第三十話 せかいはまだ


何処までも、何処までも堕ちていくこんな僕を
何故に君は責めない。


「俺の結界を、解く」

 各々たちの姿さえ見えない闇の中、青島のもたらした言葉に誰もが息を飲んだ。しかしその誰もが同時にその意を理解する。無意味なのだ。あちらが”長”のクローンを完成させている以上。
 その場にいたのは、青島の他、新城とこの辺り一帯(青島の任されていたエリア)に配置されている数少ない『掃除人』たち。年若い少女もいれば、もう壮齢な老人もいた。皆それぞれ、選び抜かれた精鋭たちである。

「かつての大戦で、俺たちは結果として勝ったと思っている」

 そう囁き、すっと青島がその手のひらを空に向けると、ぽうっと彼らの手前からすっと見えなくなる遙か遠くまで、平行線を描くほのかな灯りがともった。そうして明らかにされたのは、その空間に数え切れない程の硝子柩が並べられていた事だ。手のうちの炎をかき消し、青島は手を下ろした。無言でともった灯りの下に等感覚に陳列されている柩を見るよう促す。
 中には今にも動き出しそうな程瑞々しい肌と、艶のある髪を持った青年が瞳を閉じて眠っている柩もあったし、まったくもぬけのカラで、無機質な銀の板に小さく文字が刻まれているだけの柩もあった。きつく両手を握りあった親子の姿もあった。安らかな表情をしている者もいたし、明らかに憤怒や憎悪を刻んでいる者もいた。

 皆は青島同様、何も言わずにそれを静観する。

「何故なら俺たちの目的とは、『ファミリー』の排除であって、殲滅ではなかったからだ。彼らが『人間』に危害が加えられないようになれば、それでよかった。―――それは叶った。数々の犠牲の上にだけれども」

 かつん、と…青島が一歩歩くたびに地面は硬質な音を響き渡らせる。そこには闇が横たわっているようにしか見えないのに、何故だろう?そうして彼が皆を先導するように数メートル先に進んでから、地面は硝子で出来たものなのだと分かる。
 青島に続いて、新城が無言で付き従った。後はただ、並びもせずに各々がゆっくりと歩き出す。

「彼ら『ファミリー』の数は変わっていない。それどころか、恐らく増えてさえいる。……そう、『人間』が増えたようにさ。だが『人間』の力は、『ファミリー』の抱える軍団の、一兵卒にすら全く叶わない。ようするに、いくら増えたトコロでアリと大差ないって事だな」

 くすくす…っと、集団の後ろで少女の笑い声がした。青島はそれに気づき、僅かに振り返って微笑みかける。「ならば長、我々は…?」との青年の問いかけに、「大人に対抗するかわいげのない子供ってトコ」と言う。

「結界を解いたら、恐らく『人間』は犠牲になると思う」

 さらりと言われた言葉に驚く者も、またいなかった。

「それは、分かって貰わなくちゃならない。……って言っても、犠牲になる人たちはその殺される理由さえも分からないんだけれど。―――『人間』を使った不完全な『サーバント』を造り出して、『点』を汚すか否かの小競り合いをいつまでも続けるつもりはないんだ。…一気に、カタをつける」

 静かに、沈黙だけが。響くのは、足音と炎が微かに揺らぐ音だけ。

「…誰も驚かないんだね」
「―――皆まで言わずとも、あの一言で充分だろう」
「そっか」

 うつむいて言った新城に、青島はただ笑う。

「そっか」

 笑って、彼はその果てにある一つの大きな扉の元にたどり着いた。やはり硝子で出来ており、炎の紅い光に乱反射して輝いている。皆は青島がその扉に手を掛けたのを見、立ち止まった。

 コンコン、と二度。ノックする。


「雪乃さん、起きてる?」
「おはようございます、青島さん」

 すっとその扉を通りぬけて出てきたのは、白いワンピースに身を包んだ年若い女性。焦げ茶色のストレートの髪が、肩に少しかかり揺れている。にっこりと青島に笑いかけ、そして立ち並ぶ者たちにも同様に微笑み軽く会釈した。

