第二十話 もとめたりしない



テーブルに並んでいる、残酷な果実
「聖杯に満ちている憐憫の涙」


 闇の囁き――――

「まだ早い」
「まだ時は満ちておらん」
「いますぐその憎き首、かき切りたいがのう」
「すぐに殺しては楽しみがない」
「先代をとくとこらしめましょう」
「我々闇の民を裏切ったコト」
「まずは手始め」


 

――――仲間を、増やしておいで。




「うわ…」

 一言そう呟くと、室井さんは俺のジャンパーの袖をきゅっと掴んだ。あまりの凄さに、動揺したようだ。でも思ったよりも混乱していない。凄いな、と素直に思う。もっと慌てたり騒いだりすると思って心配していたからだ。

「大丈夫ですか?」
「そんな訳ないだろう」
「………ですよね」
「…目が可笑しくなってる…」

 今、おそらく室井さんの目には無数の色が見えている。行き交う様々な人の体から発せられている、オーラ。あの家から出て、すぐにでもタクシーで湾岸署に向かえばよかったのだろうけれど、その前に今の状態を説明しなくてはならない。その為に、少し手前で下ろして貰った。ここは僻地とはいえ、人通りのある所だ。

「なぜ…急に?」
「あの家には、ちょっと変わった膜が張られてたんです。俺達はそこから出たから、もう目の前にフィルターがなくなっちゃってるの。……わ、分かります??」
「……分からない」
「……ええっと……つまりね、簡単に説明すると、今の室井さんは霊能力者みたいなの。人の体から発せられてるオーラが見えてるの。……わ、分かりました??」
「なんとなくは……。つまり、この目は今までだったら見えなかったものが、見えると?」
「そ、そんな感じです」

 ふうん、といったニュアンスで、室井さんは軽く頷きながらまた人混みに視線を向けた。

「君に私の体は変わったと言われて…あまり実感がなかったんだが」
「………はい」
「…すごいな。見られなかった今までが、なんだか勿体ない…などと少し思った」
「…………………」
「……青島?」
「いえ……」

 この人は…。と、俺はかなり動揺した。今ここに人目がなかったら、後ろから抱きついてしまったかもしれない。かなりスゴイ。なんて適応能力だ。いつもあんなに張りつめてるから、もっとかたくなに何もかも排除して非難して、拒否するとばかり思っていたのに。

(俺、もしかしなくても、室井さんのこと侮ってた……)

 何もせずに、俺達はずっと立ちつくしていた。きゅっと握っていた手をゆっくりと離しながら、彼はじっと人混みを見つめている。

「……綺麗でしょう」
「ああ」
「オーラで、感情も分かるの知ってました?」
「いや…まだよく分からないが…絶えず色が変わる人もいれば、変わらない人もいるのは分かった」
「上出来です。じゃ、行きましょう…」
「青島…―――私の体に、何したんだ?」

 突然目の前に、鋭い刃物が迫ってきたようだった。
 ゆっくりと、彼が俺を振り返る……。
 黒い瞳が、俺をじっと見ている。

「…………あ…」

 唇を動かそうとした。

「…………っ……」

 動かない。と、室井さんが瞬きした。

「責めたりしない。もう終わった事だ…」
「!」
「……お前は、昨日私にまだ分かっていないと言った。じゃあ聞く。何をして、私の体はこんなに変化した?目も可笑しいが、耳も変だ。酷く響いて聞こえてくる。五感が異常な感じがする」
「……………」
「何をした?」
「……………」
「また、黙秘か?じゃあこれだけ聞かせてくれ。後悔してるのか?」
「してない!」

 思わず室井さんが一歩下がる程、俺は大声を張り上げていた。行き交う人も(主にサラリーマンが多かったけど)ちらりちらりとこちらを振り向いては去っていく。

「…そ、そうか…。じゃあ…」
「じゃあ?」
「―――いや、何でもない」
「室井さん?」

 いや、いい。と彼は小さく言った。問いただそうとしたけれど、彼は首を振るばかりで答えてはくれない。
 行こう、と彼が俺の袖を引っ張った。俺はタクシーで行こうと言ったのだけれど、彼は歩いて行こうと言う。まだ時間がある、どうせだから話しながら行こう、と。

「…あの少年に会ってから、不思議なコトばかりだ」
「少年?ああ……」

 闇主、か。
 心の中で一人ごち、彼の言葉に耳を傾ける。

「よく騙されなかったね。俺そっくりだったのに」
「まあな…。さすがに匂いだけは、真似出来なかったらしい」
「匂い?」
「煙草」
「………へえ」
「実を言うと、混乱している」
「そうなの?」

 全然そう見えない。口にくわえた煙草を、思わず落としそうになるくらい、俺は驚いた。少し前を歩いている彼は、気まずそうにしながら肩ごしに振り返る。

「青島を捜してたんだ」
「…………………ん」
「急に訳の分からない事言い出して、勝手にいなくなるから。」
「ごめんなさい」
「そうしたらあの少年に出会った。君が悪い奴だって言う」
「………っ」
「君が人間になりすますために、青島俊作っていう少年を殺したと…。あの墓に立ててある十字の木を抜いてくれと頼まれたが、しなかった。本当かどうかよく分からなかったし、私の知らない事情が多すぎた」
「……本当ですよ」
「――――え?」

 はっ、と振り返った彼に、言った。

「アレは、あの場所は俊作君のお墓です。本物の青島俊作は、もう死んでる」

 息を飲んで立ちつくす彼に追いつき、俺は言葉を続けた。恐い…言葉を続けるのが。

「俺の所為で、死んでしまいました」

 行きましょう、と促して。今度は俺が先を歩いた。室井さんは立ち止まっていたけれど、僅かに離れてついてくるのが気配で分かる。それにちょっとほっとして、自分を嗤った。彼がどんな風に自分を思っても、結局は付いてこなくてはならないのだから、来るのは当然だと。自分から離れられない体にしたのではないか!

