第四話 みしらぬもの



悔やむかい?
「魂の声に耳を澄ませたことを」


 早朝一番に、青島の声が湾岸署に響いた。

「おっはよ〜♪犯人捕まえてきたよ〜☆」
「ごくろ〜さん」

 疲れ切った目で、すみれがドアで青島を迎えた。
 右手には調書と部屋の鍵。それぞれ三つずつ。
 しかし青島の両手に抱えられてきた被疑者を見ると、思いっきりしかめ面をした。先程電話で青島に連れてくると告げられた人数より、一人多いのだ。

「ちょっと、青島くん」
「何?」
「なんで人数増えてるの?三人って言ったよね??」
「あ、ごっめ〜ん。現行犯で一人追加しちゃった☆」
「しちゃった☆じゃないでしょ〜!?どうすんの、部屋ないわよ!」
「手錠でそこらに繋いで置いてよ。とにかくハイ。昨日と今日の合わせてノルマ達成。俺の仕事終了」
「まったく…」

 めためたにのされた状態で、昨日取り逃がした連続殺人犯と、窃盗犯、ひき逃げ…ついでに現行犯で(ひったくりだったそうだ)合計四人の男をにこやかにすみれに引き渡すと、青島は顔の汚れを拭き取りながら部屋を見回した。

「あれ〜??室井さんは??」
「あら?いないわね…おかしな。今朝時間ぴったりに来てたわよ?」
「うう〜ん。嫌われたのかな…」
「そりゃね〜。大の男が額にちゅ〜されればねぇ〜」
「Σええ!?なんで!?見てたの!?」
「…………本人怒り狂ってたわよ」
「あちゃ〜……」

 額に手をあてて、困り果てたように青島は顔を顰めた。すみれはそれを見ながら、少しそっぽを向いて唇を開いた。逃げようとする犯人たちに足蹴りをさりげなくしながら。

「ねぇ…青島君。」
「ん…なに?」
「なんで室井さんには姿見せるの」
「え……?」
「……だってさ…私の時は逮捕しようとしたら逃げたじゃない」
「え…ああ…。大した事じゃないんだけどね。ホントに逃げる隙がなかったんだよ。あの人」
「………ふう〜ん」
「なに、その疑いの目は」
「いいぃえ〜〜?べぇっつにぃぃ〜」
「すみれさん……」
「さしずめ仲良くしていた友達が、転入生と急に仲良くなっちゃって寂しいって感じ?」
「…奢るから」
「よし♪」

 これでまた金がなくなるよ…とため息をついた青島に、書類を手にして部屋に入ってきた魚住から声が掛かった。

「青島くん、室井くんならついさっき、『遅いので彼の自宅に行きます』ってでてったよ?」
「ええ〜!?すれちがいぃ!?」

 全くもって、そのようである。







 インターホンを押すと、数秒後にダダダダダ…ッと機関銃の発砲される音が微かに響いた。一瞬体を強張らせてしまったが、これはただの効果音らしい。はた迷惑な遊び心だ。

『はあ〜い♪青島探偵事務所ですvどちら様ですか?』
「湾岸署の室井と申します…青島く…社長はいらっしゃいますか」
『社長〜?………あ、青島さんですね?いま出かけてますので、どうぞ中でお待ち下さいv』

 がちゃ、と玄関のノブが動き、中から黄色のエプロンをした女性が笑顔で迎えてくれた。
 どうぞ〜♪とるんるんした足取りで、中へと案内してくれる。腰近くまでのばされた髪が、その動きにつられて跳ねる。
 室井は彼女の元気さに少々怯えつつも、後ろをついて行った。

(これは果たして本当に探偵事務所なのか…?)

 床・壁・天井…ありとあらゆるスペースにミニタリーコレクションが並べてあると、人間誰しもそう思うに違いないと室井は確信した。
 ちょっと長い廊下の突き当たりは、社長室と書かれたリビング。
 意外に中は整頓されていた。彼(青島)のデスクなど、必要最低限以外何もおいていない事には、本当に驚かされた。あの性格からして、ぐちゃぐちゃにしているのではなどと想像していたのだが。

 清潔感のある応対室で、広い窓からは朝日がさんさんと入り込んで来る。その光に照らし出されたフローリングにほこりはなく、ちょっと感心した。

 お座り下さい、と言われて会釈して腰を据える。
 なかなかいいソファらしく、座り心地が良かった。出されたこぶ茶を飲んでいると、事務員らしい女性がにこにこしながらお盆を抱えてこちらを見ている。

「………なにか?」
「いえ♪」
「………??」
「…室井さん、でいらっしゃいますよね?」
「ええ…」
「青島さんと、今度コンビを組むっていう、新人さんですよね??」
「はあ……まあ……」
「やっぱり!!綺麗ですね〜っホントに青島さんが言った通り〜ッ!!」
「え!?」

 昨日の今日で!?
 昨日別れたのは大体深夜の一時頃だ。
 帰宅したのは何時かは知らないが…今は午前八時…そう時間はたっていない…。
 一体彼は彼女に何を話したのだ!?