「さっそくだけど、リストは出来てるかな」
「ええ。聞いておきましたよ。今回の参加者…青島さん、何人だと思います?」

 くすっと悪戯めいた瞳を向け、パンと軽く両手を合わせて出てきたペンとノートを手に持つ。

「さぁ………。まさかゼロ?」
「いいえ、反対ですよ。全員参加だそうです」
「!!」
「だからノートも真っ白。書く必要なかったんです、ホラ!」

 ぱっと両手でノートを広げる。確かに、そこはまっさらで何も書かれていなかった。

「参加不参加は、個人の自由だよ?」
「ええ。分かってますよ、そんなの」
「ここで眠っていれば、命の危険はないんだよ?何の為に俺がここを…」
「じゃあ今回ここに来たのは、本当は参加人数を確かめるんじゃなくって、辞退させる為だったんですか?まさかここに連れてきた方たちにも、薦めるつもりだった?」
「……ああ」

 その言葉には、新城すら息を飲んで怒鳴ろうと口を開きかけた。その前に、青島は雪乃に頬を叩かれていた為に出来なかったけれども。

「どうしたんです?青島さんらしくもない」
「こいつは元からこういう性格だ」

 辛辣な新城の言葉に、雪乃は見とれてしまうような華麗な笑みを浮かべた。叩いた手のひらをひらひらとさせて、呆然と見つめ返してくる男に言い放つ。

「そうですか?でもなんだかへこんでるように見えますけど。勝手にへこんでれば問題ないですけど、周り巻き込んじゃ駄目ですよ青島さん」
「雪乃さ……」
「一人で何もかも出来るって思ってるんですか?そりゃ青島さんは誰よりも強いし、完璧だけど。いくらなんでもそれって酷いんじゃないですか?独りよがりですって。恋愛だったら気持ちイイだろうけど、共通意識でもって成り立ってる組織の頭が考える事じゃないですね」

 ぽんと、再びノートとペンを両手で挟み込むように叩くと、何処かに消えてしまった。そうしててぶらになった手で髪をかるくとかすと、しょうがないなぁ、とため息をついた。

「使えるものは使いなさいって、私前に言いませんでした?宝の持ち腐れしてどうするんですか。青島さんってホント、駄目ですねぇ」
「………ごめん」
「寝てる人たちの『護符』が見つかるかどうか、なんて心配でもしました?見つかるでしょう、『人間』はたくさんいますよ」
「……そんな簡単に見つかれば苦労しないって、雪乃さん」
「馬鹿だなぁ!!」

 その軽快な声の大きさに、青島だけでなく皆がぎょっと体を反らした。雪乃は酷くあきれ果てた表情で青島を見ている。

「じゃあ、何の為に私のコト起こしたんですか。もしかして使わないつもりだったの?あっきれた!全く私の意志なんか無視してくれちゃってさ!!」
「や…あの雪乃さ……」
「憐れんじゃってるんですか?私が『彷徨の呪』に掛かっているから?ちょっとそれって…すごく差別だと思うんですけど。差別はんた〜い。」
「ちょっとは人の話も聞いてよ雪乃さん!!」
「それはこっちのセリフです」

 ふ〜んとそっぽを向いた雪乃に、青島は慌てて謝罪した。

「えっとね、雪乃さん……」
「ふ〜んだ。知りません青島さんなんて。頼み事なんて聞いてあげませんから。あ〜らそしたらどうするんでしょうかね〜ここの管理は〜」
「雪乃さんっ」
「し〜らな〜い」
「だってまた『眠る』んだよ!?」

 今にも泣きそうな表情をした青島に、雪乃は少しばつの悪い思いをした。

「俺、約束したよね。今度起こす時は、雪乃さんを解放する時だって。あの時はどうしようもなかったから、雪乃さんも命が危なかったから…協力してもらったけど、今回は違う。それに…あの時とは、状況が変わりすぎてるんだよ。雪乃さんが今その『力』を使ったら……五百年は軽く…『眠る』事になる……」
「あら、そんなに『人間』増えたんですか?うわ〜すごい♪」
「茶化さないで」

 がっ、と雪乃の肩を掴んで顔をのぞき込む。澄んだ雪乃の瞳には、悪戯を咎められたような戯けた雰囲気しかない。その様子に、青島はますます苛立ってしまう。

「本当に分かってる?ねえ、今そんな事したら、『彷徨の呪』がとけなくなるかもしれないんだよ?それでなくても、『絶対』に逢えない意地悪されてるんだよ!可能性をつぶすっていうの?そんなの駄目だ!」

