第三十三話 くみきょく・さん


何かを無心に望む。
それが強いとも、言えるだろう?


 ―――室井さんと、青島君がいなくなって、もう二週間が過ぎていた。
 ―――『また』二人はいなくなった。

(室井さんの、嘘つき。)
「はい、一般人はここから立入禁止。ちょっと、言う事聞かないと執行妨害で逮捕するよ!」
 横暴だ!と叫ぶ記者たちを退け、あたしは顔をしかめた。押してきた群衆の所為で、今顎に(誰かは知らないけれど誰かの)肘が見事に決まったのだ。痛いったら!!
 ざわざわというざわめき…というのは少し曲解している。殆ど騒音に近い。これから現場検証を始めるってのに、先に民間人が集まってきたのは最悪だった。面倒ったらない!所轄が本店より先に現場に訪れたのは、規制する為だけじゃないってのに!!
 ぱしゃぱしゃ!あちこちで煌めくフラッシュに、あたしは悲しいような憤りのようなものを感じた。ここで今さっき人が殺されたというのに……なんでそんな風に嬉しそうに寄ってくるのだろう。なんでそんなに期待した表情で写真を撮るのか!!
 数時間後には、ネット上でもうここで撮られた写真が公開されるだろう。もっと綺麗に化粧してくるんだった、なんて他のメンバーには強気に言ったけど、心の中はぐちゃぐちゃで、もうぼろぼろだった。こんなコトは日常茶飯事よ、なんて、冗談でも言えなかった。
(青島くん)
 泣きそうだった。もう本当に泣きそうだった。一件や二件程度じゃなかったのだ。こんな騒動は。犯人はまるで寝る暇すら惜しむように次々と人を殺していく。いや、絶対に同じ犯人じゃなかった。同じ日に、ほとんど時間差もなく遠距離で事件が起こったこともあったからだ。複数。でも同じグループとも思えない。手口…化学班が分析するには…同じではないと断定された。ならば誰なのか。何者なのか。
 憶測と情報が飛び交って、捜査本部は混乱を極めていた。しっかりとした情報をくみ取り分析する前に、もう次の犠牲者がでてしまうのだから仕方なかった。何が起こっているのか、警察は全く分からない。

 ―――私たちは、もっと分からない。

 民間人が不安を抱えて訴えてくる件数も増えてきた。普通じゃなかった。
(青島くん)
 この騒動に絡みつくように、今日本じゅうで不可思議な事件が続いていた。行方不明者…又は家出をする人達が、急増しているというのだ。先日付けで、もう二百人を越したとか。警視庁・警察庁、その他の機関までもが、異例の捜査、情報公開を展開。連日テレビ各局は行方不明者(家出人)の名を電波に載せ、週刊誌は警察機関どころか政府にまで批判の手を伸ばしている。日本が、不安に包まれていた。何が起こっているのか、誰にも分からない。
 …変わりない世の中のように、日々は動いているのに、確かに誰もが何かに怯えている…。クラス内に話題の行方不明者が出ようと、授業が中止になることはない。先日まで共に働いていた同僚が、凶刃にふしても、会社が活動をやめるコトはない。

『何も変わっていない。世界を動かす、歯車はなに一つかけていない。』

 その事実に、誰もが気づいて傷ついたり、悟ったり。
 そして不安だけが広がっていく。
 何も分からないままで。

(青島くん…っ)
 今にも彼が、背後から現れてくれそうな気がする。『なんて顔してんのすみれさん、美人が台無し』そう言って笑って、この肩を叩いてくれそうな気がする。そうされると、ほっとするのだ。肩に入っていた力が抜けて、心がぽん、と軽くなる。助けてほしい。姿を見せて欲しい。
(どうして消えたの。何も言わずに)
 ぐいっ!とテープをのばしていた手を押しのけられた。負けるものか、と押し返す。記者たちの持つカメラの機材が鳩尾に当たる。角が堅くて酷く痛い。でも、動いたらいけないのだ。
 動いたら、現場が踏み荒らされてしまう。
 何も出来ずに、きっと苦しんで、悲しんで、悔しいと思いながら死んだ人の思いが、汚されてしまう。ここに残されているのはその手がかり。今日まで名も顔も知らなかったその人の、最後のメッセージだ。
 負けるもんか。そう思って唇を噛んだ。不安なんです、あの子がいなくなった。あの人がいなくなった。主人が見知らぬ人に連れられてしまった。お隣さんがいなくなった…そう泣きそうな顔で詰め寄られるたびに、私こそそうなんだと言い返したくなった。私だって不安なのよ、縋らないでよ!!

