第十五話 すべてがあお


真実は最高の嘘で隠して
「現実は極上の夢でごまかそう」



 目が覚めたら、何もかもが劇的に変化していた。
 差し込む光が異常に強く感じられて、まぶたを閉じていても眩しい。
 自分の吸い込む空気が、粉臭くて、気持ち悪い。体は至極清々しいのに、周りがとても居心地が悪いのだ。眩しさと空気の悪さに、すっきりしていた筈の頭も痛くなってきた。

「……どこだ、ここは……」

 見知らぬ天井。
 自分が横たわっていたのは少し大きめのベット。体を起こすと、横にある窓が開いていたのか、風が吹き込み薄い白いカーテンが大きく波打つ。一際大きく膨らんだかと思うと、ぼふっと頬に当たり、視界を阻み呼吸を遮る。
 すっと手をあげてカーテンを払う。
 染み一つない、白の世界だった。
 味気ない部屋、とも言えたかも知れない。何もかもが、白で統一されていた。家具も所々白が織り交ぜられていて、この部屋の持ち主は、相当白が好きなのではと思ってしまう。
「……………?」
 ん?と室井は思わず首を傾げた。何かが可笑しい。
 ぺた、と胸を触るが、全く変わらない自分の体。記憶が正しければ、怪我か何かをしていなかったか?
 そう、それにさっきまでの熱は…??

「夢か…?」

 それにしては、リアル過ぎだ。
 まるで嘘みたいに、よく覚えている。あの街の事も、不思議な少年の言った言葉も。忘れていた筈の言葉を思い出した経過も…そして…―――青島に、逢えた事も。
「そうだ…青島は?」
 何にも疑わずに、そう考えた。ここに、青島がいる、と。今までの自分だったら、理路整然と考えていっただろう。そして目で確かめるまでは、いるか否か、だなんて不確かな事を最初から選択肢に入れたりしない。先ずここは何処か、何故自分は寝ているのか。そういった基本的な事から調べて知ろうとした筈だ。
 けれど、自分はそれをせずにぺたっとフローリングに降りていた。側にスリッパが丁寧に並べられていたが、足の裏にひんやりとした感触が気持ちよくて、そのまま歩いた。

 青島は何処…―――?

 ぺたぺた…。
 空気は相変わらず気持ち悪い。外に出たら変わるかと思ったが、そうではなかった。あの部屋の方がまだましだ。格段にましだ。そう思って眉を寄せる。
 頭痛が酷くなってきたし、なんだか喉も苦しい。青島を捜す前に、あの部屋に戻ろうか…?そんな事まで考えて、室井は見知らぬ家をうろうろと歩いた。
 広い廊下を壁伝いに歩き、突き当たりにさしかかると下に階段が降りていた。何も考えずに降りる。
 降りきると、左右どちらにも廊下が延びている。さて、どちらに向かおう…?
 そう考え始めたとき、ふっと臭い匂いが一瞬かき消えた。粉っぽい空気が、本当にすっと湿って清々しいものに変わった気がした。
「………なんだ、これは?」
 右に曲がりまっすぐ歩いた。空気が綺麗な方へ。匂いが薄れていく方へ。
 その方向に進むたびに、頭痛が和らいでいく。自分でも信じられない位の効果だった。この家はどこか可笑しい。ガスでも漏れているんじゃないだろうか?そしてきっと自分が向かっている方は、窓が開かれているか何かしているのだろう。
 だから、こんなに心地よい。
 新鮮な空気。久しぶりに吸ったような気がした。

 ぴた、と唐突に室井は歩く事をやめた。なんの変哲もないただのドアだったけれど、そこを通り過ぎたらまた空気が少し悪くなったような気がしたからだ。
「―――どうなってるんだ…?」
 この家は、一体空気がどう流れているのだろう。間取りが可笑しいのかもしれない。まったく、とため息をついた。誰かは知らないが、他人の家にいてその間取りを気にするというのもおかしな話だ。まあついつい職業病なのか、火事になった場合とか、緊急の時はどうなるのかと考えてしまうのだ。
 キィ、とノックもせずにドアを開けた。その扉がなんの抵抗もなくするりと開いてから、しまった、と思った。家人がここにいたら、失礼以外の何ものでもない。