 君が良いって言ったって、絶対に駄目だ!
 そう叫んでいる青島に、すっと近づいて雪乃から引き離したのは新城だった。黙って聞いていたが、我慢がならなかったらしい。

「落ち着け。何をムキになっている」
「だって新城さん…!雪乃さん分かってな…!」
「分かっていないのはどっちだ。どのみちこの戦で負けでもしたら、彼女は永遠に呪いから解放されない」
「!!」
「『彷徨の呪』を解けるのは、同じく『彷徨う魂』の持ち主でなくてはならない。誕生する前に『接触』しなければならない。たったの一度さえも『言葉』をかわしてはいけない。呪いを解く口づけは『純粋』な祈りと共にでなければならない…そして異性であること。それよりなにより―――」

 『人間』で、あること。


「この戦いで負ければ、『人間』は全滅する」
「………っ」
「青島、何があった。何を焦っている?誰も傷つけたくないと思うのはいいが、見誤っているぞ」
「ごめん、なさい……そう…だよね」

 でも…―――

「でも、……やっぱり…俺は嫌だよ……」
「そう言われてもあたしはやりますけど」
「雪乃さん!?」
「だって…可能性の高い方に掛けるのは当たり前でしょう…例え『眠る』としても。ささ、どいて下さいよ。歌いますから。あ、ちなみに廊下の真ん中にいて下さいね。柩の蓋は空く時前に倒れますから」

 止めようとした時には、もう遅かった。彼女の唇から、透明な歌声が紡ぎ出されていく。異国の言葉で流れていく旋律は、とても緻密で力強い。

 カシャン!と、遠くから音が反響して届いた。そして次々にその音が重なり、なんの伴奏もない雪乃の声を助けるようにメロディを奏でているように聞こえる。
 すべての柩が開き、蓋の開く音が止んでも、雪乃は歌い続けた。次第にうっすらと、彼女の額に汗が浮かんでくる。それがいくつもいくつも滴り落ち、硝子の廊下に小さな水たまりを作る頃には、顔は真っ青になっていた。
 最後の音を発したと同時に、唐突に倒れ込んだ。慌てて青島が体を抱き留める。

「雪乃さんっ」
「だい、丈夫……っ。結構…手応え、ありましたよ青島さん」
「……なん…なんてこと……」

 ずるずると膝をついた雪乃と一緒に、青島も廊下に体を落とした。泣きそうな顔をしている青島を見、雪乃は近くにいた新城に素早く視線を走らせた。その瞳を見、僅かに動いた唇で言葉を知った新城は苦笑する―――なんて人だ、と。彼女は、『全く、青島さんてホント優しいんだかなんなんだか…』と、言ったのだ。

「じゃ、寝ますから」

 青島に抱き寄せられ、再び扉の近くに体を寄せてもらう。すっと右手をまず通すと、するするっとそのまま、なんの抵抗もなく体を扉の向こうに行かせてしまう。体が完全にまた扉の向こうに消えたかに見えたが、雪乃はひょいっと肩まで再び乗り出し、青島と向かい会った。

「おやすみなさい、青島さん。私の為にも、絶対勝って下さいよ?」
「うん、……うん。―――おやすみなさい」


 にこっと笑って、今度こそ雪乃は硝子の扉の向こうに姿を消した。

「『番人』の『戦唄』か…。初めて聞いた」
「この世で、最も聞いてはならない『歌』だよ」

 青島はぐっと拳を握った。こんなつもりじゃなかった、と今言っても、それは言い訳にしかならない。

「『戦唄』は特別なんだ。彼女は存在事態『理』から外れている。」

 『番人』という存在が、必ずこの世には二人用意されている。
 闇の血の流れる体に、光の魂を持って生まれる者と。
 光の血の流れる体に、闇の魂を持って生まれる者と。

 生まれ落ちたその瞬間からその者は、決して死ねない『運命』に縛られている。そう…青島と同じに。一つ違うのは、『番人』にはその『運命』から逃れる術があるという事だ。とても可能性が低い事だけれども。

