第六話 くずれゆくもの


だからずっと祈ったよ
「これが最後の恋であるように」


 自覚はあった。これは酷い裏切りだ。
 自分を隠しておきながら、相手のすべてを知りたいと思うのは。

『あ〜あ…室井さん、怒ってましたね』
『……だね。普通は怒るな、そりゃ』

 放り投げたトレイを拾い、胸に抱きしめたままで、啓子ちゃんが言った。

『室井さん、『護符(ツール)』に間違われましたね』
『うん?』
『………どうなんですか?違うんですか?』

 優しい目で言う彼女に、俺はなんと言える?

『違うよ、俺は誰も『護符』には指名しない。知ってるでしょう?』
『知ってます…知ってますけど…。でも…青島さんが、私たちなりそこないの為に、犠牲になる事ないんです!好きな人がいるなら、『護符』に……!』

 はっ、と彼女が慌てて口を噤んだ事に、俺は舌打ちした。ダメだな、何百年生きたって、まだまだガキだ。修行が足りない。気づかないうちに、俺は彼女を睨んでいた…最低だ。

『すみません…!』
『いいよ、ゴメン。俺も睨んだりして…』
『私…なんて馬鹿な事……っ』
『いいって。泣かないで…ね?』

 吸血鬼の中にも、異種は確かに存在する。それが『自殺遺伝子(キラー・ジーン)』と呼ばれる者たちだ。同じ種族でありながら、その種族を殺す者。昔からいたその者たちは、何故か血縁者ではなく、全く赤の他人である。孤立しながら、彼ら(時に彼女ら)は吸血鬼たちを殺し続けた。
 やがてその『自殺遺伝子』たちは、人間と吸血鬼のハーフで、人間でありたいと望む者たちに祭り上げられ、いつしか組織を形成するようになった。
 それが組織『リベレイター』である。
 組織内では、『自殺遺伝者』たちは総称が変わり『統率者』と呼ばれる。青島はその響きが気に入らなくて、自ら『掃除人(スィーパー)』と名乗っているが。

 組織の活動方針は至って簡潔きわまりなかった。『吸血鬼を殺す事』『そして人間に被害を及ばないようにすること』
 その流れで、人間と共に暮らしたい者たちを援助すること。などもある。
 しかし主体である『吸血鬼を殺す事』を実行出来る者は、少ない。組織内で『吸血鬼を殺す事の出来る者』を俗称で『掃除人』と呼ぶのだが、これになれるのは『統率者』か、ハーフでありながらたぐいまれなる才能と能力を持つ者だけしかなれない。

 しかしハーフは目に余る程いる。彼らを捕まえ、昔吸血鬼たち一族は組織への見せしめとして大量虐殺を行った。これを防ぐ、つまり対抗する力を手に入れる手段として先々代の『統率者』に発見されたのが、『護符』というものだ。
 これは、純粋な人間にある『契約』を施し、その生命力(使力)を使わせて貰い、力と変えて攻撃する。これは予想外の効果を発揮した。おそれを為した一族は、今ではなりを潜めている位だ。
 そして『護符』は更に別の効果をも発した。
 『護符』との『儀式』によって、人間になれる……―――!

 俺の『護符』は一生、存在し得ない。

 何故なら、吸血鬼又はハーフが人間になる為の儀式とは、『護符』の生命力を持って分け与えられることなのだ。つまり、吸血鬼たる血(能力)を抜き、その足りない分を『護符』から貰う。これはハーフ、『護符』共に命がけで行うが、本当に血の薄い者なら、すぐにでもなれる。ただし、一生涯共に生きていく『護符』を見つけなければならないが。

 俺ノ『護符』ハ一生、存在シ得ナイ。

 何故なら、もしも『儀式』を行えば、その『護符』が死ぬ事は確実だからだ。青島の類い希な程の強力な吸血鬼の血の為に。
 愛し、愛され…という関係でもって結ばれる事の多い『護符』。もしも自分が人間になれたのだとしても、愛しい人を犠牲にしてまで、生きたいとは思わない。否、人間になれれば、すぐに死ねるか。笑止、本末転倒だ。そんな事をすれば、ただの心中ではないか。

