「激動スクエア ・・ スクエア+αな後日談」
翌々日の月曜日の登校時のことである。
俺は靴箱入り口で、ものの見事に後ろのめりに仰け反っていた。
あの筋骨隆々な後姿………須川を上回る身の丈………短く刈った短髪にいつもの斜め掛けのバックを背負ったあの男はぁあああああああっっ!!!!
作戦とか、上手い対処とか考え出す以前の行動だった。俺は、その場で思いきりヤツの名を叫んでいた。
「た、たたたた高原っ!!………―――くん…」
一声めですでに頭を抱えそうに後悔したが、すでに呼びかけてしまった事実は消えない。だから俺は「くん」なんて語尾に付け足した上、「やあやあ元気かい?」と最上の笑顔で手を振ってみせた。
が、しかし。
それでごまかしなんて効くはずもなくて、高原は顎に手をやってこちらをギロリと睨んできた。一通り武道を修めているだけあって、それだけでやたらと威圧感がある。
それに、俺のほうにもひとかたならないぐらいの思い当たる節がどかーんとあって………
てか、すまん高原! すっかりさっぱりお前のこと忘れてた!!
イロイロ言い訳とか捻くり出すのをあっさり放棄して、俺はがばっと両手を顔の前に合わせた。ごめんね許してポーズを繰り出す。
だって、もう、ホント1日の内にイロイロありすぎて、そうすると人間いつのまにかどうでもイイコトに考えなんか回んなくなってきて………で、でもマジで断りの電話する気だったんだよ〜〜〜〜、その、桐子ちゃんからの電話がある、そのすぐ前までは!!
でもその電話が終わってからは、俺もそれなりにイロイロあって……まぁなんとなく俺自身治まって、そうしたらもう、完っ全に高原との約束なんて頭の片隅にも残ってなくて………
お、怒ってるよなぁ……俺は両手を組んだまま上目遣いで高原を見やって、その考えが寸分と違わないことを確認した。ぴくぴく眉が上下してんのが、怒りのバロメータの程度を窺わせる。
「ごごごごごごめ…んって高原ぁ〜〜!!」
「ほぉ。はぁ。へぇ………ごめんって言うからには自覚はあるわけだ」
でも一昨日も昨日も謝りの一言もないわけだ。へ〜〜、ふぅううううん。
高原の目も言葉の節々からも、「お前がどうしてもって頼むから、秘蔵ビデオを見せてやることにしたんだぞ」という怒りのオーラがにじみ出ていた。なのに肝心の俺が事前の断りも事後の陳謝も一切ナシなわけだから、怒りも心頭ってかんじだ。
それはわかる。よっくわかる。でも頼むから俺にもう一回チャンスをくれぇえええええ!!!!!!!!!
俺は高原がもうお前には絶対見せてやらねーとか最後通牒を示す前に、必死になって謝り倒すつもりだった。それぐらいの価値があるビデオだったから、俺の頭の1つや2つ……いやいや十回でも百回でも、拝み倒してやる。だから頼む〜〜〜〜〜〜!!!!!!
ぎゅっと両の手の平に力を入れて、頭は深々垂れ下げた。そのうなじに高原の視線がチリチリ痛いぜーって感じてた時だった。
後ろからふわって頭を撫でられた。ほんの一瞬のことで、でも、確かな暖かさが伝わってきて………俺は垂れ下げた首を反射的に元に返していた。その動きと連動するように、高原の叫びが起こった。
「イッてぇな須川……テメエ何しやがる!」
開けた俺の視界では、頭を押さえた高原と両手をひらひら振った須川が居た。なんか、その須川の指先とか見てる内に……ホントなんでだが………俺は後頭部を押さえていた。頬が茹だったみたいにアツイ。
俺がそんな風にワケわかんない症状に見舞わられている内に、須川と高原はいつもの口喧嘩をおっ始めた。
「正義の鉄拳だ、タコ」
傲慢な態度で須川が言いたてると、即座に高原の反論が拳とともに飛び出てくる。
「バーカ、正義は我にあり! テメエこそ呼びもしないのにしゃしゃり出んな!」
「ほおお、上等な口を叩くじゃねーか! ケチ臭い分際でなーに言ってんだが!!
