部屋から出てきた高史に向けて、母親の第一声は「今日はいつもよりお籠りが長かったわね〜」なのだから、頭にくる。その上、陸斗に向けては「陸君大変だったでしょ〜、いっつもウチのバカが迷惑ばっかりかけてごめんね」と平身低頭なところがまたムカツク話である。
母親の誘いもあって、陸斗は夕飯を一緒に食べたけれど、父親の分のおかずをタッパーにもらうとそのまま帰路についた。早くに母親を亡くした陸斗は、青木家の家事全般を一手に担っているのだ。ま、あの仕事中毒な親父さんが家の事にも気を回すなんていう器用な真似が出来るわけないから、陸斗が担当せざるを得なくなったってのが、実際のところなのだが。だから、こうして高史の母親がちょくちょく夕飯を分けるのは的場家の日常風景にすらなっている。
「じゃーな」
そう玄関先まで送った高史に対して、陸斗は片手をヒラヒラさせて、4軒先の自宅へと足を向けた。けれど、帰ったと思って玄関を閉じた高史を、その寸前まで陸斗が見ていたということには、本人以外誰も気づく者はいなかった。
「あー、バカみたいだな、俺」
そう頭を掻き回しながら囁く陸斗の声もやはり、彼の耳にしか届くことはなかった。
「あのねー、青木はね、やっぱ身長が高いワケですよ」
―――そこら辺、結構ポイント高いかなー俺の場合。
そういかにも愉しそうに人差し指を立てて告げたのは、綺麗に染まった茶髪の持ち主、加藤春生であった。
「あー、うんうん!! コイツ昔っから後ろから数えたほうが早いタイプなんだよな。なのに部活やってないのってもったいないと思わねぇ?」
それに相槌を打ちつつ、新たな問題提議をしているのが高史であることに、陸斗は頭を抱えつつうんざりとため息をついた。
しかし、そんな陸斗を尻目に二人の会話は間にトランポリンでもあるかのようにタンタン弾んでいく。
「いーじゃん。俺汗臭いのとか嫌いだし。それよっか、青木って笑顔が小出しなトコロとか、しかもその、時たま窺える笑顔ってのが最高だとか、そーいうトコロがたまんなくクるよなー」
「あー、うん.なんかそれわかる気がする」
「で、無口というより寡黙なトコロとかもね。大事なところはきちん押さえてそうでイイよなぁ、と」
「うーん、でも、本気でコイツ全然しゃべんないぞ?」
「そこがイイんでしょ、俺がその分話すから」
「なるほど〜」
妙に感心した口調で、高史はしきりに首を縦に振った。
(ホンっト、加藤って陸のコトよく見てる)
あの日から、今日でちょうど1週間。高史は、「頑張る」との宣言通りに自ら積極的に加藤に話し掛け―――それに別段構えた風もなく合わせてくれる加藤との間で、立派に会話が成り立ち、時には本気で冗談を飛ばしたり出来るほどになっていた。
そして、話してるたびに思うこと。
(本当に、加藤ってスゴイ)
2年で初めて同じクラスなって―――だからつまり高史と1年も同じクラスだった陸斗とは
まだ3ヶ月ちょっとの付き合いってコトになる。だというのに本当に感心してしまうぐらい、陸斗のことをよく知っているのだ。
吊り目で一見強面だけど、本当はものすごく優しいトコロとか、言葉は少ないけど、欲しい時に欲しい言葉をちゃんとくれるトコロとか、家事が得意だってところまではまだ知らないっぽいけど、でもそれ以外なら―――学校での陸斗のことなら、高史以上にたくさん見知っている気がした。
だから、会話が自然、二人共通で語り合える絶好の素材である陸斗のコトになってしまう、そのたびに高史は驚かせられるのだ。
そして―――そして、驚かされると同時に、なんだか……なんだか、変な気持ちがうずうずお腹にたまっていくカンジがしてくる。本当になんでだか、なんなのか、全然わかんないけど、ムズムズするカンジの感覚がわいて出てくるのだ。
