さんの年で新人として湾岸署に送られてくる、という事に先ずひっかかりを覚える。
何かやったんだろう、本店で。
とばされてしまったのだ、おそらく。
俺は何もせずに、じっと室井さんが考え込む姿を見ていた。
机に肘をついて、手に顎をのせて。
彼が、彼の中で何かの決着を付けるまで。
しん、といつの間にか俺は気配を消していた。
そうしていれば、彼の邪魔にならないだろうと思ったから。
よくよく考えれば、それはしちゃいけないことだったんだけれど。
なん〜か、室井さんの前で俺失態ばっかじゃない??
瞼を開くと目の前に俺がいて、一瞬室井さんは驚いてがたっと机を揺らした。武道か何かを極めているのかな…気配とかに、すごく敏感な事に気づいた。
「……っ!」
「ん?なに驚いてるの?室井さん」
「………いや、すまん」
ゴメンナサイ、今のは本当、俺が悪かったよ。
自然に気配消して置いて、不安に思って目を開けたらさっきと同じようにそこに人がいるだなんて、ちょっとびっくりするよね。
人間なら、絶対に隠せない気配っていうものがある訳で。
俺は今、いつもならそれを意識して残すのに、残さなかった。
(……ますます怪しまれちゃったカナ…)
おそるおそる彼の様子を伺う…と、先程より更にレベルアップして眉間に皺をよせていた。
(あっちゃ〜……)
がちがちだって。
怖がられているのか、ただ単に気を張りつめているだけなのか、俺には区別が付かない。
どうしたもんかと悩んでいると、ふう、とため息をついて彼が席から立ち上がった。
「………室井さん?」
「……納得はしていないが、そうするしかないんだろう?」
「………まあぁ……うん。ごめんなさい」
キィ、と取調室のドアノブに手を掛けた彼に、思わず謝ってしまった。
これを話すと長いのだけれど、実はこうして新人(又は警官)とコンビ組むような暗黙のルールを作ってしまったのは、他の誰でもない俺。
彼は望んでいないのに、それをさせる…。
立ち上がれずに、少し落ち込んだ俺に、室井さんがついっと肩越しに振り返った。
ごく自然に。
「何故君が謝る?」
その瞬間、俺が顔上げたのは、本当にラッキーだったと思っている。
さっきと変わらない無表情で振り返った彼のオーラが。
僅かに…本当に僅かにだけれど。
綺麗に、輝いたんだ。
「――――あッ!」
「………え?」
「や、いやいやいや…っ!何でもありません!!」
蒼くて、白銀で、それでいて七色の……!!
(―――これ以上ない位綺麗な『優しさ』のオーラだ…!!)
叫びだしたくなる衝動を、俺は死ぬほど必死に押さえ込んだ。
両手で自分の口封じるジェスチャーしちゃった位だ!
「………なんてこったよ…」
「なに?」
「え、いえ。何でもありませんよ。ええ」
「………君はよくわからん」
むっと眉間に皺を寄せた顔を見せても、もう俺には全然きいていなかった。
だって見ちゃったもんね。
貴方の、すんごく綺麗な『優しさ』
次第ににまにまと顔の筋肉が緩んでいるのが自覚出来た。
うっわ〜マズイわ。これこの人本気で気に入っちゃったv
すみれさんのオーラもすごく綺麗。オレンジ色で、燃えるように力強い鮮やかな色の気配。
でも室井さんは全然種類が違う。
気が遠くなりそうな長い時間を生きてきたけれど、こんなに綺麗なオーラを持った人、俺は初めて出会った。
(…仲良くしたいなあ……)
この人、すっごく優しい人だ。
―――守りたい、という衝動が、ごく自然にわき起こってきた。
他の見知らぬ誰かも、守りたいと思った事はあるが、絶対この人の事を守らなくては、とこんなに強く思った事は初めてだ。
いつだって、一線を置いて付き合ってきた。
誰も、俺が近づけさせなかった。
卑怯だと思う。
相手の心の奥には踏み込む癖に、自分にはそれを許さない。
その心を、今なんの気構えもなく開け放たれた気がした。
自覚はしてないんだろうけれど。
きっと、俺は室井さんの前で自分を偽れない。
(すごい、人だ)
一緒にいたら、人間に近づけるだろうか。
この汚れた血が、少しでも浄化されるだろうか。
ねえ、とても傲慢な願いだけれど。
「酷いなあ…。それって。俺が分からないってどういう事です?」
「分からないは分からない、そのままだ」
「なんでぇ?ちょっと顔のイイただの私立探偵ですよう」
「…………阿呆か」
「ひ、酷おおお!!室井さん、それはこれから相棒となる俺に向ける言葉として刺が有りすぎませんか!?」
「誰が相棒だなんて認めた。仕方ない事だから…」
「うわああん!!そんな冷たい事ぉぉ〜〜!!」
「…………つきあいきれん」
「あ、待って下さいよ〜!!」
あきれきったため息をついて、室井さんは取調室のドアを開けて出ようとした。
すかさず俺は立ち上がって、そのドアを閉める。
そのまま立ち去れると思っていた室井さんは、容易く俺に引き留められてしまったものだから、すごく不本意そうに、俺を睨みつけた。
「何するんだ」
「……や…俺室井さんに言いたい事あったの思い出して」
「なんだ!?」
「ココ」
ここ、と復唱して俺は室井さんの眉間の部分を、とんとんと指で叩いた。
はっ!としてその手を乱暴にどけさせると、ますます肩を怒らせて皺を寄せる。
「ここがなんだ!?」
「眉間に皺寄りすぎですよう。こんな怖い顔して、街中歩くんですか?捜査するんですかぁ?」
「どんな顔だって、構わないだろう!これは生まれつきだ!!」
「…生まれつき眉間に皺があったの?」
「………っ、だから……!!」
「室井さんさあ…綺麗なのに顔しかめてるのもったいないよ?」
「…………っ!」
おや、言葉を失う所を見ると、こんな事を言われた事なかったのかな?
