第三十七話 はなびらのゆくえ


ひらひらひらと、舞うように
僕は君の元へと飛んで行く。


 編集長は、前回おしゃかにしてしまった原稿の代わりを届けに行った今日も同じ話題をふってきた。こちらとしては出来るだけ会いたくなかったので、締め切りぎりぎりに持っていったにも関わらず…聞きたくない内容を聞かされる。
「分かりました」
 すとん、と言葉が落ちた。目の前の男の顔が、きゅうに晴れやかになっていく。
「そおかい、じゃあ頼むわぁー!経費はたくさんあげるからさぁ!」
「有り難うございます、頑張ります」
 所詮、現実なんてこんなものだ。
(あらがったって、消えちゃうのは消えちゃうし)
 がさり、と目の前にだされた紙袋を受け取り、おざなりに次回の打ち合わせをした。頭の中をリフレインしてくのは南先輩の言葉で、思い出すたびに嫌な気分になった。

置き去りにされた。

 あの時の現状をかけらも理解出来なかった癖に、あの日から私はそんな想いにずっとつかれていた。手のひらに残された鍵は、未だに鞄の中にある。先輩の職場に行って資料を貰おうとか、そんな事は思いつきもしなかった。むしろ必死に先輩がいなくなった現実から逃げようとして逃げようとして…。
(じゃあ、他の残された人たちはどう思ってるんだろう…?)
 はっとするような思いつきだった。あの編集者の言葉に頷いたのは、すべてこの思いつきに起因している。これが思い浮かばなかったら、私は絶対にこの企画をやろうだなんて思わなかった。
『行方不明者たちの家族は今』
 この特集を、やろう。――――心に、決めた。




 依頼を受けた次の日から、早速仕事を始めた。
 行方不明の捜索願を訴える家族は、本当に多く、インタビューの相手にことかかない。しかし全員に話を聞くわけにもいかず、私は中でも特殊な例のみを引き抜いてインタビューを申し込んだ。

『とにかく突然だったんです』
 ひぃく、と電話の向こうで女性が泣く声がした。後ろには夫らしい人が控えているのか、しきりに宥める声が入る。テープの残りをさっと確認してから、話を促した。
「突然といいますと?」
『三週間ほど前だったかしら、あの子、突然ごめんだなんて言い出したんです』
 あの子、というのは、この女性の子供…六歳の少年の事である。時期的に言うとちょうど南先輩が消えていった日と同じだ。
「………ごめん?」
『はい。何のこと?って聞いても、ただ泣いてごめんと言うんです。『ぼくは行かなくちゃならない。あいつは断ってもいいって言うけど、ぼく行くんだ』って。何処に行くの?って聞いても、『ママには分からないよ』って…』
「行かなくちゃならない……」
『はい。私、よく分からないけれど不安でした。夫と私とで、ふさぎ込んでいるあの子を外に連れ出しました。そうしたら、街中で突然笑ったんです』
「………それは」
『見たことのないくらい、幸せそうな顔で笑って…。両手につないでいた私と夫の手を振り払って…見知らぬ女性の元に駆け寄っていきました。『ばいばい。必ず戻るからね』って…っく……言ってあの子…!』
「その女性に、本当に見覚えは?」
『ありません!』



『あいつ、すごく嬉しそうに笑ってました。『ああ、君なんだ』って呟いたと思ったら、ランドセルをしょった…そうだな…小学六年生ぐらいの女の子の手をとったんです。『おい××…お前そりゃ犯罪だぞ』って言ったら、あいつびっくりしたような顔して。『どうして?』って』
「女の子の名前は分かりますか」
『さあ…俺警察にも聞かれたけど、全然。あいつが浚ったって言うよりも、なんだか女の子の方が迎えに来たって雰囲気だった。くすくす何がおかしいのか笑ってて…』
「どこかに行く、とは言ってなかったですか」
『ああ…わかんないなぁ…。『行かなきゃ…』とは言ってたけど……悪いね。』



『結婚式も近いというのに、突然取りやめて『行かなきゃいけない所がある』なんて言い出すものですから、祖母が大変怒りまして…部屋に閉じこめたんです』
「閉じこめた?それはどういう…」
『はい…家には地下室がございまして。鍵をかけて、一晩頭をひやすようにと…けれど『出して』と騒ぐ娘の声が、ふいに明け方聞こえなくなったものですから…慌てて夫と二人で鍵を開けたんです。そうしたら、もう何処にもいませんでした』
「鍵が、かかってなかったとか…そういう事は?」
『警察の方にも来ていただいて、くまなく調べていただきましたが…祖母もまだ若い方です。鍵はしっかりと掛けましたし、何より玄関に娘の靴がありました。部屋のものも何一つなくなってはおりません。それに外に出た形跡が全くないんです』
「…忽然と消えてしまったんですね?」
『はい……、相手の方にも手紙一つよこしただけで…』
「その内容は…?よろしければ…」
『………はぁ…”貴方を愛していない訳じゃないの。でも、行かなくちゃいけない。誰よりも大切な人がいると知ってしまったから…ごめんなさい”と。とても急いでいたようで、確かに娘の筆ではありましたが、乱れた文字でございました』



