第十四話 こみゅにけーしょん
神々よ、僕は願ったのだ。
「それに値しないのに」
―――熱い。
体が、燃えるような感覚に、苦しくて涙が出てくる。
いくら泣いても、体を犯す熱は止まってはくれなくて。
息も苦しい。細胞の一つ一つが耐え難い程の高熱に焼かれ、焦げていくよう。
節々も悲鳴を上げている。声すら出ない。
―――熱い…苦しい…。
助けて。
流す涙すら体力を奪いもったいないのかもしれないが、苦しみを吐き出す唯一の手段がそれなのだから仕方ない。
何かに縋りたい。
するとまるで室井の意志を汲んだように、ひんやりとした心地よい手が室井の手を握り返してくれた。
『触れて』
声にしなくても、熱くて苦しい箇所を、その手で触れてくれる。
その手が触れてくるたびに、体を侵していた熱が消えていく。まるで魔法みたいだった。触れた場所からふっと熱が引き、痛みもなくなる。
足首、ふくらはぎ、膝の裏、腰、背中、腕。
心地よさに、溢れていた涙が止まる。
ぴたり、と額に触れると、すっと頭痛も消えた。
後に残るのは、声を奪う喉の熱だけで。
熱で霞む瞳を、じれったさを込めて開けた。
誰だろう、とふと思ったのだ。今、自分に触れていたのは…―――?
「あ…お・し、ま…っ…?」
誰か確かめる前に、呟いていた名前。
青島?そこにいるのは??
以前、額に触れてくれた手の感触……君、なんだろう?
「―――――――……っ」
声が、聞こえない。
それでも、彼が泣いているような気がして仕方なかった。
どうして泣いている?
ああ、ダメだ。自分は彼の事を何も知らない。ましてや、その悲しみの理由なんて。
ずっと握りしめていてくれる手を、殊更強く握り返した。それに、ぴくんっと驚く彼に気づく。こちらが意識を取り戻していると知らなかったようだ。
熱で乾く唇を動かす。……ダメだ、伝わらない。
「―――…室井サン…?」
「……な、くな……」
自分の耳にさえ、届くか分からないような声。
「声が、出ないんだね?」
ああ、青島の声だ。そう思うと、全身からため息が出てしまうような安堵が込み上げる。喉?と尋ねてくる彼に、ゆっくりと頷いた。
「……分かった…」
ふっと、彼の顔が近づいて来るのが分かって。何をされるのかも。
「………っ!」
思うように動かない体で、拒否した。
「キ・ス……は、や……ぁっ」
強張る、青島の気配が分かって。
失敗した、とすぐに思った。
くすっと笑い、青島が言う。
「大丈夫、キスしないよ」
そう呟くと、冷たい唇が喉もとに落ちてくる。やはり、すっと熱が引いていく。
こくん、と唾液を飲む事にも、苦痛を感じなくなった。
「……ね?」
目の前いっぱいに、青島の笑顔があって。
なぜだか、胸が苦しくなった…どうしてだろう?
「―――…泣かないで」
嘘つき。泣いているのはお前だ。
「お願い…室井サン……泣かないでよ」
泣いているのは、お前。
掴んでいた手を離して、少し乱暴に青島の頬を触った。―――ほら、濡れてる。
「ば・か……」
そう言うと、青島は顔をくしゃくしゃにして泣いた。
頬に触れた右手を、両手で縋るように握りしめながら…ぼろぼろと。
いい年をした男が、何を泣いている…―――?
「なくな…――――」
そして視界が突然暗くなる。
目の溜まった熱がすぅっと引いていった時初めて。
―――青島が、まぶたに口づけを落としていった事に気づいたのだ。
事態ははっきり言って、膠着状態だった。
「真下さん!テレビ見てないで仕事して下さいッ!!」
「やです」
簡潔に…しかも端から見ればごく自然に。かつ格好だけは至極丁寧だから始末が悪かった。細川は今先ほど着替えてきっちりと締めたネクタイを、思わず苛立ちの為に崩してしまう
真下は昨日と変わらずきっちりとスーツを着こなしたままで、新城のデスクに座っている。目の前にはテレビが一台おいてあり、ニュースチャンネルを先程から梯子しているようだった。しきりに画面のアナウンサーが変わっている。
「青島さんの結界が破れたんですよ!?うかうかしてられません!!『ファミリー』が侵攻してきます…!」
「ふ〜ん…確かにそうですよね」
「真下さん!!新城さんから任されたんでしょう!?指示して下さいっ!!」
必死に叫ぶ彼の苦労も、真下に掛かればのれんに腕押しだった。こちらを振り返ろうともしない。
柔和な印象の真下だが、能力、血統共に『統率者』に並ぶ程の数少ない『掃除人』だと細川も知っている。しかし彼は弱虫だ。自分から絶対に動かない。このエリアのリーダーである新城に命令されない限り、絶対に。
どうして新城さんは、真下さんに任せて行ってしまったりしたんだろう!?
