第四十話 あえない


何故なら誰が知らないだろう。
かばい守る手が偽りであることを?



 とりあえず混乱に陥ったので、冷静になって今までの事を振り返ってみることにした。

一、道を歩いていたら何かを叩く音が聞こえた。
二、家に近づくにつれ大きくなった。
三、家に帰ったら仕事部屋のトコに半透明のドアがあった。
四、友人に助けを求めようと思ったけど電話故障。
五、切れてドア開けたら男が出てきた。
六、真間爺をよんで看病。
七、男―――室井慎次と名乗った。
八、室井がいきなり刀取り出して突きつけてきた…――――以上。

(全然、現状打破につながる事柄がない…――――っ)
 剣道でもやっていたのか、酷く綺麗な姿勢で室井は剣先を喉元に突きつける。ぴたり、と。室井が動くというよりも、自分が震えて動いたりしたら怪我しそうで、夏美はひたすらびしりと姿勢を正す。
(っていうか、余計混乱しただけだわ――――っ!いやぁ――――!!)
 叫びすら飲み込んだ。喉が震えて剣先に触れ、切れそうだ。
 何も言えずに佇む私に代わって、真間爺がごくりと唾を飲み込んで室井に向き合う。
「…何のつもりじゃ…」
 真間爺の問いにも、室井は苦笑しかしない。
「刀を降ろさんか!!」
 真間爺のせっぱ詰まった声が、部屋の中を鋭く走り抜けた。たたきつけるようなその声の大きさに、一瞬私は震えたものだけれど、目の前の室井という男に動揺の色は全くない。

「これから篠原さんには、しばらく私と共に行動して頂きたい」

 すみません、と言う表情や言葉と、態度が全くそぐわない。
(何なのよ!一体その刀どっから出したのっ。それ以前に、そういえばアンタ何処から来たんだよ――――!!)
 ドラ○モンなのかっ、ドラ○モンなのか!?あの扉は実はどこでもドアで、でも故障かなんかしてドアが開かなかったとか!?
(やばい…混乱のあまり非現実な事考えだしてるわ…私…)
 いいや、室井がドラ○モンなら説明がつく。この刀は四次元ポケットから出したのだ。そうだそれに違いない。
(んな訳があるか――――!!)
 現実から逃走しようとする意志が随分自分は強いらしい。冷静に現状を把握しようとする能力よりも、アニメちっくな発想に発展している。
(マジシャン…そう、それなら納得…出来ない。持ち物検査したし…そんなの隠し持ってる様子なかったし…。第一この無愛想な男がマジシャン?似合わなー!)
 そうやって考えるうちにも、カチ、カチ、カチ、と机にの右端にあるアップルの置き時計が秒針を刻む。せいぜい一分程度だったのだろうけれど、命の危険にさらされているというのは感覚を異常に遅くするようで、随分長い時間のように感じられた。
「真間さんとおっしゃいましたか。申し訳ありません、篠原さんの命が惜しかったら、これから渡すメモのものを用意して頂けますか。そう、領収書も添えて。後ほど必ずお返しいたしますから」
「……ふん、信用出来んな」
「安いもので結構です。それに、信用されなくても返しますから」
 にっこりと笑い、室井はさっと刀を突きつけながらメモを真間爺に渡した。目を室井とあわせたまま、真間爺はそれを手に取る。さっと見、再び室井に視線を投げる。
「……分かった」
「有り難うございます。篠原さんには傷ひとつつけませんから」
「当たり前じゃ!!」
 叫ぶ真間爺に、苦笑して室井は行く事を促す。
(本当に、全く!!命の恩人に対してこの行動は何なのよ!?)
 がたがたと震え出す手を押さえながら、私は努めて無表情を装った。どれだけ成功してたかどうかは分からないけれど。室井が真間爺に何を頼んだかは分からないが、外に出られるのなら逃げ出すチャンスがあるはずだ。―――警察を呼べる。
(真間爺…!うまくやって!頼んだわよ!!)
 すれ違いざまポケットから財布をとりだし、現金がある事を確かめながら歩き出した真間爺に視線を向ける。私と目が合った真間爺は、了解したと小さく頷いた。……と、室井は私に視線を向けたまま静かにこう言った。