 カチっとレコーダの録音ボタンをとめた。受話器を押しつけすぎて痛くなった耳を撫でながら、ふーっとため息を一つ。手にしていた対象者のアドレスに最後の罫線を引いて、ばさっと散らかった部屋に放り投げた。ばさばさと音がして、フロアに落ちる。
「何なのよ…コレは…」
 思わず呟きたくもなった。聞いた人のほとんどが、消えた家族や友人が『どこか』に『行かなきゃならない』と宣言し、そして見知らぬ『誰か』といなくなってしまう。まあ、シチュエーションや相手はまちまちだが、『どこかに行く』がまるでキーワードのようにつながっている。
「つかれた…もう腰痛いーーっ」
 取材を始めてから今日で三日目。インタビューをしたのは合計二十人近く。少ないかと思ったが、それでこれだけ共通点があるのだから、おそらく他のもそうだろう。手渡された書類には百人近くのアドレスが載っている。どれもこれも、全国放送系ネットで探し人の番組に出演した者たちだ。あの番組では最近出演者の数が増えすぎて、細かいその経由までは説明していない。ただ家族のメッセージと、いなくなった本人の特徴を的確に流しているだけ。しかしながら小さな島国日本で、ゴールデンタイムにひたすら探し人の情報を流す番組が出来るだなんて、誰か予想しえただろう。
「………ふー……っ」
 『行方不明者たちがの数が増えると同時に、身元不明の遺体の数が増えている』と警察関連の記事を手がけている同業者からの情報も入ってきている。
(一体…なんなんだよーぉ…)
「あーもう!散歩!散歩よ散歩!」
 歩かないと、いい加減お尻がぺったんこになりそうだった。財布を片手にラフなシャツとハーフパンツに着替えて、近くの公園に向かう。空は嫌みなくらい青くて綺麗だった。インタビューをすれば同時にネットで情報を集め、テープ片手に同業者に電話をかけまくる。怒濤のような三日間だった。あとは手に入れた情報を、頭の中でまとめなければならない。
 かつかつとコンクリートの上を歩く。平日の昼…ここはこんなに静かな通りだっただろうか、と不意に夏美は思った。たしかに子供たちは学校だし、主婦たちのほとんどは家の中でごろごろしているんだろうとは予想がつく。けれど、どこかが可笑しかった。はっきりとはしないのだけれど、肌をちりちりと焦がされているような。
「……感じ悪いぃ…」
 小鳥たちの鳴き声すら聞こえない。空は晴れ渡っているのに、地上はどこまでも不穏な空気だった。
(みんな、何かを感じ取ってるのかもしれない…)
 今、日本はどこか可笑しい。何がどうとは、言えないけれど。
 急速に増えた行方不明者。死体に残された首の牙の痕。身元不明の遺体…。一向に探し人が見付かったという話は聞こえてこない。
 途中自動販売機で買った缶ジュースを開けて、夏美は公園内に入った。…誰もいない。前だったら、近くの団地妻たちが井戸端会議にここに集まり、幼稚園にいかない小さな子供たちが砂場やシーソーで戯れたりしていたのに。
 ――――…声が、ない。
 キィ、と無言でブランコに腰をかけた。缶を手にしたまま、さび付いた鎖に腕を絡める。キィ…キィ…とこぐ。膝を何度も曲げたり伸ばしたりしながら。
「先輩も…みんなも…何処に行ったのかしら…」

『ア・オ・シ・マ』

「それと…リベ…なんとかだったかな…」
 細川という男と、南の会話で出てきた名前。
(…アオシマって、誰だろう)
 調べると言っても、全国にアオシマさんはたくさんいる。目眩がしそうな話だ。
「あー……いやぁよ…私、ミステリィなんて管轄外なんだからねぇー…先輩」
 呟いても、返事はどこからも返ってこない。じわり、となぜだか心細くなって涙が溢れた。止まったと思っていたのに、また緩んできてしまっている。うー、と低く唸って、残りもまだたくさんあったのに、側の花壇に中身をぶちまけた。

 がしゃん!と勢いよく立ち上がる…と、声が聞こえた。――――と言うより、何かを叩く音が。
 どん、どん、どん…数秒たってから、どん、どん、どん。
(――――――?)
 何だろう?そうは思ったが、大して気にもせずに空き缶を手に歩き出す。錆臭くなった手に顔をしかめつつ、出口近くのゴミ箱に缶をすてた。いつもならゴミ一杯のそれも、今は半分くらいしかない。つまり人があまりここを訪れていないのだろう。よくよく見回せば、時折見かけたはずの野良猫たちもしばらく見ていない。

 どん、ど・どん!

「……?」
 ふいっと後ろを振り返った。しかし誰もいないし、ましてや何かを叩くような音も、そこからは聞こえない。……なのに、歩き出すと聞こえるのだ。何かを叩く音…鈍い響きだ…これは何を叩いているんだろうか。

 どん!どん!

