「後ろの正面X−エックス」 前編
お前が次に目を覚ました時、そばにいるのは俺だ。
いいか。
俺はお前のモンだけど、お前も俺のモノになる。
今からする。
今、そう決めた。
ため息じゃないけど、なんだかそういうのっぽい息がはぁ〜って出てくる。
なんていうのか……なんか、俺、思ってた以上に疲れてるのかもだ。
なんてったって、さぁ。
「―――どうしたよ?」
半歩分だけ前を歩く須川が振り返る。その半歩っていうのが、コイツとの身長差とコンパスをしっかりはっきり現してる。……わかってることだけど、やっぱりちょっと、ちくしょーだ。
「なーんでもないっての!!」
「あ?」
「うるさいうるさい、何でもないッ!」
まだ須川が何にも言ってないのに、牽制してしまうのは、今日だけでこれでもかってぐらいコンプレックスを刺激されたから。
う〜ちくしょ〜ッ。
「何でお前ってそんななんだ!!」
道端でがなってしまう。
「指示語のかかる部分がすっぱり抜けている。俺がどうなんだよ、わっかんねーなオイ」
にやにやと、今日は朝っぱらから上機嫌な須川が可笑しそうに言ってくる。それに一睨みで返して、俺はぶすっとむくれた。
そういうのがガキっぽいって、自分でもわかってるつもりなんだけど―――くっそう、須川め!
全国高校総合体育大会県予選会は、結局のところベスト8進出止まりで―――決勝リーグ目前のBブロック決勝戦で、相手の180センチ後半のツインセンターに徹底的にリバウンドを取られてしまい、もともとセンターが弱点のウチは為すすべなくやられてしまった。なんてったって、ゴールできなきゃ零れたボールは全部相手のものになってしまうのだ。後は、すばしっこい敵ガードの速攻ドリブルでたんたん点数を決められていくばかりだった。
応援なら俺だって精一杯、一生懸命、必死にやったんだけど―――苛立った須川が4ファウルで後半すぐに中途交代したあたりで攻撃のリズムも狂ってしまった。シューティングガードの品川(しながわ)先輩が3P決めたり、ポイントガードの明石川(あかしがわ)先輩が切り込んだりするのも単発で終って、ラスト5分の須川投入の甲斐なく敗退した。
センターで主将の西さんとか、パワーフォワードの竹原さんなんかはこの試合で最後、引退ってことですっげぇ悔しがってたし、俺だって初めての大会でめちゃくちゃ泣きそうになった。なのに、そんな中で須川だけが妙に浮かれてたのが、すごく目に付いた。
須川は試合している時は最高に楽しそうにしているのに、試合が終れば勝ち負け関係なく「面倒くせー。かったりー。あー風呂は入りてぇ」なんて、もったいなくも不遜極まることを言うヤツなのだ!!
なんてワガママモノだ!ちくしょう! たぶん大会もこれで終って、しばらくは練習が通常メニューに戻るワケで、そういうのなんか含めてのヘラヘラなんだろう。
でも、こんなヤツなのに、1年でレギュラー取ってるんだよなぁ、くっそう!!
俺なんかは結局、大会を通してずっとベンチウォーマーだったのにさぁ!!
しかも――――ヤツのためを思って、「フリでもイイから悔しそうにしろよ」って忠告しようとした俺の、はっきりお前がファウルしまくって負けたんだとは言わないでおいてやる俺の心優しい気遣いになんか気づきもしないで、その時、須川は俺の肩をぐいっと取って耳元で囁いたのだ。
―――約束だぞ、今度の土曜な。
って、もう、それはそれはめっちゃくちゃに悪者っぽい発音だった!!
俺だって約束のコトはきちんと覚えてたし、ちゃんと果たすつもりだったんだけど、その言葉で、もう、なんか初っ端くじけそうになったんだけど……。
で。
今日がその約束の土曜日というワケ。でもって、なんと指定されたのが朝の8時! 午後の8時の間違いでも、「ハチ」と「イチ」の音の聞き間違いでもない朝っぱらの午前8時エーエム!! はっきりいって学校よりも早起きしたのだ!!
最初その時刻を示された時は、そりゃもう相当抵抗したけど、須川の「なんか文句あるのか?」の一言で唇を噛み締めた俺の一人負け。
だって―――まぁ、基本はこんなヤツだけど、須川は時々ビックリするほどイイ奴だし。俺なんか、須川にはたくさん借りが有るワケなんだから、ちょっとやそっとのワガママならオオラカな心で叶えてやんないとダメなのだ!