(―――失敗した。)

 無礼を詫び、一度出ようとドアノブから視線を上げた時だった。
 ……そこに、青島が、いた。


「――――室井、さん…」


 薄く開かれた窓の側で、少し寄りかかりながら。白いシャツに、少しくたびれたジーンズを履いて。
 後ろのカーテンが風になびいていなかったら、時間が止まったように感じていたかもしれない。
 青島は、口にくわえていた煙草をぽとん、と落とした。口が半開きになっている。時折金色にも見える琥珀の瞳を…すっと大きく見開いて。
 おい、目が落ちるぞ。なんて言葉が苦笑と共に脳裏に掠める。

 でも、次の瞬間。
 ―――自分でも知らず、青島に抱きついていた。

「え?なに?どうしたの??」
「―――――――――。」
「室井さん?ねえ、どう…」
「わからん」
「え?わからん、って?俺だってわかんないよ??」
 慌てて身体を離そうとする青島に、私の体は意志とは反対に抵抗する。彼が引き離そうとする度に、私の腕は彼の背中を引き寄せている。
「ね、ちょっと…離してって」
「だから、わからん!!私だって離れたいぞ!?」
「え!?だからね、この腕を…」
「体が言う事を利かないんだっ」

 うそお!?と叫ぶ青島に、こっちが叫びたいと顔をしかめた。全く、どうなっているんだ私の体は!?

「馬鹿か、青島。なりたての『護符』が『主』に触れたいと思うなんて普通だろが」

 しゃん、と冷たい声が耳に入り込んできた。

(誰だ…―――?)

 顔を向けると、グレイのスーツに身を包んだ小柄な男が、怜悧な眼差しで私を見つめていた。とは言っても、数秒で青島に向けられたのだが。
 私が入ってきた所は書斎なのか、まわりは高級そうな本が棚にたくさん並んでいる。男は青島のいる所から少し奥にあるテーブルに本を積み上げて、椅子にゆったりと座り英字新聞を広げていた。ぱさっとそれを少し乱暴にテーブルに置き、腕を組んで、ふんっと眉をつり上げてため息をつく。と、心底疲れたような顔をして言葉を続けた。

「抱きしめてやれ。体がまだ慣れていないはずだ。あの部屋もそうとう気を使って浄化しておいたが、一番心地いいのは『主』の側だからな」

(何を言っているんだ…?)

 彼の言う言葉は、全く理解出来ない。何のことを言っているのだろう??
 そう思い、青島に視線を寄せると、今まで見たこともないような苦しそうな顔をしていた。痛そうな顔、とも見える。
「……し―――」
「私の事はいい。しばらく席を外してやる」
 かたんと立ち上がると、男はすたすたと歩いてドアに向かう。こちらに背を向け、ドアノブに手を掛けた時、そのまま静かに声が響いた。
「青島」
「………はい?」
「同情はしない」
「――――はい」
 きゅ、と青島が私を引き離そうとして腕を掴んだ手に、力が入ったのが分かった。
「どんな状況にせよ、決めたのはお前だ」
「………ごめんなさ…」
「謝るな」
 青島の謝罪を遮った声は穏やかだったのに、これ以上ないほど厳しく、そして悲しく聞こえたのは私の気のせいなのか?
「私は謝って欲しくて、ここにいる訳じゃない。ましてや、弱音なんて聞く耳はないから、覚えておけ」
 キ、とゆっくりとドアを開く。
「…でもな、青島。―――私は、弱いお前が嫌いじゃない」
「――――――――!」
 ぱたん、としまり、足音が遠のいていく。
「……新城さん…」
 あの男は、新城と言うらしい。一行に事態が読めていない私には、二人の会話は理解出来なかった。ただ、何か踏み込めないような雰囲気だったので、息を潜めて黙っていた。どうやら、あの新城という男は、青島を励ましたようだった。

「――――あおしま?」

 声を掛けて、失敗した、と思った瞬間だった。
 びくり、と彼が震えたからだ。
 まるで、怖がっているみたいに。
 さっと自分の中で何かが分かった。彼は…――――。

「すまない。突然変な事をして」

 そう言うと、さっきまで全然言う事を聞かなかった腕が、ようやっと動いてくれた。ほっとする。まるで磁石みたいにくっついていたのが、離れる…―――。
 体が言う事をきき、良かった筈なのに。
 なんだろう?何か、苦しい。
 とても、冷たい何かが胸に押しつけられたみたいに。
 手が、彼から完全に放れようとした瞬間だった。

「ごめんね」

 そう言って、彼が私を抱きしめたのだ。
 やめろ、と言おうとしたのに。唇から漏れたのはほっとしたようなため息だった。
 体が急に軽くなったみたいに、ふわふわする。苦しかった息がすんなり出来て、清々しい気分に。

「あおしま?」
「……苦しかったデショ?」
「―――――ああ」
「今は?気持ちいい?」

 赤面ものの問いだったが、私はなんの躊躇いもなく頷いた。背にまわされた腕に、ぎゅっと縋ってしまう。いつもの自分だったら、はり倒していただろう。しかし、事実気持ちがよかったのだ。
 何も言えずに、その胸に顔を埋める。そうすると、本当に心地よい。
 おそるおそる、彼の背に手を回した。ぎゅっと、抱きしめると、抱きしめかえされる。

 なんて、気持ちいいんだろう。
 ほっとする。くらくらするくらい、感覚が舞い上がっている。

 なんだ?この感覚は??

「室井さん、顔、あげて?」

 耳にふわふわと触れてくるような優しい声に、顔を上げる―――と、切なげな目をした青島がいた。

「……どうした?」
「……ごめんね」
「何を謝る?青島、君はさっきから一体…―――?」

 それに、私は一体どうなった…!?

「もう、離れたりしないから」

(え…――――?)

「ずっと、近くにいるね?」
「…………え?」
「そうしないと、貴方死んじゃうから…」

 ナニヲ、イッテイル…?

「そういう、体に、なっちゃったから…」

 そう言われ、まぶたに額にくちづけが落ちてくる。こめかみに、まぶたに、そして…―――唇に。
 一瞬抵抗しようとしたのに。触れられた時の快感に抗えず、為されるがままで。

「俺が…しちゃったから…―――」

 青島はただ触れてくるだけなのに、その悦楽に目眩がする。何かをした訳ではない。抱きしめて、逃げようとする私をなだめるように、口づけを落としていくだけのこと。それだけのこと…なのに。

 逃れられない。

 そうして溺れながら、初めて気づいた。
 あの新城という男が、私に向けた瞳の色の意味を。

―――…あれは確かに、憐れみ、だった。


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こんばんは〜v真皓で〜す☆やはり展開は遅い、か。(遠い目)
如何でした?第15話「すべてがあお」青っていうより、白でしたけどね、部屋は(笑)
うわぁ…続いてるね〜…。終わらないね〜。リアルタイムはいやだ〜ね〜。
でもこうしないと、盛り上がりも何もあったもんじゃないからなぁ。
皆さんにこれからもお付き合い願えると、本当に嬉しいです。しっかし青島…「そういう体に俺がしちゃったから」って、ある意味セクハラですよね(爆笑)ん〜なんだ〜?ヤクでも使ったのか〜??(笑)
下世話ですみません(泣)
それでは☆待て、次号!(笑)

01/2/26 真皓拝

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