マーブルブレスト



「激動スクエア・4」


 
「桐子ちゃん………」
  それだけで精一杯で、言葉が詰まった。
 
 なんて言えばいいのかわかんなくて、どういう顔をしたらいいかわかんなくて、俺どんな気持ちになったらいいのか――――もうホント全部なんにもわかんなくて。
 それっきり俯いてしまった俺にそそがれる桐子ちゃんの視線が………それが綺麗で優しげな分だけすごく痛くて、罪悪感ってやつがひしひしと俺の心臓を苛めてる。………って、そう思ってること自体もなんかすごく自分勝手っぽくって………―――――
 ああ、も、なんか俺、最悪コンディション………
 御崎の言葉がぐっと胸につかえるけど、今それを口にするのは逆にインチキな気もする。
 じゃ、何が一番うまく回るのかって、それがわかってたらこんな風にバカなことは元からしてないだろう。
 あ〜、あの桐子ちゃんと二人きりっていう最高の時間なのに――――いや、だからこそこういう正々堂々と出来ない状況作った自分に頭くる。まともに桐子ちゃんを見ることすら出来ないぐらい、気持ちに鉛がぶら下がってる。………なのに、
「どしたの? あ、もしかして春日君体調悪い? 部活大変な時期なんだよね」
 桐子ちゃんの声には純粋に気遣わし気なニュアンスがにじんでいた。申し訳なさで、情けなくて涙でてきそーになる。
「……あ、いや、その………」
 でもさすがに好きな子の前で泣くほど思い切り根性無しになりたくない。俯いたままだったけど、俺はどうにか声を押し出した。
「ごめん、その、疲れてるだけ………」
 とにかく今日はこれ以上桐子ちゃんと一緒にいてはいけないような気がしていた。それは、御崎の言う”卑怯”ってやつだ。だから、今度、ちゃんと改めて俺の口で本人に言わなきゃ、なのだ。だからとにかく今日は………
 たくさん謝って、でも言い訳とかはしないで、とりあえずこの場でお別れして―――そりゃ、もちろん桐子ちゃんの話ってのもものすごく気になるんだけど………たぶん、今の俺にそれを聞く資格も余裕もないだろうから。
 ぎゅって拳を作って、それをキッカケにして顔を上げた。まず、ごめんって言って、そして今日は話とか聞ける状態じゃないからってまた謝るんだ―――そう決心して、口を開いた瞬間だった。
「じゃ、こんなとこに立ってたら尚更疲れるよね。……よっし、ではではご招待させてくださいな」
 明るい桐子ちゃんの声に機先を制されてしまう。
「あ……いや、その、だから………」
 なんて、口の中でごもごもとしか言えない間に、桐子ちゃんのにっこり笑顔にクラクラのノックアウトしてしまい、話が先に進んでしまう。
「実は昨日、ケーキ焼いたんだよね。あ、鷹也がね、春日君がこの間のケーキすごくおいしかったって言ってたって教えてくれたから………」
 え………
 なんかその時、すげえ心臓がぎゅってなった。
 でも、次の言葉で、その気持ちがなんだかわかんない内に彼方に消え去る。
