「激動スクエア・5」
この俺様がよくやるぜー!!!!!!!!
1週間前の俺が、今の俺を見たら笑うな。確実、腹抱えて大爆笑だろ。
なんかすっげー情けないしバカっぽいので5時すぎから己に禁止していた―――時計を確認するって行為を思わずしてしまう。
で、知りたくもないのに今が午後の7時20分とかアナログ時計が知らせてくれる。
あー、マジかよ。5時間20分も経ってるじゃん。
バカじゃん、俺。
すげえ、最悪だ。
脳みそが一生の内に、俺の場合たぶん3回とないだろう自虐モードになってしまう。そうすると、10本連続3Pのラスト1本を放った手元が完全に狂ってしまった。
短い。
そんなズレは感触だけで分かる。思ったとおり、ボールはリングに撥ねてあらぬ方へ飛んで行った。
「……くそっ」
舌打つ。
あああああああ、くそっ、くそ! くそっ!!!!!!
せっかく、ようやく、9本連続で決まったのだ。後1本入ったら、そうしたらもしかしたらアイツがくるかも知れない………なーんて、バカみたいに願掛けしてたことが、これでまたおじゃんになる。っくそ!!
俺は足元にたくさん転がしたボールのひとつを取り上げて、無心でそのボールを放った。
「ほーらな」
手から離れた瞬間に、ボールの軌跡が感じ取れる。綺麗なカーブを描いたボールは、吸い込まれるようにリングの中央をくぐった。その時発する摩擦音は、いくら聞いても聞き飽きることなんかない。
ザマみろ。この俺様が狙ってシュートして入らないフープはどこにもないんだ。
っても、これでカウントは1からのリトライなんだけど。
俺は次なるボールを一気に弾みをつけてバウンドさせ、手元に収めた。慣れた仕草で構えを取る。左手は添えるだけ。全身のバネで―――どちらかって言うと、特に足腰のバネだな。それを余計な力を加えずにストレートにボールに伝えるだけ。それだけで俺様の命令どおりにボールはかなりの確率でフープに吸いこまれる。ま、ひとつ人格というやつも作用してるのかもしれないなぁ。
そうやってシュートを放とうとした時だった。
背後の正面扉がものすごい勢いでガラガラ横滑りした。
「………けっ」
口の中だけで、ちいさく呟く。
遅えよ………
ったく、この俺に「待ってる」なんて言わせたのは史上でてめえだけなのを悟れや、コラ。
………なんてな。
そんなグチをいまさら言う俺ではない。
殊更にゆっくりと振り返ったのは、アレだな、視覚効果。思ったとおりに、ヤツは………悠太は、頭の線が5本ぐらいは切れたみたいな、ねじのユルそうな間抜けなツラで突っ立ってた。
爆笑する代わりにニヤリと笑う。
いいな。これはつかえる。悠太の「俺、めちゃくちゃに悪いコトしました」って雰囲気に、逆に心踊ってしまう。
「よー」
声をかけた途端、びくって肩をそびやかす様がまたイイ。小動物系ってのがやっぱ悠太の地なんだよな。タッパとかじゃなく、も、取り巻く雰囲気とか脳みその容量とか動作とか、やることなすこと激しく小動物系。今だって、この俺の次の挙動に内心びくびくしてることだろう。
まー、いきなり核心ついてやってもいいけど………―――
指の腹だけで回転させていたボールを、俺は悠太に向けて軽く放り投げた。反射的に悠太はそれをキャッチする。さすがはバスケやってるだけはあって、投げられたものはまず受けとめてしまうんだろう。本能ってやつだ。……っても、いきなりボールを渡されて全身で困った表情を作る悠太。俺はくいくいと指先を動かして呼び寄せた。微妙に立ち位置を指先だけで指示して、それにまた素直に従う悠太にめちゃくちゃ笑いを堪えながら俺は言った。
