約束の
さあ行こう。木漏れ日さすその場所に。


第三章
〜降臨せしは〜



 非日常的な事とは、こんな簡単に起こりうるのだろうか…。

 truuu…truuu…truuu…

「はい…室井ですが」
 ベットから身を起こして室井の携帯にでたのは、青島だった。他人の携帯にでるべきではないが(その上これは彼の仕事用のものだ)彼を起こしたくないという思いが勝った。どうしようもない感情だ。勘弁して貰う。
 しかし内容は、彼を起こすしかないものだった。がっかりだ。

「室井さん、室井さん…起きて」
 一度携帯を切り、隣に眠る室井を起こす。
 うんぅ…と眠たげな彼…(病人なのに俺無理させちゃった…)起こしたくない。起こしたくないのだ。
「……本店から電話。なんでも至急あの研究所に来てくれって…」
「研究所…??」
「うん、博士が呼んでるらしいよ」
「………かけてみる」
 不安そうな顔している青島の頬にキスして、携帯を受け取り電話する。
『退院そうそう悪いが、博士が緊急だと呼んでいらっしゃる。断る事も出来るが…博士は一大事だと騒いでいるらしいのだ。一応顔だしをしておいたらどうだね?』
「分かりました。こちらから直接向かいます」
『ああ、それとその用事がすんだら、今度こそ有給を使ってくれ』
「恐縮です。では」
 ぷっと、電話を切り、やはりまだ不安そうな顔の青島に室井は微笑んだ。
「なんて顔してる…大丈夫だ」
「でも絶対って言わないんですね、室井さん―――んッ……ってキスで誤魔化さないで下さいッ!!」
「誤魔化してない。味わってから行こうと思って」
「………帰ってからいくらでも」
 顔を真っ赤にした彼が愛おしい、なんて考えて、室井は瞬時にらしくない、らしくないと頭を振った。
「さっさと行って帰ってくる。たぶん、そんな大した用事じゃないと思うんだが」
「………ご飯用意してまってます♪」
「ん…じゃ、行って来る」
「いってらっしゃい♪」
 本来なら玄関で交わされる会話だが、彼らはベットでそれをし、それぞれ仕事に出かけた。
 青島は湾岸署に。
 室井は研究所に。

 大事件が起こりそうな予感なんて、この時は二人になかった。
 もう嵐は通り過ぎるのだとばかり………。




「はい?」
「ですから、入所前にみなさんに血液採取させてもらっているんです。ご協力お願いします」
 中へ入ろうとしたら、さっそくといわんばかりに白衣の女性二人に囲まれた。玄関口で。
「………献血じゃないですよね??」
 だとしたら、自分は辞退しなければならない……その、諸事情で。
「それは保健所でやる事でしょう。違います、とにかくお願いしますから」
「はぁ……じゃ」
 強引に近くに設置された(本当に急にあつらえたような設備だった)椅子に座らされ、机の上に利き腕を袖をまくって出した。
 ゴムをまき、針を刺し…。すぐに終わった。
「はい、ありがとうございました。では、この別館の一番奥…B−12号室の方へお願いします。博士が待っていらっしゃいますから」
「………はぁ……」
 髪をUPにした女性の言葉ははきはきしていて、とてもなんで血液採取を?などと聞ける雰囲気はなかった。何故なら終わった室井はさっさと放りだされたからだ。
 首を傾げつつその部屋に行くと、今度は室井と同じ様な(利き腕にガーゼがあてがわれた状態)人達がずらずらと思い思いに椅子に座っていた。
 ちょっとしたホールになっていて、前の方にはマイクとスピーカーが設置されている。
(……一体なんなんだ……??)
「……管理官」
「あ、君は……」
 一緒に仕事をした、あのボディガードだった。少し遠いトコに座っている。室井はすっと人混みをかき分けて男の横に座った。
「一体これはなんの集まりなんだ…??」
「さあ……不思議なのは、あの時一緒にいた連中が呼び出されてる事です。やはり管理官も採取されたんですね?」
「ああ……。全く博士は何を……」
 問いかけようとしたとき、スピーカーにノイズが走った。少し高音の耳障りな旋律が続くと、低い声が聞こえてくる……博士の声だ。母国語のようだった、近くで翻訳者が必死に喋っている。
『ええ〜、突然今日皆さんを集めたのには、理由があります。……とても、とても重大な事です。実は三日前…そう、あのテロ事件の際に起きた爆発……。私が長年助手達と共に作り上げてきた薬…。ええ……と、その……実は漏れていたんだそうです。つまり、その…皆さんはキャリア、という事です』
(………なんだって??)
 ざわっと会場がざわめいた。その中には研究員もいた…事情は知らされていなかったらしい。
 記者達はメモを取り始めている…見上げた根性だ。
『この薬に汚染…されても人体に影響はさほどございません。実はうち明けてしまいますと、この研究されていた薬……Xpp−Uは、プロトタイプではございますが、殆ど完成品に近いものです。…この薬の作用とは……………』
 翻訳者がついにだまってしまった…何度も何度も博士と話している。
 他の者には分からなかったのかもしれないが、室井は少しばかり博士の喋った事が分かった。

