第十三話 ふぉーゆー



もしも永遠というものがあるなら
「遠回りしてでも、信じてみたい」


 ―――その時の衝撃を、言葉に表す事など出来ない。
 喉が、つぶれたかもしれない、と痛みを覚える程、叫んだ。

「ああああぁあ―――――――ッ!」

 どん!と、感情の爆発につられ、力が暴走する。
 地面に倒れた室井さんに、近づこうとした俺と同じ顔。なんの躊躇いもなく、殺意すら抱いて攻撃した。無駄な力を解放している、と自覚していたけれど、止められる筈もない。
 叫び、ありったけの力をぶつけながら、俺は必死に己に課した事が一つだけあった。

 ”泣いてはいけない”

 泣いては、視界が曇る。
 この男を、殺す為の視界が曇る。

 そう考えた途端、水が頭から降ってきたように、怒りが暴走を止めた。体の奥深くからマグマのように熱して焦がす事に変わりはなかったが、頭がしっかりと働いてきた。確実に殺すのなら、こんな力の使い方は愚か者のする事だ。
 嵐のように俺を中心に吹いていた風がやんだ。同時に不可視の力が、男を攻撃するのも。
 木の幹に叩きつけられ、ずるり、と力無く地に伏した己の顔。
 身の内に、怯む要素なぞ一つもない。ただ、己の顔でも怒りが湧く。否、己の顔だからか。

 ”俺”が、”室井さん”を傷つけたのか。

「顔をあげろ」
 まばたきをする事など、忘れていた。涙をこらえようとしていたからだろうか。
「下手な演技はやめろ!」
 怒鳴りつけると、男はにやり、と不敵に笑って立ち上がった。傷など感じさせない力強さで。
「な〜んだ。わざわざ怪我したふりまでしてあげたのに」
「………何故室井さんを…っ」
「呼んだのか?それとも殺したのか?」
「まだ死んでないッ!!」
 事実だった。この男の不可視の力は、室井さんの胸を刺しつらぬいたが、即死には至っていない。ただ、ずっと苦痛を伴うものだ。今でさえも。失血死する恐れと、ショック死する恐れがあった。
「僕の読みは当たったな〜♪」
 くすり、と微笑み、男は唇をぺろりと舐めた。額から落ちた血が、伝い落ちて口腔内に入ったのか、美味しそうに喉を鳴らす。
「他の人間でも、きっとオマエは動揺するだろうけど、この室井さんならきっと怒ると思った〜♪」
「…っ!」
「だってオマエが初めて自分から離れた人間だもの」
 すっと手を動かす。俺は反射的に反応して、攻撃していた。どん!と大きな鈍い音がして、男が再び木に叩きつけられるかと思ったが、掲げられた手に遮られ、今度は無傷だった。
「オマエは僕のオリジナルだけど…はっきり言って劣ってる」
 強く睨み付けながら、俺はそっと室井さんに近づいた。それを見ている筈なのに、男は阻もうとしない。目的は、室井さんを傷つけるだけだったのだろうか?

「その人間と、他の人間、どっちが大事?」

 息が止まる、というのは、こういう事を言うのかもしれない。

「その人間なんだろうね。だって今ここでこ〜んなに暴れちゃったんだもんねぇ?」
「―――――――ッ!!!」
 はっ!と冷や汗が体中から溢れ出した。指の先まで、一気に冷え切ってしまったように、動けなくなる。
 目の前…木の根本にある刻まれた十字架の墓標を、じっと見た。ほのかに光り出し、次第に白い光の玉に姿を変えていく。ゆらゆらと揺れながら、空に留まっている。
 それが、目的だったのか。
 室井を餌に、結界の創作者本人の青島を暴走させ、結界を破壊させる為…―――!
 作った本人なら、壊れないのが普通であるが、これは多少種類が異なっていた。確かにはったのは青島だが、維持していたのは特殊な宝珠を使った『点』である。無理に内側で力の抗争を起こせば、バランスが崩れるのは必至だ。
「ここであばれちゃいけなかったのに」
「………………」
「あ〜らら、壊れちゃうねぇ。結界」
「………………」
「助けないの?アオシマぁ?室井さん死んじゃうよ〜?」
「………………」
「出来ないよねぇ。人間じゃなくなるものねぇ?あはははは!!」
 ざっ、と足に力が入らなくなり、地面にへたり込んでしまった。
 自分は、怒りのあまり何をした…―――?
 横たわる、室井を抱き上げた…。白いセーターが、みるみる赤に染まっていく。それを見、慌てて助けようと力を与えるが、一行に効果がない。だんだんと体が冷えていくのが分かる。同じように、己の心も冷えていく…死んで、しまう…??
「彼を『護符』にしてもいいよ?アオシマ。『護符』にすれば助かる。むしろしてよ。そうしたら僕たち『ファミリー』は真に覚醒出来る…――――!」
「黙れ」
 ピシッ!と男の右頬に、一筋の赤い線が斜めに描かれた。室井を抱きしめたまま、青島が視線だけで攻撃したのだ。嘲笑を浮かべていた顔が強張り、途端に怒りを秘めてこちらを睨んできた。
 こちらも睨む。それしか、出来なかった。睨んだ、ひたすら。

「おやめ」

 風にのり、ひやりとした女性の声が聞こえてきた。姿は見えない。ただ、その声に男が嬉しそうに微笑んだ。
「ねえさ…」
「いつまで道草をするつもり。余計な事を言うのはおやめ。例え籠の鳥でも、殺される旨を言えば怯えて飼い主をつつくのですから。行きましょう…――――闇主」
 はっ!と青島は目を見開いた。……『闇主』!?
 それは…―――その、名は…―――!
 呆然とする青島に向かって、男は手を振る。

