マーブルブレスト



「激動スクエア・3」


 優先順位。
 すげえ、ヤな感じなのに、俺はそれを決めてて。俺がそれを決めてて。
 ホント自分勝手で。
 自己嫌悪。
 ずーんって、過去最高に落ち込んでる。


 御崎はココじゃなんだからって、俺を近くのファーストフード店に連れていった。そんな気もないのに、「部活終わったばっかりでお腹空いてるんじゃない?」っていう御崎にあわせて、フィレオフィッシュのセットなんか頼んで、その上、「俺が誘ったから、ね」と奢られてしまった。口答えとかさせない微笑に、俺はおとなしくありがとうってしか言えなくて。
「ええと、4時前には切り上げなきゃいけないんだよね?」
 しかも、事前にそんな約束なんかさせて。
 あああ、俺って、最悪………
 バッティングした4人の内、選んだのは御崎と―――桐子ちゃんで。御崎には桐子ちゃんとの約束に間に合うように、4時前までって時間制限までしてる。
 ………あああああああああ。
 頭をかきむしりたくても、両手でトレーを運んでいるからそれもままならない。ヤキモキ。いろんなことが、頭ん中でごった煮状態。人影のまばらな2階のコーナーにコケずにたどり着いたのは、ある意味奇跡だったのかもしれない。
「それで、早速本題に入るけど………」
 最初、御崎がそう切り出した時も、まだ自己嫌悪の渦の中にいた。
 でも、次の言葉が、そこから俺の意識をがっしりと掴んで現実に引きずり出した。
「わかってると思うけど、桐子の件だよ」
 顔前で組んだ手に片頬をゆるく預けて、ちょっと流し目風に言われて………
 なんだよ、それっ!!!!
 一気に頭に血が上るのを感じた。
 そりゃ、わかってるけど、多分そんなことだろうって思ったけど、……しかも絶対俺のイライラをやつ当たりしてるんだろうけど、でも―――でもっ!!
「御崎に関係あんのかよっ!!?」
 まばらっても、そこそこに客は入ってる店内で、多分全員がこっちを向くよなってぐらいでっかい声を張り上げる。あーもー、絶対ソレ関係のごたごただって思われてる! くっそー、なんでこんな学校近くの店に入ったんだよっ! 御崎のバカ! くそアホっ!
 叫んで、その後下唇をぎゅっと噛み締めて睨みつける。我ながらひがみっぽい表情になってると思う。
 でも、御崎は挨拶でもされたみたいにあっさり受け流して、うっすら微笑を顔に張りつけたまま。ホントこいつ、俺とおんなじで高校1年生なのかよぉ〜!
「春日君は、本当に毎日いつでもどこでもあたり構わず元気だよね?」
 にっこり言ってるけど、絶対ソレ嫌味だろ?
「元気がトリエなんだよ、悪いか!?」
「ううん、カワイイなーと思って」
 さらっと言う。
 か、カワイイって………俺はぐぅっと詰まった。
 そりゃ、御崎に比べたらガタイないけど………って、コイツ部活やってないのに………俺、バスケ部なのに………ぅ、うう。
 身長低いっていう――むぅ、でも、平均身長はあるんだ! 170センチは日本男児の真ん中ぐらいなんだ! 絶対絶対低い方じゃないはずなんだ!……けど、バスケやってる身としてはものすっごく物足りない背丈は、一番の俺のコンプレックスで、しかも頭が抜群にイイ御崎はばっちり俺の苦手な方の人間なのだ。
 だって、頭良さそうな外見で頭良さそうなしゃべり方して、しかも眼鏡光ってるし、身長俺よか有るから上から見下げられるし。須川も同じような特性持ってるし、須川の方が更にガタイがイイんだけど―――須川には感じない苦手意識が、御崎にはある。
 多分、それって、こういうトコロ。なんか、バカにされてるっぽい感じ。
 須川も俺のことバカバカ言うけど、須川は口に出す。御崎は言わない。その違い。
 余裕っぽい感じの微笑が極めつけ。
「カワイイとか言うな」
 ありったけの迫力を目に注ぎ込んで言うけど、眼鏡が楯になってんのか、全然応えてない。尚更クスクス笑われる。
「そういうトコロがくすぐられるよね、庇護欲ってヤツなのかな?」
 俺にもそういう気持ちってあるんだな……とかしみじみ言われて、あろうことか、御崎の伸ばしてきた手に頭を撫でられてしまう。あんまりな仕草に、咄嗟に対応が出来なくて、俺はしばらく為すがままになってた。
 ………クツジョクだ。
 昨日の夜からただでさえ自己嫌悪の真っ只中なのに、御崎の言動でダブルパンチ。立ち直りの早さだけは昔から自慢だったのに、も、そのキッカケが見当たらない。ちょっと目を向けたら、俺の気持ちなんかちっとも知らない御崎は、なんだかすごく楽しそうに笑ってるし。
 優先順位とか俺が勝手につけた、罰なのか?
 ホントなら、今ごろ高原との約束を断って、須川と……何するかは知らないけど、きっと須川となら御崎とのこの居たたまれない状況に比べたら、断然天地もひっくり返るぐらい楽しく過ごせたはず。
 でも選んだのは俺だから、そういう俺には、もしかしたらこういうのこそふさわしい状況なのかもしれなくて。
 甲高いっていつも言われてる俺の声が、その時はすごく掠れてた。
「御崎、絶対俺のこと嫌いなんだろ………?」
 ホントふさわしい状況ってヤツなんだろう。御崎は笑顔をひとつも変えずにそういったから。
「嫌う理由はないね。……あえていうなら、目障りだな」
 いつもの口調で言ったから。
 
