第二十一話 みぃ



生きていたいから、邪魔しないで
「守れない約束がしたいの」



 瞳を閉じて、両手でそっと受け取った…虹色のシャボン玉。

『僕は何も言いません。すべては、貴方の望むままに…―――』

 そう言っても、彼が予想し、実行したい事項から既に外れている事は明白で。また迷惑を掛ける事になるのかも知れない、と嘆息する。
 『それが僕の望みですよ、むしろね』…なんて、我が儘を言えとせがむ奴。それを青島がまたけしかける傾向があるから困ったものだ。自分達は言わない癖に…他人に言えなどとそれこそ傲慢な。
 はあ、と書斎で書類に目を通し、ふいに窓から視線を外へと向けた。カーテンが風に揺れては、視界に時折掛かってくる。頬を掠める風が心地よい。けれど、心だけは決して晴れなくて。こんな時いつも気を紛らわせてくれる、彼に思いを馳せてみる。
 きっと、自分が任せた仕事に奔走しているのだろうが。声を掛けたくなった…暢気に。

『何してる?―――真下』



 ぱん!と軽快な手を打ち合わせる音が引き起こした現象は、とても爽快で、そして不思議なものだった。彼の背後から、突風が一定方向に向かって吹き抜けたのだ。しかしそれが不思議なのではない。確実に『彼の背後からの風である』のに、『彼の髪がまったく揺れない』のだ。

「………っ」

 小さくいきを飲む音。すると、風がやむ。

「真下さん、上です!!」
「分かってますって〜」

 そう追い込んだのは自分なんだから、と心の中で答えて、真下はのんびりと空を仰いだ。青い空にぽつんと浮かぶ、黒い一点。すごく不自然な。あ〜、あれかぁ。と顎に手を当てて眺めていると、近くにいた細川が騒ぎ出した。対象物が落ちてくる前に、攻撃して欲しいようだ。

 あのねえ。それってすごく難しいんですけど。とは言わなかった。言ったら余計に大騒ぎするだろう。
 はあ、とため息を付いて、真下は左手をぶらん、と下ろした。少し腰を落とし、対象物に向かって槍を投げるような動作をする…―――びぅ!!
 不可視の何かが、空に向かって投げられた……と。

 ――――どしゃ!!

 真下の背後に落ちてきたのは、男。最も人か『サーバント』か区別がつかないほど崩れていたが。血に濡れた服が、女性のものではないのは確かだった。

「やりましたね!真下さんッ!!」
「はあ……。キリないですねぇ〜…」

 と右手で頭をかきながら、視線も向けずに左手で寄ってきた細川に手を突き出す仕草をした。ぴゅ!と小さく風を切る音がして、続きぐあ!と低い悲鳴。

「うわ!」
「ちょっと数多すぎですよねえ…。嫌だなぁ…こういう輩」

 見つめる二人の前で、男の体が灰になっていく。が、コンクリートの地面に残る大量の血。

「………あれ、消えない」
「――――――――………」

 ぎり。と真下は細川に気づかれないように下唇を噛んだ。さび付いた味が口の中に広がってから、いけないいけないと舌で舐める。
 こんな事で唇を荒らしたら、迂闊に新城さんに口づけが出来ないではないか。
 何とも情けない事を考えながらも、真下が口にしたのは至極真面目なものだ。

「いやあ…非常にマズイですね」
「へ?」
「僕にはちょっと荷が重いかも知れないなぁ。早く帰ってきて貰わないと…」
「え?え?どういう事です!?真下さん!?」
「…………風華、降りといで」

 と真下が空に手を掲げると、サファイアの瞳をした白銀の鳥がとまった。綺麗なくちばしが真下の唇に軽く触れると、ふわっと風を振りまきながら幼い少女の姿になった。髪は白く、そして地面に届く程に長かった。背には小さい羽根があり、可愛らしくぱたぱたと動かしている。

「おや、今日はサービスがいいな〜」
『珍しく働いているご主人様を虐げる理由など、式神にはございませんでしょう』
「そっか〜vいや〜…ずっとそのまんまがいいなv」
『嫌です』

 真下の顔が途端ににやにやし出したのには、理由があった。式神の少女は、新城によく似ていたのだ。真下の言葉からすると、いつもは違うようだが、どうやら主人を喜ばせる為に偽装したらしい。

「ここ、浄化しといてv」
『………かしこまりました』
「真下さん、どういう事です…??」
「へ?や、汚いでしょ、このままじゃ」

 とにこにこして細川に説明する事を避ける。否、別に話した所で不都合が生じる訳ではないのだが、真下は面倒臭いのである。ただこの一点に尽きる。
 『ファミリー』は頭がいい。と思考の先に行き着き、心底嫌悪しながら心の中でのみ悪態をつく。『点』を確実に汚す事など、本当は彼らはいつでも出来たのだ。でもしなかった。一見完璧な『サーバント』を作れず、結界の破壊工作が失敗したかに見えるが、本当は違う。
 彼らは、ただじんわりと真綿で締めてきたのだ。『点』は一発で壊せなくても別に構わない。その変わり大した時間も掛からずに殺せる程度の屑を、大量に向かわせる事。『人間』と『吸血鬼』の血が不自然に混ざり合った『サーバント』は、死んでも完璧に灰にはなれない。『人間』の血だけが、そこに必ず残る仕組みなのだ。