 ――――信じられなかった。

『……………ええと、ですね。その……不可能を、可能にする薬で……。つまり不妊体質の方を妊娠出来るようにする薬なんだそうです。効果は薬を飲んでから…つまりこの場合は、あの光を浴びて空気をすってしまった日から…約二日以内にその……異性や…そまたは同性とですね……その、性行為を行ってしまうと………その……』
(その…なんだ!!)

 と思わず叫んで立ち上がりたかった…しかしそんな事は出来ない。
 死んでも。


『100%妊娠するそうです』


 どっと会場から笑いが起こった。
 しかし室井は笑い事ではない。全く笑い事ではないのだ!!

『なさった方いらっしゃいませんよね…ですよね。博士が言うには、熱が引けばもう大丈夫だそうです。もしも不安な方がいらっしゃいましたら、博士の所に来て下さい。無料で検査・治療を行ってくれるそうです』
 汚染された…と聞いて、パニックが起こらないのは珍しい事だった。
 内容が内容だからだろうか……。
 しかし室井は……室井だけはしっかりパニックに陥っていた。
 会場の者がざわざわと騒ぎながら出ていく中…隣に座っていた男に「大丈夫ですか」と聞かれても「ああ」とおざなりに答えてその場に残った……。
 そう、ステージにいる博士、助手…翻訳者、室井を混ぜて男が二人と、女性が二人…会場に残された。
 ステージからは少し遠い所に座っている室井だが、声は十分届く。
「………博士…………」
『ミスタ・ムロイ??どうかなさったんですか??』
「あの……あなた……なんで残ってるんです??」
 翻訳者が鬱陶しい。瞬間的に顔にそうでてしまったのだろうか、博士は彼を退室させると、室井を混ぜた四人を呼んだ。重い足取りで行くと、研究室に招かれる。
 促されるまま、室井は呆然としたまま従った。
 もう、それしかできない。
 丸いテーブルを囲むように皆が座り、博士はホワイトボードのある少し離れた席に座った。

