マーブルブレスト





「青天の霹靂的出会い」 中編


「だから、お前と桐子ちゃんがなんだって!!」
 どんなに他の話題に夢中になってるヤツでも、聞き逃すことが出来ないぐらいやたらでかい声で怒鳴られて、俺はムカツキ半分、怒り半分で振りかえった。
 斜め後ろ、間に席が二つ分。その場所で立ちあがって、俺を糾弾するように指をこちらに向けているのは、見知らぬ男だった。さまざまな中学からこの尚学館高校にたくさんの生徒が進学している。同じクラスになったとはいえ、今日からのメンバーである。ほとんどの人間はみんな初対面、顔と名前の一致なんてしようもない。
 ただ、俺は、そのとき、発言の内容は置いといても、そいつの名を知りたいと思った。
 別にこの俺サマがビビるほどの容貌でもなく、恐れ入るほどの強面でもない男だったのだが………。
 華奢ってワケではない。きちんとつく所に筋肉つけている、スポーツやってるなって言う引き締まった体格。背は低めだけど、これから伸びていくんじゃないだろうか。ま、とりあえずスピードはありそうなやつだな。ちょこまか動いて、相手をかき乱すタイプのプレーヤーっぽい。
 って、俺はなんでもかんでもバスケにフィードバックさせてものを考えてしまうくせを如何なく発揮させてしまっていた。こいつがバスケをするとも限らないのにな。
「………誰だお前は?」
 ようやくにして、俺はそう尋ねていた。はたから見たら、それまでの間は俺が自失していたように思えるかもしれない。どちらかというと、この男に興味が惹かれて観察していたのだけど。
 男―――なんか、少年っていったほうがそれっぽい感じがするその子は、自分の発言に自分で一番驚いていたらしく、周囲を見まわし頬を紅潮させながら、それでも胸を逸らして俺に宣言した。
「俺は、春日悠太! お前は?」
 声変わりしてないかのように、ちょっと高めのハスキーボイス。なんだ、こいつ。本当に、男っていうか、少年って感じだな。つーか、中学生が全然抜けてない―――ガキっぽいヤツだ。
「俺は、須川鷹也。で、お前の質問に答えてあげるけど、桐子は俺の妹ね。俺たち双子だから」
 口調は淡々と、でも口元にはニヤニヤと笑みが浮かんでいた。
 こいつの考えというか―――叫んだわけなどとっくに、とっくの昔に見当がついていた。だから、ひどく愉悦が混じった笑顔になっていたことだろう。
「妹に何か用?」
 なんて、聞かれてもいないことを言ってしまう。相手の急所を掴んでしまったが故の余裕だ。
 実はこういう場面を何度となく味わったことがある俺である。ま、それぐらい桐子は美人だ。そこらの芸能人やアイドルじゃ太刀打ちできない美貌で、多くの男たちを虜にしている。だが、虜にしているだけだ。どんな男だって、俺と御崎と、数に入れるのも胡散臭くもあるがこの高原―――3人が完全にガードしていて、手を出させないようにしている。俺たちの目をかいくぐり、報復を覚悟で桐子に手を出そうという勇姿を見せてくれた男など今の所皆無だ。なにせ、父親が警察官で柔道の師範、母親が剣道の道場を開いている高原拳児(たかはら けんじ)は武道派、小中、生徒会長を勤め、間違いなく高校でも生徒会長になるであろう秀才・御崎恭輔の知能派で文武に隙なし。なぜか、小学生の頃から「あの須川鷹也」と形容される俺が、さらに桐子の身辺近くをがっちり押さえているので手の出し様もないというが、一般に流布されている事実だ。
 こいつも、どこかしらかウワサをし入れて、諦めるであろう。諦めなかったら、撃退するか先制するかでこちらも相応の対応をするだけだ。
 が、ソイツは今までの野郎とは一味違った。間の二つの机を薙ぎ倒すように近づいてくると、俺の手を握り締めていったのだ。
「須川君、俺とお友達になろう!!」


     


 握られた手は、緊張のためか少し体温が高めだった。温もりが伝わる。
 他人のくれる温もりなんて、気持ち悪いだけだ。女とヤるときも、だから俺は自分の部屋につれこむことはなかった。だって、女がいなくなった後にも、その温もりがベッドに残っていたら嫌だろう?
 でも、そのとき俺は、どういうわけか………そう、はっきり言って、嫌じゃなかったんだ。
 後から、高原に熱でもあるのかって言われたんだけど、別に頭が痛いわけじゃなかった。
 どう説明したらいいかなんて、まず何を説明するのか対象すらわかってない状況では言葉は出てこない。だから俺は、高原を突っぱねるだけ。日常のじゃれあいに会話をシフトさせるだけ。
 嫌じゃない。
 その気持ちを、自分もどっかに放置させるために。


     


