「青天の霹靂的出会い」 後編
俺はあんまり頭が回っていないようで、ヤツが言うのをぼんやりと聞いていた。
ええと、つまり、須川はバスケ部に入部希望ってことなんだよな………。
………
………………
ん?
「ええっ!」
その辺で、ようやく思考回路が正常モードに切り返された。そうすると、おのずと今自分の置かれている状況も認識されてくる。
なんか、先輩たちにいいパス決めるじゃんって褒められて、んで、ついでに頭をぐちゃぐちゃにされて、おまけのように突つき回されてたところを―――どこからか、ものすごい力で引っ張られた。そして、ふわっと、やわらかくて暖かい地点に体が着地したのを感じて………で、ここは??
「え!?」
上を向いたら、須川の顔が全視界の八割を占めていた。それに、この生暖かな感触って、いわゆる人肌のぬくもりではないか!
ばばっと俺は首を左右に振りちぎった。それで、俺は、今度こそ本当に自分の置かれている状況を正確に理解した。
って、俺、須川に抱きしめられてるぅ!!
首をギリギリまでひねって先輩たちに目を向けたら、先輩たちも俺と同じぐらい動揺しているふうだった。
「ちょ………っ! 須川、まじ放せッ!!」
手足をばたつかせて喚く。本当なら須川の手を振りほどきたかったんだけど、あいにくと第三者には俺がじたばたしているようにしか見えないだろう。くそ〜、ガタイが欲し〜〜〜〜!!
俺は須川の腕の中でどうにか隙間を作ってそこに肘を入れた。容赦なく、思いきり肘の骨の先端を使って打ちこむ。
「はーなーせっ!」
その攻撃は功を奏したらしい。須川はしぶしぶ腕を解く。みぞおちを片手で押さえた。
「ってーな!! テメエ、何しやがる!」
「テメエじゃねー。須川のほうこそ、気色悪いことすんな!」
「っざけんな!人が助けてやったってんのに、テメエはお礼も言えないのか!?」
「はあ?助けたぁ?誰が一体いつどこで誰を助けた上に誰がそんなこと頼んだってん………あ、………ん?」
いや、何か引っかかるような………
褒められてたけど、それが高じてなんか俺揉みくちゃにされてたような………かなり、痛くて………誰か助けてーとか半分本気で叫んでたような………覚えが、あるようなないような………。
そこまで考えたところで、俺ははったと思い出した。
いや、そんなことはこの際まったく全然、一切ちっともどうでもいい。
むしろ、見過ごしてはならないのは、こいつが―――もとい、この須川鷹也くんが、桐子ちゃんの双子のお兄様だということだ!
俺は雰囲気を完全無視して、髪を掻き揚げて怒っている様子の須川の腕を取った。
「いやいやいやいや!まったくもって須川の言う通りだ!俺は最高に間違っていた。本当に、ありがとう!! この気持ちは言葉では言い尽くせないよ!!」
ぶんぶん腕を振りまわしながら力説する。
180度態度を変えてきた俺に、須川も居並ぶ先輩がたもど肝を抜かされたようで、あ然としていた。
それをいいことに俺は言い募る。
「須川、バスケ部に入るんだろ?? 実は俺も、っていうか見たら判るだろうけど俺もバスケしてんの!さっき入部したばっかりなんだけど、なんていうか、俺たちって気が合うよな!! やっぱり、ばっちり友達!になれそうじゃん!!」
俺は満面の笑顔で須川にほほ笑んだ。
「俺と友達になろう」は、俺と須川が友達になりその縁で桐子ちゃんとも親しくなり、最終的にお付き合いするという壮大な計画の大前提であるからにして、俺は最大限の努力も惜しまないのだ。
先ほどその須川にどついたことを棚に上げ、俺はニコニコと返事を待った。
「お前な………」
須川はなんとも形容しがたい顔で、言葉に窮しているようだった。
今日1日で俺が仕入れるだけ仕入れた情報。