「ここに、集まった皆さんは、二日以内に性行為をしたのデスか?」

 なんとも赤面する質問だったが、答えない訳にはいかない。
 頷いたのは、意外にも室井と室井のちょうど向かい側に座った、長い髪の女性だけだった。
「デハ…あなたたちは何故…??」
 他の男女二人は、気まずそうに顔をうつむけながら黙ったままだ。
 沈黙が室内を支配する。しかし室井は促す気にはならなかった。話題が話題だ。
「………あの」
 短く髪を切り込んだ、記者の腕章をつけていた男が顔を上げて口を開いた。
「ナンですか?」
「博士は…その。先程…不妊体質の方を妊娠可能にさせると仰いましたよね?」
「お…しゃい??」
 博士に一番近いのは室井だった為、敬語の分からなかった博士に大して、翻訳する。
 突然博士の母国語を喋り始めた室井に、他の三人はかなり驚いた顔をしたが、言葉が通じる事が分かると、思い切ったように口を動かし始めた。聞き取りやすいようにと喋っていたそれが、次第に早くなっていく。
「その…それは、私が…男が…男の私が精子に異常をきたしている場合でも、可能なんですかっ」
 語尾は掠れていた。
「妻は…妻は正常なんです…。子供が好きなヤツで…」
「可能ですよ」
「……え!」
 泣きそうな顔をしていた男が、更に顔をくしゃくしゃにして博士を見つめた。
 そんな男を安心させるように、博士が微笑む。
「…わた、私は………」
 男の隣にいた、ショートの髪の女性が続いて声を出した。
「私の場合は、逆なんです」
 ぽろ、とふっくらとした頬に涙が落ちた。慌てたのは室井だけではあるまい。隣に座っていた男と、博士がおろおろとハンカチを探している間に、室井の向かい側にいた女性が背を優しく撫でて白いハンカチを手渡した。
「―――ずっと、ずっと夫には黙っていました。私…っ!」
 言い募ろうとした彼女の言葉を、博士は無言で微笑み止めさせた。
 分かっている、という意志を露わにして。
 泣き出した女性の背を撫でながら、次に声をだしたのはロングの髪をした女性だった。
「私の場合は、相手が相手なので」
「相手…??」
 目鼻立ちのはっきりとした、利発そうな女性だった。
 控えめな化粧を施しだ唇で、驚くような事をはっきりと言いきった。
「私、同性愛者なんですよ」
「……………そうですか」
「子供、出来るんですか」
「……ええ、出来ます」
 そう答えると、もうこれ以上質問する事はないとばかりに女性は微笑んで口を閉じた。
『ミスタ・ムロイは……?』
『………大変申し上げにくいのですが…その』
 口にだすのに、目の前の女性のようにはっきりと言えなかった。
 ―――私も、愛しているのは同性なのだと。
 しかし察したのか、苦笑して博士は頷いた。
 博士はそうした皆の顔をみ、室井をみ、しばらく考える様子を見せた後、一人一人をもう一度見渡してこう切り出した。


「皆さん、もしもよろしければ、生体実験者となっていただけませんか…―――?」


 四人の反応はそれぞれだったが、うけるにせよ、拒絶するにせよ、もう一度細やかな診断が行われる事になった。四人はそれぞれ、その後個室に呼ばれた。
 室井が呼ばれたのは、一番最後だった。部屋の中央に、博士がゆったりと座っている。
やがて助手を呼び検査の準備を進めるよう言いつけた。その深刻な様子に、室井はまざまざと現実見を感じ、寒気を覚える。
 ……いや、欲しいとは思ったが……違う、そうじゃなくて!
『……博士……男性が。その…どうやって妊娠なんて……』
『男性にも、もちろん女性にも……お互い両方のホルモンを持っています』
 打って変わって厳しい顔で、博士はキィと椅子をまわし室井に背を向けた。目が痛くなるほど博士の背をみ、痛くなるほど耳を澄ませた。一言も聞き逃すまい!!
『この薬は、男性の体の女性ホルモンを、又は女性の男性ホルモンを、異常分泌させる働きがあるんです』
『………それは分かります…でもですね、その…男性には子供を育てる器官がないでしょう?』
 何だか一縷の望みを掛けているような声で、室井は博士を詰問していた。
 しかし答えは残酷(?)で。

『いいえ。ありますよ、男性の体の中にも。子宮は』

 あっさりと切り替えされた。
『退化して小さくなっているだけです。同様に女性にも男性器はあります。変形していますが。この退化してしまった子宮を―――男性器の運動を少し鈍くして―――本来の形に戻し、そして排卵を促すようにしているんです。……しかもです、この薬の効果は二日。何故二日か分かりますか。この間に性行為を行わないと卵が死んでしまうです。その代わり受精率は限りなく100に近づけましたが』
 頭が……頭痛がしてきた……。
『……同様に、もしも妊娠した場合はこの薬を安定期まで飲み続けなければなりません。そうしないと流産しますから……聞いてますか、ミスタムロイ?』
 キィと椅子を再びまわして振り向いた博士は、何故か嬉しそうだった…。
 そうだろう、研究者としてこの結果がもし…もしかしたら成功かもしれないのだ。
『博士……妊娠してないかもしれないじゃないですか……』
『限りなく100%、と言ったではないですか』
『で、ですが……』
『子供は嫌いですか?』
 哀しげな博士の言葉に、室井は口をつむぐしかない。
『それとも、貴方の守りたい人は……子供を望みませんか……??』
『いいえ』
 すっと、言葉が零れた。……青島の、笑顔を思い出した。
『彼なら…喜んでくれるでしょう』
『ならいいではないですか。……頑張りましょう?…さ、用意が出来たようです、検査しましょう』
 否、とは言えなかった。
 そして……検査数時間後(普通妊娠は数週間立たなければ分からないものなのでは、と聞くと、受精したかどうかは最近の機械でスキャン出来てしまうそうだ…)結果は…おめでた、だった。
(嘘だろう……)
 博士にいいように言いくるめられても、心の何処かでは信じられない…。
 確かに、子供は欲しかったが。
 こんな風に不意ウチに近い形でくると、戸惑う…正直。
 研究室に戻ると、博士がにっこり笑って言った。