友情がスタるんだ。そう心に決めて、俺は土曜の朝を3つの目覚し時計でどうにか起きられたのだった。
で、それ以来ずっー―――と、午前12時30分を回った今現在まで、街中をイロイロ様々連れ回された。
上着が見たいだの、オールホワイト系のスニーカーが欲しいだの、CD見に行くだの―――あちらこちらと回りに回って、唯一俺も楽しめたのが駅前のスポーツ用品店でバッシュを漁った時ぐらいで、後はもう、ホント須川のやりたいようにお供したってカンジ。それだけならドンと来いって気持ちだったんだけど、上着ならどんなのが好きなんだと選ばせられたり、選んだら選んだで趣味が悪いとけなされ、なぜか須川が選んだのを俺が試着したり、靴をとっかえひっかえで履き替えさせられたり、やれ喉が乾いたといったら自販に走ったりで、なんかもうくたくただった。
挙句に、ただ道を歩いてるだけだってのに妙に視線を感じて、辺りをちょこちょこ眺めてみたら、みんなが見ているのは須川だけで、俺なんかその付けたし。和食で言うなら刺身のツマで洋食で言うところのハンバーグの下に敷かれたたまねぎの炒め物みたいなもん。有ってもイイけどなくて困るって程でもない、それぐらいの扱い。それぐらいのポジションで須川とは選別されてて。
――――べっ、別に、俺もみんなに注目されたいってワケじゃないけどっ……けど、やっぱ須川って、俺とじゃ格が違うように見えるのかな〜とか……ううっと、別に、ホントに、全然ちっとも全くこれっぽっちだって気にしているワケじゃないけど、なんだ……その、ほんのちょっぴりならやるせない気持ちにもなったりもするってだけで。
……だって。
須川、だってタッパ有るし。
同じ1年なのに、レギュラーだし。
頭だって、俺を救ってくれたぐらいめちゃくちゃイイし。
……そりゃ、桐子ちゃんの双子だけあって悪くない顔してるし。
―――――。
「……はぁ〜〜〜〜〜」
なんか、めいっぱいのため息が出てくる。
初挑戦の茄子のペンネ・アラビアータも唐辛子がキきすぎで舌がしびれそうだ。俺はそろりと須川を覗き見た。
この、昼食に入った店だって、「言っておくが予告通りマック系絶対反対だからな!! 事前にイイ店調べとけよ」って須川に言われた通りに―――わざわざタウン情報誌を買って調べた、今週のオススメグルメ・隠れたパスタ専門店特集第1位の店だったりする。なのに、よりによって、選んだパスタはちょっと辛すぎるし。
かたや、当店一番のオススメと銘打たれたローマ風カルボナーラを頼んだ須川は、そりゃもうカッコよくサマになって食べてる。なんか、ただのスパゲッティが三ツ星レベル料理に飛躍した感じだ。ウェイトレスのお姉さんだって、全然減ってないのに、すでにお冷を3回も注ぎに来たのも……たぶん須川目当てなんだろう。
……、……。
なんだか、俺の中が変になってる。
おなかの辺りがアツイ。
たぶん、それはこの間からずっと続いているから、ペンネ・アラビアータの唐辛子が胃を刺激してるってワケじゃないんだろう。もちろん、今の気分に唐辛子はすごくパンチが効いてるんだけど。
でも、この俺の中でもやもやアツイのは、きっと。
この間――――
たぶん、あの、体育館で須川を見つけた―――あの日ぐらいから。
「……」
もやもやが指先にまで伝わったのか、フォークの先が皿に激突して高い音を上げた。
悪い、と謝ろうとした俺の眼の先に、カルボナーラの巻き取られたフォークが突き出される。
「え?」
そのフォークをどう解釈したらイイのか詰まった俺に、須川が一言くれる。
「食え」
「は?」
「いいから、食え」
有無を言わさずぐいぐいフォークが迫ってくるから、俺はその迫力に押されて口をぽかんと開いた。その隙間にカルボナーラが侵入してくる。口の中に、ホワイトソースのやわらかな味わいが広がる。
「うまいか?」
とりあえず咀嚼しはじめた俺に須川がすかさず聞いてくる。
覗きこむような視線とまともにかち合って、俺はうんうんと条件反射のように首を振っていた。確かにそのカルボナーラは当店自慢の一品だけあって、格別に美味しかったし、気分的にもマイルドでおなかにやさしいカンジだった。
「そうか……」
頷いた須川は、滅多に見れないぐらいの笑顔だった。ビックリしてまたもやポカンと口を開きっぱなになった俺に、その笑顔のまま告げる。
「なら交換してやるよ。お前、それが辛すぎてムズカシイ顔してたんだろ?」
ホント、バカだよな。自分が辛いの苦手かどうか考えてから注文しろよ。
なんてからかいも混じらせて、須川は俺のペンネ・アラビアータと自分のカルボナーラの皿を取り換える。
なんか……それを目で追いながら、俺は身体中の血液が瞬間沸騰したみたいに熱く滾ったような感覚に襲われていた。
なんか……。
もう、なんだか。
口を押さえる。
今更ながら、さっきのアレは傍から見たら”お口開けて、ハイ、あ〜ん”ていう構図だったんじゃないだろうか、とか……でもって口の中に残るホワイトソースのソフトな甘みだとか、その喉の奥のほうをヒリヒリさせてる唐辛子の感覚なんかが、どばーっと押し寄せてきて――――もう、なんだかワケがわかんなくなる。
唯一、判明したのは歴然とした事実の、その根拠。
熱に当てられたみたいに真っ赤な顔を両手で隠して、「うわ……マジで辛いなこれ」なんて顰め面をした須川にぼそりと言った。
「須川がモテるワケだよなぁ……」
こういうのをあっさりできるし、あっさりしてくるから……なんか、だから俺だって調子が狂っちゃうんだ。
そう。この間から。
普段は、人に対して偉そうに振舞ってばかりいるのに、ツボっぽいところでさりげなく親切されると、なんか、おなかの辺りがどくどくアツクなる。血液が温度高くなって、いやに巡りがよくなって、頬が赤くなる。なのに頭だけには血が回んなくなるのか、そんな時に限って「ど、どうも!」ってぐらいしか口が利けなくなってしまうんだ。
須川がこんなにモテルのも、こういうソツないところがあるからなんだろう。女の子はそういうところはとんでもなく鋭いから、須川のそんな面を嗅ぎ取るのかもしれない。
―――そう考えた俺に須川がくれたのは、思いっきり呆れたような眼差しだった。椅子の背にでろんと身体を寄り掛からせると、その姿勢の悪い格好のまま言った。
「バカか、お前は」
言った瞬間に、みずから「まぁ、ホントにバカだから今更か」と自分で突っ込む須川は、もう、……そりゃもう心底傲慢で偉そうな一番須川っぽく見える表情になっていた。
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