3、「五月病宣告」
ノックが鳴ったのは、俺が冷や汗すら覚えた頃だった。
「鷹也、いい?」
ドア越しにも綺麗に届くその声の持ち主は我が双子の妹桐子に他ならなかった。いつもならノックだけで入ってくるのだが、今日は来客があるから多少なり遠慮しているのだ。
ちらりと春日に目をやった。
案の定、春日はすでに数学の公式は脳みそのどこにもなくなっていた。ぎらぎらと期待にみなぎらせた瞳をドアに注ぎこんでいた。わかり易くも現金なヤツである、ホント.。
「入れよ」
「入れよ、じゃないわよ! ドアを開けてよ。お盆持ってるんだから」
「―――ああ」
なるほど。桐子なりに気を使ったと言うことか。
俺は立ち上がってドアを手前に引いてやった。後方で、春日のそわそわが頂点に来ているのをびんびんに感じる。なんかな〜。嫉妬とは違うと思うけどムカツクな。
小さく舌打ちをしたら、目の前に立っていた桐子と目が合った。お前は悪くないんだぞ。ホント、お前はちっとも悪くない。悪いのはあいつなんだ。
「なに? もうギブアップなの?」
桐子は小声で尋ねてきた。この俺サマがヤロー相手に勉強を教えているのが本当に物珍しいらしく、興味津々の笑顔。イライラした俺の態度で勘違いでもしたんだろう。
「ちげ〜よ」
「ふうん。………あ、これ」
そう言うと、両手で持っていた盆を掲げる。その上にはコーヒーとケーキが2個ずつのっていた。
「どーも」
「感謝が足りないなー。………っと、待って」
「なに?」
「私が持ってきたの。お出ししてもいい?」
何を考えてるんだが………ま、俺が勉強教えてるヤツがどんなヤツなのか気になるってだけなんだろうけど、ホントに女ってそういうのが好きなんだな。桐子が春日自体に興味があるわけではまったくちっともないってことだけは確かそうで、俺としては助かるんだけど。………ん? 別に助かりはしねーな。なあ?
と、とにかく。春日は叶いそうもない片恋をしてるっていうことだ。カワイソウなこった。
俺がもたもた思考の迷路を巡っている内に、桐子は俺の脇をすり抜けて部屋に侵入していた。
机の前でしゃちほこばって固まっている春日ににこっと笑顔を向ける。
「こんにちわ。ええと――――」
「かっ、春日ゆーたです………」
「春日くん、こんにちわ」
「ここここここんにちわっっす!」
おいおい。
そんなに緊張することもないだろ?相手は同い年で同じ学校に通っている俺の妹だぜ?どこぞの芸能人ってわけでもあるまいし。つーか、桐子は未だにお前の名前も覚えてないって、そこに注目しとけよ。お前かなり望み薄だぞ。兄が断言してるんだぞ。
あんまりいたいけな春日に、幾度が桐子に話を通してあげたのだ。アレは俺のダチらしいから、ちょっとは情けをかけてやってもいい。挨拶ぐらいしてやれよってな。
それでも名前と顔が一致されていない春日である。つまりそれだけ桐子にとっては”どうでもいい”ヤツってことだ。
カワイソウだが、それが事実なのだ。
しかし、恐らく本人はまったく理解してないんだろう。まったく、なんでも一生懸命で突っ走って人の迷惑顧みずとはコイツのことだな。
春日は頬を赤らめて、見てて伝染してしまうぐらい胸を高鳴らせて、ぼぉ〜っと桐子を見上げていた。
「春日くん、これ、ケーキね。甘いの大丈夫?」
「え………平気っす」
「一応コーヒー入れたんだけど、嫌いじゃない?」
「全然っす」
「紅茶もすぐ出せるんだけど、ホントにいいの?」
「大丈夫っす」
「………そ」
かみ合わないわけではないが、なんとも暖簾に腕押し的な春日の対応に桐子も困りきったらしい。俺に気遣わしげな視線を送ってきた。よっぽど春日の頭が悪そうに思えたのかもしれない。まあそう真実をあげつらう必要もないだろ?こいつはバカなところがポイント加算されるようなヤツなんだからさ。
つくづく同情するなぁ、春日。
桐子は頭がいいヤツが好きなんだよ。御崎みたく切れる男がなぁ! 少なくとも、偏差値65の桐子を下回るヤツは眼中にないんだなぁ、これが。くけけけけけけ。
確かに桐子が綺麗でヒトメボレする気持ちもわかる。兄ながら、コイツほどイイ女はそういないと思う。性格もウザくないし、きっちりしているし、頭も良ければ顔もイイ。双子の妹でなければ、この俺が真っ先に頂くような女だ。
だからこそ、春日にはムリだなぁ。まず、春日には見向きもしないだろうなぁ!