「鷹也さ、本気で、その春日君とやらと”お友達”になるわけ?」
 放課後である。
 御崎がなんとも不愉快そうなツラを張りつかせて、普通クラスの4組に「降臨」してきた。というのも、なぜかトップクラスの6組だけは同じ校舎の3階で、俺たち普通クラスは2階だったのだ。ほんのちょっとしたことだが、なんとなく差別的に捉えそうになる。
「さあね、知るかよ。まあ、イマドキ、『お友達になってください』はないだろって思うけどね」
「でも、高原がお前には珍しく、相手を威嚇しなかったって言ってたよ。お前には珍しく、ね」
「………てめーらは、一体俺の事をなんだと思ってんだよ」
「さあ………『あの須川鷹也』だとしか認識していないつもりだよ」
「けっ、貴様にだけはそう呼ばれたくねぇーな」
 『あの御崎』と、同じく桜坂西中学で異名を馳せた男に舌打ちを見舞う。高原は高原で頭がユルイところがムカツクが、御崎は御崎でこう頭がカタイと、相手にするのにもいちいち気合が必要となる。世間で言われているほど、仲良しグループやっているわけじゃないのだ。
「それよか、お前、桐子をしっかりガードしとけよ。ただでさえ、俺も高原も同じクラスじゃない上、階まで違うからな。俺たちじゃ面倒見切れないところがたくさん出てくるだろ」
「………お兄さんに言われるまでもないよ。桐子はきちんと俺が守る」
「それはそれで、ヤだな」
 任せるといっておきながら、めちゃくちゃにしかめ面になってしまう俺である。だが、まあ、こいつなら桐子を泣かせたりはしないだろう。俺は、御崎の眼鏡ごしの目を見つめ、それからおもむろに立ちあがった。
「んじゃ、そういうことで」
 御崎は俺の動きを目で追おうともせず、窓のほうを一点集中して見ているだけだった。
「さっそくか?」
 あきれたような声。
「さっそく、だ」
 俺は横柄に応じてやった。


     


 体育館に近づくにつれ、慣れ親しんだ音が大きくなるのを感じた。
 キュッ、キュッというバッシュが床を滑り止まる音。リズムよく床をはじかれるドリブルの音。ボールが空気を切り裂いて飛んでいく気配。パシュと―――バスケをしたヤツならそれがどれだけ最高の音かよーッく知っていると思うけど、ゴールをくぐるボールの鳴らす音。
 いいねえ。心地良い。
 尚学館に受験校を決めたのは、それが桐子の第一志望だったから。だが、尚学館高校はけっこうバスケが盛んで、優先的に部活動でも体育館等を使わせていると聞き及んでいたので、俺自身も行きたいと思っていた学校であったのだ。
 なんでも飽きっぽくて、傲慢で、そのくせなんでもすぐに出来てしまうから手に負えないとまで言われた俺が唯一続けているもの、それがバスケだった。死ぬ気で、青春ど根性スポーツ物レベルでまでやろうとは思わないが、気分よく汗がかけるバスケをやめる気はサラサラない。
 ガラガラと、横にスライドする扉を開ける。
「うーす」
 新人の、初挨拶というには幾分も小さな声。だが、そんなこと俺の知ったこっちゃない。気に食わないならそう言えば良い。
 俺はざっと体育館内を見まわして、そしてその視線が一つの対象物に固定されるのを自覚した。
 やたら元気に走りまわるのは、想像どおりだった。腰の位置がすごく低い―――カットしにくそうなドリブルをする。そこからパスまでの動きがとても俊敏だった。フェイクは2回。体勢を右に揺らして、その次に視線を左にぶらして、でもそのパスは相手の足元を貫くワンバウンドで、奥のセンターの選手の手元にピンポイントで入ってくるやつだった。センターは完全にノーマークでいとも簡単にシュートを決めた。
「うしっ!」
 ヤツはめちゃくちゃの笑顔で、シュートを決めたセンターを出迎えていた。汗がぴかぴか光っていて、髪が全部しな垂れた姿は、なんと言うか………いや、これは俺の感覚にどエライ不都合が生じた結果浮上してきた思いだから、なんとも言うべきではないはずだ。言わないほうがいいだろう。そうに決まっている。
 3on3は部活前の余興だったようで、ヤツ―――春日悠太は先輩たちにもみくちゃにされていた。バスケ部の大柄な部員たちに囲まれると、平均身長の春日はホントにちっちゃく見える。大人と子供だな、おい。
 頭をぐりぐりとかき乱された春日はちょっと痛そうに、「止めてくださいよ〜」とか言いながらその包囲網を掻い潜ろうとしていた。しかし、先輩たちの包囲は硬く、春日はさらに玩ばれる。
 俺は無意識の内に行動していた。涙目の春日の腕を、包囲の外からぐいっと引き戻した。もんどりを打つように俺の腕の中に収まってしまう春日。いきなり消えた春日を追って、視線が俺のほうに向くバスケ部一同。
 俺はほんの少しだけ優越感を感じていた。それがどういう種類の気持ちが起因したのかはまだ判らなかったけど。
「………ええと、須川??」
 腕の中の春日は、よく現状認識できていないらしく、ぼぉっと俺を仰ぎ見ている。なんとまー、無邪気なお顔をするガキだろうね。俺はぽんぽんと春日の頭を優しく撫でてやった。
 周囲で人垣を作っているバスケ部一同は眼前の光景と、見知らぬ長身の男―――それもやたらと周囲を圧する雰囲気を持った男を前に、固まってしまっていた。
 それらを軽く見回して―――これが、御崎や高原の言うところの「威嚇」らしいのだが―――、俺は余裕たっぷりに告げた。
「ちわす。1年4組、須川鷹也。バスケ部に入部希望なんすけど」
 腕の中の春日が小さく震えるのを、感じ取っていた。

                                                       (02 09.07)


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