第十一話 むげんゆうげんかいぎ


今までずっと秘密にしてた
「誰にも言わないで」


「ころ…した…?青島が…?」
「名前でなんか呼んでやる事ないよ。そんな資格ないもの」
「――――馬鹿な!」

 嘲笑が浮かぶ。殺した?青島が?八歳の子供を??何の為に?
 そもそもこれは墓標なのか?

「ちゃんと考えてみてよ。ならなんでアイツはいつもここ巡回してるの?自分が殺した少年に墓参りしてるからじゃないの??」
「……………っ」
「そこが気にくわないんだ。自分で殺した癖に。僕知ってるんだから。気持ち悪いなぁ〜…そういう偽善者ぶってるトコ。汚い癖に、綺麗になろうとしてる…見苦しくて見てられない。目障りだよ」

 ぷいっと頬を膨らませて少年はそっぽを向いた。室井はこの状況に素早い判断が下せず、ただ黙っていた。
 青島が、…いや、あの男が偽名を使っているのは事実なのだろう。一倉にも調べて貰ったし、彼の身辺を聞いて回ったという恩田君もそう言っていた。
 しかし彼が少年を殺したというのは??
 この巡回の場所を書いた紙を手渡してきたのだから、恩田くんもこの墓の存在には気づいた筈だ。殺したとかいう物騒な事があったなら、彼女が事前に匂わせるだろう。しかしそんな様子もなかった…。

 これは事実か?……否、証拠が足りない…判断なんて下せない。

 くっと唇を噛んで、眉間にしわを寄せた室井の思惑に気づいたのか、不満そうな面もちで少年がこちらを見えている。

「信じてるの?無理矢理記憶を消したりする嫌なヤツなのに??」
「信じている訳じゃない。ただ、判断を下すには早すぎる。今私は少し焦っているんだ…―――だから」

 だから、こんなたわいのない出来事で動揺したりなんか、する。

「アイツ…―――青島に会いたいの?」
「…え?」
「会わせてあげようか。ううん、っていうか、来るとは思うんだけどね。たぶん夜だろうから…。今すぐ会いたいんでしょう?貴方」
「――――あ、ああ…」

 ふぅん。と少年は思案顔でうつむいた。とんとん、と頭を指先で叩く。そんな仕草はあどけなくて、思わずほっとため息を吐いた。なぜだかこの少年に、青島と相対したときのような圧迫感を感じていたのだ。

「あ、その前に…―――思い出したい?」
「……………?」
「ほら、アイツが消した、貴方の記憶。僕なら直せるけど?」
「……頼む」

 ふっと自分が笑うのを自覚出来た。この少年が、本当に青島の消した記憶を元に戻せるだなんて万が一にも考えていなかったからだ。気休めとはいえ、何だか気負っていたものが軽くなったから。
「よし、かがんでよ…―――ハイ♪」
 かがんだ室井の額に手のひらを当てて、軽く撫でると、笑顔でそう言った。その様は母親が幼い子供にする愛撫と似ていた。
 ありがとう、と笑って言うつもりだった。例え記憶が戻っていなくても。

「…………う、そだろう?」

 笑えなかった。思い出したからだ。

「思い出した??」
 思い出したのはたった二つの単語。『結界』『護符』
 その意味は知らない。ただ、脳裏に今まで布で隠されていた道具が、目前に差し出されたみたいだった。これらがどう繋がっているのかは分からない。だが、曲げられていた事実が…記憶が正されていくのははっきりと自覚出来た。
 突然乗り込んで来た男は借金取りなどではなかった。
 青島は、手を翳して…そう…その指先が一瞬―――鋭い、爪に、なって……。
 からぶりで、手は壁に叩きつけられただけだったけれど。確かに、室井の目は捕らえていた、異形の、青島の姿の一部を。
 見間違いではないのかと思っていたので、その時は何も思わなかったが。
 今思い返せば、……あれは…――――!?

「思い出したみたいだね?さすがに何を見たのか僕は分からないけど」
「――――……」
「どうしたの?まあ、アイツが記憶を消す位だから、おそらく正体を見破られてしまうような事なんだろうけど?正体は分かった??」
「………いや……」
「『吸血鬼』だよ。きゅ・う・け・つ・き!」
「吸血鬼……?」
 その単語を、理性が受け付けない。何処かで嘘だろうと叫んでいる。そんな分けない。彼は…人間だろう?
「その中でも一番たちが悪いんだよ?何しろ…」
 ぱんぱん、と墓標代わりであろう木の十字架を叩いて、ため息混じりに言う。
「こんなもの作って、僕たちの事閉じこめたりするんだもの」
「閉じこめる?」
「うん。これね、引っこ抜けば僕の家族とか、友達とかね、出てこれるんだ」
「……どういう意味だ」
「ん?だからね、こう…なんていうのか。この木がね、邪魔してるんだよ。まるで大きな網張っている見たいにさ、バリアーの役割果たしてるの。抜いてくれない?僕ももうちょっと大きかったらぬけるんだけど…まだ子供だから力ないしさ」

 さ、と促されるが、室井は動かない。

「抜いてくれないの?」
「君の言う事はよく分からない」
「そう?簡単だと思うけど。貴方が青島って呼んでるヤツは化け物で、僕の大切な人たちを閉じこめてる悪いヤツ。この木を抜いてくれればみんな助かるんだよ。……ホラ、貴方だって見たでしょう?この住宅街に、誰もいないこと」
「!?」

 正直ぎょっとした。この区画一帯、誰もいないのは青島の所為だって言うのか?