『大丈夫ですから、じっと待っていて下さい。貴方方の大切な人のコト、信じていて下さい。私たち警察も、死ぬ気で頑張りますから』

 自分に向けた言葉だった。
 手がかりなんてない。”いなくなって知った、あの人の事何も知らない。”そう言う人達もいた。
 分からないよ、という人に、私だって分からないよ、と答えるのは疲れた。
(室井さん…っ)
 湾岸署から少し離れた空き地で、彼のきていたスーツの切れ端と、血痕が見つかった。何か事件に巻き込まれたのかもしれない。
(情報を下に下ろすと、言ったじゃないの。)
 約束を果たさず、本当に何処に行ったのやら。
(青島くんを、連れ戻してくれるんじゃなかったの。)


 ”一体何処に行ったの……?”


「はいはい!そこどいて!」
 科捜研の到着に、一同が一瞬静まり返った。その隙に、しっかりとテープを固定し、車から持ってきたポールをおいてしまう。ほっとため息をつき、あたしはポケットから手錠を五個、取り出した。目の前にいる記者達に、睨みをきかせる為だ。
 ぎょっとした彼らに、私は髪をかき上げながらにっこり笑った。かちゃっと手錠が鳴る。
「捕まりたい人、手を挙げて?」
 半ば本気だったのだけれど、その行動は予想外の人物で遮られた。ぽん、と叩かれた手に、無意識に素早く振り返ってしまう。
「青島くん!?」
 でも目の前にいるのは思い描いていた人とは全然違うヤツで。
 無愛想な顔に乗っている眉が、更に皺を刻んでいた。
「なぁんだ。アンタなの」
「私は一倉だ。ご期待に添えなくて残念だ」
「何の用よ」
「ここはもういい。つきあえ」
「何処に」
「××刑務所だ」
「え……?」
「―――青島に関する情報を手にした」
「!!」
 ぎょっとした顔に、彼は何を勘違いしたのは嘲笑を浮かべた。
「別に青島の為に情報を浚ってたんじゃない。たまたまだ。今にも切れそうな糸だが、辿ってみない事には分からないからな。行くのか行かないのか?どっちなんだ」
「行くわ」
 がしゃん、と後ろ手にテープを越えようとした記者の手に手錠を掛けながら、あたしは言った。
「行くなって言われても絶対行く」
 一倉さんはまた笑った。瞳が笑ってない笑みなんか、不気味なだけだったからあたしは嫌で仕方なかったけれど、口に出す事はしなかった。顔には出したけど。

「………行くぞ」



 ―――最初は、大したことのない、ただの未遂事件だと思われていた。

『違うんです、私のコト、助けてくれたんです!』
『俺はちゃんと見てたよ!!殺そうとしてた!』
『空から落ちてきたんだよぉ!嘘言ってねぇよう!!』
 たった一件なら、見逃していた。
 同じ様な事件が相次ぐ。誰かが襲われそうになると、突然現れて殺人を犯し、何も言わずに去っていく2人組の話。
『モスグリーンのコート』
『黒い髪』
『背が高い方が髪が茶色』
『片方は小柄で、紺のスーツを着ていた』
 それだけなら、誰も『あの男』とは結びつけない。しかしその被害者の一人が、無造作に置かれていたデスクの写真に目を留めてこう言った。この人だ、と。
 ならば共にいた小柄な…スーツを着た男とは誰の事だろう。捜査官がすぐさま彼……室井慎次と結びつけるのに対した時間は必要なかった。彼が青島を追って、ここを飛び出して言ったのは皆が目にしている。