『さ、貴方の夫は何処です?早く連絡しないと』

 一瞬、気を失いかけた私を……一体誰が責められる??



それから、どうやって仕事をこなしていたのか、室井は全くとイイほど覚えていなかった。
「…何でこんな事に…」
 気が付くと、溜息ばかりが付いて出てしまう。
 ―――確かに、昨晩燃え上がってしまったのは室井にも責任はある。

 だがしかし。

 子供は、どちらかと言えば大好きな方だ。
 …いやそうじゃなくて。
 何かを残してやれると言うのは、嬉しいかも。
 んだから、そうじゃねぇべ?!
 ……室井は相当混乱しているらしかった……
 だが、長年培ってきたポーカーフェイスも伊達ではない。部下はいつもと変わりの無い室井に、安心していた。あんな事故に遭うわ、入院するわで心配はしていたが。
 ただちょっと不思議に思ったことは、喫煙者を避けて歩いたり、いつも飲んでいるコーヒーではなく、(律儀に博士が言った通り)室井が牛乳を飲んでいた事を除いては……。

 食えない笑顔でそう記者に博士は言った。
『薬の爆破が元で一部の男女が妊娠した』と。
 原因はなんだといくら尋ねても博士は笑って言う。
『体調とか、ホルモンのバランスの所為でしょう』
 不思議に思って追求する輩もいたが、博士は続ける。

『では、コウノトリが気に入ってプレゼント置いて行ったんでしょうねえ』

 豪華絢爛なホテルの一室で、こうして研究所爆破と薬が流出した可能性がある為開かれた記者会見。
 コウノトリの気まぐれで女性二名(うち一人は妊娠を希望し、相手との同意を持って妊娠)と男性一名は妊娠してしまったし(もう一人の男は奥さん孕ませました)、敵国の工作員は自害してしまいました―――そんな記事は幾らなんでも書けない。おまけに新聞の一面トップを差し換える時間も惜しい為に極少ない時間で会見は幕を閉じた。
 眩暈を感じながら、室井はそれを遠くの席で静聴していたのだが。
 そりゃあ、「昨日性行為した男女が妊娠したんです!」なんて発表されたら…今頃室井は割腹自殺していたに違いない。

「いいデスか?ちゃんと栄養とって、睡眠も取りなさい。三食食べて大事に育てるように」

 優しく笑う博士に罪はない。無いのだがしかし。
「安定期までSEXは控えなさい」
 何て事を言うんだこの人は―――危うく室井は心の中で機関銃を乱射しそうになった己を叱咤した。
「あ、室井さん!!」
 ホテルのロビーを横切ろうとしたまさにその時。
 今は見たくも無かった顔が脳天気にぶんぶん手を振って犬のように走ってくる。

「遅いから、心配したんですよ!電話くらいして下さいよお」

 眩暈に襲われながら、室井はやっとのことで声を振り絞った。
「……定時に上がれたのか……」
「はい!すみれさんがね、俺があんまり室井さんが気になってそわそわしてたら早く帰れって気を使ってくれたんですよ〜」
 今日ばかりは気前良く帰してくれた(但し、後日集られるのは目に見えてはいるのだが)恩田すみれを恨みたくなる。
「ミスタ、彼は?」
 ニコニコと博士が歩み寄る。
「あ、俺青島って言います。室井さんがいつもお世話になってます♪」
 ……神も仏もないのか……。
 室井が卒倒しそうになったのは、言うまでも無かった―――





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01/1/8 真皓拝

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