「春日くん、じゃあ、お勉強頑張ってね。ウチの鷹也が役に立たなかったら、殴っていいよ」
俺の思いを裏付ける様に、あたり触りのない台詞で早々に場を立つ桐子。
俺は思わずその桐子の腕を取って自分の身近に引き寄せた。耳元で囁く。
「桐子愛してるぞ。今度、なんか奢ってやろう」
とんでもなく愉快な気持ちになって、どちらかというと春日に見せ付ける様にものすごく桐子の耳の側近くまで唇を寄せて、背後から抱きすくめるようにして。春日は兄弟の触れ合いと思って、見ているだけだったのだけど、俺の中の満足は満たされていた。あきれ果てた桐子が盆で俺を殴りつけるまで、まるまる30秒間ぐらい、俺は桐子とのラブシーンを春日に披露してやった。
くけけけけけけけけけけけけ。
どうだ、まいったか!
「はぁああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
盛大に吐息を吐き出したのは春日だった。
「き、きんちょーしたぁああ!」
俺にしがみ付かまんばかりでぐったりと倒れこむ。力が入らないようだった。
「お前さぁ〜、よく桐子ちゃんと一緒に暮らしてて息が続くよなぁ。俺、酸素不足で死ぬかも」
「はぁ?………んで、妹に呼吸困難になんねーといけないんだ?」
「それだよ、それ! 俺、須川尊敬しちゃうかも。人生ずっと桐子ちゃんと双子の兄妹だったんだもんなあ。すげえなあ」
なにがすごいのか、俺の脳みそレベルでは判断できない。
春日レベルまで落ちないとこれは理解できない思考だな。
「食えよ、それ。一応、桐子が作ったケーキ」
「ま、マジで!」
「マジ。あいつ、そーゆーこと、けっこう好き」
言い終わるのを待たずに、春日は勢い込んでケーキにフォークを突き刺した。そのまま切り取りもせずに口に突っ込む。もごもご言っているのは、たぶん「うまい」とか「最高」とか「すげー」とかなんであろう。聞かなくても、わかる。こいつの言いたいことなら、なんかわかる。
ぐびぐびコーヒーを空ける春日に、俺の分のケーキも押し出してやった。さりげなく親切をしてやりたくなったから。ま、だって、コイツ可哀想じゃん。こんなに桐子のこと好きなのに、全然相手にされてなくて。
春日は今度は少しずつ味わうことにしたらしい。みみっちいぐらいにちょっとずつ切り別けて口に運んだ。一口ごとに「うまい、すごい」言ってるのが、ホント、あわれを誘う。
「春日さ………」
何を言いたいのか………何を言うつもりかまとまってもいないのに言葉が口を飛び出していた。
桐子はムリだって。
そう言うのか?
可哀想じゃん。
可能性がないって?
全然眼中に入れられてない?
――俺?
春日を見ているヤツもいるとか、春日だけを好きになる奴がいるとかなぐさめてやるのか?
俺が?
まとまんない。なんなんだ。このみじん切りの言葉の羅列は?
なのに、答えだけがすぱっとそこにある。
「俺にしとけよ」
………はあぁ?