『だから俺は一生、『護符』を持たない』

 ”あの時”から、戒めるようにココロに刻みつけた。
 誰も、愛さぬように…――――――。




「青島あぁぁぁぁ!!!」


 焦ったように、張りつめた室井さんの声が聞こえた。お!と緩んでしまった俺の顔。心配してくれたのかな、室井さんは。
 次の瞬間に浮遊感が襲ってくる。真下に広がるのは、灰色のコンクリート。騒ぎを聞きつけて慌ててマットを持ってこようとする人が視界の片隅にみえたけれど、あれじゃあ間に合わない。まぁ、分かってて飛び降りたんだけれど。

「………っとぉ!」

 青年を抱えたまま、俺は宙で体をよじって、壁に伝っている配管を掴んだ。
 ガキガキガキッキィィイィキ……!!
 手のひらが摩擦熱で悲鳴をあげても、青年の体重で肩が軋んでも。俺は配管を離さなかった。このまま減速すればいいのだが。
 近づく地面を見て、俺は舌打ちした。踏ん張って両足でも配管を使い、なんとか減速…減速してるかな、してないとヤバイのだけえぇえぇぇれ…どっとぉぉぉ!!

 どしゃっ!!と鈍い音がした。いえいえいえ、大丈夫。ちゃんと着地した。足の裏がじんじんしているけれど。息なんか完全にあがってしまった。肩はぎしぎししているし…手…手はみたくないなぁ…うん。

「おぉ〜い、君ぃ〜??」

 手に抱えている青年を、俺は少々乱暴に下ろした。彼は腰が抜けたようで、ひゅーひゅー息をしながら地面にへたり込んでいた。地面につっぷすようにしている彼の体を起こして、俺は笑顔で向き合った。

「ど?感想は??」
「……さ、最悪……!アンタ何考えてんだよ!?」
「何って……だって死にたかったんでしょ。ど?死にはぐった感想は」
「ふざけんな!こんな…こんなっ!!」
「本当に死にたかったの?まさかねぇ…そんな事ないよね。吹き飛んだでしょ、今ので」
「…………ッ!」

 吐き気があるのか、口元を両手で押さえて真っ青の彼をみれば、そんな事は一目瞭然だった。
 ちょっと意地悪かな、と思ったけれど、俺はあえて質問した。俺と今や同じ、ぼさぼさ頭の彼に。

「まだ死にたい?」

 彼は緩く首を振った。そして、すぐに素早く二度三度、と。

「……たくないっ……死にたくないっ!!」
「もう二度とこんな事しないだろ?」
「しない!!絶対しない!!」
「よし!」

 いい子だ、と彼の頭を撫でようとしたのだけれど、自分の手のひらの現状を思い至りやめておいた。ヤバイ、感覚が無くなっている…完璧に。熱を持っている事は分かるのだが。

「じゃ、行こうか。暖かい飲み物でも飲んで、ゆっくりしよう?」

 青年を立たせて、路地から出ようとしたときには、野次馬達も俺達に気づいたようで、しばらくすると拍手が聞こえ始めた。青年が警備員に補導されていった時には、ぱらぱらとしていた音がやがて段々と大きくなり、嵐になりそうだというその瞬間に。

「青島ッ!!」

 その場を一瞬で沈めてしまうような、厳しい声が響いた。
 目を向ければ、室井さんが並み居る野次馬を退けて、きっちりしていた髪も乱れた格好で…俺の近くにまで走ってきた。息をきらして…。
 え、ちょっと待って、と俺は思ってしまう。だって、俺が飛び降りて、こうして路地から出てくるまでに、一体何分あったのか?十分は掛かっていない。なのに、屋上にいた筈の室井さんがここに来てくれているって??
 それってすごい事なんじゃないのか?

「むろい、さ……」
「あおし………」

 屋上から、地上のここまでエレベータを使ったんじゃ間に合わない。ましてや、エスカレーターなんか問題外。…では、彼は階段で??
 ぜぇ、と息を吐いて、室井さんは大きく瞳を見開いたまま俺を見つめ続けた。瞬きなんか一度もせずに。

「あおしま……っ……」
「は、はい?」
「け、怪我…は……」
「え?や、大したことないっす。それより室井さん、彼ね、もうこんな事しませんって、言ってくれましたよ♪ねね、約束約束☆認めて下さいよ。俺の事相棒ってv」