「『理』から外れた者が『理』から外れた唄を歌う。そうする事で、一生…会う事の叶わないかもしれない『護符』と『必ず』巡り会える。『歌』は網みたいなもので、この日本中の人間…それこそ生まれ落ちた赤子にさえその手を伸ばす。検索するんだ…『護符』になるかそうでないかをね。しかも『戦唄』はその歌が流れている間に、何も知らないであろう『護符』にすべてを悟らせる。『戦え』と先導するんだ。普通なら『護符』となっても『戦い』に参加する者は一握りしかでないけれど、この『歌』を聞けば……」
「……あの戦いの時にも、彼女が歌ったのか」
「新城さんには聞こえなかったでしょう。戦地のまっただ中だったからね。しかもこれは『護符』となる『人間』とそのパートナーにしか分からないモノだから……」

 ぺたん、という足音を聞いた。ぺた、ぺた……。
 跪く気配すら、背中で分かった。『リベレイター』という組織が確固たる地盤を持つまえから、戦いそして傷つき、中にはあの戦いさえも共にいた者たちが『起き出した』のだ。ざっと軽く数百人は。
 青島は振り向かなかった。

「皮肉なもんだよね…。自分は決して『相手』に巡り会えないのに、彼女の『歌』は下手をしたら逢えない筈の者たちをも容易く引き合わせるんだよ。自分の『眠り』と引き替えに……」
 彼女の歌で、兵を増やす。
 あの戦いの時、『人間』は少なかった。今の半分もいなかった。地道に探してもよかったが緊急だった。事情を察した『護符』を持つ『掃除人』たちが必要だったのだ。
 そして今も。

「………行っておいで。挨拶はいいから」

 振り向かず、扉を見つめたまま青島は言い放った。

「自分たちの『護符』となる『人間』が、この日本の何処にいるのかは、彼女の『歌』で分かっただろう?迎えに行ってきなよ。…結界を解くのは、奴らが最も弱体化する新月の夜。さあ。気合い入れていこうか」

 一ヶ月、その期間を取る…。
 そう呟くと、皆それぞれその場を去っていく。最初に青島と共にこの場に来た者も、数人去っていた。残された者は、『護符』がいる『掃除人』たちばかりだ。
 そっ、と扉に手を這わせて、青島が囁くように言った。

「犠牲を、増やすだけかもしれない…」
「そうだろうか。私は逆に最小限になると思うが」
「もう、俺は二人もその犠牲者を知ってるんだ…新城さん」

 はっ、と新城がゆっくりとこちらを向いた青島に、視線を向けた。僅かにうつむき、何も言わずにいる彼に、新城は顔をしかめる。室井という男の事か…―――と口ごもり、更に唇を噛んだ。

「青島……」
「うん、分かってるよ。彼女の『歌』は真実…『護符』にすべてを悟らせる…―――おそらく、上で寝てる室井さんも分かっただろうね。今の『自分の置かれている現状』が」

 大林との戦いが終わってから、ずたぼろの姿で室井を抱えたまま青島が帰宅した。室井はずっと眠り続けてもう三日になる。

「…………………」
「全部ね。いつかはばれる事だし、言わなければいけない事だった。俺、彼が目を覚ましたら自分の口で言うつもりだったんだけど…―――こういう形でばれて…正直…」
「よかったのか」
「―――分からない。でも、何処かホッとしてる」

 行こうか、と名残惜しげに扉に触れ、そして開け放たれ主のいなくなった柩を撫で、皆を促しその場を歩きだした。

「あおしま………」
「あの人の唇から漏れるのは、罵声かな…それとも……―――」

 語らないだろうか。

 
世界はまだ、この手の中に。



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るるさん、トップの改装ありがとうございます〜〜!!キレイ〜〜!!天才♪ありがとう!!
彼女のおかげでみやすさアップ!!
ということで…30話です。第三部ですね。ええ、ついに。あ〜あぁ。
雪乃さんご登場と共に退室。ご苦労様でした。ってか、最初から彼女使えば『護符』なんて早く見つかるんじゃん、なんて思ってるアナタ!!
至極もっともだけどだめ(笑)だってこの技使ったら雪乃さんは呪い解けなくなっちゃうんだよ(笑)っても青島二回も助けてもらっているけれども(苦笑)
ではでは〜。「くみきょく・いち」で会いましょう。(会えるのか!?)
01/4/18 真皓拝

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