わかんねぇぞ。理性で整理しようとするから、なおさら不整合だらけ。どこにも等記号がつけらんない。
五月病というのは、実はとんでもない大病奇病の類なのかもしれない。
「春日さぁ………おれ――」
「俺―――」
言葉が重なった。
表現―――というよりも、何を言いたいのかさえ理解不能だった俺は、渡りに船とばかりに春日に目で先を促した。そっちが先に言えよ、そう告げる。
春日は少しはにかんだ。男の分際で、めためた似合う。
「俺さぁ〜」
はにかみついでに、声までなんかいつもと違う感じ。
こぅ、なんだ、秘密を告白するような響きを感じるぞ。
すげ………心臓が痛くなってきた。
俺は一体何を期待してんだ??
春日は知ってか知らずかたっぷりと時間をかける。そのもたつきまで、俺の期待に拍車をかけてしまう。だってな、春日の目が微妙に熱っぽいぞ。頬もうっすら染めて………それで俺を見てんだぞ。
触ってもいいのか??
触るぞ、おい。
俺は自分自身に許可を求めてから、春日に向かって手を伸ばしていた。触る。触ったら、次は撫でまわす。そんで、ひん剥いて入れて鳴かせてひーひー言わす。素敵な未来設計だ。
俺はもう、ほとんど全部の器官を本能にゆだねた状態だった。じゃなきゃ、俺はヤバイ人みてぇじゃね―か。
しかし、その指先が春日を触れた瞬間、春日の思い余った一言が俺を貫いた。
「好きなんだ!」
これほど人間真摯になれるんだって感心するぐらい、一直線の瞳。他に見向きもしないで、俺の角膜を突き破って脳天に達した。途端、ばばばばっと――――この俺サマが、頬を高潮させてしまった!
「ま、マジ?」
期待とか焦燥とか、もう何がなんだかわかんないぐらいパニクってしまう。
襲うよ。
ヤっちゃうよ。
ココ俺んちだけどさ。そんなの関係なくて。むしろ、コイツの体温を感じてみたくて。
そこの熱さを知りたくて。めちゃくちゃ、欲しくて。
なのにだ。こんなに一人で盛り上がった俺の気持ちを奈落の底まで突き落とすような台詞が次の春日の言葉だった。
「うん、マジで、俺桐子ちゃんが好きなんだ!」
「はぁあああああぁあああ〜〜〜〜〜!!」
俺は思いっきり不審がいっぱいの声になっていた。
今更何を言ってるんだコイツは!?
「は〜、告白してすっきりしたぁ〜! 教えてやったんだから、協力しろよ須川!!」
「はぁ?」
おい、もしかしてコイツ、俺が知らなかったとでも思ってんじゃねーか?
「おい、カスガ」
「なんだよ〜」
照れくさいのか、春日はやたらとオーバーアクションになる。手を振り上げて、俺の肩を叩く。
「お前が桐子を好きだって?」
「………そーだよ、んな何度も言わせるなよぅ」
「………」
まじでムカツクな、コイツ。同情して損した。くそっ。
「んなの、バカでも知ってるよ。お前態度に出しすぎ」
「えっ!えええええええええっっつ!!」
春日は騒然となった。バカだ、こいつホントのバカだ。あんだけ態度に出しまくってて、どうして誰も気づいていないと思えるんだ?その根拠はどこら辺にあるんだ?そのうえ、さも密談チックにこの俺サマに切り出しやがって、一体何を俺に望んでるって言うんだ!?仲を取り持てとでも言うのか、バカも休み休み言え。春日の場合はめちゃくちゃ間をおかないと、バカがバカばっかり言ってることになるんだぞ、わかってんのかよ!
あ〜イライラする。
俺は頭をぐしゃぐしゃにかき乱した。春日は春日で呆然としている。
「………じゃぁ、もしかして、もしかしなくてもみんな気づいてんの?」
「知るかよ」
素っ気無い返事。今の俺では精一杯だ。
「………も、もしかして御崎とか高原も?」
「さあね」
気づいてないわけないだろ、何で御崎が縁もゆかりもないお前に「勉強教えてやる」とかいうと思ってんだ?かなり警戒している証拠だろ?俺が役に立たないから、あいつ自らしゃしゃり出て来たってことだろ。それぐらい気づけよ、桐子を手に入れたかったらさ。
でも、そんな情報は教えてやらない。
なんで俺が、こいつの恋愛を手助けしてやんないといけないんだ。
ぜったいに、ビタ一文・猫の手ほども援助してやる気はねぇ!