「てなわけで、春日君、たいしたもてなしは出来ないんだけど、ウチでお茶でも一杯しませんか?」
 くすって、冗談ぽく笑いながらとんでもないことを口にする桐子ちゃん。
 逆にめちゃくちゃ慌てたのはもちろん俺のほうで………だ、だだだだだって、好きな子の家って、そりゃこの間もお邪魔したけど、それは須川の部屋でみっちり勉強するためであって、ああああああ、だって俺だっていっぱしの男だから、それがゆえに、てか、当然断然、妄想してしまうじゃんかよそりゃーさー!!!!!!!
 あああ、でも、でもっ、今ここでこの超強力な誘惑に負けてしまっては、俺最悪な男として絶対に……特に御崎とかもう、絶対に俺のこと見限るだろうし、なにより俺自身が自分のこと死ぬほど大嫌いになりそうだし………
 断腸の思いってこういう気持ちなのかな………すげえ、変な叫び声とか上げそうな口を片手で覆って桐子ちゃんを見つめた。その手で覆い切れない頬とかは、たぶん激しく赤いんだろう。指先に熱を感じた。その手を外すことは出来ないけど、でも出来るだけ男らしくきっぱり断言しようと言葉を押し出したのに………
「あの」
「あ」
 ちょうど同じタイミングで桐子ちゃんのセリフとかぶってしまって、それでまた気合が空回りしてしまい、力なく目線を伏せた。それを”お先にどうぞ”っていうジェスチャーだと勘違いしてくれた桐子ちゃんが続きを舌に乗せた。活舌のイイ桐子ちゃんにしては、すこしどもった感じの声音。
「あ、のね。鷹也もいると思うから、ええと、その、変な風に勘違いしなくていいよ?」
 ………って、そう言う私のほうがもっと変だよねー
 ごめんとかその上謝られてしまって、俺はぶんぶん首を振った。
 ………変な風に勘違いしたのは俺のほうです。てか、俺だけです。………って、それよりも――――
 俺が一番に反応していたのは、なにより須川がいるってトコロで………なんだかわかんないけど口元にあった手も何気にはずしてて――――その時俺は両手で桐子ちゃんの肩をつかんで揺さぶってた。
「い、行くっ! じゃなく、お邪魔させてください!!」
 ついでに思いっきり頭を下げたりなんかして………なんか、すごく必死だった。
 須川に会ってなにか言おうとか、そういう具体的なことはあんまり頭になかった。
 でも善は急げとか言うし、なにより会って……直接会って、多分嫌がられるかもしんないけど謝りたくて。で、謝った後でもう一回、俺と友達になってって、そう宣言したくて。
 後から思えば絶対的におかしいし、目が腐れてるっていうか、すげえ身長違うだろとかツッコミどころ満載なんだけど――――その時は目の前の桐子ちゃんに須川が重ねて見えてしまって。両肩つかんでるあたり、見た目やたら近いし、なんとなく抱き合ってるぽくって、そういや昨日も今日もこんな感じで須川に半包囲されたんだよなとかそんなことがなぜだか思い出されて………さらにとんでもなくワケわかんないことに、なぜか俺の頬はさっき以上にめちゃくちゃに真っ赤に染まってしまっていたのだった。