「どう思う」
「見間違いじゃない、の」
「さあな。しかし被害者は断言していたそうだ。この人、この人だとな」
「…………刑務所に、何しに行くの」
「安西に会いに行く」
「!!」
 隣の席で、僅かに身を強張らせた恩田すみれに、俺は苦笑した。カーブでGがかかり、僅かにこちらに身を倒してきた肩を抱きながら。
「二年前安西を引っ張りだしたのは、青島だったそうだな」
「………ええ」

 ”安西”……警官殺しの指名手配犯だった男。和久さんの、相棒を殺した男。
 ぶっきらぼうにそう言って、彼女は黙ってうつむいた。

「和久という元刑事に聞いた。潜伏してもう駄目かと思ったら、あいつが『連れてくる』と言ったんだそうだな」
「………知らない」
「実に不思議な男だな。私立探偵が、アンダーグラウンド情報を持っているのに不思議はない。しかし直接犯罪者を引きずり出すなんて言うのは、可能なのか?」
「……………何が言いたいの」
「和久元刑事が、情報提供してきた。”闇の人間”なら、『青島』の事を知っているかもしれないとな」
「なんですって!?」
「知り合いの情報屋が、そう言ったんだそうだ」
「”闇の人間”って……」
「数多くいるが、『安西』の元へ行けと、言われたそうだぞ?」
「何それ………」
「さあな。はっきり言うが、俺は『青島』がどうなろうが知ったこっちゃない。ただ『青島』を辿れば室井に結びつく可能性が高いからな。あん畜生、切れた布きれ一枚残しただけで消えちまいやがって!」
 どん!己の膝を、怒り任せで叩いた。ぎりぎりと歯を噛みしめる音が、静まり返った車内に響く。あいつは『青島』が危ないと言って、行ってしまった。
 激しく争った形跡もあったから、もしかしたら殺されているかもしれない、と最初は思った。でも血痕は少ない。次は誘拐でもされたのかもしれない、と思った。警察犬に調べさせたら唐突に途中から匂いが消えてしまっていたからだ。けれど犯人からの電話も何もない。なんのリアクションも。そうしたら、残る要因は一つしかなかった。
「『青島』が、何かしたに違いないんだ…っ!」