春日は、重苦しくため息をついた。すでに、勉強や追試のことは二の次になっている様子だった。
「うぇええええ〜、じゃあ、桐子ちゃんも俺の気持ち知ってるかもしれないってコト?」
「かもな」
びしっと指摘してやる。裏に、知ってるけど全然気にしてなさそうだなっていう感想も添付して。
「そっか〜」
春日はなんだか力が抜けたようだった。しきりに「そっかー」と繰り返す。そしてあろうことか、寄り掛かっていた俺のベッドにのそのそ這いあがると、ぐったりと仰向けに沈んだ。深いため息。
そのまま俺のベッドで放心状態になった春日を、俺は穴があくように見つめていた。
思い余って一世一代のうちわけ話をしたにも関わらず、肩透かしを食らったようなものだ。拍子抜けというか、気持ちを持て余しているといったところだろう。
そんなコトはこの際どうでもいい。
どうでも良くないのは、春日が俺のベッドに寝てるってコト。
もし、高原とか御崎がそんなことをしたら殴ってでも引き摺り下ろすところなのに………俺の生活圏内に人肌が残ったりするのはめちゃくちゃ嫌なはずなのに………ってか、だからこそ、この部屋にこいつを呼び寄せたのであって、それが俺の最後の砦であったはずだ。
俺の砦ってこんなに脆かったのか!?
このまま、春日に覆い被さって最後までシたい。こいつをモノにしたい。
そんな欲望のほうが勝ってしまうなんて。
「須川………ちょっと来て」
動揺している俺とは正反対に、放心している春日の声は弱々しい。
俺は誘われるまま、ベッドに上がって春日を見下げていた。ほとんど――――ほとんど、ヤル体勢の寸前。ただ俺の足が春日を跨いでいないだけ。両手はそれぞれ春日の頭の左右にあって、それで体重を支えた。
マズイ。
これは暴走する。
春日が悪い。俺を誘うから。ベッドにいる春日なんて、まな板の上の鯉そのまんまじゃんか。据え膳食わぬは男の恥だ。
ちょっとだ。ほんのちょっと俺が肘を曲げて上体を傾かせたら、春日の口を奪える。
マズイな。
目まで合ってしまったぞ。んな、濡れた目になってんなよ!
「須川………」
掠れた声。
こいつ、ホントは、めちゃめちゃ頭イイのか? それは作戦なのか?
「俺、須川の顔すげー好き」
下から手を伸ばされる。頬に春日の手のひら。俺は両手とのふさがってるから、その手を払うことすら出来ない。
「やっぱ双子なんだよな………須川もめちゃ綺麗。男に綺麗って変だけどさ」
わかってる。
わかってるさ。
お前が好きなのは桐子だ。
桐子と双子で、骨格とか遺伝子の具合で似ている俺にそう言っていることぐらい。
それでもこの俺が、望みがないわけじゃないとか、この俺が思ってしまうんだ。
お前はやっぱり………お前がやっぱり悪いんだ。
俺が悪いんじゃない。
春日、こんな風に俺を誘う、お前が悪いんだ。
その後、妙に冷静になった俺は、春日相手にスパルタ教育を施してやった。
この俺サマが教えるからには、追試を不合格なんてさせるわけにはいかない。如何にこいつがバカだろうと、それは俺の力の見せ所だろう。苦手となった原因を見つけ、そこを解してやればイイ。
その次の日も、朝っぱらから春日相手にびしびし古文・日本史を調教してやる。つーか、こんなのひたすら一問一答形式で勝負だ。古文も、やるのは現代語訳を覚えさせるだけ。そっちさえ頭に入っておけば、ある程度の設問に対応できる。100点を取らせなくていい、6割点数を取らせればいいだけなんだから。
そして、月曜の放課後、追試の時間がやってきた。
「気になる?」
流し目を送ってきたのは御崎だった。
キサマも暇なヤツだな。
「別に。………てか、お前は帰れよ。散れ」
「酷い言い草だな。俺はお前を待ってるわけじゃないよ」
「テメーに待たれたら心臓が冷える」
「高原は俺に待っててくれって言ってたけどね」
「ちっ………それは、タコ原の良心をキサマが脅迫したからだろ」