「よし、パスしろ」
視線を軽く下に落として3Pラインギリギリなのを確認する。それからもう一度、悠太に目で促して。
「特訓の成果を見せてやる」
我ながらすげー偉そうな態度。ま、しかし今日の俺様はマジメに偉いはずだろう。その根拠を見せてやる。
怪訝な面をしている悠太に再度パスを要求する。それに応えるように気のないパスが―――それでも精度は完璧で、呼び込まれたみたいにすぅっと俺の手の中にボールが渡った。それを、今日幾度となく繰り返した一連の流れでシュートに持っていく。力の加減も体にしみついたぐらいだ。ボールは綺麗な曲線を辿ってフープに吸い込まれた。
ほらな。どうだ、すげえだろ。しかも別にこれは運でもまぐれでもないんだなぁ。
「も1回」
息を飲み込んで俺を見つめた悠太に、努めて冷静に言いやる。悠太はハッとなりつつも手近のボールを拾うと、さっきよりも何倍も気持ちの入ったパスを繰り出した。キャッチするっていうより、手元に舞い込んできたっていう感じのボールを、全く同じ流れを踏んでシュート。見なくても感触だけで決まったことが分かる、完璧なシュート。ボールは再びフープをくぐった。
さらにもう一度、同じことを繰り返して、いかに特訓が実のあるものだったかを知らしめてやる。
まったく、この俺が、だ。
スリーポイントシュートは俺のもっとも苦手とするプレーだ。っても、天性のバスケセンスで投げりゃハンパの確率で入るもんだがな。とはいえ―――スリーポイントは精度と練習量が完璧に比例する類のシュートだ。ゆえに、俺のように天才的な男には、そんな努力をする手間が面倒で、センスオンリーで対処していたんだが………
それを、この5時間20分ずっと、ずぅぅー―――っっっと、放り投げてりゃ、そりゃ目を瞑っても入る気すらするってなもんだ。
「こころゆくまで賞賛しろ、許す」
ほれほれ、と手の先で招いてみせる。
が、悠太は俺の視線を感じてさっと顔を青ざめさせた。顔を俯く限り下げてじっと立ち尽くしてしまう。
あああああ、ったく………俺が何の為に3Pをしてみせたって思ってんだコイツ?
……ああ、もう、そんなぶるぶる震えんなよ………
俺はそこら中に転がっているボールをたくみに避けて、ほとんど直線的に悠太に向かって進んだ。軽く左肩を掴むと揺さぶる。
「褒め称えろってんだろ、春日」
いいか、俺はお前を待って、のらくらとしてたわけじゃない。きっかりはっきり苦手な3Pの特訓をしてたんだよ。だからホラ見やがれ、さすがは天才プレーヤーだけあって、わずか5時間ちょっとの”集中練習”でこうやって見事に苦手克服じゃんか。
………だからなぁ。
お前がそんな、罪悪感バリバリにへばる必要はないんだよ。お前はその単細胞で、俺を「さっすが須川、すげえなぁ!!」って尊敬しなおせばイイだけだ。複雑にイロイロ思い悩んだりしなくてイイんだよ。ってか、そんなの元々出来ない頭だろーが。
俺はもう片方の手でもって悠太の額を押しやって、強引に顔を上向かせた。
「ほら、『スゴイや須川君!!』って言ってみ」
割合猫なで声で告げる。
悠太は今にもウルっときそうなぐらい張り詰めた瞳でこちらを見上げてて……――そのあんまり健気な様に暴走して突っ走りたくなる己に活を入れて、俺はそれを冷静に受け止めてやった。悠太は一回、瞬きというにはずいぶんとスローモーな仕草を見せて、それから、眉間をきゅっと引き絞った。
「須川……俺っ………ぅっ??」