「真間さん。警察への通報は無駄です…―――あなた方が捕まるだけだ」

 ぎょっとして真間爺も私も室井を見た。うろたえた真間爺は、懇願するように室井に目を向ける。
「なぁ…―――なぁ。室井さんよ。一体どうしたっちゅうんじゃ。これだけのことなら、わざわざ夏美を人質にとらんども頼まれればしてやれるんじゃぞ」
「……それが本題ではありませんから」
 苦笑して、室井がむげに断った。なんとも気分の割り切れない奇妙な空間ができあがっている。何より絶対者である室井が、この中の誰よりも頭の低い物言いをするのだからこんがらがる。そのくせしているのは酷く強引な手段だ。
「お願いします」
「……おぉ。分かったわい」
 やれやれ…と深いため息をついて、真間爺が玄関に向かう…と、室井が続いてほっとしたようなため息をした。
「―――警察に通報しても、私たちが捕まるってどういう意味よ」
「……そのままですよ。私は警察関係者に知り合いがいまして。おそらくこの状態でも、まず捕まりはしないでしょう」
「なんですってぇ!?」
 と叫んでから、すぐにはったりに違いないと確信した。いくら何でも、これで捕まらない人間がいる訳がない!!
「嘘ばっかり!そんなもん振り回して、偉そうな事言えるのも今のうちだからね!絶対捕まえて慰謝料ぶんどるんだから!!」
 拳を振り上げて、きっと室井を睨んでやる。牽制は完璧だ。室井の性格上、この台詞に逆上して暴力をふったりはしないだろうから。
(――――…決まった!よく言ったわ私!!)
 と。


ぐぅぅぅ……。


 …私のお腹の音だった。

 室井は一瞬息を飲んだ後に肩を振るわせ始める。つられて刀もふるふると震える。ぎょっとして慌てて離れた。
「ちょ、ちょっと危ないじゃないの!」
「す、すみませ……っ、く・くくく」
「何笑ってんのよ!!仕方ないでしょ!もう仕事で二日も食べてないのよ!!買い物行く暇だってなかったし…っ」
「そうですか…二日…く、ふふ…」
「いい加減笑うのやめなさ…!」
 怒鳴り声が途中で止まったのは、室井が笑いながら刀を降ろしたからだった。
「真間さん…すいません、メモの追加があります。何か食べ物を適当に見繕ってきて下さい」
「おうおう、分かったわ」
 心底呆れたような目を私に向けて、真間爺が深いため息をついた。
「女の子(おなご)がみっともない…」
 呟いていったつもりだったのだろうが、きっちりと聞こえていた。それは室井にも聞こえていたようで、余計笑いだして仕舞いには腹を抱えている。
「もう!笑うなっての!!」
「篠原さん…手が…震えてます」
「なっ!いいじゃないよ!!こ。怖かったんだからね!!」
 室井の手から刀が離れる…と、それを無言で差し出された…柄の方を。
「そうですよね。申し訳ない…どうぞ」
「も、もう渡さないからね!!」
「………はい」
「だから何笑ってんのよ!!」
 がっと奪い取った刀は、思ったよりも軽くてびっくりする。あまりにも軽いのでおそるおそる刀身に触れると、全く切れない。刀は、ただの張りぼてだった。
「なっ……――――――何よコレぇぇ!?」