器がちいせぇんだよ、タコが」
繰り出される拳をすべて避けながら、須川は「ちいせぇなぁ!」といちいち口にする。っても、空手に剣道に柔道まで有段者の高原の拳のキレが鈍いとかスイングが小ぶりなんてコトはない。全部、マジもんで必殺のパンチだ。当たったら、たぶん気絶じゃすまない。それを煽りつつもすべてギリギリでかわせてる須川がすげーってコトだ。
いつのまにか俺を置き去りにそんなコトをやりだす二人に、俺は止めに入るべきか否か、しばし悩んだ。………っても、今更俺が介入しても無駄ってか、あの争いにそもそも入りこめる余地はないってか、絶対開幕高原のパンチを受けてノックアウトされそうだし………と、うだうだわたわたしていたら、後ろから肩を掴まれ軽く体を引かれた。
「あんなのいつものことだから気が済むまでやらせておくに限るよ。二人してエネルギーだけは有り余ってる連中だからね」
余裕の笑みを浮かべながら穏やかな声音で話し掛けてきたのが、それが御崎であることなんかその頭良さそうなオーラですぐわかった。情けないけど、ビビって50センチくらい飛び退いてしまう。そうしたら、その横に桐子ちゃんが居て………ああああああ、あいからず絶対俺最悪にカッコわりーじゃんかよぉ。
桐子ちゃんはそんな俺のブザマな行動を気にすることなく、にっこり笑顔で「おはよう」って挨拶をしてくれる。
「お、おはよう桐子ちゃん………」
挨拶を返しながらも、桐子ちゃんが”気にもしてくれない”ってことにそれなりにショックを受けてしまう。でも、気にされても恥ずかしいからイヤなんだけどさ〜。ただでさえ、土曜日のコトもあって……桐子ちゃんの家から飛び出した俺は2時間後には須川に連れられて、その家に舞い戻ってきたのだ。なんだかやたらと照れくさくて、一生懸命イロイロ説明したけど、あれ説明になってたのかなぁ………俺、変なヤツだって思われてないかなぁ………
俺はぐしゃぐしゃ髪をかき乱しながら、ふと気づいて斜め隣に居た御崎を見やった。
「……あ、あと御崎も」
いきなり俺に名指しされて、御崎は怪訝な表情を作った。
「あー、御崎もおはようって……」
俺は少しだけ慌てて言葉を継ぎ足した。だってこれ以上バカだって思われたくないし。
「………おはよう春日君」
眼鏡の中央を親指で押し上げながら御崎が言う。その仕草って顔の大部分が隠れちゃうから、御崎がどんな表情をしてるかはわかんなかった。少し怖かったけど、俺なんかに話しかけられて嫌がられてないか不安だったけど、会ったら一番に言いたかったから、俺は口を開いた。ここですでに、近くに桐子ちゃんが居るとか、ちょっと遠くでは須川と高原が今だに小競り合ってるとかそういう状況がすとーんと思考から抜けてしまうのが俺の難点だ………なんてコトはいつでも後の祭で思いつくことで。今は目の前の御崎だけで手一杯。じいっとその眼鏡の奥の瞳を見つめてた。
「御崎……俺、絶対ウザくなんないように頑張るから、だから俺と友達になって!!!」
最後まで言い切る前に、なぜか俺の両手が握手してもらう形に前に突き出ていた。そんなことしたからには引っ込みがつかなくて、俺は”お願い!!”って気持ちとバカなことをしでかした居たたまれなさで限界まで俯いた。
バカバカバカっ、俺のバカ!! 御崎だって俺にこんなこと言われたって困るだけだし………って、何で、ただ俺と友達になってほしいって伝えるだけが、こんな迫ってしまう展開なるんだよー!!!!!
うううう。冷や汗出そー。引っ込みつかない両手も次第に小刻みに震える――――と、その手がさらさらした触感に包まれた。ほんのり暖かくて、それがじわって伝わってくる。
「………参ったな」
そんな声が降り注いできて………それは確かに御崎の声なのに、なんだか初めて聞いた声みたいだった。
無性に嬉しくて、俺は逆に御崎の両手を引っ掴んでぶんぶん振り回していた。
桐子ちゃんはもちろん好きだ。
でも同じくらいに須川との…たぶん友情ってヤツ……も大切で、それに気付かせてくれた御崎ももっともっと知りたい。あ、あと高原も忘れてないし。
だから、めちゃくちゃ嬉しいのは、スタートが上手く―――最高に切れたから。
これが俺の本当のスタート。なんでも体当たりで勝負だ!