そのひどく思いつめた表情と声音に、俺は咄嗟に悠太の口を、肩を押さえていた手で塞いでいた。
だーから、
「『スゴイや須川君』、だろ?」
バーカ。らしくもなく、ぐしゃぐちゃ考え込むなっての。
俺は悠太に目でもう一回確認すると、その手を少しだけ浮かしてやった。その指の隙間から、篭ったちょっとアツめの悠太の息が零れるのを感じて、ただそんな感触だけでも気分がイイんだけどね、俺は。―――と、浮いた手の合間で悠太の必死の言葉が弾ける。
「っ…でも、俺っ!!!! お前にすげえわるっ………ぐむむぅ」
当然、そんな聞かん口を叩く口は手の平で封じてしまう。バスケットボールを片手で掴むことが出来る俺の手の平はけっこうデカイのだ。
塞がれた口の中でなんかもがもがむぐむぐ文句だか謝罪だかを言ってる悠太は知らないだろうけど。
この5時間20分って間、悠太が激しく罪悪感を持ってるほどには、俺自身さほど辛くもなかった。まぁ、ホントに3Pは苦手だったし、時間を経るごとに精度が高まっていくシュートに面白みを感じてたってのもあるが………何より、そんなコトやってる間に、頭の中で何度となくコイツを………悠太を、そりゃもう裸に剥いてみるわ、裏に表に返してみたり、喘がせてみたり、ねだらせてみたり、イロイロとまぁ酷使してみたわけだ。まさか想像の中とはいえ、己がそんな目に遭ってるって知れば、コイツも少しは罪悪感減るのかな、とも思うがさすがにそれは言いかねる。
それに、10本連続で3Pが入ったら悠太は来るっていう勝手な願掛けを意地になってやってたせいで、時間が過ぎるのはめちゃくちゃ早かったし。
だから、お前がそんな謝る必要とか全然ないんだよ。お前はこうやって、どこで待ってるとかなんにも言ってない俺の言葉を真に受けてここに来た、それだけで充分なんだっての。
俺はもう一度、ゆっくりと手を引いた。今度なんか余計なことを言い出したら、手じゃなく、口で塞いでやるって思いつつ―――半分はそっちに期待しながら。
悠太は眉間をギリギリまで引き締めてて、多分そうしてないと、緩んだ瞬間に込み上げてるのが零れるからなのかなと思うとアワレを誘われ、俺は額に押し当てていた手の親指で、ウリウリってその縦ジワをほぐしてやった。
「………すがわ」
ようやく呟いた悠太の声は、先ほどまでの必死さってのがなくなっていて、気の抜けた―――でもずっと地の声にニュアンスが近い。ニヤリと笑って、俺は先を促した。
「『スゴイや須川君!!』、だろ? ほら、言ってみ春日」
ホラホラと、急かしてみせる。悠太は少しだけ目を見張って、それから、まだ力はないけどクスクスと肩を揺らした。
「……うん、すげーよ。マジ、すげえ。須川はすげー………」
その目の端からほんのちょっとだけ窺えたのは、まあ、人間笑ったら涙腺なんかユルユルになる。そんな類だと見て見ぬフリをしてやろう。
「60点だな。須川『君』だろ?」
「バーカ。そこまで言うほどじゃねーよ」
見とけーってバカみたいに叫ぶと、悠太は駆け出し、そのルート上のボールを取り上げつつドリブルに変えて、そして先ほど俺がシュートした位置と寸分変わらぬところから流れるような動きで3Pを見事に決めた。
「どうだっ! シューティングガードのポジションは俺のもんだ!」
拳をぶんって振り上げて勝利のポーズを作る悠太。……うん、まぁ、バカはバカらしくこんな風に能天気に見当違いのことをほざいているのが自然でイイ。
「俺はフォワードだっての。てか、春日はシューティングガードの補欠だろ?