「なんかね、青島さんがすんごい珍しくご機嫌で帰ってきたから、どうしたんですかって聞いてみたら、綺麗な人に会ったって騒いだんですよ。私も会いたいな〜、なんて思ってたから…」
「き、綺麗って………」
「…すっごく綺麗です!!うわ〜…今日は付いているわ。こんなに綺麗な人に会えるなんて☆」

 齢三十の男を捕まえて、何故綺麗!?
 心の底から室井は混乱していた。
 若さ溢れる二十代の(にみえる)女性に、綺麗綺麗と連呼されると、なんだかからかわれているような気分だ。冗談だろう??

「……青島さ…社長は…いつ帰って…?」
「今朝るんるんで湾岸署に向かった筈なんですけどねぇ…。すれ違っちゃったんですね。青島さん、時間には厳しい人だから、室井さんの出勤時間に合わせて行った筈なんだけどな…。きっと途中で犯人二・三人捕まえてるんでしょう」
「二・三人捕まえてる……」
「ええ♪今日なんかは最高にご機嫌だったから、ちょっと多いかもしれませんね」
「………それって普通じゃ………」

 ない。普通じゃない。

(一体青島俊作という男は、何者だ…??)

 と思考を巡らせたその時。
 ほんわかとしていた空気が、一瞬で凍った。

「青島俊作は、どこだ」

 事務員らしき女性の背後から、突然低い声が響いてきた。全く気配を感じなかったので、室井はすぐさま警戒態勢をとって立ち上がった。
 視線を向けると、二人が入ってきたドアに、黒のスーツを身に纏い、黒の手袋、黒曜石のイヤリング…髪…瞳…すべて黒で統一した男が佇んでいた。

「失礼な人ですねぇ。ちゃんとノックして下さい。それにですね、インターフォンならしました?」
「青島俊作はどこだ」
「社長は今イマセン。見れば分かるでしょう!?お引き取り下さい」
「お前ごときに聞いてはいない」

 と鋭い視線を女性に投げると、男は室井に一歩近づいてきた。
 身長は、対して青島とかわらなかったが、醸し出す雰囲気が違いすぎた。近くに来られるだけで、圧迫されるような感覚がする。視線を合わせると、頭が痛い。

「貴様……ヤツの『護符』だろう?素直に吐け、青島俊作は何処だ」
「………見ず知らずの人間に、貴様呼ばわりされる筋合いはない」

 眼差しをきつくして睨み返すと、男は鼻で笑った。心底馬鹿にした笑いだった。

「……偉そうに。守られてばかりの『護符』が。一丁前に庇うのか?」
「………っ!」

 男の喋る言葉の意味は分からなかったが、侮辱された事だけは分かった。

「………その口を閉じなさい!」

 鋭く女性の声が響いて、お盆が男めがけて飛んできた。
 男はそれを軽くのけぞってかわすと、すっと一歩後退し、室井から離れる。
 その隙をついて、女性が素早く室井と男の前に割り込んだ。両手を広げて、室井を庇うように立つ。

「おや、ハーフがオリジナルに手を挙げるとは…無謀な事を」

 パァン!!と乾いた音が、室井の鼓膜に叩きつけられた。
 男が、目の前で女性の頬を叩いたのだ。

「おいたはそこまでにしておけ。私を誰だと思っている?あの方からじきじきの命をうけた使者だぞ。邪魔だてするのなら容赦はしな……」
「するな、俺もしない」

 がしゃん!!と先程とは比べられない程の大きな音がして、男がドアに叩きつけられた。否、ドアと共に廊下の床に倒れ込んだ。
 ぱんぱんと手を叩き、ほこりをとる仕草をしている…男を一瞬にして床に伏した…青島がいた。

