第二十五話 かみさま



止まらない衝動にもっと身を委ねて?
「苦しいほどの胸の痛みの理由が分かるよ」



 腕の中の男が、ぴくんっと一度痙攣した。そんな事ではびくともしないが、気になって顔をのぞき込む。その頬に、すっと一筋の涙のあと…。
 くっ、と唇を噛む。そうして、失った左腕の事を思う。回復の術はとうに行った。止血ももう終わっている。片腕を無くしたのは痛かったが、城に帰り技法師に術を施して貰えば、数年で元通りになるだろう。

 ―――そんな事よりも。

 たったこの身の腕一本で、この存在が返ってくるのなら充分過ぎる報酬だった。
 闇主…闇の王。
 誰も知らないのだ。この存在がどんなに美しく得難い秘宝であるかを。
 だから、殺せなどと簡単に命じる。

(誰が、殺すものか…―――)

 外界に出られる条件が、『青島』を捕らえ殺す事だった。大林は少年の申し出に応じた。元側近であるという事で、彼をすぐにでもおびき出せる、と進言して…―――。

(誰が、失わせるものかよ…―――)

 さら、と闇主の前髪が風に揺れた。薄茶に光る毛先を見て、痛々しげな顔をした。こんな色ではないのに、と。かつて降臨したあの姿…脳裏に焼き付けられて離れない。
 見ることが叶った者なら、絶対に他の存在を受け入れるなんて事は出来ない。
 魅せられる……限りない闇をその身に内包する王に。

 あんな醜悪な存在にこの『闇主』の名を騙らせるのが、どれ程の怒りを覚えたか。
 あんな粗悪品…―――見るだけでも、虫酸が走る。
 絶対無二なのだ。この存在以外、統べる者などいないのだ。

 『青島』などと言う名は捨てさせる…。高尚なる魂にこびりついた、汚らわしい人間の人格など。

 王は、こんなにも頼りないオーラを持っていただろうか。
 王は、こんなにも、弱い存在だっただろうか。―――――否!

 すべては『人間』の所為なのだ。
 我らの生涯の、ほんの一時ほどしか生きられぬ生き物。
 優しいこの王は、その儚さに目を奪われてしまっただけのだ。
 自分の生命力の強さに、ほんの少し嫌悪を覚えただけなのだ。
 何故こんなにも自分は揺るぎない力で生きられるのに、彼らは出来ないのか、と。
 不変に生き続ける事に、きっと王は飽きてしまったのだ。刹那刹那をまるで燃え広がる炎のように、一夜限りで消えてしまう花火のように……その限られた時間を必死に刻んでいく姿に、憧れたのだろう。
 確かに惰性で生きている…我ら鬼の一族は。
 吸血鬼、と西洋の呼び方をされる(する)ようになったのは、いつの時代からだったか。

 けれど王、それは間違っているのですよ、と大林は『闇主』に語りかける。片手で青島を肩に抱き上げて。
 本来なら、両手で大切に抱きかかえていきたいが、王の力で腕を失った以上、我慢してもらうしかない。

 貴方は『人間』になりたいと言う。けれどよく考えてみなさい、彼らは…彼ら『人間』が望んでいるのは、まさに貴方が手にしている『永遠の命』なのですよ…と。
 貴方は、貴方が儚く綺麗で、か弱いと言って憚らない『人間』の側面を、本当に知っているのか。
 彼らのトップは常に、『永遠』という者に憧れている。時にはそれで大勢の同種(同胞)を殺す事になっても、ちっとも呵責を感じていない。『死なない細胞』の研究。衰えないように、衰えないようにと。
 王、私は思うのですよ。彼ら人が今必死に自らの寿命を引き延ばそうとしているけれど、ほんの少し前の彼らの方がどれだけまだましだったか、と。
 『人間』たちは時がたつにつれその醜さを露わにしていた。だから放っておいた。いつか貴方が『人間』に絶望すると知っていたから。

 どんなに愚かな事をしてしまったのか、と。
 お前達には、悪い事をした、と。

 心の中ではちっともそんな事を思ってなくて、ただ形式だけの言葉だとしても。否、そんな言葉さえ必要ない。ただ、我らの元に帰ってきてさえくれれば、それで…。
 それで、と。その日を待ちこがれながら…王が王に成り得たあの儀式の夜を思い出して過ごした。あの方がいつか帰ってくる、とそう思えばいくらでも待てる気がしていたし、待っていた。
 何百年という間、追いもせず。
 中には、結界を壊して出ていこうとする者もいた。
 不可能ではなかった。確かに『人間の魂』(『リベレイター』は『点』と呼んでいるらしい)によって支えられた結界は強固だった。王がその力により練り上げた『織力』も素晴らしかった。(元々王は幼少の頃から優秀だった。してやられたと舌打ちする前に、その出来映えに教えたのは自分なのだと誇りに思った程だ。)けれどそれは所詮『闇』の力によって作られたものなのだ。壊そうとして壊せない事はない。
 しかし、皆待っていた。『王』の意志に反するからだ。一時の激情で事を起こして、嫌われるのは誰もが嫌だった。
 ずっと、待っている筈だった。『王』自ら戻られるまで……あの『少年』が生まれるまでは。