つまり元々お前のもんじゃねーだろうが」
「うっ、うっせーよ!」
とにかくお前には負けないからなぁああああああ!!!!!!!!! なんて、体育館中に響き渡るほどの大音声で宣言されて、なのに俺は逆に笑ってしまっていた。それがさらに悠太のプライドを逆なでするものだと分かっていたけど、なんか自然に声まで漏れてきて、しまいには指まで指してバカ笑いしてしまっていた。当然悠太は顔を真っ赤にさせて、「くっそー」なんて歯軋りしていたが、止まんねえ。やっぱコイツ、俺のツボなんだろうな。
悠太ががむしゃらに投げつけてくるボールをすべて片手で弾き飛ばしながら、俺は悠太に近づいた。1個1個の投げるごとに「バカ」やら「ハゲ」やら「ちくしょー」やら、壊滅的に貧弱なボキャブラリーを露呈する悠太が、すげーめちゃくちゃにカワイク見える。多分目が腐れてるんだろうな。まぁ、たで食う虫も好き好き。俺はコイツが好きなのだ。
「春日」
足元のボールをすべて投げ尽くして、お次はレーンの方に溜まったボールを取りに行こうとした悠太の片腕を掴んだ。
「今度……県予選終わったら俺に1日まるきり付き合えよ。それでチャラだ」
このぐらいの利息はつけてもイイだろう。半日の予定が、3Pの精度と悠太の1日に変動したと思えば、実はすげえ俺の丸儲けだな。チケット代もこれなら完璧な先行投資って感じだ。しかもコイツはそうは思ってなくて、いかにも「それだけでいいのか」って申し訳なさそうな表情を張りつけている。
「でも……お前、今日………俺」
またぐずぐずとなり始める悠太に、俺は先制攻撃を加えた。
「バーカ。だから今日の分をイロイロ上乗せで俺を歓待しろっての。まずはそうだなぁ。昼飯は当然お前のオゴリで、映画代もお前持ち」
「映画って………?」
「あー…、お前観たいって言ってたヤツ」
以前コイツが言ってたアクション大作のタイトルを挙げる。興行収益1位っていういつものアオリのついたハリウッドお得意系の映画。あんまり頭を使わなくて観れるが、こういうのって映画館で見ないと面白さは半減する。だからこそ、大会前のリラックスが名目のこの休みに、コイツを楽しませてやろうとわざわざチケットを取って誘ってやったのだ。すげえ優しい俺。
「でもアレ日曜で上演終わるんだよな。だから、あのチケットも紙くずだかんなー。お前観たいの考えとけよ。で、俺の分まで調達しろ」
わかったか? そう言おうとして言葉が飲み込まれた。………あああああああ、もう、だから!
その時の俺の忍耐力たるや、”動かざること山の如し”―――風林火山の最後の1節に通じるものがあった。てか、そういう風に理屈とか捩りこめないと、たぶん、容赦なくキスとかしてたかもしれない。………それぐらい悠太が頼りなげな顔を見せていて。
「―――オマエなぁ……分かってんの? 俺、マックとか断然お断りでマトモな昼飯食わせてもらうし、1日中イロイロ引き連り回すつもりだし、その間中ゆ…春日に無理難題押しつけるつもりだし、つまりオマエは今、どちらかってーと吹っかけられてるんだぞ?」
「………うん」
「じゃ、それなりの対応ってもんがあるだろうが………」
「………うん、でも俺―――須川にはなんか借りばっかりあるような気がする…から、だからそんなぐらいでチャラになるのかなーとか思う、し」
掴まれた腕に力を加えているのを感じた。それは抵抗するための力じゃなくて、なんか上手く言えないけど………その位置に、その態勢であるための力っていう感じで………俺に腕をすべて委ねてるわけじゃないっていう主張のように感じられて。
全くコイツは。
貸しとか借りとか………
今は、仕方ないのかもしれない。―――でも、俺がオマエをそういう基準では見てないってコトを気付かせないといけない。
だが、まぁ、今は………
俺は拘束を緩めると、せいぜい底意地悪く見えるように口元を釣り上げた。