「あお…しま……」
「青島さん!!」
「ごめん、遅くなった」

 苦笑する青島に、女性が涙ぐみながら謝った。

「なんで謝るの啓子ちゃん?」
「だって…だって……私…留守番できな……」
「俺が悪いんだよ、油断してた」

 ぽんぽんと、泣く啓子ちゃんと呼ばれた女性の肩を優しく叩き、青島は苦笑する。と、その背後で男が立ち上がるのがみえた。警告しようと室井が口を開いた瞬間と、青島が口を開いたのは同時だったが、それよりも早く男が声を発した。

「あおし…」
「その口で俺の名を呼ぶな。汚れる」
「……!!」

 それは男が経験をしたこともないような屈辱だったのだろうか。顔を真っ青にして絶句した。
 体をほこりだらけにして立ちつくす男に、すたすたと近づき、懐から手紙らしきものを手にとると、空いた左手でばん!と男の後ろの壁を叩いた。

「へえ、動きはまあまあだね」

 無表情にそう言う青島の言葉で、室井は一瞬はっとした。
 今のは、壁を叩くつもりだったのではなくて、男を殴るつもりだったのだ!それを、室井が知覚出来ない早さで男が避けた……??

「あの方だかどの方だか知らないけれど、礼儀をわきまえない使者からの手紙など読むに値しない」

 ぐしゃっ!とそれを握りつぶすと、無造作に放り捨てる。
 男は悔しそうに顔をしかめ、小さく捨てぜりふを吐いて立ち去った。

「ふわ〜。疲れた。あ〜ゆ〜輩って丁寧に言葉を返さないと、野蛮だ野蛮だって五月蠅いんだよね〜」
「青島さ〜ん!!すみませんでしたぁ!!」
「や、啓子ちゃんが謝る事じゃないって、ね?」
「でも…っ!」
「この場合俺が謝るべきじゃない?今度もうちょっと強化しとくわ〜。結界。油断してたぁ。ここまで来るはずないって」
「でもでも室井さんが不審な目で見てますぅぅぅ〜〜!!」
「……………あ…」

 青島と啓子ちゃんの視線が、同時におそるおそる室井に向けられる。
 じとぅっとした疑いの目が向けられると、青島はまるで授業参観の小学生のように、勢いよく一度手をあげた後に、室井の頭の上においた。

「ちちんぷいぷいで……」
「忘れるか〜〜!!」

 叫んだ室井に、青島は哀しそうな顔で啓子ちゃんを振り返った。

「なんで分かったの…」
「っていうか…青島さん、それって『痛いの痛いのとんでいけ〜!』が正解ですから…。根本的に間違ってます…忘れてくれませんよ」
「どうしよ………」
「どうしましょう…」

 う〜ん、と悩んでいる二人に、室井はじっと視線を送る。
 一体どういう事なのか…説明してもらわねば。

「説明して貰おう。あの男はなんだ」
「え……いや……ぁ……」青島は視線を逸らした。
「『護符』ってなんだ」
「え……っとぉ」啓子ちゃんは下を向いた。
「『結界』ってどういう事だ」
「「…………………………」」二人は沈黙した。

 と次の瞬間。

「「あ!!」」

 二人の声がハモった。同時に二人が天井を指さす。

「え!?」

 と思わず室井も天井を仰いでしまった。
 その瞬間を逃さず、ふっと青島が近づいて、室井の唇を塞ぐ。

「――――――――――!?」

 数秒後。何かを聞いて見た筈だという事は覚えているのに、先程の出来事を借金の取り立てと認識している自分に気づいた。
 『違う』と分かっているのに、思い出せない。
 あの男に言われた言葉はなんだったのか。
 青島がどうやってあの男を追い払ったのか。
 こうである筈だ、という曖昧な感じと、事実として記憶に残っている現象が食い違う。

 つまり、室井は忘れさせられてしまったのだった…青島のキスで。

「さ、室井さん♪さくさく忘れた所で今日のお仕事に行きましょ〜v」
「二度と私に近づくなああああ!!!!」

 殴られても、青島は文句を言はなかったそうである。
 それだけ得したからだろう…恐らく。



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こんばんは☆真皓です♪
第四話「みしらぬもの」如何でしたでしょう。
いや〜…真皓は基本的にギャグ体質ですね。エエ。
やっぱりシリアスって難しい…
甘々のこのシリーズですが…次第に痛くなる筈…うん、筈。
ではでは☆感想は掲示板で♪

01/1/18 真皓拝

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