     

 須川の―――桐子ちゃんの家に向かう電車に揺られながら、桐子ちゃんと話したこと。
 それはほとんど全部須川のことばっかりで、俺の当初の下心なんか一切入る余地もないぐらいだったのにやたらと楽しかった。
 曰く、中学のころの須川は教師泣かせの異名を取っていたとか。実は感激屋で感動系のドラマに弱いとことか、本気で本物のナルシストだとか、桐子ちゃんは面白おかしく話して聞かせてくれて。
 で、そんな須川がはじめて他人の話を夢中になってするから―――その対象である”俺”が、気になったってそう種明かしをした。彼女にとっては話題のひとつに過ぎないんだろうけど、ま、俺にとっては「なるほどなだから俺と話がしたいってことか」とものすごく納得してしまった。でも、心がこんなにざわめくのはそのせいじゃなくて。
 電車の中で、ちょうど空いてて隣り合う形で座って、でもすぐにたくさんの乗客が入ってきてかなり接近してしまった桐子ちゃんとの距離のせいでもなくて。
 じゃあなんなのかって聞かれても困る。
 困るんだ。
 なんか、すげえ、困ってるんだ。

     

 そのドアの前に立つのは2回目だったけど、もちろん慣れたわけもなく、前と同じ位には………つまり激しくめちゃくちゃに緊張してたりする。今回の場合、曖昧じゃない分もしかしたら緊張の度合いはデカイかもしれない。それに、わくわくとかじゃなくて、どちらかっていうとドキドキだ。桐子ちゃんに会えるかもーとか、桐子ちゃんのお部屋が見れたりしてとかいうほんのり下心じゃなく、ここに居て、で、多分怒ってて、しかも俺のほうもめちゃくちゃ罪悪感とか持ってしまってる須川に対して、開幕なんて声かけたらいいんだろうとかそういうことばかり心配してるから。頭ん中でさっきから予行練習ばっかり何度もしてる。………なのに、良さそうなアイデアなんかひとつも浮かばないし。
 まんじりともせずにドアを睨んでいる俺の耳に、桐子ちゃんのいつもよりか1オクターブ高い声が突き刺さった。
「あれー……、もしかして鷹也いない?」
 俺のほうを見て言うんだけど、、そんな戸惑った顔もまたカワイくて綺麗なんだけど、須川がいるかいないかなんて俺が知る………―――って、ええ!?
「須川いないのっ!?」
 思い悩んでた心の真底からぶわって勢いよく正気に返る。
「うーん。鍵閉まってるんだよね。鷹也、家にいるときってかぎ開けっぱなしだから、たぶんいない」
「ええええええっ!」
 じゃ、なんのためにここまで来たのかわかんないし……ってこれじゃやろうって思ってたことのまるきり逆だし………
 ………
 あれ?
 なんか頭に引っかかった。
 ううん、引っかかったんじゃない。ざっくり切り開いた感じで、その傷口から疑問がわいて出てくる。俺は自分でも気付かない内に頭に手を当てていた。
 ―――なんで須川いないんだ?
 頭に置かれていた手が、乱雑に髪の中をまさぐる。
 ―――そんなはずないよな?
 咄嗟に浮かんだのはそんな打消しの願望じみた言葉。
 だけれど、その脳内の言葉は桐子ちゃんの一声であわくも打ち崩されボロボロに飛び散った。
「あ、そういえば鷹也用事があるって言ってたような………そうそう、今日誰かと遊ぶとか言ってた」
 でも夕食のこととかなんにも言ってないからそんな遅くはならないと思うし、ケーキ食べてる内にそのうち帰ってくるよ。
 俺が青ざめたのを見てとって、すぐさま重ねて言う桐子ちゃん。でも俺の頭ん中では最初のセリフの方がズドンってでっかく居座ってて、残りのセリフは効力を発揮する以前に流れて消えて行ってた。
 用事とか、遊ぶとか。
 そんな………そんなこと、ないよな?
 心臓が痛い。痛いほど早く強く打つ鼓動。脈拍が触んなくても数えられるぐらい。
 鼓膜に残響する須川の声がリプレイして………
 ヤバイ。
 考えない方がイイ。
 ………いや、違う、そうじゃなくて、………そんなの都合よすぎる!! 俺がそんな風に自惚れんのは絶対最悪だ!
 頭を振り払った。ついでにもう一回ぐしゃぐしゃかき乱して。
 落ちつけって。須川は多分……どっか寄ってるだけで。あっさりもう少ししたら帰ってくる。で、俺を見て怒り始める須川に、俺は精一杯「ごめん」って謝って、なんかいろんな気持ちこめて謝って、そして言うんだろ。「俺と友達でいてくれ」って。全然余計なオプション関係なく、お前とつるんでいたいんだって。
 桐子ちゃんのお兄さんだからじゃなくて、お前だから、お前といたいんだって。
 そう、伝えなきゃいけないんだろ?
 俺は最後に大きく頭を振りかぶって、そしてちょっと心配げな眼差しを送る桐子ちゃんににっこり笑いかけた。
「じゃ、中で待たせてもらってイイ? 俺、須川にすげー話したいことがあるんだ」

     