その、超過した借りとやらを……その重石を取り除いてやるとするか。
「へえ、じゃぁその借りってやつを、期待通り存分に使わせてもらうとするか」
それは誰が聞いてもその後に来るセリフを予感して薄ら寒く思う言葉であったのに、悠太は形容でなく瞳をきらきらさせて、もし尻尾とか付いてたらぱたぱた振り回すぐらいに期待した眼差しを送ってくる。その目は雄弁に「俺、なんでもするする!」って語っている。俺はぺろりと下唇を舐めた。
「あ〜、じゃあ、俺着替えてくるから、その間に床磨きとボールの片付けと戸締りしとけよ。で、それが終わったら部室まで俺を迎えにこい。でもってマッサージと言いたいところだが、腹減って死にそーだから夕食に付き合うこと。まぁ、今日のところはワリカンで済ませてやる。で、鍵を部長から預かってるんだが、当然お前に”明日朝一番に部室と体育館を開ける”権利をやる。……で、あと他に―――」
俺がまだ言い募ろうとしたら、悠太は慌ててそれを遮った。
「もうイイっ! 充分だっての!!」
そりゃそうだろう。オールコートの体育館を一人で磨くだけでもすげえ重労働だ。普段なら1年全員でやっても10分かかるわけだし。その上コート中に散らばったボールに開けっ広げの窓の戸締り。………ま、ゆっくり着替えさせてもらうことにしよう。
悠太はすっかり飼い主に叱られた犬みたいにしょげてしまっていた。ぶつぶつと「マジかよ〜ひでぇ〜…お〜ぼ〜だぁあああ……」なんて呟いているのがホントカワイイもんだ。それでも、肩を落としながらも手近のボールを集め出すトコロがまたイジラシイ。
ふと、ある考えが浮かんだ。
………うん、いい機会かもしれない。
俺は今日で一番誠心誠意、心を尽くして………さり気なさを装った。
「あー、それとこれから俺、お前のこと悠太って呼ぶから」
言いながら、これ以上はないってぐらい心臓が高鳴った。それでも声音にしろ表情にしろ、さすが俺様だ。完全にさり気ないでやんの。
しかし悠太は何を思ったか、抱え込んでいたボールを4つともぼたぼたと落とした。探るような顔つきになる。
「お、お前マサカそうやってこの俺を舎弟にする気なのか………?」
は?
なに勘違いしてんだコイツ?
もちろん俺としては、思いに気付いてからの心ん中での呼称を現実にシフトさせたいだけで………
気がついたときには俺は発作的な笑いに身を任せていた。そして、笑いに紛らわせながらも、悠太には一番しっくりくる単語を示してやる。
「バーカ、俺とお前はダチだろうが……てか、お前マジおもしれー」
くくっと身を捩じらせる。あー、立ってらんねー。
と思ったそばから横から悠太にタックルされ、俺は見事に床に転がった。ちょうど片肘だけついて、上体を起き上がらせた態勢。俺の腰にタックル……か、飛びついたかした悠太も当然一緒になって転がって、結果俺の上に跨るような形になった。
マズイ。
あまりにいきなりのオイシイ態勢に理性がぶれそうになる。
今すぐ悠太の腰でも胸でも肩でもどこでもイイから掴んで押しやって、横倒しにして上下を入れ替え、で、ヤってしまおう………そういう強力な誘惑になだれ込みそうになる俺の本能で膜が掛かった視界に、ひどく真摯な悠太の顔が飛び込んできて………どうにか、全忍耐力を振り絞って暴走を回避した。
「須川、俺………俺と友達だって思ってくれてるのか?」
必死さが滲み出してくる声。
何があったかは知らないが、これはまた参る質問だな。本音を言えば、俺にとって悠太はダチのポジションにはもういない。それどころか、チームメイトとかクラスメイトとか同級生とか………もちろんただの知合いですらない。
でもそう言ったらコイツ、見事に勘違いしてくれるんだろうな。
まったく、そんな手ぬるいポジションのヤツに、この俺がここまで心を砕いたりするわけないだろ?