「ばいばい」

 ざっと風に吹かれた白い布が青島の視界を遮り、次の瞬間に男は消えていた。追う気になれば追いすがる事も出来たのかもしれないが、今は室井が大事だった。室井を抱きしめ、必至に彼に血が流れぬようにと力を送り続ける。が、全く効果がない。視線だけは目の前に浮かぶ『点』を見つめながら、青島は薄く笑った。
「そういう、事…か…――――」
 ぴしり、と『点』に亀裂が入った。光が歪み、次第に揺らぎ初める。
「これは、全部、そういう計画、だったんだな…―――」
 ぴしぴしっ、と更に亀裂が入る。
 『点』から視線を外し、俺は室井さんを見た。力無くぐったりとして、唇が青くなっている。以前口づけたその唇を、今は血で濡れた指でなぞる。何度も、何度も…なぞっても彼は反応しない。

「起きてよ…ねえ。キスするよ?」

 瞼を、開けてくれない。

「起きて…室井さん」

 すっと首筋をなぞり、そっと鎖骨近くをぎこちない仕草で空気に晒した。ゆっくりと、顔をうずめる…―――。




『だから、俺は誰も愛さない…―――』

 じっと、血の海に横たわる男の側で座り込んでいる青島の背中を見たとき、思い出したのはその言葉だった。
「あおしま」
 反応がない。
「あおしま」
 一歩、一歩近づいていく。呼んでも振り返らず、ただずっと青島は空を仰いでいた。否、虚空を見ていた。
おそるおそる、彼の側に寄って顔をのぞき込む。
 無表情だった…―――たった一粒、左の目から涙をこぼさないでいたなら、もしかしたら人形に見えたかも知れない。

(―――助けられなかったのか…?)

 しゃがみ、地面に伏した男の首筋に触れる。……鼓動は弱々しいが、まだ生きている。
 む、と新城は眉をひそめた。なら、何を青島はこんなに悲しんでいるのだ?
「あおし…」
「―――――新城さん」
 呼びかけを遮るように、青島が声を出した。押さえ込まれたような気がしたが、新城は顔をしかめたまま促す。横目で『点』が無事な事を確かめた。まだ輝いている。新城は『点』の異常に気づかず、ほっとしたため息混じりに、どうした?と目で尋ねた。
「……なんだ」
「俺は、誰一人救えない…―――」
「………なに?」
 無表情のまま、虚空を見つめ青島はそう言った。まばたきもしない。固まってしまったように、動かない。
「今、室井さんに『聖痕』をつけた。――――死にそう、だったから……」
「青島……―――お前……?」
 ぽろぽろ、と涙が頬を伝って一つ二つ地面におち、色が変わった。
「おれ、の事見て…ね、笑ったの……この人」
「泣くな、青島っ」
「死にそう…だったんだ…――――!」
 否、一度死んだのかもしれない。…これで。
 『聖痕』とは、吸血鬼が『護符』となる相手に与える印。それによってその者の位を示す。首筋の、鎖骨近くに付けられる。これはお互いが了承していれば、全く問題はない。が、もしも相手が了承していなかったり、片方が無理矢理付けると、効果も意味も違ってくる。
 それはただの『所有物』に成り下がる。何でも吸血鬼の言いなりなる。自分に印を付けた吸血鬼の力無しで生きる事も死ぬ事も叶わないから、中には思慕を寄せて媚びたりする者もいる。
 つまり、この状態に置かれた『護符』は、青島たちで言われる協力者としての『護符』ではない。
 『玩具』として、置かれる。

 解放する方法として、『印をつけた吸血鬼が死ぬ』というものがあるが、この時自動的に『護符』も死亡するので本当の解放とは言えない。
 確実なのは、その印をつけた吸血鬼よりも更に上の力を持った吸血鬼に打ち消して貰う事である。
 しかし、『リベレイター』内で青島よりも上の力を持つ者はいない。
 永遠に…彼は…―――生きも死にも出来ないだろう……人間として。

「室井さん……っ」

 かくん、と青島がうなだれた。目の前に倒れた室井の服に、顔を埋める。
 嗚咽すら漏らさず、青島は泣いた。
 新城は、ただ痛ましげに震える青島の肩を見ていた。心が壊れるようだった…青島の心に、知らず共鳴していたようだ。
(―――聞こえる……)
 青島の、声が。

 タスケテ。

 聞きたくない、と新城は強く目をつむり、シンクロを振り切った。希に起きる高レベルの『統率者』同志の共鳴は、時に耐え難い悲しみさえも共有してしまう。心で彼をなだめられれば良かったが、呼びかける事すらはばかれた。完全にシンクロする事すら不可能だった。この悲しみを共有すれば、自分が発狂する。

 タスケテ。

―――この人を、助けて。


 次の瞬間…ぴしり、と乾いた音が響き渡り『点』は壊れ、結界が破られた…―――!



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きぇぇぇえ!!(気合い)皆さんこんばんは!!真皓です!!
第13話「ふぉーゆー」どうでした!?
自分的に書きたいシーンナンバー3に入ります、「寝ている室井さんに青島キス」(爆笑)が見事に入りました。あっはは〜v
どうなっちゃうんだろう〜、これから…(汗)
室井さんが…室井さんが…っ!!
しかし、出てきたあのお姉さんは何者だ(笑)
こうご期待…かなぁ(汗)
読んでくれてありがとうございましたv(><)b

あ、言い忘れてた☆第一部終了〜〜♪ぱんぱかぱ〜ん!!
01/2/19 真皓拝

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