 そうやって、『点』のある場所を、壊すのではなく確実に『汚す』こと。
 そうして聖域を消し去って行くこと。

「先輩、相当恨まれてますね〜…」
「は?」

 全く会話に着いていけない細川を放っておいて、真下はしゃがんで残った血が浄化さえていく様を見つめた。

『ご主人様…?』
「あ〜あ…嫌だなぁ〜もう。僕出来るなら関わりたくないってのに…」
『…………!』

 風華は空に浮きながら、険しい表情で息を飲む。自分の主人が、滅多に怒らない主人が、本気で苛立っているのが分かったからだ。眉をよせ黙り、真下を見ている…そうしている様が、本当に本人がそこにいるようで、次の瞬間には主人が振り仰いで顔をにやけさせたものだが。
 そうしておちゃらけていたって、頭の中ではめまぐるしい程の情報が行き交い、そして次々と結論を出しているのは分かっている。

『目的は…なんなんです?』
「…知りたいの?風華」
『ええ』
「暴れないでね。絶対だからね。物壊さないでね」
『…………私は暴れ馬ですか』

 元通りに綺麗になった地面を見、真下が立ち上がった。細川は緊張した面もちで真下の言葉を待っている。風華もふわふわと羽根を動かしながら、沈黙した。

「『ファミリー』はね、本気だって事だよ。徹底的に、人間を…強いては僕たち『リベレイター』の抹殺を考えてるのさ。または服従を、かな。あの知能指数の極めて低い、畜生にも劣る貴族連中が、無い脳味噌絞って考えたようだよ。まあ…実際にこの計画を立てたのは…きっと一人だろうけど。」

 にこっと憎めない笑顔を浮かべながら、口から零れるのは毒のこもった言葉ばかりだ。その言葉に織り込められた憎悪に、細川などは顔を青ざめさせている。こんな風に激昂する真下を、一度も見た事がないらしい。

「彼らは、失われし『綺羅の末裔』を選び出した。極めて下劣なやり方でね」
「『綺羅の末裔』!?……え、選び出したって…ええ!?」
『待って下さい…、どういう事ですか!?』
「あれ…ああ、そっか。君たちってまだ若かったんだよね。ごめんごめん。」
「ちょ、ちゃんと説明して下さい!どういう事ですか!!とっくの昔に全滅したっていう、光の民を選び出すって…!?」
「選べるよ〜?さっき死んだ男だって、『綺羅』の血を引いてるよ?すんごく薄くて、無いに等しいケド」

 くっ、と風華と細川が殆ど同時に息を飲んだ。止めた、という方が正しいかもしれない。二人にとって、それだけ衝撃の強い発言だった。

「『人間』の心には、『悪』と『善』が半分ずつあるって話、知ってる?この『善』がね、『綺羅の血』によるものだよ。かつて光の主…『綺羅』が闇の主『闇主』に殺されたとき、その最後の力を振り絞って人々に血を分け与えたって言われている。っていうか、史実だけど」

 腕を組み、すっとぼけた顔で言葉を続ける。うろうろと立ちつくした二人の周りを歩きながら。

「でもまあ。現代人は数を増やしてしまった為に、今は無きに等しいけど?」
「ですよね!?だったら選びだしたって、どういう事です!特別な一族からでも…?」
「残念ながら、今最も濃く『綺羅の血』を受け継いでいるという一族は日本に存在しないよ。巫女の家系や、神主の家系でも、もうかなり薄い。だけど一つだけあるんだ、選び出す方法が」

 腕組をとき、真下ははあ〜と深いため息をつきながら頭をかいた。じゃり、と踏みつけた砂利が音を立てる。

「『闇』のある所には、必ず『光』が存在する。僕達もそうだ。僕たち『吸血鬼』が人間たちの中から『護符』を選び出し、『契約』する時、必ずその『吸血鬼』の『闇』と同じ分の『光』を『護符』が持つ。力のない…血の薄い『吸血鬼』が何故『儀式』によって『人間』になれるのか…―――その訳を考えたことがある?『吸血鬼』から血を抜き取り、その不足した分を『護符』が生命力を送り込む事で成り立つというのは確かに間違っていない。だけど、これは純粋な『闇の血』に、純粋な『光の血』を分け与え半分にする事で両方の力を相殺しているんだ。――――あ、あれ?二人とも??」

 すらすらと述べられた言葉に、二人はノーリアクション。あんまり手応えがないので、聞いているのかと不安になってしまった。手を振ると、大丈夫だと目で返されたので、そのまま続ける事にする。ごーっと飛行機が上空を飛んでいく音が微かに耳に入った。それをBGMに、喋り続ける。この愚劣さを、真実きっと二人は理解出来ないだろうと思いながら。