「高原が奢ってくれるって言ったんだよ?お礼がしたいってね」
「へーへー」
あくまで言葉を駆使して美談に纏め上げようとする御崎に、俺は閉口した。
高原も高くつくヤツに頼んだもんだ。
あの日やたらと機嫌が悪かった高原は、なんと実は春日と同じ赤点組だったのだ。うまく俺を誘導して勉強を教えさせようと思っていたらしい。が、俺はあっさり春日を教えてやることになり、焦った高原は他の知人でそういうことを頼めそうな唯一の人物―――とわかっていたものの最後までコイツにだけは頼りたくないと避けていた男、御崎恭輔に追試対策を依頼したということらしい。当然、この男がただで親切をしてやることはありえず、試験後の褒賞をしっかり確約させていたことだろう。
「でもさ、高原が失敗したらどうするわけ?」
「そんな失態を俺が犯すと思うか?」
「どうかねぇ。お前が完璧でも、タコがバカなのは事実だからねー」
「それを言うなら、鷹也だってそうだろ? どうなの、春日君は?」
「俺がそんな失態を犯すと思うか?」
「………お互いサマだね」
「うっせーよ」
イライラする。
さっきから時計ばかり見ている。もう、そろそろ終わる頃で………即時解答で合格かどうかわかるらしい。春日にしろ、高原にしろ、4教科も試験科目があるため異様に試験時間が長い感がある。
英語と数学と日本史は問題ないのだ。古文が、ほんの少しだけ気になる。ワケわかんなくてもいいから覚えろといったものの、本当はそれが一番イケナイやり方だ。一回詰め込んだものを忘れると、ワケがわかんないがゆえそれを思い出すきっかけがなくなるのだ。イチかバチかの感覚。でも、それで春日が部活禁止になってしまうのだ。それは困る。俺のプライドにかけても困る。
………ああ、くそっ。俺が代わりに受けてやりてーな。
試験場のドアをギリギリ睨む。
「まあ、どっしり構えてようよ」
横から御崎の声。
お前はタコ原だから、そーどっしり構えてていい。あいつが柔道部も剣道部もクビになったところで、喜んで両親が自分とこの道場に呼び出すだけじゃねーか。
思わず壁を足で蹴りつけたその時だった。
「すーがーわぁああああああああ!!!!!!!!」
試験場のドアを吹き飛ばす勢いで春日が飛び出してきたのだった。
「かすが………」
その勢いに、俺はまさかの事態を覚悟した。なんか、だってコイツ泣きながら走ってくるし………
「やっぱ古文か………?」
最悪だ。
俺のせいだ。
俺は口元を覆った。かなり顔が青ざめているのが自分でもわかる。
しかし、次の瞬間俺に襲いかかったのは、春日の怒り狂った怒鳴り声でも、悲壮に満ちた失敗報告でもなく、体当たりぎみの抱擁と……、
「須川のおかげっ!!!!!!!! 須川大好きアイシテル!!!!」
めちゃくちゃに明るい、春日のいっぱいの笑顔だった。
………たまんねぇ。
その笑顔に、俺は塞ぎとめていたもの全てが解き放たれたのを感じた。
そうだ、降参だよ!
俺はようやく新環境に理性を適応させていた。
何のことはない、みとめてしまえば容易いもんだ。
そう、俺は春日悠太が好きなんだ。
そう、この俺、天下の須川鷹也はホモに目覚めたんだ。
覚えておけよ、話は単純明快になったじゃないか。
この俺の名誉にかけてお前を落としてやる。
やってやろうじゃないか!
俺は春日の背に躊躇なく腕を回していた。そばでは御崎と、その安堵した間抜け面から察するに辛くも合格したらしき高原がいるのはわかっていたけれど。そんなのは関係ない。
ぎゅ〜と腕の中の春日を抱きしめる。コイツ、けっこう細いな。
覚えておけよ。
やってやる。
春日、お前を俺のもんにしてやる。
俺サマがいうからそれは絶対決定事項なんだ。
(02 09.26)
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