 もしこんな状況じゃなかったら、これってすごいことだと思う。
 桐子ちゃんの家で桐子ちゃんの作ってくれたケーキを桐子ちゃんと一緒に食べる。
 ほんの二日前の俺なら狂喜乱舞するシチュエーションだ。
 でも、今の俺は正直それどころじゃなくて。上の空になりそうな意識をかき集めてるって感じ。でも気がついたら、どうしても視線は壁にかけられた時計に向く。
 なんだかんだで、すでに時刻は6時を回っていた。
「………遅いね」
 途切れた会話を埋めるように、桐子ちゃんが言う。
 うんって頷きながらも、俺の目は桐子ちゃんじゃなくて時計の方に向いていた。
 遅い、よな………
 いくらなんでも、部活終わってどっか寄って帰るには充分の時間はたってる。
 なのに、須川が全然帰ってくる気配なんかなくて。
 何度となく思い出すのは、須川が別れ際俺の背に叩きつけた言葉。
 ………本気じゃないよな?
 隙を突いたように涌き出てくるその疑問をどっかにやるために、俺は目の前のケーキを口ん中にかっ込んだ。これで3個目のケーキはけっこう腹に重かったけど、そのあんまり甘くない生クリームの舌触りはあくまで軽やかだった。
 呆れたような顔になって、その後で桐子ちゃんがクスクス笑った。
「鷹也も言ってたけど……でもホントに春日君ケーキ好きなんだね」
 いや……ケーキ全般じゃなく、”限定桐子ちゃんの作ったケーキ”が好きなんだけど。
 俺は詰まったのを胃に押し流すようにコーヒーを飲んだ。そういう俺の動作をダイニングテーブル越しに見やる桐子ちゃんの視線に………なんか胸がドキドキなってくる。
 だってそんな風に見られると、なんていうか……自分がガキっぽい気になるし………桐子ちゃんの視線のやり方って双子なだけにやっぱすげー須川と似た感じだし。
 ………あれ?
 がちゃがちゃ音を鳴らしてソーサーにコーヒーカップを戻す手がぎこちなくなる。
 今なんか途方もなく間違った気がする。
 でも―――もう一度、俺につられたように時計に視線をやっていた桐子ちゃんの斜め横顔を盗み見ながら確信する。
 ずっと、須川が桐子ちゃんに似てる部分とか見つけてわくわくしたりしてたけど、なんていうか、やっぱ双子なんだよな。時計を見やるきゅっと引き絞られた視線は……その目の色とかまばたく感じとか、その目にこめられた力とか雰囲気とか………すっげ、似てる。須川が似てるように、桐子ちゃんも須川に似てるんだ。
 その確信は、俺の心のどこらへんかを突き破って、で、深いところに押しこごめられてた………でも、さっきからことあるごとに噴出してしまう疑問を全部取り出してしまってた。
 一番問いたいのとは違うけど、多分、そんなに違いはないと思う。
「桐子ちゃんって頑固なほう?」
 この数時間で、一番ナチュラルに声を出せたような気がする。俺のいきなりの質問に………しかも全然ワケのわかんない質問に、桐子ちゃんは時計から視線を外して俺を見つめて、それからしばらく俺を観察するみたいにじっと視線を注いだ。
 その目がすごく強くて―――相手より先に逸らされたりは絶対しないんだろうなって印象が、ホントに双子してよく似てる。
 俺がそう思った次の瞬間に、その視線はソフトに緩められていた。
「…頑固………うーん、頑固、かな? 頑固かも、なぁ」
 苦笑に紛れて言う桐子ちゃんに、俺は慌てて言葉を変えた。
「あ、ごめん! じゃなく、なんつーか………そう! 一度言ったことって撤回しないタイプだったりする?」
 苦笑を今度は失笑みたくトーンを変える桐子ちゃん。ああああああ、相変わらず俺ってバカっぽい。
「あー…、うん、有言実行ってほどじゃないけど、頑固者だよ私」
「………じゃぁ」
 そこで一呼吸をいれる。
 心臓が、ぎゅんぎゅん痛くて。
 そういやさっきもぎゅんってなったなって思い出して、それが何も原因なんか無いのに、なぜだか理解できたりした。
 ………そっか。
 須川だ。
 あいつ、「ぜったいに、ビタ一文・猫の手ほども援助してやる気はねぇ!」とか言っておきながら、ちゃんと俺のこと桐子ちゃんに話つけてるし。ケーキおいしかったこととか言ってくれてるし。だからこうやって、もう一度、お手製のケーキにありつけたわけだし。
 なんか、すげー、ぎゅんってなる。
 普段の”俺様”な態度とのギャップに、感謝ってよりかぎゅんってなる。
 おかしいのかな?
 俺、変かな?
 いつの間にか片手が心臓近くの上着の布地をぎゅって握り締めてた。喉ぼとけを転がす呼気がアツイ。
「じゃあ、さ」
 ごくってつばを飲み込んで、自分で自分を焦らすように、間を取る。
「じゃあ、須川もそうだったりする?」
 