肘を突いたのと逆の手を伸ばして、俺は悠太の胸に軽く拳をつきたてた。
「今更だろーが」
それがどれだけ悠太にとって重要なセリフかなんか知らない。でも、悠太が欲しがる言葉なら、いくらだって言ってやる。つまりは悠太を変えていけばイイだけで、いづれその口から俺を求めさせればイイだけだ。
悠太はたぶん反射的にだろう。胸に突き立った俺の腕をぎゅって両手で握り締めた。
「須川、これからもずっと友達でいてくれるか??」
逸らすことが出来ないほどに真っ直ぐな綺麗な目で見つめられて、俺は一瞬うめいた。
そんなの絶対お断りに決まっている。当然だろ?
しかし、ここでそんなこと言ったら悠太がへこたれるのは目に見えてる。だから俺は、せいぜい爽やかくさく、「おーよ」なんて応えてやった。
っても、ここ1ヶ月で逆転ゲームに持ち込むつもりだけどなぁ。
そう改めて決意した俺は、即座に事態を把握することが出来なかった。
「俺、須川大好き! めっちゃ好き!!」
なんて言って、悠太が俺に抱きついてきたのを、実感無しに受身になってしまうという失態!
まさしく失態である。俺はそれを補うべく、早々には取り逃さないようにキツク両腕で抱き返した。ワナに自ら飛び込んできた獲物が悪いんだ。態勢的にちょっと辛かったが、どうにか悠太の耳元に口を近づけると、そっと囁く。どうせ、売り言葉に買い言葉って思われるだろうけど。
「あー、俺も好き好き。悠太のコト好き」
好きどころかもっとすげえんだけどな。
内心ニヤリと笑った俺は、突如腕の中の悠太の体温がバッと上昇したのを感じて、怪訝な表情になった。
その上、悠太の全身はアイロンで伸ばしたみたいにパリパリに固まってしまって……これ、緊張………してる、ってのか?
え?!
いつに無い手応えに、確かめるべく悠太の顔を胸から引き剥がした。すると、案の定というか、意外といえばいいのか………悠太の頬は真っ赤に染めあがっていて………
それを俺がどう解釈すればイイのか迷っている内に、悠太はガバッと立ちあがって10メートルほどもバックステップして俺から遠のいた。そして、危険領域から逃れたと安心したかは知らないが、そこから俺に向けてアワ食いだす。
しかし俺は、そんな悠太の「好きとか言うなよバカーっ!」とかいう類の抗議なんか耳に入っていなかった。てか、自分が先に言っておいてどういう了見だ?って感じだ。
いや、それよりも何よりも。
俺は、ここに来て始めて、”空白の5時間20分”の間、悠太がどこの誰と何をしていたのかに興味がわいていた。―――いや、興味がわくどころか、取っちめて吐かせたいという衝動だ。
それぐらい、悠太の変化に驚いているってコト。
どういうコトだ?
あんな、自分からべたべたしてくるタイプの人間が………追っ払っても付きまとって来るコイツが………
「………オラオラ、んなとこで文句言ってないで勝負しろやコラ」
俺はポキポキ指を鳴らしながら、悠太に向かって歩み寄っていた。
ぜってー聞き出してやるっていう、気迫が俺の全身にみなぎっていた。
悠太はぶんぶん顔を左右に振っていたが、……クク、バカだなぁ。お前のそういうのって、アオってるみたいなんだよ。誘ってるみたいなんだよ。
気付けよ。
ホント、小動物だよな、コイツって。
すげえ、手に入れたい。
俺のモンにしたい。
予感なのかわからない。しかし、悠太の紅潮したその様に、俺はめちゃくちゃに期待していたのだった。
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