「あぁーもう!だから捕まらないだなんて事言ったのね!?」
 忌々しい奴っ!と怒鳴りながらコーヒーを入れたマグカップを手荒に手渡した。すみません、ともう一度頭を下げて室井は受け取る。
 刀はただの細長く形どって切られた竹。そのに特殊なインクを塗ったただの棒だった。脱力のあまり私はそれを壊して部屋に放り投げる。くすくすと笑っていた室井をリビングに引っぱり出し、そして今に至る。
「あんなんじゃ脅されたとか言われても全然説得力ないじゃない…。しかも要求されたのは現金じゃないし…」
 室井が真間爺に頼んだものとは、おおよそ一週間に必要な衣服類だった。私にではなく真間爺に行かせたのは、服を購入するとき女性が男性モノを買う違和感をなくす為だったようだ。
「―――でも。現金よりも高いものを私は篠原さんに要求しますよ」
「………え?」
 ふっと顔を上げると、刀を突きつけたあの時と同じ表情をした室井がいた。
「………見れば篠原さんは…マスコミ関連のお仕事をなされているようですね」
「まんまよ…フリーライター。今は謎の失踪事件を追ってるわ……あ」
「はい?」
「すっかり忘れてたけど…アンタどうして『解放者』なんて言葉知ってたの?私は失踪してしまった先輩に聞いたんだけど…」
「私は当事者ですから」
「当事者?」
 ずずっとコーヒーを飲む。少し熱かった。舌をやけどしてしまう。
「――――…篠原さんは何が知りたいんですか」
「……何をって?」
「これから条件を出します。おそらく、貴方の欲しがっている情報を、私は提供できる。その代わり、貴方には先ほど述べたようにつきあって頂きたい」
「交際はいやよ」
「ですから……そういう類ではなく」
「――――分かってるわよ、アンタが怖い顔してるから茶化しただけじゃん」
 ふぅっ、とコーヒーをふきさましながら視線を逸らした。室井の視線は怖い。ものすごくまっすぐで、何にも恐れていない。こちらの内側がじりじり焼けてしまいそうな威圧感。
「いいよ…――――つきあってあげる。何が目的か知らないけど。アンタ裏切らなそうだからね。約束は律儀に守るタイプでしょ」
 ふぅ、ともう一度吹いてから、コーヒーに口づけた。ちょうど良い暖かさになっている。こくこくとのみ、半分ほどになったカップをテーブルにおいた。
 と、室井を見ればソファに腰掛け、膝に両腕を置き手組む。親指を額に当てるような仕草をすると深いため息をついた。それが安堵なのか、否であるのかは私には判断が付きかねない。
「――――いいんですか。本当に」
「何よ。つきあって欲しくない訳?あ、それとも情報教えるとかは実は嘘とか?」
「可能性を考えたら、貴方にはかなり不利な筈だ」
「そっかなぁ。情報に関しては、アンタが『解放者』って単語知ってるだけで信憑性は十分だけどね」
 似合わないよ、と南先輩に言われた含み笑いをする。室井は格好はそのままで視線だけを向けてきた。私の笑みを見て少し驚いたのか、目をまあるくする。
「なによ?」
「いえ…知り合いの含み笑いに…少し似ていたもので」
「知り合いって…アオシマって人?」
 ぎょっと一瞬息を飲んだけれど、やがて室井は頷いた。組んでいた手をとき、ふっと息を吐きながらソファに背を預ける。
「事情がありまして…会いたいんです、今すぐに」
「へぇ。私も会いたいわ」
「それはまた何故」
「色々と。アンタと一緒、事情がありまして」
 おどけて言うとくすり、と室井は笑った。
「でもさ、会うって言っても相手の場所とか分かってるの?それとも私に付いてきて欲しいってのは、マスコミの力借りたいとか?んーっ、だったらテレビ行った方が早いか」
「場所は分かっています。今何処にいるのか、何処を歩いているのかも」
「へ?」
「分かっているんですよ」
 私の問いかけにも気づかず、室井はぎゅっと目をつぶった。顔を両手で覆って、今にも消えそうなくらい掠れて小さな声で呟いた。

「…――――あいたい…」

 どきっとするような、艶の含まれた声色だった。知らず心臓がばくばく言うくらい。
「会えばいいじゃん?」
 耐えきれなくて言った台詞が、思ったよりも震えていなくてほっとする。取り繕うように残りのコーヒーを飲み干すと、室井が手を顔から離した。そこにあるのは、無表情。――――でも、泣きそうなのが私にも分かって。

「でも、逢えないんです」

今逢エバ、マタ同ジ『過チ』ヲ繰リ返スノデ。


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こんばんわーーvv真皓でーす!!実は蚊に一晩で左腕を十二カ所も刺されましたー!アハハー!
というのは置いて置いて。出来ました…ぜぇはぁぜぇはぁ…。逃げて逃げて逃げまくってきた真相解明の回がどんどん近づいていく…っ。どう説明すればいいんだっ!どう!!夏美ちゃんにどう説明すればぁぁ!!!(作者の苦悩)
第三部は後残す所五話になりましたが…室井さんは果たして青島君に会えるんでしょうか…つか逢えないと終わらないよね…(遠い目)

01/10/13 真皓拝

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