「だから、もしも強い『闇』の力を持った『吸血鬼』が『護符』を選んだらどうなる?」

 すっ、と人差し指を空に向けて、立てた。

「それも、かつては『闇主』と呼ばれていた存在なら…―――?」

 その相手は、必然的にそれに見合う『光』を持つようになる。『吸血鬼』の力が微弱なら、そんなに大した抵抗はないだろう。眠っている…相殺されている『光の血』が僅かに頭を上げる程度だ。しかし、相手が巨大な『力』の…『血』の持ち主だったらどうなる…?
 体の中にある、すべての『闇の血』が消える。そう……そこに滅び消えた筈の、『綺羅の末裔』が誕生するのだ。その者は、もう『人間』ではない…――――。

 青島が『護符』を選ばない理由は知っていた。
 一つ、相手も、自分も、その『血の力』故に人間になれない。
 二つ、戦いに、必ず巻き込まれる
 三つ、……決して、死ねない。

『………『綺羅の末裔』を選び出して、奴らは一体何をするつもりなんです…?』

 じゃりっと小さな石をつま先で蹴り上げて、真下は器用に右手でそれを手にした。二・三個同じ様にして手に持つと、片手でジャグリングを始めた。戯けた様子の真下に、苛立ったように細川が言及する。

「真下さん!!」
「――――『綺羅の末裔』が何を司るか、知ってるよね?」

 もう、結論はすべて見えた。この、戦いの先…これから何が起こるのかも。阻止したい。否、しなければならない…―――けれど……。

『『光』…でしょう?』
「そう。じゃ、質問。もしもその『綺羅の末裔』が、日本中の人間の『血』を集めたらどうなる?」
「『血』集めたら……?」

 眉を寄せた細川に対し、風華は突然顔を険しくして、今にも泣きそうな、怒りだしそうな表情をした。それを横目で見た真下は、にっこり笑って言う。暴れないでね、と。

 細川は知らないが、風華は知っている―――真下と新城の間で伝言を伝えたからだ―――その『綺羅の末裔』の現状を。『綺羅の末裔』は、正常な状態で『護符』となったのではない。そう、『選ばれた』のだ。有無を言わさずに…『ファミリー』の謀略によって…―――!
 『護符』である『綺羅の末裔』は戦えない。もしも……もしも浚われたら…命を、狙われたら。
 いいや、と風華は唇を噛んでそれを否定した。ご主人様は言ったではないか、『血』を集めたらどうなる?と。そう、『人間』から『綺羅の血』を抜き取れば、それは『闇の民』になるのだ。
 何て事だろう…!と、風華は顔を覆った。そうでもしなければ、怒りを…叫びを、押さえきれなかったのだ。

 『ファミリー』は、何より『人間』を愛する我らが長…『青島俊作』に、これ以上ない罠を掛けたのだ…――――!!

 『綺羅の末裔』の『力』を使って、『人間』を抹殺する事が可能になる。
 否、『ファミリー』の目的とは、それなのだ。誰よりも『人間』を…『人間』となる事を望む長に、その『人間』である事を放棄させる手段を作らせる。彼がその『人間』を『護符』にせずにいたら、避けられた事態が……。

 何もかも最悪の事態だと考えるのは愚かなのかもしれない。
 けれど…これを嘆かずにいられるだろうか。
 最も愛しい者の胸に、今、彼は剣を突き立てているような状態にさせられているのだ。

 『綺羅の末裔』を殺せば…その可能性は消える。しかし、殺せるくらいなら、『護符』にはしないのだ。

『…ご主人様……っ』
「ん?」
『………死ぬ気で、働いて下さいっ…!』

 切羽詰まった声で言うと、真下はジャグリングをしていた手を止め、苦笑した。しょうがないなあ…と呟きながら。

「み〜んな、先輩の事好きなんだねぇ」
『……そうでなければ、貴方様に仕えてなどいません』
「言うなあ〜…ハイハイ。分かってます。全く…新城さんといい…風華といい…」

 最悪の結末はもう考えた。その全貌も分かった。……そう、これくらいの事はもう青島も分かっているだろう。『護符』を手にした時点で。……あの人も。
 後は、それを引き起こさない様に努力するしかないのだ。……もう。

「分かってますよ…」

 けれど、他の誰の為でもなく、己が死ぬ気で努力するのはたった一人の為なのだ。

―――…私は、私をよく織っているから…ね。



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「ゴスベラーズ」聞きながら、執筆。第21話「みぃ」どでした!?説明の小説第二回。ついでに真下君再登場。時間系列は同時ですので(笑)
あ、ちなみに分かりました??真下くんの能力。「風」です。ハイ。似合いませんねぇ〜。あとここでは書かれていませんが、この世界設定では、彼式神使いとして『リベレイター』内で随一の能力者(笑)でも今回出てきた「風華」のが人気でたりして。だって「新城さん」の偽装(女の子)バージョンするし<爆
今回言いたかったこと、つまり青島は室井さんを絶対手放しちゃいけないって事ね(笑)

01/3/12 真皓拝 …感想くれ〜!

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