 はしゃぐ俺とは正反対で、室井さんは無表情になって押し黙った。その迫力と言ったら!眉間に皺を寄せている時より数倍は恐かった。

「あお…しま…」
「はい?」
「歯を食いしばれ、今すぐだ!」
「え……って…ぐっ!」

 ばしん!とこ気味のいい音が辺りに響く。思わずよろめて、壁に寄りかかった俺に、容赦なく室井さんが二発目を出そうとしていたので、俺は反射的に怪我の酷い右手の方でそれを受け止めた。

「ちょ、室井さん!?」
「感謝しろ!手加減してやった!!」
「えぇ!?」
「本当なら、拳で殴り倒したい…!このほんずなす!!」
「………っ!」

 俺は迫力に押されて、思わず押し黙った。室井さんの激昂にではない、室井さんの発する、『怒り』を通り越して『憎しみ』にまで燃え上がったオーラの色にだ。けれどその『憎しみ』は例えば殺意のような、そんなたぐいではなくて。
 すぐに燃えるような紅から、触れたら切れそうな位に冷えた青に変わった。もう、『怒り』を通り越して『呆れ』または『悲しみ』の色になる。

「確かに私は言った…!彼を確保しろと!死にたいなどと二度と言わせないよう改心させろと…!!」

 ぶわ…っと、華奢な室井さんが、一際大きくみえたような気がした。それくらい、ものすごい感情の起伏だったのだ。

(この人…―――――!)

「けれど私は…『何をしてもいい』とは一言も言わなかったぞ!!誰が飛び降りろと言った!!」

(今、俺を『心配』したんだ…―――!!)

 この色は、確かに…!
 呆然としていた俺に、室井さんはしっかりと目を合わせて言い放った。

「たった今決めた。私は絶対にお前を相棒などとは思わない…―――!」
「ごめんなさい!!」

 ぎょっ、と室井さんと俺達を見ていた野次馬の人たちが息を飲むのが分かった。
 俺はひたすら汚い地面に頭をつけて、彼に謝った。

「……っ、なに…」
「ごめんなさい、室井さん!俺、悪い子でした!もう二度とこんな事しませんっ」
「やめろ、青島…っ」
「ごめんなさい!すみませんっ!!」
「分かった…分かったから……もう、いいと……!」

 室井さんが頭を上げるようにと、土下座した俺の手を取った瞬間と、俺が顔を上げた瞬間は同時だった。
 室井さんの指先が、俺のすり切れた手のひらを触った…刹那だった。
 彼が、今すぐにでも泣きそうな顔、をした。
 俺と視線が合ったと彼が認識した途端、すぐ元の顔に戻ったけれど。

「もう、いいから…!」

 しゃん…っ、とそれは見事なまでに、彼はまたオーラを戻してしまった。でも、僅かなオーラでも察してしまえる俺だから…分かった。
 誰もここにいなかったら、この人は泣いたかもしれない…という事を。




 その後俺はずるずると室井さんに引きつられ、デパート内の医務室に向かった。
 かたん、とドアを開けて、俺と室井さんが向き合って椅子に座る。側にあるトレイから救急セットを持ってきて、無言で室井さんが消毒してくれた。

「いってぇ…!!ちょ、室井さん、もっと丁寧にやって下さいよぉっ!」
「馬鹿にはコレくらいでいい」
「酷いっ!今日一番の貢献者にっ」
「何が貢献者だ。全く!」

 ふん!と不機嫌そうな室井さんに、俺はおそるおそる尋ねてみた。

「ねぇ…室井さん?」
「なんだ。黙っていろ…ホラ、動くな!包帯がずれる!」
「……――――心配した?」

 包帯を巻いていた手が、一瞬強張って、またすぐに動き出した。

「な、何を馬鹿な事を…。ただ私は、君があの青年のこと……」
「心配した??」

 もう一度尋ねると、観念したように室井さんは大きなため息をついた。

「した」

 その一言で、もう充分だった。
 微笑んで、言った。

「ありがとう」

 俺が、知らずに室井さんに惹かれ始めた時の出来事。
 否、もう出会った時から…俺は……―――?


 モウ、ワカラナイケレド…。




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うほ〜い☆どうでしょう?第六話「くずれゆくもの」です!
真皓更新遅〜い(怒)
いやいやいや…頑張ります。(微笑)
次は七話だぁ〜!(><)
室井さん視点だぁ〜!!事件勃発〜!!
今度こそ〜!!
01/1/29 真皓拝

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