 ―――呆気。
 本物のバカみたいに大口開けてストップしてしまう。

 ものの数にも入れられてないってのは知ってたつもりだけど、俺なんか須川の友達ってポジションでしか御崎の視界に入ってないのは知ってたつもりだけど………
 目障りって、すっげえ酷くないか?
 俺、そんなチョコマカしてんのか?!
 あんまり酷い言われように、俺の心はショックを受けるどころか、ビックリし過ぎで麻痺しちゃってた。思わず忠告なんかしてしまう。
「御崎………お前、いつもそーゆーコト言ってんの? あの……桐子ちゃんに付きまとってるヤローに?」
 自分のことを付きまとってるヤローとか言うのは不本意だったけど、それはこの驚きに比べたら些細なことだった。
「お前、いつか背中刺されちゃうぞ。今回は俺だからよかったけど、その、もうちょっと言葉を選んだほうがいいぞ………?」
 最後の「?」は、俺が真面目に言ってるのに、御崎が微笑を弾けさせたから。
「な、なんだよっ?!」
「いや……春日君って本当に相当カワイイなと思って」
 とか言って、腹を抱えこみやがる。
 ホント、なんなんだよコイツ! 俺の理解越えてる!
 酷いこと言うかと思ったら、微笑じゃない、ちゃんとした笑い顔ってすっげー優しい感じだし。
 なのに出てくる言葉は、俺の人生でも特上のレベルで耳に痛い言葉。笑い声に馴染ませた、穏やかな―――つまり動揺とか緊張とかそういうのがひと欠片もない余裕しゃくしゃくの口調。目元も爽やかに和ませてる御崎。
「そういうかわいらしさを無意識で発揮するところとか、目障りだよ」
「目障りって………」
 俺、だから、あんまり御崎に関わってないし………てか、教室の階も違うし、そんなウザイこと御崎にしてたのか??
 半信半疑で首を傾げた俺に、同じ方向に自分も顔を傾けて、御崎は覗きこむような視線を送ってきた。
「自分のコト知らないフリして、卑怯だね」
「卑怯………」
「それともそういうのが春日君にとっての”普通”なのかな。だとしたら、君は相当な策士だ」
 言ってる意味は全然わかんなかったけど、誉められてるんじゃないのぐらいは、出てくる単語でよっくわかる。
 目障りも卑怯も策士とかも、時代劇の悪代官のための言葉じゃんか! ”そなたも悪よのぅ”とか言われてるヤツに値するってことなのか、俺?!
「………やっぱ、御崎俺のこと嫌いなんじゃん……」
 むすっとなってしまう。視線は自然と下に下がる。
 トレーの上に並んだ、冷えたフィレオフィッシュとポテト。氷がいっぱい溶けて薄まったジンジャー。
 そういうのを見つめながら、頭の中にはでもどこかさめた部分があって、もったいないなぁーとか思ってた。御崎もコーヒーに手をつけた様子はなくて、満タンにカップに注がれた茶色い液体はすっかりぬるくなっていた。
「物覚えが悪いな、君は」
 相変わらず、鼓膜には御崎の耳に痛い単語の連射攻撃が続く。
「俺が春日君を嫌う理由はない。それに、そういう感情は君には不要なんだろ? 君だって俺に好かれたいと思ってるわけじゃないだろうし―――」
 そこで、御崎ははじめてその貼り付けられた笑顔を崩した。眉根を寄せて、首を振る。
 一回舌打ちをして、それが終わった時には、また微笑が装着されていた。前後の会話さえなかったら、穏やかな顔つきのように見えるのに、今は少し冷たく見えた。
「話が逸れたね。本題に戻すよ。桐子のことだ」
 角度のせいなのか、眼鏡のレンズが乱反射して、俺からは御崎の目が見えなかった。だから、反発するのも対象があやふやでその舌端も鈍くなってしまう。
「………それって、御崎に関係ない」
「そうだね。俺には関係ない。でも、そういうことを言う君が、一番周りを利用してるんじゃないのか?」