今回も、最初のうちは照れ隠しでぶすっといつも以上に無愛想極まりない表情になった陸斗をからかうのに余念がなかった―――のは最初のほんのわずかだけで、次第にお腹にたまっていくムズムズに、なんだか居心地が悪い気持ちにでいっぱいになっていた。自然、顔が俯いてくる。
「青木はさー、表情のパターンが少ないのな。ま、逆に俺はわかりやすいけど」
ちょうどその時、ニコニコというよりはニヤニヤ笑いを伴いながら、加藤が陸斗に話を振ってきた。
「……別に」
いつも通りの口数の少なさで陸斗が応じる。普通の人間ならそこで会話が止まるところだけれど、加藤は全く動じない。
「ほら、そーゆー顔とか。……あ、ちなみに俺が一番好きなのは、青木の困った顔かな」
ニヤニヤ、さも可笑しそうに笑った顔を立て肘突いた両手に置いて、加藤は心持ち首を傾げてみせる。
「お前さ、自分のためには滅多に困ったりしないじゃん。人から物頼まれても、厄介なコト言われても。―――でも、人のためならめいっぱい困ってしまうっつーか……いやつまりだな、そゆ青木の親切でおもいやりあるトコ、すっげー好きなのよ、俺」
おどけたように振舞って見せながら、加藤のその目はひどくまっすぐに陸斗を見つめている。それを逸らすことなく陸斗も見つめ返す。でもその眉尻がいつもよりほんの少しだけ伸びているのは、それは。
(コイツ、今、すっげーイラついている)
普段、感情をほとんど表情に出さない陸斗。今のこの顔だって、大抵のヤツならいつもの無愛想な顔してるって、それで終るはず。でも、そんなささやかな変化でもなんとなく気持ちがわかるのは、それは、それだけ長く一緒に居たから。
だから、高史にだって、陸斗の思っていることぐらい、色々―――たくさん察しがつくのだ。
つくのだけれど―――。
(人のためにばっかり困ってるって……)
加藤のその言葉は、高史の心のどこかにひどく衝撃を与えていた。
そう言えばと改めて思い返してみると、陸斗が両眼を心なし細めて、口端をちょっぴり窪めている時は、高史が無理難題を言っている時が多かったように思う。加藤への告白についてきてもらうように頼んだ時も、そういう表情をしばらく顔に貼りつけて、それからしぶしぶってカンジで、でも、やっぱりいつものように「わかった」って答えてくれたのだ。そんな風に、いつだって、一番陸斗を困らせてきたのは高史だ。
(ホントいつだって、陸は人の事ばっかりで……)
それに比べて、と思う。
高史はますますその首をたれ下げた。
(それに比べて俺は―――……俺は、俺ばっかりだ)
気付いて、唇を噛み締めた。
本当にいつだって、自分のコトばかりで、周りなんか全然見えなくなってしまって―――その分だけ、陸斗が見ていてくれてる。そんな事にも全く気付かなくて。
今更、加藤からこんな風に教えられる。
(俺……)
昼休みの終わりを告げるチャイムの音が、やけに遠くに聞こえた。
高史は深く俯いたまま、顔をあげる事が出来なかった。「……高史」って促すように肩を軽く揺する陸斗のその目はきっと少し細くなっていて、その口の端も絶対にきゅっと絞られているんだろう。なんとなくだけど、でもきっと、確実に陸斗はそんな顔をしていると確信できた。
高史はそれがとんでもない甘えだということはわかっていたけれど、それでも、陸斗のそんな表情は、自分もとても……とても好きなんだって、今更のように気付いていた。
結局その週。高史は、なんだかまともに陸斗の顔を見れなくなってしまっていた。
ホント今更のように、加藤に言われて初めて気付く陸斗に、なんだか新鮮な驚きとかでいっぱいになってしまって。
コイツ、こんな顔してたっけ、とか。
コイツ、こんな話し方してたっけ、とか。
コイツ、こんなに声低かったっけ、みたいなすごく細かい事まで気付いて。
加藤が色々引き出すから、その分だけ発見してしまう。
今までずっと、陸と二人きりでばっかりいたから気付かなかった事にまで気づいてしまう。
コイツ、俺にだけスゲー甘くない?
