第二十三話 よんでくれよ



激しい未来を望むならば
「目覚める前に用意してあげよう」


『こちらへ、王』

 知っている声、だった。湾岸署に入った途端に聞こえたそれに、俺は目眩を憶える。
 この、声は…―――!
 自分の側近だった男の、ものだ。この男が、結界を越えてここに来ているのだとしたら、もう、封印はとかれているものと考えて相違なかった…。

『この場にいる者を、殺められたくなければ…』
『黙れ』

 忌々しさを込めて声を返した。その過敏な反応に、くつり、と喉の奥で笑う気配がした。

「……俺は、何処にも行かないよ?相棒でしょ。もう隠れたりしないから、心配しないで。仕事して、室井さん?」

 一瞬悲しげな顔をしたけれど、それを俺は断腸の思いで振り切った。彼を連れて行くわけにはいかない…。
 外に出ないよう、気づかれない程度の暗示をかけ、室井さんには何も告げずに、湾岸署を後にした。

『懸命なご判断です』

 耳元で聞こえた声を無視し、俺はにこやかな笑顔を絶やさずに保ちながら歩く。そうして人気のない広場に向かう。立ち入り禁止の看板が立てられた、有刺鉄線のその向こうに、見覚えのある顔。随分歩いた、側にあるのは吹きさらされたむき出しの地面と、通りの少ない道路。海から吹き込む風に音を立てるぼろぼろの看板。それくらいだった。

「………お前まで来たっていうのか…人形師(マリオネット)」
「大林と及び下さい、我らが王。貴方様が私に与えて下さった名です」

 黒いスーツに身を包み、手には黒の革手袋。リストバンドに紺を入れ、首には銀色のチョーカー。青島よりも大きいその体を、男はすっと小さくした。青島の前にすっと赴き、片足をたててこうべをたれたのだ。

「………やめろ。俺はもう王じゃない」
「いいえ」

 すっと顔を上げる。貴方様の言葉も待たず、こうべを上げることをお許し下さいと小さく言って。

「何を仰いますか。どれほど御力をお隠しになろうとも、その輝きが失われる事なぞございません」
「………お前が来たって事は…もう本当に意味なんてなかったんだな……」

 くっ、と笑った。俺は自分をも嗤った。
 何て事だ。自分が築いたあの結界…完璧だと自負すらしたあれは、こんなにも脆く破れさられてしまうものだったのか。では、自分はあの一族から逃げられたのではない。この人間になろうと藻掻いた数百年は、一族が敢えて見逃していた、つかの間の安息にしか過ぎなかったのだ。

「何をお嗤いに?」
「愚かな自分さ」
「ご自分を貶めなされるな。この世で至高の存在である御身を…他の者が己の存在を許せなくなってしまいます」
「至高?何を言ってるんだ、大林。それにここで何をしてる?お前が仕えるべき者は、今別に存在しているだろう?…―――『闇主』が、いるだろう?」

 と言うと、人形のように全く顔を動かさない大林が、くっと唇を歪めた。

「……『闇主』?ああ、あの木偶の小僧でございますか」

 その言葉に込められた嫌悪に、俺は一瞬言葉を失った。幼少から一緒にいたこの男に、これ程の感情が存在しているなどと、思いもよらなかったからだ。

「大林?」
「ヤツは御身を恐れ多くも、模した出来損ないの人形に過ぎません。名を与えては、図に乗りましょう。」
「……しかし、他の者にはそう呼ばれていた」
「そう、一族に愚か者が存在するのでございます。この大林、力及ばず、情けなさで顔を合わせる事さえ躊躇っておりましたが、昨今は目にあまる…―――」
「用は、なんだ」

 ずらずらと並べ立てられる言葉に、俺は嫌気が差して口を挟んだ。セリフを途中で止められた大林は、少し右眉を上げた。これは気にくわない、というサインだ。彼は全く認めなかったが、俺が彼の意志(この場合は努めるべき行動)から少しでも外れると、いけませんな、という諫める動作だった。

