第二十八話 かいほう


 何も、分からないなどと言って誤魔化さないで。
「何も、分からないだろうと言って隠さないで」


「何、やってんの」
「うるさい」
 ぽりぽり、とすみれは頭をかいた。ぎり、と唇を噛みしめて、正面玄関を睨み続ける男に。
「ちょっと、アンタ」
「…………」
「いつまでそこにいるつもり?いい加減ね…玄関睨むのやめなさいよ」
「…………私の勝手だろう。大体、君は職務を今放棄して…」
「アンタこそ何やってんの。本部長がいないいま、アンタが一番上なのよ。さっさと会議室行って指示しなさいよ」

 ちっと舌打ちして、一倉はきびすを返した。あの…これ…どうしましょう?とおずおず上着を差し出してきた受付嬢を無視し、階段を上がる。すみれはじゃ、私が預かっておくから、と笑顔で受け取り、一倉の後を追った。全く、世話のやけるキャリアだ…一倉といい…室井といい。

 そうして階段を上りきった踊り場で、突然一倉が拳を横の壁に叩きつけた。どん!という音に一瞬皆が振り返るが、一倉の形相を見て、見ぬ振りをした。

「……壊さないでよね。脆いんだから」
「…………いちいち五月蠅い」
「あのね〜。青臭いガキじゃないんだから、友達が何も言ってくれな〜いって駄々こねるのやめなさいよね」
「こねてない」
「こねてるじゃないの。全く…察しなさいよ」
「何を!?」
「室井さんは室井さんでやる事があったんだから、放っておきなさいって事よ。彼の望む事と、貴方の望んでる事は違うんだから」
「君が事情を知っていてそれを言っているのか、非常に曖昧な憶測でそれを言っているのか、判断しかねるな」
「どちらにしても当たってたんでしょ」

 はん!と腰に手を当てて笑ったすみれに、一倉はきっと睨む。

「青島俊作を殺させないとかなんとか言って、走っていったんだ、アイツは」
「……え!?青島くんがなんですって!?」
「知るか!訳が分からなくて混乱しているのはこっちなんだ…!!」
「……………」
「君まで青島とか言う男を捜しに行くとは言わないよな?」
「言わないわよ。……仕事してくる…検問よね」
「ああ」

 顎に手をあてて、思案顔のまますみれが背を向けた。途端に肩を落とした様子で階段を降りていく。その背に、一倉は声を掛けた。

「終わり次第報告に来い」
「了解」
「君が、だ。青島俊作について…―――説明してもらう」
「…………私は何も知らないわ」

 静かな眼差しを返して、すみれが言う。さらっと揺れた黒髪で、表情が読みにくくなる…が、彼女がとても悔しそうな顔をしたように見えた。気のせいかもしれないが。

「室井さんが、一番知っているのかもね」

 ふっと笑うと、片手に抱えた室井の上着を無造作に投げてきた。慌てて受け取る一倉に苦笑しながら、去っていく。

「室井が…?」

 何も、分からないなんて言って誤魔化さないで。
 誰よりも知っているのは貴方なのだと、私は分かっているのだから。




 抱きしめられた腕の中は、とても心地よかった。すがりついてしまいそうな程、気持ちよかった。
 でも、このままの状態では何も出来ない。

「青島…苦しい」
「あ、ごめんなさい」

 ふわり、と笑って腕を放す。大林、と呼ばれた男に向かいあおうとしたら、さりげなく青島に背に庇われてしまった。

「お前は…腕をもがれても俺を『王』だと言うの?」
「貴方以外に『王』がいますか!?もうおやめ下さい…!!お戯れにも程がございますでしょう…っ」
「戯れ……?」

 その腕から逃れ、私はそっと青島の傍らに立った。横顔を見れば…泣きそうに表情を歪めている。

「お前はまだ俺にこんな事させるの…もう、言った筈だぞ」

 お前たちを、捨てた…と。

「この事実が受け入れられないか。お前を殺さない事を、お前はどんな風に勘違いした?慈悲?違うよ…この人を巻き込みたくないから、しなかっただけだ」

 さっと腕の中に引き込まれる。なんだ?と顔を仰ぎみれば、にこっと微笑まれた。この殺伐な雰囲気に全くそぐわない笑顔。
 背に、青島の温もりがある…。体を方向転換し、向かいあった。

「室井さん、手を、貸してくれる?」

 はっ、とした。『闇主』の言葉を思い出したからだ。
 きっと睨み、驚いた顔の青島に囁く。

「……嫌だと言ったら、君はどうするんだ」

 嫌だと拒否すれば、君は分かったとそれを承諾するのか。
 きょとん、とした目をして、青島が私を見つめた。視界の片隅では、大林という男は言葉もないまま突っ立っていた。相当、青島の言葉にショックを受けたらしい。
 どうなんだ、と目で問い立たせば、青島が少し困ったような顔をした。

「……ああ…、じゃ、いい。ごめんなさい」

(この馬鹿!)