「助けてよ。みんな苦しいって言ってるんだ。この木の下で。ご飯も食べられない、息も吸えない…子供達はみんな死んじゃったよ?おじいちゃんやおばあちゃんもそう。残ってるのは若い人たちだけ。だから…―――ね?」

 引き抜く、だけだから…と。

 くっと眉を寄せる。何を躊躇う?ただ木を引き抜くだけのことだ。そう、たわいない。
 少年の言う事はよく分からない。これだけの世帯の人間を、一帯何処に閉じこめていると?この木の下??大きな空洞でもあるというのか?いつから?何の為に?大切な何かがぬけている、この少年の言葉は。
 それでも、沈黙の中少年の瞳を見た瞬間、室井は自分でも知らず動きだしていた。ぐるぐると考えていた筈の思考は真っ白になり、焦る。焦っているのに、体が勝手に動いて木に手を掛けている。
 なんだ?何を考えていた?何か今の私の思考はぬけている…だが理性ではない、本能が告げた……そう。

 何故、たった一人君はここにいられるんだ…―――?と。

 今言ったではないか。みんな閉じこめられている、と。子供達はみんな死んだ、と。
 何故君は閉じこめられていないのだ?何故君は子供なのに生きているのだ…??

「……さっさと抜けよ!!」

 鋭い、そして癇癪を起こした子供の声に、はっと室井は体を振るわせた。ずるずると落ちそうになった眠りの縁から、舞い戻る感覚によく似ていた。
 声は背後からで、素早く振り返ると少年はぎっと歯ぎしりをして一歩下がった。

「今私に何をさせる気だった…―――?!」
「った―――――!ムカツク!!扱いづらいッ!!何だよコイツ!?あんなに揺さぶったのにガードが堅いッ!!」
「なに?」
「なんだよ、抜けよ!!アイツに会いたいんだろ!?記憶取り戻してやったじゃんか!交換条件っ、それ抜いてよ!!」

 少年の言葉は、がらりと変わっていた。それまではどこか艶やかさを持っていたのに、途端にざらついた感触がする。砂を噛んでいるような不快感がつきまとう。

「げっ!更にガード固めたよコイツ!苛つく〜〜ッ!!人間の癖にっ」
「……………」
「青島青島青島っ!!……だめだ、ちぇ〜っさっきは馬鹿みたいに動揺した癖に。」

 室井が無言で睨み付けていると、しょうがないなぁ…と大げさなため息をついて、少年は纏っていた布を脱いだ。それを無造作に室井にむかって投げる。一瞬視界を奪われた室井は、素早く気を張りつめて様子を伺う…と。急に腰を引き寄せられた。
 考えなくても体が反撃体勢に入る。すっと音もなく突き出されたこぶしを、大きな手のひらが容易く押さえた。

「室井さん?」
「―――――っ!」
 ふっと耳元に息が掛かった。鼓膜に響く彼の声……青島の、自分の名を呼ぶ…―――!
 背中から伝わる確かな温もりに、目眩すら憶える。ずっと、話したいと思っていたのに、避けられていた相手。振り向いて、襟元を掴んで問いただしたい気分に狩られた。どうして自分を避けたのか、…避けているのか。
 しかし口を開きかけた瞬間に、ばさっと布が地面に落ちる音がして、室井は気を取り戻し視線を走らせた。先程までいた筈の少年が見あたらない。
「室井さん??」
「………………」
 囁く声も、自分を今背後から抱きしめている腕も体も、恐らく自分が思い描く青島の姿だ。―――ただ、一つだけを除いて。
「どういうトリックを使ったのか知らないが、君はさっきの少年だろう?」
「え…?」
「青島じゃない……!」

 どん!と突き放すと、グリーンのコートを羽織った男が、途方にくれたような顔でこちらを見ていた。口をあんぐりと開けて、室井を抱きしめていた手をそのままに。

「室井さん…?何言って…?」
「香りがしない…―――」
「……え?」
「彼は私が知らないと思ってるのかもしれないが、彼はヘビィスモーカーだ。何を吸っているのかは分からないが、君からはその匂いがしない」
 見開いていた薄い光彩が、きゅっと縮まるのが見えた。
「何故私の名を知っている…!」
 目の前の青島…―――に化けた少年は、沈黙したまま次第に笑みを浮かべた。嘲り、の形を。
 ぞっと今まで生きていた中で、これ以上ない程の悪寒が体じゅうを走った。それが恐怖だと気づくのに大した時間は必要なかった。がたがたと足が震えてくる。さすがに、顎が震えて歯が鳴るような醜態は晒さなかったが。

「もういいや。分かった…しょうがないな。エレガントじゃないけど、やるしかないや」
「………なに?」

 すっと少年がその姿のままで、公園の入り口を指さした。その、入り口に息を切らして立っているのは…――――。

「あお……しま……っ!?」
「室井さんッ!!」
 今にも泣きそうな…そう、二週間前にした、あの表情で、青島は立っていた。ぜぇ、と肩を大きく揺らしながら。必死に、何かを告げようと。
 じっと唇を見つめているうちに、酷く自分の心が穏やかになっていくのが自覚出来た。あんなにもやもやしていたのに。怒鳴ろうと思っていたのに。顔を見ただけで、もう、いい…と。そんな事まで考えた。
 くだらない、と笑みがこぼれた。あんな自分勝手で嫌な奴の顔を、見ただけなのに。

「そいつから、離れて…―――――!」

 え?と聞き返す唇から、しかし零れたのは鮮血だった。




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ぐわああああ!!真皓は嘘つきの上に外道だぁぁ!!(泣)
こんばんは、ねぎまと呼ばれても仕方ない作者です。
第11話「むげんゆうげんかいぎ」サイテ〜ですねッ。
こんな終わり方あっていいものかぁぁあッ!!
ごめんなさい〜ッ!二話一度に上げたって事で許してぇ〜(><)

01/2/17 真皓拝

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