第十九話 きみをさがして


どうしたら二人たどり着けるでしょう
「咲く花も枯れない場所」


 …一つだけはっきりした事が分かった。
 私の体は、確かに可笑しくなった…そう、何もかもが、青島を中心に回っている、という事だ。
 私の耳も、瞳も、鼻も…彼の存在を常に探している。そして彼には言わなかったが、分かった事がもう一つある。彼が怪我をすると、同じ箇所が痛い、という事だ。

(これは、どういう事なんだろうな…)

 申し訳なさそうに言う彼を、卑怯だと思う。そんな風に傷ついた顔をされたら、迂闊に責められないではないか。
 ようするに、麻薬みたいなもんなのか?と聞くと…ああ、そうかもしれませんね…と言った。

「貴方はたぶん、俺がいないととても混乱する。生きていく、という事が優先ではないんです。俺と共にいる、という事が大前提…そういう、体…ですから」

 ふぅん、と眉を寄せて頷いた。すごく不本意だ。一体全体誰がそんな体にした。あ…青島か。

「貴方はまだ、分かってない。」

 分かってる、と言うと、青島はとても困った顔をした。苦しそうな目をしていた。それにつられて、私も自覚しながら難しい顔をした。

「分かってないですよ?これ異常だって、思わないんですか?」

 異常だな。男の私が、男のお前がいないと生きていけない体なんてな。
 そう言うと顔をくしゃっと歪めた。だから、そういう顔をさせたくなくて言わなかったのに。言わせるから…この男は。

「その他にも、色々あります。……口で言っても分かりませんから…明日、一緒に警察に行きましょう。」

 ああ。
 低く言うと、にこっと彼が笑った。

「懐かしいですか?」

 それは不適切なセリフだな…懐かしいとかではなくて…そう、やっと現実に戻れた気がするのだ。あの場所に行けば。

 間。笑う。

 ……青島、笑うな。言いそうになって、やめた。そう言えば、この男はきっと更に感情を隠して笑う。今だって気づいていない、笑っていながら、瞳が後悔で揺らいでいる事を。
 『知った所で貴方に青島を救えやしない』…そう言い切った新城の声が蘇ってくる。
 なんなんだろうな…今の私達の関係は。

「おやすみなさい」

 ベットからそっと離れ、ドアを閉めながら彼がそう囁いた。

 青島。

「はい?」

 どうして、私の体を…―――?

 変えたんだ、と尋ねたかったのに、瞼がおちてきて意識が闇に沈んでしまった。だから私は聞き逃した。彼が悲しげに呟いた、本心を。

「……貴方に、死んで欲しくなかったんです…」

 ―――例え、誰を犠牲にしても、と。




 ぱたん、と遠慮がちにドアを閉めると、かたかたかたと体が震え出すのが止められなかった。
 点検が終わったのは夕方だった。玄関を開けたら、小さくうずくまるようにして座っている室井さんが、いた。俺が待ってて下さいね、と言ってから軽く半日は経っていた。驚きで声も出ない。

 そして自分の迂闊さを呪った。彼にとって俺の言葉とは、絶対の命令なのだ。もしも意志に背く事をすれば体に激痛が走る。だから、何時間経っても新城さんは彼に何も言わなかった。食事をしろとか、何々をしろ、とか…放って置いてくれた。この家で待機してくれたのが、彼でよかったと心から感謝した。他の誰かだったら、きっと騒ぎになっていた。

 気を付けなきゃいけない。

 彼に向ける言葉のすべて。
 覚悟の上だろう、彼の側にいると決めたのは…―――!

 すっと、新城さんが口づけてくれた額に触れた。
 ―――祝福を。
 悲しげに、でも、暖かな祈りを込めた口づけと言葉に、涙がでた。
 貴方は言えた筈だ…否、言う立場なのだ。
 「その男を殺せ」と…―――!
 お前がこの組織の長として、責任を持つのなら。
 お前が、この先人々を守りたいと思うのなら。
 お前が、その男の事を本当に、大切に思うのなら。

「殺さなければ」ならなかったのだ。
「見殺しにするべき」だったのだ。
「助けるべき」ではなかったのだ。

 こんなかりそめの命を吹き込むのは、愚か者のする事だ。
 誰かの意のままに生きる人生など…命など…自分が一番忌み嫌い呪ったものだろうに!
 俺は…同じなのだろう…結局…あの存在と。

『たった一人救えない者が、他の誰かを救えるか?』

 言葉にされなくても、新城さん、貴方の声は聞こえたよ。
 そうして、貴方は俺を許すんだね。
 貴方は怒ってもいいのに。
 仲間を、危険にさらすのか、と。
 貴方だって、何に変えても守りたい者がいるだろうに。
 こうした、と知ったら、とても怒る者が一人いるでしょう…?