「あの墓の十字を抜くと、何かあるのか?」

 後ろからの声には、いたわりの響きがあった。それに甘えて、俺は話題を変える。

「この日本に…鬼が、降臨するんですよ」




『じゃあ、傷ついたりしないよな?』

 と、口から言葉が付いてでそうになって、私は動揺した。
 何故こんな事を尋ねる必要があるだろう?そんな事よりも、重要な質問事項は山ほどある。だが優先順位を無視して飛び出してきたその問いは、すぐにでも解答を弾き出した。これはルール違反だ、と。

 ―――聞いてはいけない…

 もし尋ねて、そうだと言われたらどうする?
 離れるしかない。私はこれ以上ない親友(相棒?)を手にしたかもしれないという思いに喜んでいるのに、自らピリオドを打ってしまう事になる。それは、お前一人の思いこみだ、と。
 実際そうなのかもしれない、と思い、背筋が寒くなる感覚に襲われた。自分は彼を見つけだして、話をして、それでなぜだか満たされた気がしたものだけれど。

 もしかして、彼には迷惑だったのか?
 離れた方が、ずっとよかったのだろうか。自然消滅を望んでいた?

 目の前を歩く広い背中。
 ステップに合わせて揺れる髪の毛に、シャンパーの裾。
 彼はいつだって私の前にいたから……。
「吸血鬼って言うと、なんだか西洋っぽいですけど…本当の所、この国の伝承に当てはめれば鬼みたいなもんなんですよ」
「なら何故鬼って言わない」
「鬼の中でも、とりわけ血を好む奴が多いからですよ。鬼の中の全部が全部、血を好きな訳じゃないんです。鬼って言うとひとくくりされてしまうから…」
「節分の豆…本当に痛いのか?」
 そう言うと、青島はくすくす笑いながらこっちを見た。その笑顔に顔には出さないけれど心底ほっとした。久しぶりだった、こんな風に無邪気に笑う彼の姿は。
「面白い事言うなぁ…室井さんてば」
「答えろ、痛いのか?」
「痛いですよ?そりゃ…当たればね」
「吸血鬼退治には豆がいいなんて、なんだかシュールだ」
「あははは!違いますって〜。そう言う意味の効果はありませんよぅ」
 ひぃ〜っと笑いながら、青島はこちらを振り向いた。後ろ歩きしながら、話し続ける。危ないだろう、と注意すると、大丈夫っすよ!と軽快な答えが返ってきた。ああ…肝心な事を質問しなければ、彼とは前のように話せるのだと分かった。否、以前よりもうち解けた雰囲気で、言葉を交わせる事が出来る。
 それは目眩がするような誘惑に似ていた。私が自分の身に起こった事さえ目をつぶれば、一緒にいても彼に堅い表情をさせる事はないのだ。

 『傷ツケルコトモ、キットナイ』

(………なに……?)
 ざあっ、と冷や汗が全身から溢れたような感覚がした。何の迷いもなく思考を巡らせていたけれど、辿りつきまるで囁くようにして脳裏に残った思いに、困惑した。
(なんだ…?今の考えは…?)
 自分じゃ、ない。
 そうはっきり分かった。何を考えていた?今!?
「室井さん?」
 ふいにのぞき込まれて、はっと私は顔を上げた。どうしたの?と問いかける眼差しに、なんでもないと首を振った。そうして二人歩き出して、困惑をすぐに振り払った。この言い知れぬ不安はなんだろう。自分で自分の考えに否、ときっぱり判断を下したのは初めてだった。
 『答え』にはではなく、『思考』の方に。
「あ…着いちゃった。室井さん、吸血鬼講座はまた後でね。すみれさんに先に挨拶に行こうよ」
「ああ」
 心ここにあらずの状態で、青島にひっぱって貰うように湾岸署に入った。……と、彼が突然立ち止まった。私はぼうっとしていたので、彼の背中にそのままぶつかってしまう。

「青島っ」

 非難の声を上げても、彼は振り返らない。どうしたんだろうと顔をだすと、署内にはどうみても警視庁の者がたくさんの機材を持って移動していた。特捜本部を設置しているのだろうと思い至るのに、さほどの時間は必要ない。
「……何かあったのか」
「でしょう、ね…。たぶん……」
「あおしま?」
 見上げると、遠い目をしている青島がいた。唐突に不満と不安に押されて、彼の袖を引っ張るという児戯のような行動になる。
「あ、なに?」
「………一人の世界に入るな。言わなきゃ分からない」
「ごめんなさい」
 すらりときた謝罪の言葉に、なぜだかむっとした。絶対分かってない、と漠然と分かってしまったからだ。
 大体な君はな、と口を開きかけたとき、私の唇の動きを封じるには充分の大きさを伴った声が飛んできた。
「室井!何処行ってた!?」
 声の方向を見れば、正面の階段の踊り場に、険しい顔をした同僚の姿。

「――――…一倉……」

 傷ツケテ、ナイヨネ?

 
―――それだけが、私の気がかり。




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ども〜…真皓でっす。外は雪。なんでやねん。天気予報の嘘つき〜。
なんて、第20話「もとめたりしない」いかがでした??
無理矢理事件に、アクションに持っていこうとしてます(笑)
ここに来てやっと悪役側のセリフが入ってきました。この作品の特徴として、敵対する側の事情が全く明かされない、というのがあります。敢えて書きませんでした(笑)トイなんかは相手に関する会話が最初の方から入ってたりしますが。対照的にしてみたかったの(笑)

感想下さい〜(><)

01/3/8 真皓拝

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