第二十四話 わすれないで
私が今見つめているのは
「君だけだよ…私が今、探しているのは」
引き留めようとする一倉の手を、振り払った。その手を見、ショックを受けたような彼に怒鳴り返す。
「―――青島の所だっ!!」
もやもやとしていたものが、一気に振り払われた。そうだ、私は彼の側に行くのだ。例え、誰が…―――何者が止めようとも。
何故なら彼が私の相棒だからだ。
離れるなんて許さない。
「青島……?何、言ってる…室井!?」
「彼が殺されそうなんだ!」
「なに?おい、頭は大丈夫か?」
額に触れようとする手を、ムキになって振り払う。一倉と向かい合うと、以前には感じなかった焦燥感だけが、降り積もる。
何故分かってくれないのだ!?この叫びだしそうになる程の焦りを。
「「そこのオジサン。―――『青島』の『護符』にむやみに手で触れるなんて、無礼だなァ」」
雰囲気に似合わぬ、のんびりとした菊地の声に、一倉が過敏に答えた。なんだ!?と。
「「仮にも彼はかつての『王』だよ。その『護符』に触れるなんてね、優雅じゃないし、野蛮だって言ってるの。まあ僕は別として?……貴方じゃねぇ。不敬罪で死刑だ☆」」
「なんだと!?」
「やめろ、一倉!『彼』に触れるな!!」
胸ぐらを掴まれても、菊地―――いや、おそらくあの木の下で出会った少年だ―――はにやにやとした笑いを止めなかった。何処か人を嘲るような目は、菊地は持っていなかった。それにこの口調……声。
「「綺麗になったねぇ〜。いいよ、とっても。この世を滅ぼす…いいや…導く者としては器量がいい事にこした事はないからサ。ああいい事した〜♪こうも僕の思い通りになると、楽しくて笑いが止まらない」」
「…………君と私は、以前出会ったよな?」
一倉の手を離すよう促しながら、睨んで問う。背に庇うように立つと、一倉は不本意そうな顔をしたが、一瞥して黙らせた。ぐっと唇を噛んで会話に耳を済ませている。
「「そうだよ?覚えてないの?」」
「いや……名を、聞いていなかったなと思ってな」
そう言うと、『彼』は初めて瞳から嘲りの色を消して、にんまりと笑った。机に肘をついて、頬づえをしながら言う。―――「闇主」、と。
「あんしゅ……?」
「「そう。闇の一族の王。この世を革命する者」」
「………それが、どうして青島を狙う。彼が、何か君の邪魔でもしたっていうのか」
聞き返すと…『闇主』は一瞬きょとん、という顔をした。そして数秒後に笑い始める。けらけらけら…さっきと同じように。その様子に、黙っていた一倉が叫ぶ。
「何がおかしい!?」
「一倉!」
「「あ〜〜おかしい♪なぁ〜んにも分かってないんじゃない、室井サン。今がどれだけ大変なのか、本当に知らないの?自分がどうなったか、どんな立場なのか?…………ふぅ〜ん。僕の目論み、ひとっつだけ外れてたよ」」
「………何を外したんだ?」
「「『青島』の貴方に対する対応」」
「!」
はっと顔が強張る。押さえきれない動揺に、私は唇を噛む。努めて感情を波立たせないようにしながら、『闇主』の言葉を待つ。
「「全部うち明けて、協力してもらうんだとばっかり。違うんだ…そう、そんなに大切だったんだ…。悪い事しちゃったかもな〜。う〜ん…これは逆効果だったかも……大林に怒られるなぁ……」」
”全部うち明けて、協力してもらうんだとばっかり”
(……どういう…意味……?)
がたん、と菊地が立ち上がった。無精ひげが微かに動く。彼が笑ったのだと知るまで、時間が必要だった。すっと、手が差し伸べられる。
「「来て。室井サン」」
「………………なに?」
「「僕が教えて上げるよ、貴方が何者か。そして…―――『青島』が何者か」」
「……な……ん……」
「「知らないんでしょう?………知りたいんでしょう?」」
「……………っ」
さあ、と突き出されたその手。
この手に己の手を重ねれば、分かるのか?
青島が自分に何をしたのか…今の自分は一体何者なのか。
彼がうち明けてくれなかった……そのすべてが。
『知った所で貴方に青島を救えやしない』『お気楽に笑っているといい…それが貴方に出来る唯一の事だ』
あの新城という男が知っていて、私が知らない事。
『ごめんね』『ちゃんと見てて!!』『もう、しない。……だけど、分かったでしょう?俺…普通じゃないんです…―――』
青島の泣きそうな顔。
『……勝手に記憶を消したりしてごめんなさい。嘘ついててごめんなさい。酷い目に、…―――巻き込んでごめんなさい』
泣いた顔。
『嫌いだって、言って』『ありがとう』『俺の所為で、死んでしまいました』
(…………)
『――――恐く、ないの?』
恐くなんか、ない。
『貴方はまだ分かってない』『俺、人間じゃないんだよ?化け物、なんだよ?』
そんなの、もう分かった。一度言われれば充分だ。……君がそこにいれば、充分だ…!
それなのに、君は私を拒絶するのか?
