第八話 こぼれおちて


神はいつも僕にこう告げる。
「きみは支配し獲得するか、服従し敗北するかだ」


 闇の中、ずしゃっ!と目の前で体が瓦解した。
 俺の腕を憎々しげに掴んでいた手が、次第に灰になっていく。最後の最後まで残ったのは、そいつの顔。
 濁った灰色の瞳で、じっと俺を見つめていた…ずっと。
 唇が何度も動く。何度も何度も動いても、それが音になって空気を振るわせる事は永遠にない。空気を送り込んで声帯を震わせる肺事態が、真っ先に壊されたからだ。
 だから唇だけが動く。言葉の形だけを。

『何故』 『お前が』 『我ら』 『ファミリーを』

「……殺すのかって…?」

 ぐしゃっと靴先で頭をつぶす。感触はやがてなくなり、灰すら塵となって消えた。
 パッパー!と遠くのクラクションの音が、耳に残る…死んだ『サーバンド』の言葉よりも。

「……君らがね、人間を殺すからだよ?」

 くすっと笑みが漏れてしまう。
 なんで面白いんだろうね。面白くなんかないよね。全然ね。

 涙は流れなかった…。

「……ごめんねぇ……いつだって…助け、らんない…っ」

 ずるずると、後ろの壁に背を預け…どん、とコンクリートに座り込んだ。コートが汚れる、とは思ったけれど、立ち上がろうとする気力はもうなかった。
 ひやっとした空気が、頬を掠める…。廃墟の…穴の空いた天井から空を見上げると、白い…真っ白の月が半分欠けた姿で、光を反射していた。雲で隠れていたが、今では穴から差し込む月光が廃墟の惨状を所々露わにしている。

 ちぎれた、少女の腕。
 少女を庇うようにして、両手を広げ死した男性。
 少女の体を抱きしめたまま事切れた女性。

 何があったかなんて、考えなくても分かる。

「………今月に入って、もう何人…??」

 くら、と意識が途切れそうになった。
 『サーバント』の数が、増えている。
 『サーバント』とは、下級吸血鬼の事だ。いわゆる下僕的な存在だが、この種族が一番始末に負えない。普通の吸血鬼は、滅多に人間の住む所に近づかない。彼らは『サーバント』の様に狩りを出来ないからだ。
 何故なら、以前対吸血鬼の組織『リベレイター』と『ファミリー』の間で勃発した長い戦いによって、協定が結ばれたからだ。
 といっても、殆ど協定という名の、脅迫ではあったが。

 結界を張った。人間の存続に関わる…危ぶまれるレベルの吸血鬼たちが、そこから出られないように、と。肉体的にでる事は可能だが、人間に危害を加えれば、自動的に呪いが掛かる。そういう仕組みの呪いを、『自殺遺伝子』つまり『統治者』たちが力を合わせて作り上げた。これは数人の力を織り込んだものだから、解除することは不可能だ。つまり出来上がったケーキのなかから、バターだけを取り出すようなもの。

 しかし『サーバント』のレベルまで対応する結界をつくる事は出来なかった。だから最も言葉の通じない獰猛な肉食の犬は、相変わらず人間の側につきまとう結果となった。それは仕方なかった。彼らにあわせてしまったら、それ以上の驚異が襲ってくるから。

 こぼれ落ちたものは、各々のエリアで駆逐するしかない。
 何百年、そうして各エリアの『統治者』達はそうしてきた…がしかし、最近のこの『サーバント』の数は尋常ではなかった。

 はぁ…と深くため息をついた。喉が痛い。瓦礫に背を預けたまま、青島はずっと目を閉じていた。充満する錆臭い匂い。乾いた風の香り。複雑にそれらは混ざり合い、彼を包んでいく。

(―――予測が、出来ない)

 今までであったなら、未然に防ぐ事の出来る結界がこの一帯には張られている。彼らがほんの少しでも本性を現したなら、それに反応する結界が。……昨日、今日とその結界を支えるポイントを点検したが、不備はなかった。なのに、機能していない。
 すっと俺は右手をゆっくりと掲げた。ざさっと、肘まで伝った赤い血液が、だんだんと砂になっていく。しかしすべてが砂にはならなかった。半分ほどは、まだてらてらと生々しく光っている。