俺は思うままに、ちょうど目の前にいい感じで突っ立ってた御崎にぎゅうって抱きついてた。
「御崎ーっ、好きだー―――――!!!!!!!」
登校中の生徒でごった返し始めた靴箱入り口前で、恥とか外聞とかそういう単語を思い起こす前の突発的行動だった。
その大絶叫とその後の光景に、俺は攻撃オンリーでボディーに隙だらけの高原のその腹に、渾身の一撃を叩き込んでいた。タコと遊んでやっている間に、まさか御崎が付け入ってくるとは……だ。予期しなかった攻撃に体を折る高原に容赦なく言い捨てた。
「分かったか高原。俺に刃向かおうなんて一万年早えんだよ。そのビデオテープとやらは明日必ず持って来いよ」
背に、「この卑怯者っ…」とかぐえぐえうめく高原の呪詛の声が聞こえないこともないが、一切ムシ。公衆の面前で抱きついてる二人に最速のスピードで駆け寄ると、俺は力づくで二人を引っぺがした。
一瞬思い悩んだが、このリス頭にぐたぐた言うよりも、コイツに釘を差すのが手っ取り早い。
俺は御崎の腕をがっしり捕らえると、靴箱入り口から壁際の人通りの少ない場所へと御崎を引き摺るように移動した。
「御崎、てめー悠太に何言ったんだ?」
腹の底から零れてきたような低い声。なんて言っても、コイツは悠太の変化とどうやらかなり関係あるっぽいのだ。でも、いくら問い詰めても「高原と御崎と桐子ちゃんと須川の4人にほとんど同じ時間帯に誘われて、で、俺は御崎と桐子ちゃんと会うことにしたの。俺ってそんなヤツなんだ」としか悠太は言わなかった。そんな状況になった悠太の葛藤……つーかドタバタ上手く立ちまわろうなんていう無駄な努力ぐらい、あっさり推測できる。それはまぁイイ。最終的に、”大スキ”な桐子んトコから俺に会いに走ってきたワケなんだから。俺が問い詰めたいのは、その中身の方だ。桐子は、俺がめちゃくちゃ肩入れしている悠太に興味をもったってトコで当たりだろう。問題はやはり御崎だ。
「お前は侮れないからな………」
拘束する腕に力をこめる。
「鷹也に侮られたくはないね」
痛みを覚えるほどにキツク握ったはずだが、御崎は微塵にもそれを感じさせない笑顔を見せた。
「悠太……って呼ぶのか? 随分と親しいようだな」
「うるせーよ。早く吐け」
「それは俺と春日君との間のことだろ? 彼が何も話さないんなら、俺も話すべきことはないね」
「………ちっ」
相変わらず憎たらしい口を叩く男だ。幼馴染じゃなかったら、とっくにこんな男とは縁を切ってるだろう。
とにかく出る杭でも釘でもなんでも残らず事前に叩きつぶすまで、だ。
「アレは俺のだから手を出すな」
お前でも容赦しないと視線で告げる。
そこらの男ならそのひと睨みだけで萎縮するか逃げ出すかするところだが、ガキの頃からの付き合いのコイツには痛くも痒くもなかったようだ。御崎は鼻で笑った。
「一般論だし、使い古された言い方だけど―――春日君は誰のものでもないだろう?
………それに、お前の態度から察するに、事実上、彼はまだ誰のものにもなっていないわけだしね」
さらりと鋭い指摘を入れる御崎に、俺は一層睨みを細く尖らせた。女子供には見せられないぐらい凶悪な目。しかし御崎はますます………愉悦の色さえ覗かせて微笑した。
「春日君…すごくカワイイよね」
………コイツ。
「彼の髪の毛って柔らかくて触り心地いいし」
殺されたいのか?
もしその場に桐子が来なかったら、俺の右手は御崎の喉仏を確実に仕留めていただろう。俺は握り締め過ぎて赤く痕のついた御崎の腕を強く振り払った。すっげえムカムカする。
御崎は御崎で、「何やってるの?」っていう桐子に、あのお得意の微笑みで「なんでもないよ。桐子を心配させたならごめん」なんてあっさり態度を変えてくる。…っくそが!
がしっと怒りのままに目の前の壁を蹴りつけた時だった。すれ違う一瞬の交差に、御崎が囁いた。
………………
………っっっっ!!!!!!
ざけんなクソがっ!!
ぜってぇ、ぜってーぇええええええ、俺のが先に頂くし、その先も、ずっと先も、アレは俺んのだ!
「チャンスは俺にもあるわけだ」って??
あるわけないだろ。悠太は俺の売約済みなんだっての!
眩暈を起こすほどの怒りっていうのを、俺はその時生まれてはじめて体感したのだった。
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