「今、俺がどれだけお前を厭わしく思っているか、分かるか」
「…………お許しを、王」
「俺は王じゃない!『青島俊作』だ!!」
「まだ仰いますか。どれ程ご自分でご自分を否定されても、現実は変わりません。貴方様は王なのですよ、我ら闇の一族が無条件に慕い、側にいたいと乞い願う……。お帰り下さい、もう、家出ごっこは充分したでしょう?」
「―――――――!」

 ぱあん!と乾いた音が響いた。その音と、右の手のひらが微かに持った熱で、俺が大林の頬を叩いたのだと認識した。初めてだった。逆はあっても、俺が大林を叩いた事なんて一度もなかった。彼が非常に恐い側近だと知っていたからだ。

「我ら一族、貴方様があの常闇の国から出て行かれても、追わずに待っておりました。再び戻ってきて下さると信じていたからです。王、ご自分が人間になるなど、不可能だともう身をもってお知りになったでしょう?お帰り下さい、あの城へ」
「嫌だと言ったら…?」
「………これまで散々目をつぶって参りましたが、これほど醜悪におなりになったか」
「!」
「以前の貴方様はいずこへ?何者にも囚われず、何者にも屈しなかった貴方は?」
「………やめろ……」
「超然とし、誰よりも気高い……前王を凌ぐその力…」
「……………っ!」
「たった一度の誤りと、目を離したのが間違いだったのです…。あの時から、貴方は変わってしまわれた。涙を流し、怒り、嘆き…喜び…。いいえ、構わないです。我らが戴く王が何の反応も返さない木偶では、仕える甲斐がございません。ですが、人間に興味を持つのはよろしくない」
「大林……お前……っ!」
「我ら鬼の一族が、人間に興味を持つというのは、人間が家畜に興味を持つ意と同等。人間が動物になりたいと乞い、なれますか?動物が愛しい、可愛いといって、その身に抱く構造の遺伝子からもう違うモノなのに。それほど貴方様は畜生になりたいか」

 ざっ、と思わず後ろに後ずさる自分の足を止められなかった。俺はもう教育係であった彼の元から離れ、数百年が軽くたっている。今更怯える必要などなかった…誰が何と言おうとも、そう、俺は最強の力を持っているのだ。本気になれば、誰一人俺を止められる者などこの世には存在しない。
 けれど例外があった…そう、彼が今その手にしている『腕輪』
 かつて光の一族が唯一、保持していた武器、『霊寄せ』の『腕輪』だ。

「お前……何故…それを…!」
「これ程お慕い申し上げても、貴方様は拒まれるか。何故なのです?」
「来るな!!」

 下がっても、びしっと体が軋むのは止められなかった。本能的な恐怖に、俺は後先構わず背を向けて走りだした。けれど、数歩走りだした所で大林に目の前に立たれる。

「何故拒まれるのですか。なんら不純な想いなど織り込まれておりませぬのに。これ程貴方様を奉り慕っておりますのに…なにゆえ?」
「やめろ!来るな!!」

 魂が、引き寄せられる。その『腕輪』に。この武器は、その腕輪に引き寄せたい相手の名を血で刻み、そして相手に触れて真名を呼ぶ事で効果を発する。一時的に、その持ち主の力によっては、永遠に束縛する事が出来る。抗う事は可能だった。己の力を出し切れば。
 けれど大林の実力から考えると、軽くこの一帯が吹っ飛ぶのだ。湾岸署も巻き込んでしまう。

 彼が何故そんな武器を持ちだしてきたのか、分かっていた。本来の使い方である相手の『魂』を抜くのではなく、この場合は、『青島俊作』を…取り除く為の手段なのだと。
 そして引っ張りだすつもりなのだ。かつて常闇の国に降臨した王…『闇主』を。
 そして『青島俊作』は殺されるのだ…永久に……壊れた硝子が元に戻らないように…絶対に。

(――――いやだ…!!)