 少年は、『王』の血から造り出されたクローンだった。
 その姿を見、力と血に惹かれはするものの、紛いものである事など本能的に分かる。『王』の存在を知っている者であったり、懇意であったりする者ほど、嫌悪感は増した。
 けれど造り出したのは、王の下にいる四大老だ。たかだか側近であった自分が口を挟める訳もない。
 少年は『王』を取り戻す為の戦士なのだと。仮の司令官でもあるのだと、城の者たちには伝えられた。嘘であることなど明白。四大老は『王』が不在の間に権力を手にしたいだけだ。
 初めて焦った。

 だから、死を覚悟でここに来た。
 あの『少年』の力、遙かに自分より勝る。この命令から背けば、殺されるだろう。けれどその前に、『王』を元に戻せばいいのだ。『青島』という人格を、忘れさせれば。元より『王』の方が潜在能力、コントロール、召喚術、施行術、すべてに置いて勝っている。『王』が最も得意とするのは『魔術』で、これは生粋の『血統』を持つ者にしか出来ない。『力』の欠片しか抱えていない『少年』など、本気になった『王』の前では赤子のようなものだ。

 『少年』に見つかる前に、帰らなければならない。『青島』を殺していない事がばれたら、すべての計画が無に帰してしまう。自分に協力してくれる仲間たちも、皆殺しだ。

 ぐっと体を片手で抱え直し、ピィッ!と口笛を吹く。カッ!と自らの体を中心に、光の柱が天を突いた。
 ふわっと体が宙に浮く。この力の移動に『少年』が気づくまで、数十秒。その間に帰り、しばらくの間『青島』の存在を隠さなければならない。完全に『王』が蘇るまで…―――。

(早く……)

 早く、と心の中で叫ぶ。
 するすると体が宙に上っていく。自らの体が地面から離れるにつれ、歓喜した。自分でも押さえきれない喜びが体を突き抜けていた。もう少しだ…もう少しで…我らの王が帰ってくるのだ!!

 その時だった。自分のテリトリー内に、何か異質な存在を感じ取ったのは。
 水を差されたような気分だった。せっかく気分が高揚していたのに……。鬱陶しい、と目を向けたとき、その存在がこちらに気づき、そして走り寄ってきた。

 体は優に三メートルから四メートルは浮いていた。そうして、広場に入りこちらに走ってきたその存在は、さっと大林の腕の抱える『王』に視線を走らせ、こともあろうにこう叫んだのだ。

「青島っ!!」

 かっ!と頭に血が上るのが分かった。この瞬間、自分がどれだけ危うい橋を渡っているのかを忘れ去る程に。時間が長引けば、『少年』に見つかり殺されてしまうのだという危機を脳裏から排除してしまっていたのだ。
 ぎりっ、と唇を噛み、憎しみを込めた瞳でにらみ返した事に相手は気づいただろうに。
 それは全く怯んだ様子がなかった。鼻からこちらの存在など目に入っていないのだ。

 懲りもせずにそれは叫ぶ。「青島ッ!!」と。

 それがどれだけ無駄な事なのか、ソレは知らない。くつり、と笑いが込み上げた。生来自分に感情は無いに等しい。『王』に捧げる忠誠心以外…『王』に関する事以外、排除して来たから。けれど楽しかった。遙かに自分よりもか弱いその存在が、意義すべてを掛けて今その名を呼んでいるのだと、分かったからだ。
 それがどれだけ無意味な事なのか、知っているからだ。

「もう『青島』は目覚めない」

 そう言葉を発すると、ソレははっと息を飲んだ。くっと唇が歪んだのが、自分でも分かった。その笑みに、相手が傷ついたのも。

「名を呼んでも意味がない。『彼』はもうとうに私によって封じられたから」
「…………嘘だ………」
「騙ってどうする?お前という存在を弄んだ所で、私に利益はない」

 するする……体は段々上昇し、次第にソレの姿が小さくなっていく。哄笑を上げないようにするのが大変だった。『人間』に奪われた我らの『王』を、返して貰う。さあ、分かったか。大切な存在を奪われる気持ちが…下等なお前らでも!!!

「――――あおしまあぁッ!!」

 バチン!と白い光が大林の周りで弾けた。何だ?と思考を巡らせたその瞬間には、浮遊感…そして落下。

(――――なに!?)