「笑えばいいのに」
「わ、笑えるか!!」
「………ですよねぇ……」
と、俺はあからさまにため息を大仰に付いて見せた。確かにこんなにかちんこちんのオーラの人に、いきなり笑えなんて無理か。
(う〜ん、でもまたあのオーラみたいな…どうしよっかな…)
「ん♪」
「なんだっ??」
ぽんと右のこぶしで手のひらを軽く叩き、俺は思いついた名案にうししと笑った。
室井さんはそれが不気味だったみたいで更に顔を堅くしている。
まあなぁ…あっちこっち血だらけの男がにまにましてたら怖いよなぁ…。
……でもでも大丈夫。俺人間大好きだからv
彼には全く何が何だか分からなかったに違いない。
俺一人納得して、満面の笑みを浮かべると、僅かに体を曲げて唇を彼の眉間のあたりに落とした。
「……―――――――――!」
彼が一瞬固まって、動けないでいるうちに俺はばっちりオーラを見させてもらった。(まだもらえないね。こんな少ない量貰ったら彼倒れちゃう)今度はちょっとオレンジっぽくて、途中からうっすらな桃色にグラデーション。
や〜、ホントに綺麗だあ…。
硬直から室井さんがとけないうちに、俺は退室させてもらう事にした。
「ここ皺寄せない方がいですよvじゃ、明日俺ここに迎えに来ますから。とりあえず最初は大まかな地理の把握から行きましょうね。今日はおやすみなさい♪」
「……………………」
かしゃん!!と室井さんの手から調書と筆記用具が落ちる音が聞こえた。
でもその後のすみれさんとの会話は全然知らない。
だって俺帰って寝ちゃったからね。
片手に湯気のたつコーヒーを持って、すみれはドアに寄りかかりながら硬直しきった顔のままの新人を見る。
「……なにかあったの?」
「……………………一つ聞きたい」
「なに?」
「彼……青島は、所構わず相手構わず口づけるようなヤツなのか!?」
「……………ん〜……かも。何、何かされたの?」
「………っ!!」
「……ふ〜ん、ちゅ〜されたんだ〜ぁ」
「ちゅ〜じゃない!」
「じゃなに?」
室井は気まずそうに顔をしかめると、自分の眉間の辺りを指さした。
「………そこに?青島くんが?」
「………ああ」
「………ちゅ〜したの。あちゃ…それはそれは」
視線を天井に向けて、すみれは言った。
「からかわれた!!くそ!!」
きっと唇を噛みしめて、室井は取り調べを後にした。綺麗な姿勢で模範的な歩行をしていたけれど、その背中にほのかな怒り…いや、いじけたような雰囲気を感じたのはすみれの気のせいだろうか?
「あらあら。鉄仮面だと思ってたのに。案外短気なのかしら」
放って置かれた調書と筆記用具をしゃがんで手に取ると、すみれは口にコーヒーを含みながら少し笑った。
「まあ…青島くんの前で感情を乱されないなんて人、いるわけない…か」
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こんばんは!!真皓です♪「花よりも月よりも」第三話「いまここで」!!
バイト休みの日しかやっぱり小説書けないね〜(涙)
体力ないよう、え〜ん。
という事で、どんなもんでしょう。
次回から本格的にコンビを組んで仕事をする二人!!
そこには…!!な〜んて。こうご期待??
2001/1/9 真皓拝