 両手で耳を痛いくらいに塞いで、いやいやと首を振った。恐かった……あの頃の自分に戻るのが。

「『王』………こちらに」
「――――――っ!」

 ずずっと右足が引っ張られる。必死に抵抗した。びしっ、と大林の頬に傷が伝う。右の頬にも…左のふくらはぎ…胸に……。
 びしっ、びしりっと。生々しい音と血を飛ばして。

(いやだいやだいやだ……誰かっ!!)

 誰の助けを呼ぶというのか。新城はあの家から出て来れない。自分の代わりに結界を維持しているからだ。大林の束縛…そして力から助け出せるような『掃除人』は、『リベレイター』内にはあと一人しか存在しない。真下だ。しかし彼も、新城が管理するエリアを今守っている。でてこれる筈がない。

 助けは期待出来ない。

 びしっ!!と一際生々しい音が空き地に響いた。その腕に捕らえられては敵わないと、大林の左腕を吹き飛ばしたのだ。大林はくっと一度顔を歪めた後、すぐにまた涼しげな表情を取り戻した。

「『霊寄せ』の『腕輪』をしているのは、右手でございますよ?」
「五月蠅いっ」
「片手では抱き寄せられぬとお思いか?愚かな」
「触るなあぁっ!!」

 どん!と俺は不可視の力を無理矢理に自分の前に引き出した。そうする事で、牽制出来ると思ったのだ。ここは一刻も早く、『腕輪』を壊さなくてはならない。間が数十pという、目と鼻の先の距離感で、数分の攻防が続いた。遊ばれているのだと、気づくのに時間など必要なかった。彼は、今すぐここで俺を引き寄せる事など可能なのだ。だって彼は周りがどうなろうと構わないから、力を出す事に躊躇などない。
 けれど俺は違う。本来の、力の十分の一すら出すことが出来ない。その力によってもたらされるであろう被害の甚大さが、想像出来るからだ。

「それを愚かととるか、比類無き慈悲深さととるかは、家臣次第という事ですか」
「……勝手……言いやがって…っ!」
「私は愛しいと思っていますよ。そうやって、何も捨てられずに…切り捨てられずに躊躇う貴方の気質をね…―――『闇主』」
「―――――――――!」

 ふっと二人の間にあった力が消えた。ふらっと引き寄せられた俺の体を、器用に大林が右腕で抱きかかえる。抱き留められながらも、俺はこれ以上ない憎しみを込めて大林を睨んだ。捨てるものか、という思いで頭がいっぱいだった。こんなにもたくさんの人と、仲間を犠牲にして得た『青島俊作』を、俺は捨てたくなかったからだ。

「私が憎いようですな…けれど甘い。そうされながら、あなた様が微かに私の左腕を心配している事など、この大林には分かるのですよ」
「ぐ………っ」
「お眠りなさい……目が覚めた時には、もう世界が変わっている…いえ、元に戻っているでしょう」
「……いや…だ……!」
「お眠りなさい…。愛しき我が王」

 すっと目の前が暗くなった。意識が遠のいていく…嫌だ、と藻掻いても藻掻いても、ずるずると眠りの縁に誘われていく自分が分かった。

(助けて……)

 違う、と喘いで、心で呟く。
 誰か、名を呼んで。

 闇の一族の王、ではなく。
『リベレイター』の長、ではなく。
 何者でもない、この、俺の名を……―――。

『青島俊作』の、名を…――――!

 
よんで、くれよ。



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貴方はアジアのパピオン〜♪と歌いながら第23話「よんでくれよ」を執筆。なんか…密かに大林×青島??しかも王と側近?密かにまたレアな設定??
…小木さんヒーローにでてたなぁ〜vヒーロー最終話。なかなか面白かった。
……ところで、段々話が込み合ってきましたが、みんなついてこられてる??(汗)
一人暴走するのは嫌だな〜……。

01/3/19 真皓拝

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