第十八話 らせんかいだん



私は空をゆく鳥になれるの?
「地底にうずもれた石になるの?」


 青島がまず私を連れて向かったのは、あの新城とか言う男の元だった。彼は玄関から外に少し出た所で、静かに太陽を仰ぎながら、何かを待っている様子だった。彼はこちらに気づいていないようで、ただずっと佇んでいる。青島は玄関から彼に話しかけようとしたのだが、何かに気づき歩み寄る事をやめた。
 なんだ?と目で彼に尋ねると、青島は嬉しそうに微笑みながら人差し指でしーっとするだけ。
 そのまま彼に従い静かにしていると、ぱたぱたと小さな羽音が聞こえ始めた。
 あ。
 小さく息を飲んだのはその瞬間。彼がそっと掲げた手のひらに、見たこともないような美しい鳥がとまったからだ。白銀の羽根は光に照らされて煌めき、サファイアの瞳が静かに、けれど絢爛に輝く。

「遅い」

 冷たい呟きとは裏腹に、表情は酷く穏やかで。
 私は驚きを隠せなかった。先程私に向けていた無表情な雰囲気とは、一変していたからだ。確かに彼は青島に対しても、どこか突き放したような空気を纏っていたが、けれどどこか気遣っているのは明白だ。
 彼は、本当は優しい気質なのか?
 私にだけ、態度が違う?
 見知らぬ人間に、そんな風に反応されるのは少し寂しかった。

「ばかました」

 舌ったらずに、囁いて。
 その鳥を抱きしめる…と、瞬間に無数のしゃぼん玉になって彼を包み込み、そして空に舞い上がっていっていく。
 その見事な美しさに、思わず声が出た。

「………なんのマジックだ?」
「マジックじゃありません。ただの式神。しかし真下もロマンチストだな…しゃぼん玉だなんて」
「――――青島…。」

 きっとキツイ眼差しで、男が振り返る。先程までのあの和やかな面もちは消え、そこにあるのはこちらの肌にもぴりぴりするような張りつめた雰囲気だけだ。

「声ぐらい掛けたらどうだ。盗み見なんかしてないで」
「だって…新城さん嬉しそうだったから。邪魔しちゃ悪いかと思って」
「その方が余程悪いぞ?まったく…!」
「照れなくてもいいって」
「照れてない」

 しかし、彼が照れ隠しに青島に突っかかっているのは明白で。シキガミとはよく分からなかったが、新城という男が何か…そう、大切な誰かの名を優しく呼んだのは分かった。おそらく、そんな自分を見られたのが嫌だったのだろう。
 くすっと緩みかけた口元を、私は慌てて隠した。何となく、彼が私に好印象を持っていない事で冷たい言葉を掛けられると思ったからだ。
 案の定。新城はすっと急にこちらを睨んだ。そして数秒で視線を青島に。

「――――決めたのか」
「うん。」

 きゅ、と青島が拳を握ったのが、分かった。

「………側にいる」

 さっと彼の顔が強張る。漆黒の澄んだ瞳を僅かに揺らし…唇を噛み…少しうつむいて言葉を吐きだした。

「……あおしま……」

 その声は予想もしないほどか細くて。私は驚いた。青島も同じ様で、戸惑った雰囲気を隠さずに顔に表している。
 私たちは玄関のところで裸足だったが、新城は靴のままだった。中に入ってきて、段違いになっている縁にまで近づく。そうすると、背の高い青島を見上げるようにして唇を振るわせた。

「おまえ…本当に馬鹿なんだな」
「―――なんで貴方が泣きそうなの」
「誰が泣きそうだと?…呆れてるだけだ」
「嘘。……泣かないでよ…困るよ…」
「何度言わせる。泣いてるようにみえるか?」

 見えない、確かに。彼は泣いてはいない。けれど青島は泣いていると言う。私には、全く分からない二人の会話。

「なんでそうなんだ?阿呆め」

 かがめ、と小さく新城が言い、青島は黙ってそれに従う。―――と、彼が静かに青島の額にくちづけた。それに顔をくしゃっと歪めたのは、青島の方だ。泣きそうなのは、青島の方。
 小さく白い手で、頬を撫で、もう一度。
 そこだけ、別空間のようだった。
 一枚の絵画のように…ゆっくりと、時間が流れている。

「――――祝福を」

 そのかいなが離れた時、ようやく息が吸えた。ずっと止めたままで、彼らを見つめていたのだ。

「新城さんは、優しいね」

 くしゃくしゃっと、自分で髪をかき乱しながら、青島が言った。そのまま、息を飲んでしゃがみ混んでしまう。めちゃめちゃ嬉しい、と小さく言った。
 ホント、優しい…と。
 ぎゅぅっと両耳を押さえながら、青島が呟く。

「ただで祝福などしてやるか。さっさと点検いってこい。私は雑務があるからな、部下を連れていけ」

 こん、と新城は軽く拳で青島の頭を叩く。青島はうんっと返事をすると、ばっと立ち上がってガッツポーズをした。付いていけない、半ばおろおろしていた私に向き合うと、待っててくださいね♪と笑顔付きで言葉を残し、シューズを履いて外に出ていってしまった。
 一人残されるのも気まずいので、待て、と彼に声を掛けて玄関から出ようとした時だった。
 思わぬ力で、引き戻されたのだ。