 考えたくない、結果がでる。

 『サーバント』の血が、すべて灰にならない…それは…―――。



「長老、随分と苦戦なされたようだ」
「気配なく俺の側に来ないで下さいって、何回言いましたっけ?伯爵?」
「新城だ」
「そう言われるのが嫌なら、俺の事も長老って言うのやめて下さいよ、もう」

 突然降ってきた声にも動揺せず、青島はのろのろと立ち上がった。血のついた右手を軽く振り下ろす。すると、血は跡形もなく消え去った。服に染みさえ付けずに。

 かつん、と青島の真っ正面の物陰から、一人の男が現れた。身に纏うすべてが漆黒なので、まるで月が照らし出した影から溶けだしてきたみたいだった。けれどその黒い瞳だけは酷く清廉で、宝石のように輝いてみえる。その瞳に込められている聖性が、彼の闇を余すことなく拭う。

「一体どんな風の吹き回しですか?出不精な貴方が自ら俺の所に来るなんて?真下くんは?」
「真下は私の代理をやってもらっている。直接話がしたかったんだ」
「はあ。…じゃ、俺の家行きましょう…」

 ふっと戯けた雰囲気が消え、青島の視線は素早く残された人間の死体に向けられた。

「ここにもう、いたくないしね」
「異存ない」
「それはよかったv」

 行きましょう、と青島が新城を促すと、彼は少し押し黙り、やがて倒れた家族たちに両手を合わせた。両目を閉じ、ふっと息を吐く。
 すると不思議な事が起きた。伏した親子の体が宙に浮き、やがて川の字に並んで地面に静かに着地したのだ。青島は瞳を零れそうな程見開いたまま、その情景を見つめていた。ちぎれた少女の腕はするりと元に戻り、苦悶に歪んでいた顔が、新城の不可視の力によって表情を緩める…まるで微笑んでいるように。

「…ここ、そのうち警察が来るから、現状維持しなきゃダメだったんですけど」
「そんな事は知らない」

 困ったような顔をして言った青島に、新城は無表情のまま辛辣に答える。

「不甲斐ない我らが長老の代わりに、せめてもの餞だ」
「…………ありがとう」

 青島の声に気づかない振りをして、新城は先に歩き出した。




「今月に入って、何件『サーバント』による惨殺事件が起きた?」
「……ざっと数えてもう十件近い」
「いつからだ?」
「二週間前からだよ。急にね。その前にはちらほら程度だったのに、今週は昨日、今日と一日も開けずに奴ら活動してる…おかしい。そっちは?新城さん」
「自分のエリアだけは、と自負していたが。その倍だ」
「倍!?」

 青島の声が跳ね上がった。廃墟を後にして、静まりかえった海岸近くのマラソンコースを、並んで歩く。月からの光は絶え間なく二人を照らし出している。風が吹いても、なびかない服を纏った不可思議な二人を。

「そりゃ………」
「最悪だ。調べれば、他も同様だ。結局、青島、お前のエリアが一番被害が少ない」
「……多い少ないの関係じゃな…」
「結界を張ったのは、すべてお前だ、青島。なのにこんな風に差異がでるのは、維持している者の力量の差だろう」
「…くそっ……一番考えたくない事態になってる」
「………なんだと?」
「『サーバント』の血が、完璧に消えない。何件か、そういう情報は入ってこなかった?」
「ああ…そういえば」
「奴ら、何かし始めた。……あの『サーバント』のうちの何体かは、元人間だ」
「!?」

 歩んでいた足をぴたりと止めて、新城は青島を見つめた。信じられない、という顔で。

「……不可能だ、それは…!」
「そうかな。数百年も閉じこめられていれば、誰だってどうにか出ようと試行錯誤する。その結果でしょう」
「…………知って、るのか。それが何かを…?」
「知っている訳じゃないよ、ただ漠然と分かるだけ」