 くぃっと両端が上がる、御崎の唇。今更だけど、御崎って綺麗な顔してる。こんな、意地悪そうな微笑されて気付く俺もなんだけど。
「単刀直入に言うよ。桐子を好きなら、本人に直接当たって砕けろ。姑息になるな」
 そんな風に言い切る御崎が、すげえ実は綺麗な顔してるだなんて。そんなコト俺が思ってるなんて、言ってる御崎もまさか考えもしてないんだろうなー、とか。
 ほのぼの思って………でも、なんかパリパリって心の中で何かが軋む音。その音がだんだんでっかくなって、気がついたら、俺はそう呟いていた。
「………それ、須川のコト?」
 小声って言うより、唇が動いただけの吐息に近かった。目元がじわって熱くなってて。
 閃きみたいに頭ん中ですとんと御崎の言葉が置き換わる。
 周りは須川。
 桐子ちゃんに近づくために、利用した。そう、言われてる。
 そういうのが、姑息で卑怯で策士で目障り。
 その言葉たちが、ようやく本来の効果を発動して俺の心ってヤツをぐっさりと切り付けてくる。けっこう深い傷口。だらだら流れてくるのは、それはどういう気持ちなんだろ………?
 口が、何か言いたくてパクパク開いて―――閉じた。首を振る。
 言えるはずなかった。
 須川は友達なんだって。
 最初の動機はそれでも、もうそういうのと関係なく友達なんだって。
 今の俺が、言っていいセリフじゃなかった。
 それに思い当たって、そうしたら御崎の言葉に納得できて、悔しいのかなんなのか………も、すげ………泣きそ………
 それだけは死んでも歯を食いしばって耐えてみせる。
 御崎は、そんな俺をじっと見ていた。笑顔なのに全然笑ってないように見えるのは、俺の目が変だからなのか? も、全然ワケなんかわかんない。
 御崎がまた手を伸ばしてきて、俺の頭をぐしゃぐしゃに掻き回すのも、ホントに全然ワケわかんなかった。イロイロ言うのに、それ全部当たってて俺の心臓めちゃくちゃ痛いのに、そうさせといてなんでコイツが俺の頭撫でるワケ?
 あ〜、もう、ダメっぽい。
 涙腺ゆるゆる。
 御崎に頭撫でられて泣くのなんかすっげぇ情けないのに。
 コイツ、絶対俺のこと嫌いなのに。
 言ってることは大正論だけど、直球ストレートで飾りのかけらもなく俺の心臓ひねりつぶされたのに。
「春日君………」
 ため息なんかつかれてしまう。反応しようにも、口を開いたらマズイことになりそうで、俺は一文字に引き絞った口をびっちり閉じたまま。
「俺の言いたいのは以上だよ。制限時間30分前で終了、だ。本当はもっと色々話したかったんだけど、君があんまりカワイイから容赦できなかった」
 謝りはしないよ、じゃ、また。
 立ち去り際にそう告げる御崎を、そんな時まで完璧な微笑の御崎を、ただじっと見つめるだけだった。
 情けない俺。
 めちゃめちゃ自分勝手でワガママで、御崎の言うとおり姑息な俺。
 こんな俺に、資格なんかあるのか?
 桐子ちゃんを好きって言う―――須川が友達だって言う――――………
 頭をいっぱい、力いっぱい振った。
 それでイイ考えが浮かんでくるわけじゃないし、イイ考えとかそういうのがあるわけじゃないコトなんだろうし………
 でも、時間だけは俺の気持ちを置き去りでチクタク進みやがって、4時の少し前、携帯の画面で確認して、俺は重たすぎる体をどうにか動かして、駅の方面に向かっていた。
 
 どうしたらイイ?
 俺、どんな顔して桐子ちゃんに会えばイイ?
 答えなんか全然なくて、本人がそこに立っていたとき、その時の俺の顔がどんなだったか―――普通の表情を保っていたという自信すらなかった。

                                                       (02 11.18)
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