とかいう、フザけた発想まで浮かんできて。
いつの間にか、いわゆる本末転倒で、加藤よりもずっと陸斗の事ばかり窺ってる自分がいたりして、そんなよくわかんない状態のままで、高史は土曜日の朝を迎えていた。
さてその土曜の朝イチのことである。朝イチといっても、昨夜なんだか眠れず夜更かしした高史は、11時を回ってようやく起きだし―――階段を降りてすぐさま、母親から命を下された。
「ちょっと、陸君のところ行ってよ」
「……は?」
母親の告げた人名に、高史の起きぬけでぼうっとフ抜けた脳みそがいっぺんに復活した。
「ヤダよ」
なんだって不眠の種に自ら会いに行かなくちゃいけないんだというヤツである。思いっきり不機嫌な顔をして、高史は応じた。
変なムズムズが、ここんところ本気でだんだんひどくなっているのだ。変なムズムズだって思ってないと、そこから思ってもみないモノに成長しそうな、そんな怖っぽい強迫観念とかで眠れなくなってしまうぐらいのムズムズ。加藤が居てくんないと、二人きりにはなりたくないよなぁとか、ココ二日間ぐらいは特に念入りに、色々画策までしている始末だっていうのに……
しかし、高史の拒否ごときで揺らぐ母親ではない。
「たまにはアンタから歩み寄りなさい。ハイ、これ」
などと、完全勘違いである。
ハイハイ、冷たくなったら困るでしょと急かすようにしながら、母は高史の手に強引に盆を掴ませた。土鍋の子分みたいのや茶碗やら乗っていて、結構重い。
「歩み寄りって……別にケンカなんかしてねーっての」
条件反射でその盆を手に取ってはみるものの、イマイチ事態が掴めず高史の声は尖ったものになる。
「ていうか、何だよコレ?」
「何って……見たまんまの土鍋よ。この間、百均で買ったの.一人分にはちょうど良いわよね」
「一人分って……」
何のコトだよと続けようとした口が、ふいにあやふやに開閉する。
(そう言えば、アイツ昨日……)
高史がそのいぶかしみを言葉にする前に、母親が回答を授けた。
「陸君、昨日から調子が悪かったみたいでね、今朝、陸君のお父さんから連絡があったの。本人は大丈夫って言ってるみたいだけど、どうも熱っぽいから様子を見て下さると助かりますって。でも、お母さん……」
と、彼女はひとしきり地区婦人会の本日の会合の重要性について語った。そして、ズバリと告げたのである。
「陸君の看病、頼んだわよ。お薬は居間の机の上に置いておくって事だったから、きちんと飲ませてあげてね。……あ、それからちゃんと仲直りもするのよ」
にこやかにダメ押しまで押し付けられて、高史は絶句した。
「――な……ちょっと待て!」
故に、慌てて制止した時はもうすでに遅く―――母親が軽やかなステップで玄関の扉をすり抜けるのを見送るしかなかった。
(だから、ケンカなんかしてねーっての……)
呟くように吐息を吐き出すものの、その手には確かな重みをもって、たぶん粥でも入ってるんだろうが、一人用の土鍋がその存在をアピールしている。高史はもう一度、深く息を継いだ。
くそ……と小さく吐き捨てたのは、躊躇いを押し切るため。
なにせ、相手は熱出してて、その上手の中には奴に食わせるための粥が押しつけられてるのだ。つまり、つまるところ、ただいまの奴の生命線はこの俺が握っているということで、ただの意地というかムズムズごときのためにその押し付けられた義務を放棄するのは、ホントのダメ人間じゃねぇーか―――とかなんとかお題目を唱えながら、高史は半ばふて腐れながらも4軒先の陸斗の家に上がると、慣れた様子で2階への階段を上り始めた。
(べっつに、ホント、ケンカなんかしてねーし)
区切るようにして言い聞かせるのは、さっきから、なんだか心臓が収まり悪く騒ぎ立てているから。
以前は二日とあけず駆け上がった階段が、妙に段差がキツいような気がする。だから、てっぺんに近づくにつれ、心臓は痛いぐらいにドクドク高鳴ってしまう。
(なんかすっげー緊張感……)
思って、笑いの衝動が湧き上がるものの、それは乾いた吐息にしかならなかった。手に汗がじわってにじみ出ているっぽい。
ホント―――と、高史は目線を泳がせた。