 一歩一歩歩くたびに、その音が大きくなる。自分の家に帰ってきた時には、耳元で叩かれている気になるくらい、音が響いていた。いらいらしてくる。こちとら寝不足だというのに、この音を出しているのは一体どこのどいつなのだ!
「あーーっ!五月蠅いっ!!」
 耳を塞いで、思わず叫んだ。しかし一向に音はなりやまない。それどころか、どんどんせっぱ詰まったように音の間隔が短くなっている。

 ど、どん!…どん!…どん…ど…

「何処でやってんのよ!?」
 ようやっと気づいた。これは木製のドアを叩く音ではないだろうか。
「隣かしら…ううん、だったらもっと違……」
 う、と言いかけて、夏美は息を飲んだ。口をぽかん、と開けて、そのままフロアに座り込む。足の指先に紙の感触があったが、それどころではない。
「……なに…コレ……」
 そう、今夏美の前には、不可思議なものが見えていた。

『ドア―――しかもノブ付きの』

「なんで…あんの」
 夏美の仕事用デスクの前に、半透明のドアが見える。イスの背もたれの位置に、銀色の取っ手がしっかりと輝いている。そして時折、音と共にそのドアが震えてしなるのも分かった。
 ガタン…!と一歩下がり、夏美はがたがたと震えた。親機はデスクの上だが、子機は座り込んでしまった位置の近くにあるはずだと気づく。友人に助けを求めるべく、震える手で探す。
(なに…何何何何なんなの一体!?)

『わかったか?絶対に、何かが『聞こえ』ても、『応え』るんじゃない。無視しろ。解放を望む声が聞こえても、決して近づくな。ろくな事にはならないからな』

 天恵のように南の言葉が甦った。夏美は知らず頷く。
(……近づくな、ね)
 落ち着けようと深呼吸を繰り返す…同時に子機を探す。見付かった、と安堵に肩を落とすのもつかの間、誰にかけても通じない。
(うっそ…電話壊れてんの!?)

 そうしている間にも、目の前のドアが鳴り響く。どん、どん…ど・どん!

 音は決して鳴りやまなかった。どん、どん、どん…規則的になったと思ったら、急に静かになって…また鳴り響く。夏美はがたがたと震えながら(腰が抜けている)三十分もそうしていただろうか…寝不足も相まって、ついに切れてしまった。

「うるさーーーいッ!!」

 怒りと同時に抜けた腰も元に戻り、しゃんっと立ち上がれた。いらいらとしたそれを夏美は行動にそのまま表し……机に近づいて、がッとドアノブを掴む。
 その瞬間に、掴めた事に驚く前に怒りが先にたっていた。がちゃっと開けると、その叩いていただろう相手に向かって腰に手をあてながら怒鳴りつけたのだ。

「ちょっとアンタねぇ!?いい加減五月蠅いの!!ドア叩くの止めてくれる!?」

 ドアから出てくるのは化け物なんじゃないか、なんてセンチなことさえ考えていたのに。なんと、目の前にいるのはどう見ても人間だった。それも、酷く衰弱したようすの齢30ぐらいの男。
 まるで患者のような白い衣服を着て、しゃがみ込んでいた。まだ叩く気でいたのか、手は拳のまま振り上げられている状態。ぽかん、と口をわずかに開けて、下から夏美を見上げている。
 互いに見つめ合う事数秒。夏美も口を開けたまま停止していた。怒鳴りつけてあるはずのないドアを開けたがいいが、どうすればいいのだろう。
 ―――…と。途端に男の瞼が落ちた。ぐらり、とこちらに向かって倒れ込んでくる。慌ててしゃがんで支えてしまった。
「え…!?あ、ちょ……ど、どうしたの!?ちょっとあなた!!?」
 大の男なのに、思ったよりも軽かった。憔悴したようすの顔もちに、叩き続けて傷つけたのか、真っ赤な手のひら。突然の出来事に、夏美は当然パニック状態だった。
 どうしようどうしようと混乱していた夏美を引き戻したのは、男の呟いた言葉だった。
 『…ア・オ…シマ…』
 確かに、そう、こぼした。

「な……なにぃ…?」

 衝撃で、目の前の透明な扉が消えた事にも、しばらく彼女は気づかなかった。

知っているのは、花びらを飛ばす風たちだけ。



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こんばんわー!今日からさっそく花月強化月間でございます。どこまでがんばれるかは不明ですが。(オイ)応援して下さると嬉しいです!!更新遅くて本当ごめんなさい!!前の小説から軽く一ヶ月たってるでやんの!!(涙)ごめんなさいーー!!
ところで…時間経過は分かっていただけたでしょうか…。ややこしいんですが…。ようやっと『室井』さんとの時間が夏美ちゃんと重なった訳ですが…。もう少したつと戦いが始まりますねー。部屋から出られた室井さん…夏美ちゃんとどう絡むんでしょーかっ!(笑)
ではでは!読んで下さって有り難うございましたvvお休みなさいvv

01/9/25 真皓拝

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