何にかは分からないけれど、私の側にいる事は、やはり君を傷つける事なのか。
(……後悔、してるのか。)
『してない!』
「―――――!」
ぱちん、と何かが弾けたような気がした。体を束縛するような言葉の蔦が、一気にほどけたような感じさえ受けた。彼の笑顔と共に脳裏に蘇った、彼の言葉で。
『聞かせたいなら、側に来い……返事は?相棒』
『……――――はい!』
そうだ、彼は返事をした。彼は、側にいると言った筈だ…!説明してくれると、約束した。
「「……室井サン?何を躊躇うの?」」
「……躊躇った訳じゃない。確認しただけだ」
「「確認…?何を?」」
「青島の意志を」
「「……………!」」
きゅっ、と闇主が唇を噛んだ。そうして私と数秒の視線の攻防をした後、くつり、と笑って窓の外を指さした。
「「面白い事を言う人だね、本当に…。青島の意志?……なら、確かめてくるといい。」」
「言われなくとも」
「「早くするんだね…。今頃僕の部下が、彼を殺そうとしているだろうから」」
きびすを返し、ばん!!と扉を開けはなって、私は走りだした…―――。一倉も、私の行動に静止を掛ける事が出来なかった。それくらい、素早かった。闇主が指さした方角……そこへ向かって。
一瞬、これは少年の思惑に引っかかったのだろうか、と考えてすぐにやめた。そんな事は知らない。誰かの手の上で踊らされるのは誰だって否む。けれど、私はそれを認識して拒む程の余裕はないのだ。誰の思惑でも策略でも構わない。彼の側にいられるのなら。彼を、怒鳴りつけられるのなら。
まだ彼は悩んでいたのだ。それを私も知っていた。彼を追いつめる事だからと。……優しすぎた。もっと責めて責めて責めまくればよかったのだ。容赦などしないで。
新城という男の言葉なども、真に受けなければよかった。彼がなんと言おうとも、それは青島の言葉じゃない。
青島の、意志じゃない。
本心じゃない、とまでは言い切らない。本当はそう思っているかもしれないから。だけど言葉にしなければ、私は知らないと言い続ける。態度で示されても、私は知らないふりをする。言葉で告げないのなら…絶対に。
彼は私に告げない事を選び取った。それでも構わない。ならば私は君から暴くだけだ…隠そうとしたそのすべてを。気持ちを。
今の状態なんか知らない。今の私に分かる事は、私が劇的に変化した事と、青島が気になる事、それだけだ。……それだけで充分だ、彼を怒鳴りつけるのは。
(そうだ、忘れていた。私は彼に怒っていたのに。)
ばっと視界に七色の光が走る。……そう、これが私が変化した第一の結果。人のオーラが見える。「室井!!」と背後から一倉の声がした。以前なら振り返るだろう…でも、今は。
――――振り返らない。
かんかんかん…と耳障りな音を立てて階段を駆け下りる…と、最後の二・三段はもどかしくてジャンプした。上着が邪魔だった。無造作に脱いで、ロビーの受付嬢に渡す。捨ててくれて構わない、と。
『だって貴方もう、人間じゃないものねぇ?』
あそこまで言われて、察しない人間などいないだろう?
私は、もう人間ではないのだ…―――おそらく。
それなら、彼が打ちひしがれていた理由が分かるのだ。
それなら、私がおかしくなった結果に結び付くのだ。
五感が鋭くなって。彼の側でしか空気が美味しいと感じなくて。
彼の言葉に逆らえない。
もう分かっている…半分以上。でも、確信はしない。
青島の、言葉ではない、から…―――。
『もう離れたりしないから…―――ずっと、側にいるから』
嘘つき。
『そうしないと、貴方死んじゃうから…』
だったら、ずっと一緒にいてくれればいいのに。
『そういう体に、俺が、しちゃったから……――――』
責任を、とれ…!!
君を責めたりしない、なんて嘘を言って悪かった。私は責める。絶対に、君を、真っ正面から…目を見て。
だって私を変えたのは君なのだから。他の誰でもなく。
「室井!!帰ってこい!!」
否、帰れないんだよ…一倉…私は。
「室井!!」
もう二度と…きっと…この場所には。
自動ドアが開く動きさえももどかしくて。
走り出す。
君を捜して。
何処にもいかないと、と嘘を言った君を捜して。
救い出す。
君が囚われているものが何かは知らない。
知らなくて構わない。
無知がどれだけ強いのか、実行してみるのも興味深いだろうが?
傷つくのが恐い?
なら何故生きている。
傷は治るんだよ、阿呆。
君が何者なのかなど、知らない。
『吸血鬼』?
『長』?
『王』?
さあ、誰の事なんだか…?
私が知っているのは、『君』の事だけだよ…――――。
「青島、俊作……っ!」
忘れないで、私が見ているのは、他でもない…君。
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私が今〜見つめてるのは〜♪…と歌いながら執筆。
こんばんは、真皓です。
長い長い…。しかも室井さん襲わせるまでいかないし(死)
次回こそは戦闘〜v……なんか…室井さん違う人になってるし…ま。いっか。自分楽しいから(爆笑)文句はメールで下さいね〜。来てもやめないけど。<オイオイ
だって来たってここまで書いたら最後まで書かなきゃ、後味悪いでしょう〜♪
では☆
01/3/20