本当に、何にも……何もなかったのだ、この一週間。ケンカなんかしてないし、仲良く遊びまわってたってワケでもない。たぶん、いつもよりは口数少なめだけど、きちんと会話してたし、昼休みだっていつものように過ごした。ただ、その中には必ず加藤がいて、二人きりじゃなかったってだけ。二人きりにならないように、高史がほんの少しだけ、気を回したっていうだけなのだ。
―――でもじゃぁなんでって、そこらへんを問われると、高史としては答えに煮詰まってしまう。
自分でも、何でだかさっぱりわかんない。わかんないからなおさら変な気分で、だからより意識して陸斗と二人にならないようにしてしまう。
だから、だからこそ、こういう状況ってのは、マズイような気がする。
気持ちに全然整理がついてないのに、自分でも恐ろしくワケなんか不明なのに、ただのムズムズなのに。
もう一歩、高史は重い足を動かして階段を一段上った。
なんでだか、昨日、陸斗が見せたもの問いたげな表情が眼裏に甦ってきて、心臓が一瞬跳躍した。あの時もこんな風に妙に心臓が痛くなってしまって、少し青ざめた陸斗の様子に「オマエ具合悪くないか」って声を掛けることすらできなかったのだ。
でも、なんであんなに焦ったのか、自分じゃ全然わかんない。
加藤とどんどん話せるようになってきたのに、それがすっげー嬉しいはずなのに、会話だって盛り上がってたはずなのに、思わず陸斗に目を向けるような事が増えたのかとか、ホント全然ワケわかんねぇ。しかもそんなときに限って、心臓がこんな風にバクバク、直接聞こえてくるぐらいの音立ててるのなんか、もうマジ、どっかイかれてるとしか思えない。
バクバクが指先にまで伝わったのか、ガチャガチャと土鍋が騒がしい音を立てた。
それが一段と高まったその時、高史はついに階段のてっぺんまで昇りつめていた。階段のすぐ脇にある茶色のドアを凝視する。 (お、落ち着いてろよ、俺)
ただの幼馴染だろ?
弱音とか、そーゆーのを口にするのが大の苦手なアイツがいつものようにギリギリまで我慢して、で、倒れちまったのを見舞ってる。ホント、今までよくあったことで。
よく駆け上った階段で。
そうだ、この立て付けの悪いドアを開けるコツだって、陸斗の親父さんよりはよっぽど心得ているはずなんだ。
高史は目の前にどどんと立ちはだかったドアに向けて、たっぷり一呼吸分の気勢を投げつけた。「…ッシャ!!」という歯切れのいい声が腹から出てくる。これで両手がふさがってなかったら、頬に気合一発平手まで入れるところなのだが、それは使命の前に断念せざるを得ない。
「――入るぞ」
伺うってよりは宣言するような気持ちで告げると、高史はドアを足で蝶番の方に押し付けるようにしながら、器用に片手で押し開いた。
途端、目に飛び込んだのはあまりに見慣れた光景過ぎて―――当の本人は顔を枕に半ば沈み込ませて、ドアの音にも気付かないぐらい眠り込んでいるしで、高史はふいに苦笑が口端に浮かんだ。めいっぱい心臓高鳴らせて、緊張して、気合い入れまくってた自分がまるで馬鹿みたいに思えてくる。
「なんだよ……」
呟いた声は、苦笑に紛れて揺れた。
高史は盆を机に置くと、なんだかさっぱりした気持ちになって、やや大股で陸斗のベッドに近づいた。乱暴な所作になってしまうのは、自分でもどうしようもない。枕もとに、寝ている陸斗を覗くようにして座り込んだ。
「なんだよ……オマエ、なに風邪っぴきやってんだっての」
それでも、精一杯声を小さくしているのは、寝ている陸斗の呼吸が荒く熱いから。こんな大きくなっても、高史よりもずっと成長してしまったくせに、風邪引きやすいのだけは相変わらずで……そういうのを全部含めた、「なにやってんだっての」って台詞。妙に弾んでしまうのは、苦しそうな陸斗には申し訳ないけれど、多分高史の気持ちの根っこのところがそうさせている。
高史は陸斗の顔を右手でそっと包んだ。荒い息であえいでいるくせに、無理に顔を枕に押し付けている、その体勢を直そうとしての行為だったのだが――そのわずかな感触に陸斗が身じろいだので、慌てて高史はその手を引っこめようとした。しかし、逆に思わぬほど強い力でその手を引き戻されてしまい、高史は目を見開いた。
「……高史」
喉の奥から溢れ出たようなくぐもった声に、全身が硬くなる。そのまま、何の抵抗もできないまま引き戻されたかたちの上体は、反動のせいか、やたらめったら陸斗に近くて…近すぎてて……ってよりも、なんか、なんだか―――
(なんかもー、この体勢ってさ!!)