 ずだん!と鈍い衝撃が足の裏から膝に掛けて襲ってきた。意識するよりも前に体が反射的に着地体勢をとっていたので、怪我はない。『王』の体にも、だ。

(………なんだ?)

 術が…破られた?
 じわっと痺れがしばらく残る。呆然としてしまっていた時間はどれ程だったのだろう。何も言えず、考えられずに、すっと視線を上げた。目の前に、いる、ソレ。

「…………」
「…………」

 互いに無言だった。互いに何が起こったのか分からなかったからだ。ソレは大きく目を見開いて、瞬きもせずにこちらを見ている。じわり、と嫌な予感が頭をよぎった。

 『失敗』


 この近くにいるであろう『少年』には、きっともう気づかれた筈だ。なんでもこの世を支配する為の道具を手にいれるから、その間に始末しろと言われた。そつのないヤツの事。もう手に入れているはず…もう、『王』の存在が死んでいない事に気づいているはず。大林の離反にも。

「よくも………」

 地獄の底から響く声、というのは、こういう事を言うのだ。

「よくも……邪魔を……」

 する、と『王』の体を優しく下ろし、横たえた。地面にそのままにするのは憚られたので、自らのスーツ(少々汚れているが)を脱ぎ、敷く。計画は失敗した。他でもないこの目の前の存在の所為で。どうやったのか…無理矢理術を引きちぎった。既に行われている術を断ち切るなんて、なんと無謀な事をするのか。下手をすれば自分が命を落とす。今回は移動の法術であったから被害は少ないだろうが、少なくとも無傷な訳はあるまい。
 そう思い憎々しげに睨みながらゆっくりと立ち上がる。『王』の横たえた体の前に立ち、少し腰を低くしながら。

「……し…ま……」

 弱々しく再び名を呼んだ男は、しかし何処かを負傷している気配はなかった。眉を寄せる。何故、術の跳ね返りを受けないのか?
 無防備にも『王』の側に行こうとしたのか、走り寄ってきた。大林は相手がどれ程の力の持ち主かはかり知れず、一瞬躊躇する。目の前に立ったその男に、素早く左足を蹴り上げた。相手はそれをぱしっと両腕で流す。しかし力を流しきれなかったのか、数メートル飛ばされた。くっと息を飲む声が聞こえる。そして、畏怖の目でみながら立ち上がってきた。

(……なんだ?)

 この、さっきから消えない違和感は?
 さっと男の側に移動する。突然姿を消して目の前に現れたので、はっと息を飲んで男は拳を突き出してきた。敏捷で、的確な動きだったが、所詮『人間』だ。読み切れてしまう。……しかし、この気配は本当に『人間』か?

 突き出された腕を右手で掴み、肘の急所を押す。痛みで一時動けなくなったその刹那に、素早く男の衣服の胸元を引き裂いた。

「………このッ!」

 もう片方からの攻撃をさっと避けながら、大林はその裂けた衣服から覗く肌を凝視した。信じられない光景だった。その左の鎖骨の辺りに…刻まれた半径二pほどの円。

 ――――『聖痕』!

 そしてその男の持つ文様は、どれ程の吸血鬼が口づけようとも、刻み込めない印。
 最高位の、力を持つ者の『護符』しか得られぬもの…まさしくそれは『綺羅』の証!

 闇の王の相手は、光の王しか見合わぬ。
 王の『聖痕』を身に受けた者は、その者の一族郎党、永遠に変わらぬ繁栄を約束されたようなものだった。いや、そんな即物的なものではない…。それは、王の、少なくとも『興味』を得た事を意味しているのだ。新しき王が誕生してから、たった一人としてそのような者は選ばれなかった。

 王の力に見合う者……――――?

 『人間』が、その名誉を受けたというのか…―――?

「ゆる…さ…ぬ…―――――!」

 王はそれほどまでに我らを拒むのか。
 王はこれほどの裏切りを働いていたのか…―――!

 ひゅっ!と拳を振り上げた。
 この一撃で、目の前の相手を屠る為に…―――。

 
――――神様、私に力を。




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オダギリオダギリ〜〜っ♪……失礼しました。某番組に出ていたモノで…(笑)
少しばかり脱線してテレビみちゃった…あはは…v
で、なんとか第25話「かみさま」終了。相変わらず遅筆…というか…展開遅っ!
ま、ここまで付き合って下さってる方は、もう分かってて諦めてるとは思いますが(苦笑)大林怒りの暴走なるか!?ってか室井さん胸元破かれてるし(爆笑)
うわ〜ん、戦闘に行かない〜(><)
待て、次号!ってかもう第三部行くの決定!!(号泣)
01/3/23 真皓拝

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