曰く、「桐子ちゃんはかわいい。桐子ちゃんは綺麗。桐子ちゃんは頭も良いし、性格も良い。ただ問題は、桐子ちゃんに近づけないという事だけだ」という、悲嘆にまみれた男どもの謗りは、とある3人組に向けられていた。
まず1人目は、6組の御崎恭輔。優秀な知能で、桐子ちゃんに近づく男どもの手から彼女を守っている男。2人目は、同じクラスの高原拳児。恐るべき武道派で、たくさんの武道で有段者となっているという。最後が―――この最後の男が一番厄介らしく、「桜坂西中の須川」といえば知る人ぞ知る―――つまり、この目の前の男、須川鷹也その人だ。
桐子ちゃんの双子の兄にあたるこの男は、暴虐無人を絵に描いた男らしく、「誰もヤツに命令することは出来ない」と言われているらしい。「なんでもこなす」し、「ムカツクぐらいあっさり勝つ」のだそうだ。「来るものは拒まずのくせしてもてる」のが、男たちの癇に障るらしいのだが、「あいつは強い」から成敗してやることも出来ないという奴もいたな。
………つまりだ。俺は得た情報を冷静に分析した。
話は簡単だ。つまりその須川を味方にすれば、俺と桐子ちゃんの間に立ちはだかるものはほとんど取り除かれるってことだろう。御崎や高原だって、桐子ちゃんの兄の友人においそれと手出しは出来ないはずだ。
俺ってば、策士じゃん!!
何よりも、ここまでいろんな情報を手に入れる前に、ファーストコンタクトにて「友達になろう」と告げた先見の明は自分でも惚れ惚れしちゃうほどだ。
それに、須川がバスケしていたなんて………俺はまじで運命を感じていた。
中学の頃から好きで、ひたすらバスケばっかりしていた。そのため、気づいたら回りのヤツらばっかり春を謳歌していて、俺はこの年までずっと一人身でいたわけだが、それもこれもすべて、神様のお導きであったわけだ。俺がこうしてバスケの縁で兄上様と親しくなり、桐子ちゃんとお付き合いするっていう!!
俺は、本当に心のそこからわくわくしながら須川の返事を待った。
なんか、後から考えると変だなって思うぐらい、俺はそのとき須川にフラれるとは思っていなかった。須川がどう思っているかじゃなくて、俺の中ですべてはうまく回るように設定されていたって感じ。
そして現実もしっかりはっきり俺の思い通りに進行された。
「友達ってな………なりたくてなれるもんじゃないけどな。まあ、いいさ。お前とはどうやら”縁”があるっぽいし。同じクラスに同じ部活で、疎遠になりようもないしな〜。朝の返事、遅れちまったが『まあ、よろしく』ってことで」
須川は照れたのか、そっぽを向いて言った。でも俺は、その横顔を食いいるように見つめていて………
うわあああああ!
なんだか、すげえ感動してしまっていた。
こいつも”縁”って言葉使いやがった!
なんか、企みとは別の部分でめちゃくちゃに嬉しくて、本当に一人友達を作ってしまったみたいで―――ていうか、本当に友達が一人できてしまったのが、単純に気持ちを高ぶらせていた。
だってさ、こいつって桐子ちゃんのお兄さんだけあってけっこうカッコいいんだよな!! それにバスケしてるんだろ!! こんだけタッパがあれば、ダンクとかも実は出来るんじゃないか!? それにそれに、噂の1つで相当頭もいいって聞いてるぞ! 仲良くなって勉強とかも教えてもらえば、俺の壊滅的な―――母親からはさんざん奇跡の合格と言われつづけた俺の成績を、どうにか引き上げられるかもしんね―じゃん! っていうか、クラスに中学の友達なんか一人もいなかったんだよね、俺!!
すっごく興奮してしまった俺は、気がついたらその喜びを態度に出していたらしく、須川の背に手を回しむぎゅ〜と抱きしめていた。
さっきお前が気色悪いことすんなっていったくせに………周囲の先輩がたは、そんな表情をしていた。
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