 答なんか聞くまでもなく。
 桐子ちゃんはひとしきり爆笑してから、鷹也と比べられたくないなーなんて茶化しながら言ってくれた。
―――鷹也のは頑固とか有言実行とか、そういうレベルじゃなくて、単なる自己中心的唯我独尊思考なだけ。自分が何か言ったら周りがあわせるって思ってるだけ、だよ。
 それは多分、生まれてから一番長く付き合ってきた桐子ちゃんが経験的に知ってる須川で、俺がたかだか1ヶ月半見知った須川とあんまり変わらない。
 でも。
 でも――――
 俺は桐子ちゃんに「ありがとう」と「ごめん」を矢継ぎ早に告げて、走り出してた。JRの駅まで駆けて、タイミング良く到着した電車に飛び乗って、空席がけっこう有ったのに扉近くの場所でじりじり待った。
 それでも疑問はある。
 否定する言葉も、そりゃもうたくさん浮かんでくる。
 なにより、自分が一番半信半疑。向かってる場所だって、ちゃんと約束してないから直感頼りだし。
 でも。
 その駅に着くと、俺は改札を抜けた途端全力疾走をはじめてた。構内で見かけた時計はすでに7時を示していて。
 焦る気持ちと、やっぱ俺の思い違いだろって否定する気持ちと、罪悪感と、そしてほんのちょっぴりの期待感がマーブル模様で心を彩ってる。
 鼓膜には、現実の喧騒ではなく――――あの時背面からかろうじて届いた、須川の一言。
 残響してる。
 ”待ってる”って。
 どこで、とか、何時まで、とか、何にも決まりはない。
 ただ、”待ってるからな!”って。
 ホントに今もまだ待っててくれてるかどうかなんか分からないんだけど。そんな期待、この俺がしたらいけないのかもしれないけど。
 校門を越えてた頃には、息がかなり上がっていた。
 立ち止まって、とりあえず部室に回ろうと思った俺の視界で第2校舎の奥からの光が漏れチラついて……なにより聴覚に………これは幻聴じゃなく、俺の人生で一番慣れ親しんだ音。
 フープに撥ねる高音。………レンジの短いそのシュートは外れてしまった。そのボールがコートに落ち、くぐもった音が連続する。その音をかいくぐる様に次に届いた音は―――たぶん、俺がどうしてもバスケを続けてしまうっていう理由。
 いくら聞いたって、その音の気持ち良さは減じたりはしない。パシュっていうボールがゴールをくぐる音。
 エアーボールの立てるその音が一番好きだ。
 俺は気がついたら、また、必死になって走ってた。
 走って、走って、第2校舎を越えて来客用の駐車場のその横にある第2体育館の扉に手をかけたとき、頭の中のヒューズがまっ切れた。
 ガラガラ横滑りさせて扉を開けたのは、だからほとんど慣性ってかんじ。
 その音でこちらにゆっくり振り返った須川が、不敵な表情でニヤって口端を片方釣り上げたのを、すげえ間抜けな面をして見つめるだけだった。
「よー」
 ボールを指の腹でくるくる回し始めた須川の格好は、別れた時と全く変わらなくて――――
 俺は。
 俺は――――


                                                       (02 12.04)
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