イライラしながら細川は真下の動向をうかがう。
側にあったソファにどかっと八つ当たりしながら座る。これで少しはこっちの苛立ちと焦りに気づいて欲しいものだが、その傾向は全くない。
はぁ〜…と深いため息をつき、細川はうなだれた。
そうして数分もした頃だろうか。朝のニュースが終わり、テレビがCMに移り変わった時。
がたっとそれまで一歩も動かなかった真下が慌てたように立ち上がった。
お、やっとか…と思い顔を上げると、今まで見たこともないような真剣な顔で、デスクの後ろにある窓を開け放し体を乗り出している。
「真下さん…??」
怪訝な声で尋ねるのと、ほとんど同時に、真下も口を開いた。
「おいで」
ばさばさばさっと一羽の鳩が、真下の胸に飛び込んでくる。
それを抱きしめるように両腕を伸ばす。鳩はすっと引き寄せるその動きに怯える様子もない。
抱きしめると同時に、ばっと無数の羽根になって真下を包み込んだ。
息を飲んだのは、その部屋にいる細川だけだった。
真下はいつになく真面目な…真摯な眼差しで空に舞う羽根を見つめている。
「細川さん」
「は、はい!?」
声が裏返る。みっともない、と反射的に思って顔が赤くなった。何を動揺しているのだろう、自分は。何かとてつもないものを、目の前のだらしない(ように見える)男に感じたからか?
「……新城さん、しばらくあっちから動けないんですって」
「……え?」
「ん〜、何だかね、先輩が大変な事になってるらしくて」
「そうなん……ええ!?青島さんが!?」
ふっと真下は両手を掲げると、待っていた羽根がすべて消えた。
「ど、どうしたんですか!?何が!?」
「さあ…」
「さあって…!!真下さんっ!!」
「う〜ん。しかし新城さん、段々綺麗な式神送ってくるよな〜。僕負けそうですよ〜」
「真下さん!!」
拳を握って叫ぶと、真下がすっとぼけた顔で振り向いた。はっと細川が思わず口を噤む。顔は笑っているのに、目が座っている。押し殺したような怒りに気づき、細川は眉をひそめた。
「真下さん……?」
「まあですね、僕に出来る事なんて限られている訳ですよ」
きゅ、と己の手のひらを握りしめ、真下が囁くように言った。どこか悲しみすら込めて。
「後悔なんてした事ないですけど、したくなりますね。こういう事態になると」
『結界は、とりあえず張り直した。いつまで持つかは分からないが』
「あの人の事生かしたかったから、出来うるすべてを捨ててきましたけど」
『奴らは可能な限りの、最大の攻撃を仕掛けてきた。青島が使い物にならない』
「その捨ててきたものは全部屑なのに、今更欲しくなる。あんなものでも、役に立つかもしれないなんて考えちゃうんですよね」
『しばらくそちらを任せる。来るなよ』
「……―――新城さんが、先輩を放っておける訳もないし。」
『分かっているだろうが、言っておく。―――死ぬな』
「得難い信頼も、吐き捨てたい気分ですよ」
くっと真下が眉を寄せ、握りしめた拳を開くと、ばさっと白銀の羽根を持つ不可思議な鳥が現れた。見れば見るほど美しい鳥だった。眩しいくらい、そのすべてが清浄な輝きを放っている。一際目を引くのはサファイアの瞳。
それを無造作に窓の外へ放り出すと、きゅ、と真下はネクタイを締め直した。鳥はあっというまに細川の視界から飛び去っていった。
「お待たせしてすみません。行きますか、細川さん?」
「……―――え?あ、はい!」
惚けたように立ちつくしていた細川を連れて、廊下にでる。かつかつと規則的に響く靴音に耳を傾けながら、真下は先程の新城の式神の言葉を思い返していた。
『青島が『護符』を手にした』
無造作になんの脈絡もなく。
だからこそ分かってしまって。真下は青島が『護符』を得ないその決心と意味、理由を知っているから。
―――今頃、何を思っているのか。
考える限り最悪の事態。
きりっと唇を噛んだ。錆びた味が広がっても、何も満たしてくれない。
策略と分かっていても。自分だって時にそうする癖に。憎しみが先行する。
これで奴らの手は終わりか?
「いや…――――」
否、……彼の『護符』が目覚めた時、だ。
本当の悲劇が始まるのかも知れない…―――。
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こんばんは!真皓です!!
第二部スタート〜♪うっわ〜…長くなりそう〜。
ここからリアルタイムなので、時間の流れは途端に遅くなります。御了承を(苦笑)
うほほ〜。真下クン登場〜☆かっこいいぞ!(驚嘆)
密かに参謀役ですか!?おお!?
実はさ〜…この世界での真下と新城さんのなれそめ話には、青島君が関わってくるのデス(笑)まあ、本編と関係ないので書きませんが。そこにどうして新城さんが青島くんを放っておけないのかの理由があるんだな〜。
あ、ちなみに、青島君が『護符』を指名しないと誓っていたのには、もう一つ理由があるんだな〜…(笑)えっとね……あれ?なんだっけ?(汗)←作者ど忘れ。
ここまで読んで下さってありがとうございましたv
02/2/22 真皓拝