 脳裏に思い出すのは、張ったはずの結界をぬけてきた『ファミリー』からの使者。
 機能しない結界の現状。

 コートのポケットに手を入れ、くるりと背後の新城を振り返った。無言の中の、コンタクト。

「どんな物質や、術を行っているかは分からないけれど、彼ら『ファミリー』は確実に自分たちを閉じこめている結界を壊す手段をこうじている。結界から抜け出せる『サーバント』を使って、俺達を襲い、術を破ろうとしてる。だけど、それだけじゃ俺達に敵わない事ももう学習している。その為に、今おそらく試験しているんだ……いや、そんなに馬鹿な奴らじゃない…」

 くいいるような新城の目から視線を外し、くっと唇を噛む。室井とのコンビを解消してから、その回数がとみに多くなったような気がしたが、自分を戒めるにはちょうどよい癖だった。

「おそらく実験はもう終わっているんだ。これは既に「演習(プラクティス)」に移っている」
「演習…??」
「そう、『いかに人間らしい『サーバント』を作るか』」
「!!」
「……俺達が、人間に弱い事を承知の上での作戦だ。実に巧妙な。事実俺なんて、もうこんなに動揺してるからね」
「そのうち、『人間でありながらサーバント』を実現させる…?は…、夢物語だ。人間と吸血鬼、この血が偏る事なく融合され現れるのは、二世からだ。本人がハーフになる事なんて出来ない」
「それがね、一つだけ出来る方法がある…」

 ひゅっ!と新城の喉がなった。そして自分の動揺を恥ずかしく思ったのか、怒ったような口調で青島に詰め寄った。

「馬鹿な!まさか奴ら……―――!!」
「そう。たぶんね」

 『ソレ』がいれば、結界の存在など皆無に近い。『ソレ』の血がこの日本じゅうに張られている結界のすべてを無効にする。まるで嘘のように…解放されてしまう。
 なぜなら、結界が、誤認するからだ。『本人』と…―――!
 ご苦労なことだ、と青島は思う。後生大事に、かつての大戦で傷を負った自分の血を保管していたとは。


「ヤツらは、俺の遺伝子(クローン)を使っている…――――」

 それを、人間に組み込む。さして時間も必要なく、それを埋め込まれた人は強烈な異種―――吸血鬼の血によって、肉体を変え『サーバント』になる。しかも青島のオーラを微かに纏うという状態のまま。そして解き放たれた首輪を持たない猛獣は、次々と人を襲い……。
 血は不浄。
 結界には、支えるいくつかの『点』が存在するが、それが汚されれば、自動的に術者の意向とは関係なく崩壊する。本来なら、仇なす者はその『点』には近づけない。点は、圧倒的な聖性の塊なのだ。闇の者が近づける筈がない。しかし、人間の血が混ざっているなら、話は違ってくる。
 何の障害もなく、壊す事が出来る。

「嫌な事思い出しちゃった。ねぇ、新城さんもそうじゃない?」
「ああ……――――」
「今まで『サーバント』の事件を起こした場所って、どれも『点』に近いよ。被害者になる人が必死に逃げまどうから『点』からずれているだけで…下手したら、どれも破壊されてたかもしれない」
「この結界や日本中にある結界は、『ファミリー』を封じる結界と連動されている。そう制約しなければ、あれほど大きな結界ははれなかったからな……しかし、今ここでそれが仇になるとは…っ」

 そう、だからもしもこちらが壊されれば、同時にあちらの結界も瓦解する。
 ――――結界を破り、吸血鬼たちが、降臨する…。

「守るにも、多すぎて…この手からこぼれおちる……」

 くっ、と唇を血が滲む程に噛んだ。
 何故今、『彼』会いたい等と思ったんだろう…―――。

(――――…室井、さん。)



 こぼれおちたとしても、身を焦がすその刹那。



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こんばんは〜、真皓です。第八話「こぼれおちて」です。
ちょっとつまんなかったかな〜?(汗)シリアスに持っていく為の説明の回でした。あんまり深く考えなくてもいいです(笑)次回からはさらりと読めるようにしよう…堅苦しいし、意味分からない人もいただろう…(遠い目)
話を変えて…さ〜て新城さんの登場だ!(爆笑)
伯爵よ伯爵!!(笑)
意外にも今回彼は味方ですからね〜。さて敵は誰でしょう。

次回お楽しみに〜…。でも今回ので飽きられたかも…(涙)

01/2/4 真皓拝

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