顔が茹蛸みたいに真っ赤になってるのが自分でもわかる。
だって、どこからどう見たって、誰がどんな風に目撃したって、間違いようもなく陸斗にぎゅっと抱きついているっぽくないか!? そう思い立つと、もう、頬どころか全身が真っ赤に火照ってきて、高史はあわあわと喚いた。
「ちょ…陸って……放せって」
上擦った口調で、腕に絡み付くその指を必死に解こうとする。
けれど、発熱したその指は、熱っぽさで空ろに開かれたまなざしとは裏腹に高史を捕らえて放そうとはしない。元々の腕力が違うからって、熱で弱ってるはずの指を解けないなんて―――と、「実はオマエ起きてるんだろ!? ていうか、仮病か!? 意地悪いコトするなよ!!」ってそう、精一杯冗談交じりに言ってやろうとして、でもそのために開かれた口は、用意された言葉を繰り出すことは出来なかった。
その時視界にわずかに映ったのは、焦点なんかほとんど定まってない、熱に潤んだ陸斗の空ろな瞳で、それは仮病という疑いを完全に払拭してしまうぐらい本物の病人じみて精気がなかった。
なのに、それなのにその指先は痛いぐらいに腕に絡み付いていて、引き寄せて放してなんかくれそうにもなくて―――もう片方の指は、髪を弄るように掻き乱す。
「……んんぅ…」
ほんの少し、その口が解放されたその合間を拭うように高史は息を継いだ。
けれどその隙間は、あっさりと熱い唇で覆われる。視界なんかもう、陸斗の頬骨辺りしか見えなくて、何がなんだか、めいっぱいワケなんかわかんない。息が止められてる。
一瞬の――― 一瞬の出来事すぎて。
陸やっぱ熱あるよな〜って、そう認識したその刹那に、視界が狭まっていって、そうして口の中に熱が点った。点ったと思ったら、もうごぅごぅと沸騰してしまうぐらいの、熱くて熱くて、なんだかもう全てが解けてしまいそうな、そんな熱が。
どうしよう、そう思った。
どうしようって、そう気づいた。
熱が何もかも解かして、建前とか、変なルールとか、わかんないフリをしていたこととが、何もかも大っぴらになってしまっていた。
親友なんだって、幼馴染なんだって、ご近所で親同士も付き合いがあって、ガキの頃からのほとんどの人生、隣ににいたヤツで、だから、だから……っていう、そういうのがもう全部、まるっきりなんにも効かなくなった。効果が吹き飛んだ。
高史は見開いたその目をうっすらと閉じた。その熱に体の力さえすっかり奪われて、弛緩する。上体の半ばをベッドに投げ出して、されるがままに口内を翻弄される。
言葉でわかったんじゃない。
理性で判断したんじゃない。
(嫌じゃないって……そういうことだろ)
すとんと認識が頭ん中に落ちてくる。喘ぐような声を漏らしたのは、ちょうどその時で。
(俺はコイツが好きなんだ……)
熱に茹だったように、そう確信した。
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