 真下正義。

 あいつはきっと怒るよ?

 分かってしまったから、もう俺は貴方に謝るしかない。この我が儘を、許して貰うしか術がない。
 いざとなったら、俺の代わりに殺すつもりでいたでしょう?
 俺に恨まれてもいいと。
 俺が後で、室井さんを生き返らせた事で後悔しないように…巧妙に覆い隠して助けるつもりでいたでしょう?
 そうしたら、俺は新城さんを憎む事で己の為した罪を忘れられる。
 どうしてそんな事考えるかな…貴方。シンクロしちゃえば分かるよ、簡単にね。

 どうしてそんなに優しいの?

「俺は……後悔してる…??」

 してない、とは言い切れない。でも、死なせたくなかったのだ。
 この感情が何かは知っている。けれど、認めたくはなかった。どうして、と自問する。どうして心惹かれた。その先にある悲劇は知っているだろう?もう、自分は身をもって知っているだろう?

 母さん…――――。

 母さん…名も知らぬ母さん、ごめんなさい。俺は貴方の言いつけた約束を破りました。
 人を、愛しました。
 貴女の最も嫌うやり方で、手に入れてしまいました。
 名も知らぬ母さん、名を与えられなかった貴女の御子は、悪い子です。
 この世を、危機にさらしているのは、俺なんです。
 それでも生きたいと望むのは、強欲過ぎますか。
 人として生きたいと藻掻くのは、愚かですか。
 もう、何も分かりません。

「………助かりたいのは、俺か……」

 ずず、と扉に寄りかかったまま、俺は廊下に座り込んだ。手をだらりと下ろし、足を開いたまま無造作に放りだし…ぼうっと、天井を仰いだ。
 じわり、と視界が歪む。泣くな。そう自戒しても、溢れるものは止まらなくて。
 泣けば許されると思うのか?
 皆は知らないんだ…俺の、その存在している罪を。
 生かされていたんだ、と繋がれた鎖を掲げて叫んでいるうちはよかった。俺は生きたいんだ、自由にしてくれと渇望していた時は幸せだった。
 閉じこめられていれば、この苦しみに気づく事なんて一生なかった。
 この存在意義に、罪悪を感じる事なんて無かった。

 人とふれあい、優しい仲間と共に生きること以上のものなんて、望む権利は俺になかったのに。
 長い間そんな幸福に溺れて、忘れていたのだ。

 『闇主』

 なんとなつかしい名だろう。かつて己を表した足枷の名だ。
 そう、封印していたから忘れていたのか…忘れていたかったのか。けれど恒久に消える事のない存在…―――『闇主』…この世の闇の主。
 闇に生きる者の、すべての神。
 ア・ン・シュ……呟くとぱっ、と電球が点滅した。ほら、名の韻を踏むだけで、この聖なる場に闇の波動を起こすことの出来る最強の存在。

 室井さんを殺した少年が、『闇主』と呼ばれていた。おそらく、あの子は俺と同じ力を持っているだろう。俺は人の心が欲しいために、闇の力を捨ててきた。完全に捨てきる事は出来なかったけれど…―――そう、生き延びる為に力が必要なのは分かっていたけれど…その圧倒的な力すべてを保持する事は出来なかったし…そして捨てたかった。捨てるべきではなかったのだろう。きっとあの少年は、俺が残してきたその欠片を体に取り込み使っているのだ。

 俺は、その足枷から逃れてはならなかった。
 あの塔から出た事で、死ななくていい仲間が死んだ。
 傷つかなくていい人が、傷ついた。

 後悔しているかい?

「しているとも」

 そして…悦んでもいるのさ。
 変わってしまった室井さんを見て、悲しみながら、後悔しながら、どこか嬉しいんだ。

「……俺は、世界で一番幸せだ…。」

 
―――この幸せには、タイムリミットがあるけれど。



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こんばんは〜☆ハイペースの真皓です。構成まとまってなくても、なんだか書きたくなって書いてしまっています(死)
第19話「きみをさがして」おい青島、お前ウザイ!の回でした。
少ぉ〜し過去が明らか?みたいな(笑)
真下クンが出てきませんが、出てきたら主人公の場を奪われるので遠慮してもらっています(爆笑)
さぁ〜どうなるのかな〜(遠い目)
BGMは踊るサントラムーンライトからでした。これ聞くと異常に筆が進みます。だってこれ所要時間一時間を切ってますから(笑)

01/3/6 真皓拝

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