「…行かれない方がいい。まだ貴方には無理だろうから」
「……無理…?」
「全身を焼かれるような苦しみを味わいたくないのなら、青島の言葉に従え、と言ってるんですよ」

 はぁ。と心底嫌そうなため息をついて、新城が上に戻れと顎で促してくる。彼自身スリッパに履きかえていた。そのまま背を向けて立ち去ろうとする彼に、私は思わず問いただしていた。

「貴方、青島に優しいんですね」
「―――――――」
「私に比べて、随分と違う。初対面だと思うんですが…何故私にそんなに…」
「辛く当たるのか…と?」

 華奢な背でもう一度ため息をつくと、肩ごしに振り返った。じっとこちらを見つめ、しばらくすると戻ってきて、さっと私の前に跪いた。そして右手をとり恭しく甲に口づけると、その姿勢のまま、何の感情も込めないセリフを放る。

「ご機嫌麗しゅう、我らが長の姫君」

 絶句して言葉もない。
 何故こんなにも負の感情をぶつけられるのか、分からない。
 けれどすっと彼の上げた視線とぶつかったとき、直感のような、曖昧なもので原因を掴んだ。

 ……葛藤?

「何を苛立っているんです?」

 そう言うと、きっと睨み返された。静かに立ち上がり、言葉もなくきびすを返す。そのままもう行ってしまうのかと思ったが、数歩の所でぽとりと言葉がおちてきた。

「……私は、青島に借りがある」
「…………かり?」
「アイツはそうは思っていないでしょうがね。酷く、大きな借りだ。何年たっても、十分の一も返していない。増えるばかりで困る」
「――――――」
「手助けしたいのに、奴はいつだって一人でこなそうとする。抱えすぎなんだ、何もかも」

 ぎゅっ、と震える拳が見えた。同じだ、…そう、先程の青島と。

「放りだしてしまっても誰も責めないだろうに、そうしない。傷つく道ばかり選んでいく…―――」
「傷つく……?」

 それは、どういう意味だろう。
 私の側にいる、と彼が決めた事が…何故傷つく事に繋がる…――――?

「貴方は知らなくてもいい」

 とん、と突き放した言い方で。

「知った所で貴方に青島を救えやしない」

 突き刺すように、連ねていく。

「お気楽に彼の横で笑っているといい…―――。それが、唯一貴方に出来る事だ」

 さっと背を向けたまま、新城は優雅に礼をした。音もなく歩み、そして消えた。ぱたん、とドアを閉める音が聞こえ…――――。

「…………な………」

 なんだ?
 突きつけられた言葉の数々に、私は呆然とするしかない。そうやって言った新城…彼自身が部屋に入り自己嫌悪で吐き気を催していることなどあずかり知らぬ私は、ただ最悪の印象を持っただけだった。

 新城の葛藤も苛立ちも悲しみも。
 青島の決意も諦めも苦しみも。

 私は確かに、分からなかったのだ。

 つきん、と鎖骨の当たりに痛みが走った。数本の針で突き刺されるような感覚だった。なんだろうと思って見ると、うっすらと白い線が幾重にも重なり何か文様を描いている。入れ墨のようだった。直径二pあるかないかの小さな円の中に、複雑な模様が書き込まれている。
 はっきりと分かった形は、数え切れない程細い線を放つ、まるで太陽を描いたようなものと、それに重なるようにして彫り込まれた星。
 紋章学には造詣が深くないので、何を表しているのかは全く分からなかったが、とても高尚なものに見える。これが体に刻まれた(?)のは一体いつのことだろう?たった今まで、まったくこんなものがあるだなんて気が付かなかった。

「何がどうなってる…―――」

 青島、と紡ぎ出すとなぜだかほっとした。
 呪文みたいだった。

「早く帰ってきて全部説明しろ、ほんずなす」

 青島、とこぼして。

「私は早く仕事したいんだ」

 青島、と囁いて。

「振り回すのも、いい加減にしてくれ」

 言葉とは裏腹に名を呼べば漏れるのは笑みで。


「あおしま」


 そうやって独り言を小さく呟きながら。
 玄関でずっと待っていた。

―――無知、とは…時に幸福であろう?



back home next


こんばんわ〜v真皓です☆第18話「らせんかいだん」どうっすか!
室井サン変ですね!!自覚なしですね!!(爆笑)
何より皆さんが違う〜!!と叫んだのは新城さんの行動だろうかと(笑)
おおい、新城さん、真下クンが嫉妬するよ(笑)
それくらい、「花月バージョン」の新城さんは青島君が心配なんですねぇ。まるで母親のようよ(笑)放任主義にしなさい。仮にも組織のトップなんだから(笑)
実は今回の回は特別必要じゃなかったり(笑)ただ新城さんに室井さんを「姫君」と呼ばせ、その上青島くんと新城さんが何故かラブラブというのが書きたかっただけ(爆)
もう好きなように書きます!<オイ!
るるさんには「第三部に突入するのに一票」と公言され(苦笑)反論出来ない人がここに…。……だからなんで書けば書くほど長引くよ、真皓。(怒)
もっと上手くなりたいです、切実に(泣)

それでは♪お付き合い下さってありがとうvv
01/3/5 真皓拝

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル