約束の
さあ行こう。木漏れ日さすその場所に。


第四章
〜回れ歯車よ、その時がきた〜



 室井さんの様子がおかしい。

 ちらっと青島は助手席に座る室井に視線を向けた。室井はきつく瞼を閉じて額に手を当てている。あのホテルのロビーから…そう、あの人の良さそうな博士と話してから。
 にっこりと笑って青島です、と言うと博士はそれは嬉しそうな顔をして、口を開いた。
『ああ…こちらが貴方のお…――――』
『博士――――――――!!!』
 隣にいた室井さんが、何かを叫んで博士の口を両手で押さえた。俺はかなり驚いて、しばらく硬直したが。
だってワーカホリックの室井さんが、仮にも守るべきVIPの人間に対して、親しげだったからだ。というより、……乱暴?

『ぬぶ…んぐぐ……』
『は、博士…ご無礼とは分かっていますが…っ!!ここは!!ここではやめて下さい!』
『んんぐ…(頷く)』
『(手を離す)………ありがとうございます。彼には自分から言いますから……』
『そうですか??……後で時間がとれたときに、ゆっくり三人でお子さんについてお話しましょうね』
 チャーミングな笑みだ。と俺は思った。博士と室井さんの会話の内容は分からなかったけれど、あの無表情の室井さんがしてやられたような顔をしたから、相当手強い人みたいだ。
 顔を強張らせながら、室井さんが微笑んだ……かなり不自然な。
『…では二日後に検査に来て下さいね』
『は、はい……』
『分かってるとは思いますが、絶対に禁煙ですからね!牛乳はいつもより多めに!いくら女性ホルモンが増えたとはいえ、貴方は男性ですから。多すぎだと思われるくらいとって下さい』
『は、博士…分かりましたから……』
『別に牛乳ではなくてもいいのです!小魚類でも……』
『は、博士!分かりましたからさりげにお腹を撫でたがらないでください!!』
『………分かりましたか』
『分からいでか!!』
 ………なんだかとっても楽しそうな会話だったんだけど。生憎俺は博士の母国語は分からないからなぁ。その後博士は笑顔で手を振りながら去っていった。俺は室井さんを車の助手席に乗せて家路へ…。今に至る。
「……室井さん?」
「ん…??」
「……煙草吸ってもいいですか?」
「駄目だ!!」
 突然弾かれたように怒鳴られて、俺は一瞬びくっと体を振るわせてしまった。それぐらい大きな張りのある声だったのだ。びっくりした〜ぁ。
「……すまん」
「いえ…。ダメなんですね?一本も?」
「駄目だ」
「………漢字で言い切るぐらいダメなんですか。あきらめます」
「これから、一緒にいるときは絶対に喫煙するな」
「ええ!?」
「なんか文句あるのか」
「だ、だって室井さん今までそんな事一言だって言わなかったじゃないですか。まあ前からあんまりいい顔はしてなかったけど」

 黄色信号…。いつもだったら俺行っちゃうんだけど、今は隣に室井さんがいるから遠慮した。赤になり停止指定の線のうえでぴったりと前輪を止めて、室井さんに改めて視線を向ける。
「………どうして急に……」
「急にじゃない。前から思ってた。煙草は体に悪い。しかも体力勝負の刑事の仕事をしていて、煙草は悪影響しか与えないだろう?……だからだ」
「……支障ないですけど」
「私にあるんだ」
「……………………分かりました………」
 ほっとしたような顔をした室井さんを見て、俺は一瞬を逃がさないように素早く体を近づけて、口づけた。驚いて唇を僅かに開いてしまった隙を見逃す筈がなく、舌を絡めて濃厚に。
「ン……っ!」
 どの位の間口づけていたかは覚えていない。けれど後ろからパッシングされるぐらいだから、結構長い間にてたんだろう。たっぶり室井さんを味あわせてもらって、俺は満足して唇を離した…照れながらも笑ってくれるかなと思って室井さんの顔を見たとき。
 正直、俺は泣いているかと思った。

「むろい……さ……?」
「……ほんずなすっ!青信号だ…っ」
「え!?あ…ハイ………」
 慌てて車を急発進…。
 室井さん、なんか可笑しい。
 やっぱ、変だな。何かあったのかな、と青島は首を捻って考えていた。
 部屋に着いてからも室井は黙ったままで何だか落ち着かないようだった。
「―――室井さん、コーヒー飲みます?」
 そう聞くと、室井は憔悴しきった顔でやっと返事をした。
「そうだな…あ、いや…ホットミルクにしてくれ…」

 へ?

「ホットミルク…ですか…?」
 室井がコーヒー・お茶・紅茶の類いは好んで口にすることは知っていたが。
 かれこれ付き合い始めて何年にもなるが、ホットミルクが好きなんて聞いた事がない青島は一瞬固まってしまった。
「何だ。可笑しいか」
「いや、別に…ホットミルクですね?砂糖は?」
「ほんの少し入れてくれ・・・それと、ブランデーも・・・」
 そう言うと室井は大きな溜息を付いた。
 ―――酒は良薬だと言うからほんの少し位は多めに見てもいいだろうと思っての事だ。……酒でも多少口にしなければ言えるか、こんな事…!!

 やっぱ変だな、室井さん。
 そう―――あのホテルで逢った位からだろうか。

「はい、砂糖ほんの少しだけ入れてます」

 甘い香りとブランデーの香りがふわり、とリビングであるその部屋に漂っている。青島が思い出したように煙草を懐から取り出すと、恨めしげに見ている室井と目が合った。

「……スイマセン」

 頭を掻きながらそそくさと退場し、台所の換気扇のスイッチを入れる。ちょっと侘しいが、約束したので仕方ない。
 換気扇の下でイスを持って来て吸っている青島の哀愁の後姿を目の端に映して、
 また室井は溜息を付いた。
 これではただのヤツ当たりのようではないか。
「……済まない」
 青島が一服を終えて戻って来ると、室井はちょこんと正座をして青島に頭を下げた。
「何か、あったんですね…?」
こくん、と室井は小さく頷く。
「俺でも、力になれますか?」
 そっと顔を覗き込んで青島がそう言うとまたこくん、と頷いた。
「……子供は、好きか」
「…は?」
 唐突なその言葉に、思わず聞き返した青島に罪は無い。
「―――子供は好きかと聞いている」
「嫌いじゃないですけど…」
「…好きか、嫌いかと私は聞いているんだ」
「す、好きです。ハイ」
 これではただの脅しではないだろうか。
「…もう一杯ホットミルクをくれ…さっきよりブランデーを多めに入れてくれ…」
 その声は掻き消えそうな小さなものだった。
「あ、はい…」
 二杯目を一気に飲み終え、室井は覚悟を決めたようにまた大きな溜息を付いた。
「―――青島」
「…はい」
 正座した室井につられて青島も正座をして、神妙な面持ちで気を引き締めた。
「……今から話す事は国家レベルの機密事項だ」
「―――はい」

 ごくり、と息を飲む音が静かな部屋に響いた。

 室井は一度目を閉じて溜息を付き、それから青島の目を真っ直ぐに見て口を開いた。
「こないだ、私が護衛任務に行って、テロ騒動があったのは知ってるな」
「はい。あの―――さっき逢ったなんとか博士って言う人の護衛ですよね?」
「……そうだ」
 室井の口がまた重くなった。いや、元から軽くはないのは青島にも重々わかってはいるのだが。
「室井さん、今日博士に呼び出されてからずっと変です。俺で力になれる事なら何でも言って下さい。室井さんが抱え込んで悩んでるの見るの辛いです。…それとも、一介の所轄の刑事になんて話せないですか…?」
 その言葉に、室井は小さく頭を振る。
「違う―――そんなんじゃないんだ…ただ…」
 下唇をきゅ、と噛んで。室井はまた口を閉ざす。
「ただ…どしたの?」
「…私自身が現実として受け止めきれてないだけなんだ」
 膝の上に白くなるまで握り締められた手を、青島はそっと優しく握り締めて言う。
「室井さん、急がなくていい。言いたくなったら、言って?俺は待つから」
 ね?と宥めるように室井に目で語りかけてくれる青島に。
 室井は泣きたくなった。
「……俺、外行って吸って来ますね?」
 そう言って青島は腰を上げる。
 去って行くその背中に、堪え切れずに室井は口を開いた。

「君の子供が居るんだ」

「…そうですか…って…ええっ!!??」
 さり気なく言われたその言葉に。
 青島は今度こそ硬直した。
「だ、だだだだ、誰に?何処に!!??」」
 どもって焦る青島に、室井は恨めしげに上目遣いで見上げて。黙ったまま、自分の平らなお腹を綺麗な指で示した。大きな口を開けたまま、青島はまさに硬直している。
「あの時、爆発で巻き込まれて薬の成分を吸ってしまった者の内4人が妊娠した。あの日から48時間に性行為を行ったら100%妊娠。私が今日呼び出されたのはその事実確認だったんだ」
 青島は台所に向かって行くと、冷蔵庫を開けて缶ビールを一気に煽って直に戻って来た。
「……もう一回聞いて良いですか」
 解凍されたのか、もう一度青島は室井の正面に正座する。
「今、室井さんのお腹に…俺と、室井さんの子供が居るって事…?」
「―――認めたくは無いが、そう言う事だ」



回れ歯車、如何様になろうとも。





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01/1/28 真皓拝

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