 間髪入れず、私の手が青島の頬を軽く叩いた。今までになくきつく睨んで、青島の胸に拳を叩きつける。

「……室井さん?」

 叩かれた頬を押さえ、びっくりした顔で私の名を呼ぶ。
 青島が無事だと分かったら、いつになく苛々した。なんとも…こう…この男は思い通りにならないのか。
 どん、ともう片方の手を叩きつける。どうして!と小さく怒鳴った。

「どうして、君はそうなんだっ」
「へ?」
「私は何なんだ?足手まといか?必要なら必要と言え!使えるものはすべて使え!!思いやりがあるふりをして、自分で何もかも出来るふりをして、……そうやって排除されたら、された方はどうすればいいんだ!?」
 う、と青島は押されて黙った。それを良いことに、私は場合をわきまえずに言い続けた。後から思い返して、恥ずかしい思いに狩られたのだが。

「君には何も必要じゃないのか?そんな訳がないだろう!」
「う…や…あの……」
「狡くなれ。私が嫌だと言っても、他の誰かが否だと叫んでも、奪えばいいだろう!」
「……それって……あんまり…いい事じゃ……」
「君にはそれくらいでちょうどいいんだ。どうせやれと言っても、実行なんて出来ないだろうが」
「……はぁ……」
「で、どうなんだ。必要なのか」
「……出来れば……」
「…………………」
「必要です。ごめんなさい」

 ふうっ、と青島はため息を吐いて、私はよし、と言った。

「で、どうすればいいんだ」
「もう…貴方の柔軟性には負けました俺は」
「…用件を言え。時間が無限にあるというなら構わないが。そうじゃないんだろう?」
「ええ。手を、貸して下さい。俺の手に重ねて」
「あ?…ああ」

 差し出された右手に、そっと左手を重ねた。まさかこれでもういいとかは言われないよな。
 ふっと顔を上げると、真剣な顔をした青島がいた。どこか虚ろな目をして、視線は私を通り抜けて大林に向けられている。

「俺の言葉を、復唱してください」
「『王』……っ!!」

 咎めるような大林の言葉を、ふわり、と笑って無視した。

「”我、ここに汝の護法とす”」
「”我、ここに汝の護法とす”」

 戸惑いながら、青島の言葉を繰り返す。

「”天、地、この身となり加護せん”」
「”天、地、この身となり加護せん”」

 どん!と遙か遠くで鈍いがして、砂煙が上がった。思わずその方向に目をやると、その砂煙は私たちを囲むようにして線を描いていく。

「”御力、闇となりても、光となりても我が内に”」
「”御力、闇となりても、光となりても我が内に”」

 ここまで唱えて、ふわっと突然体に浮遊感が襲ってきた。慌てて青島の右手を両手で掴んでしまう。それに少し目を見開いた青島は、さりげなく腰に手をあてて支えてくれた。どうしたことだろうか、この手を離したら、そのまま何処かに飛ばされそうなくらい引っ張られている。何かに。

「”汝、名を問うなかれ”」
「”汝、名を問うなかれ”」

 ばきっ!と乾いた音が続く。あの砂煙が、道路の方…そう、有刺鉄線をはっている杭すらなぎ倒していると気づくのに時間は掛からなかった。一体何が起こっているのか。

「”其は不動なる無とならん”」
「”其は不動なる無とならん”」

 ぐわっ!と重ねられた手の平の中から、光の洪水がほとばしった。眩しくて目を開けていられない位の、光量が。あおしまっと慌てて名を呼ぶと、彼は安心して、と言う。重ねられた手…そのまま体の向きを変えさせられ、大林に向き合う。そして突き出した…光を放つその手のひらを。

「………私と戦うおつもりか」
「違う…大林。殺すつもりだ」
「!!」
「………お前は『闇主』とは違う。生きている限り、この人を狙うだろう?お前が口にだして、違えた事など一度もなかったからな」
「貴方は……!」
「お前は…前の大戦で…気づくべきだったんだよ…。俺の本気を」
「………『王』!」
「『王』はいない…ここにいるのは、『リベレイター』の『青島俊作』だ」

 とん、と肩を抱かれた。耳元で囁かれる。これは最後の呪文。こう、言って…?
 すっと息を吸い込んだ。その放つ言葉によってもたらされる事象が何かも分からずに。
 青島を盲目的にすら信じて。

「――――”解放”!!」

 それは『護符』だけが張れる『結界』
 どれだけ彼が力を解放出来るかは勝負なのだが。
 確実に相手を屠る為の、最低限踏まなくては行けない手段。



『――――”解放”!!』

 室井さんの声で、ふわりと自分の中の何かが滑り出した事に気づいた。清々しさが体じゅうを支配する。どれくらいだろうか、力を解放するのは。

 少し心のうちにあるのは、同情なのだろうか。
 こんな『王』を慕う大林への。
 貴方は…こんな事をしないはずだ、と。貴方は帰ってきて下さるのだ、と。一点の曇りもない眼差しでまだ見つめてくる…この男への。

 それが故意ならば、なんと狡猾なヤツなのだろうと厭わしく思えるのに。無自覚の、なんと残酷な事。
 好意を示してくる者に対して、どんなに憎んでいても冷徹にはねつけることが出来ない。それは憐れみか。裏切る事への罪悪感か。……間違っている。

 間違っている。裏切る事で、罪悪感を伴ってはいけない。憎むのなら、徹底的に憎め。
 否…憎むよりも今純粋な気持ちが存在する事に気づいた…『怒り』だ。
 ちょっと気を抜きさえすれば、それに手綱と取られて自分は恐らく暴走する。室井の腫れた頬を見、汚した姿を見、一瞬思考回路が停止したのは驚きによるものではない。
 『怒り』…大林へ…そして他ならぬ自分へ。

「……来い。目覚めさせてやるから」

 室井さんの手から己の手を離し、大林へと手招きする。
 分からせて上げよう。分かっても君に与えられるのは死だけれど。
 それこそ至福とお前は言うのだろうか?数え切れない程屠ってきた今までの同族と同じように?
(そんな事は、俺の知ったこっちゃない)
 大林が暗い眼差しで右手を掲げた。
 室井さんに少し離れるように言って、俺も右手を掲げた。

「……来い」

 どん!!とぶつかる互いの『力』。

 
解放されたのは、『力』か『心』か?



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ページ改装してみたり。しかし暴走してますな〜真皓。これ面白い?(素)
ではでは出来れば次で第二部終了としたいです(オイ)
永遠に続かないで欲しいな…(遠い目)

01/3/28 真皓拝

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