 ……ガシャン!
 灰色の壁に囲まれた、薄暗い部屋で、ドアの鍵を閉める音がやけに耳に痛かった。
「面会時間は、一時間です」
 安西、という男の顔を、あたしは実は覚えていなかった。ただおぞましい、という恐怖感しか、印象に残っていなかった。何より瞳が底知れない。頬の傷が、更にそれを増幅させているのは確かだった。白い服に身を包み、手錠を外された彼。
「……何のよう」
 ぼそぼそと何の感情も込められない、低い声に、ぞっと鳥肌がたつ。今更ながらに座ったパイプ椅子がつめたく思えて、嫌だった。
「『青島俊作』について、貴様が知ってる事すべて、吐け」
「『青島』………?誰だよそれ」
 眉をしかめたその表情に、あたし達が逆に困惑する。一倉さんが、横で確かに舌打ちしたのが分かった。
「知らぬふりをして何の得がある!?お前を捕まえた男だよ!」
「………あぁ、なんだ、アイツのコト。」
 くつくつと喉の奥で笑い出す安西に、苛立ちが最高潮に達していたあたし達が叫ぶのは時間の問題だった。思わず立ち上がって襟元を掴み上げたい気分。早く、一刻も早く情報が欲しいというのに!
「アイツのコト、調べて何してんの」
「……お前は自分が知っている限りすべてのコトを、喋ればいいんだ」
「あっそ」
 ぎぃ、と安西が背を仰け反らせた。ふん、と鼻で笑い、両肘をついて顔を近づけてきた。硝子越しでも、安西の不気味さは押さえきれない。たった一枚の硝子。近くにいる看守も、鍵も、何の意味も持たないような気がしてきた。この男は、やる気にさえなればいつでもここから出られるのではないのだろうか、と。
「俺は『青島俊作』なんてヤツは知らない」
「…………!」
「諦めろ」
「ちょ……っ!」
「ヤツが姿を隠したんなら、ヤツがそれを望まない限り捕まえるなんて出来ない」
「……!?」
「そう”モグラ”は言ったんじゃないかよ?」
「え…?」
 何を言われているのは分からず、思わず私は口を噤む。しかし隣にいた一倉さんは、はっと息を飲んで、立ちすくんでいた。
「お前警官だろう?よく"モグラ”と接触する気になったよなぁ」
「俺が接触したんじゃない。別のヤツだ」
「へぇ。どっちにしても、無駄足だったなぁ。ヤツの居場所なんて、ヤツ以外誰もわからねえよ」
 くっと笑って、安西はあたしたちを睨みつけた。まるで獲物を見つけた獣みたいに、獰猛な眼差し。
「”モグラ”が俺に会いに行けと言ったのは、俺が”闇の人間”だからだ。」
「……………っ」
「かつてヤツは『王』だった。この世で比類ない…な。何も望まない者ほど強い者はいない。なくすものなんてないから、『王』は最強だった。誰も敵わない。崇拝したよ、半端ものの俺ですら」
「おう……?青島くんが…?」
「今”闇”には二人の『王』がいる。どちらが強くて、弱いかなんて誰にも分からない。かつて『王』が二人も存在したコトなどなかった」
「何意味の分からない事を言っ……」
「オマエ達が知りたい事を、俺は既に知っている。ヤツは『護符』を手に入れた。全国から人間がいなくなるのは、『番人』によって『戦唄』が歌われたからだ。人間が無差別に殺され、その犯人が捕まらないのは『掃除人』や『統治者』たちに滅ぼされているからだ。現場に残された血痕を調べてみるといい。行方不明になった人間のうち、全員が『護符』という訳じゃない。中にはこちら側に浚われたヤツらもいる。『ファミリー』は貶める為なら時間も手間も惜しまない。いくらでも懲りずに不完全な『サーバンド』を作り続ける」
 つらつらと言われる言葉に、声も出ない。何を言われているのか、全く理解出来ない。こくん、と唾を飲み込むのが、酷く辛い事になっていた。
「半月後の夜から、もう外を出歩かない方がいい」
「違う、俺が知りたいのは……!」
「”室井”か?」
「――――何故名を!!」
 知っているのか、と彼が安西に迫り、叫んだ。安西は笑いを浮かべたまま、嗚呼。それにそいつは生きているよ。と答える。
「ヤツの側にいるのは、確実だろうな。でも会うのは不可能だ」
「なんだと?」
「その”室井”とやらに、会ってどうするというんだ?連れ戻すのか?」
「当たり前だ!」
 くくく、と喉の奥で笑う。
「それは無理な話だ。ヤツを捜し出すのと同じ位にな」
「なに!?」
「ちょっとアンタ!落ち着きなさいよ!少しは冷静になって!!なんでコイツの言う事鵜呑みにしてんの!?本当かどうかなんて分からないでしょう!?」
「信じるも信じないも勝手だ。精々頑張るといい」
 ―――時間です、と看守が告げた。安西の手に、再び手錠が掛けられる。
「待て!安西!!」
 ばん!と硝子に両手を叩きつけ、一倉さんが叫んだ。言え、ヤツは何処だ!!
 安西は看守に促され、立ち去る時…肩越しにうっすらと笑って囁くように言った。
 ―――漆黒の、闇の中だ…と。
 ぱたん、とドアが閉められると、ずる……と一倉さんが肩を落とした。ばん!と拳を二度三度、硝子に叩きつける。くぅ、と息を飲む音が、あたしの涙腺まで緩ませた。
「一体………何が起こってる……!!」
 あたしも、全く同じ気持ちだった。
 何が、起こっているっていうのだろう。


無駄じゃない、…他でもない君に、そう言って欲しい。


back home next

遅くなりました(汗)33話でっす。どうなってんねん、て感じのすみれさんと一倉さん。意味わかんない事ばっかり言われて、もうすっかり意気消沈のお二人です。安西って嫌なヤツ〜(笑)
お〜し、後は室井さんからの視点か。あ、混乱してたらすみません。一重に真皓の文章力がないだけの話。なんかまとまってないすよね(苦笑)精進精進。

01/5/7 真皓拝

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル