ストイック 11 - 15
(11)
到達するまで随分時間がかかったように思えたのだが、いざ終わってみると、ひどく短い時間だったように感じられた。
呆然としていると、芦原さんは僕の身体をうつぶせにした。
芦原さんを見ようと首をめぐらせた僕の耳に
「力を抜いて、アキラ…」
と、芦原さんはささやいた。
背中に芦原さんの体温を感じた。
僕の身体はぐったりとしていて、とても力なんか入らない状態だった。
それでも、芦原さんの先端を押し付けられたときには、ぴくりと身体が緊張した。
芦原さんは僕の肩を背中から抱いて、もう一度言った。
「力、抜いて…」
芦原さんは、彼の指と同じように、ゆっくりと、探るように入ってきた。
痛い、というより、苦しかった。芦原さんが侵入してくるのはわかったけれど、まるで麻酔を打たれたように、僕の下半身は中途半端に無感覚になっていた。
やがて芦原さんが腰を動かしはじめて、それは、来た。
うねるような、波にも似た感覚。
燃えるように、背中が熱くなった。
息は荒くなり、頭の中が真っ赤に染まった。
芦原さんの動きが激しくなり、僕を抱きしめる腕の力が強まった。
「ア、キラ…」
名前を呼ばれて、一瞬我に返った。
次の瞬間、僕の中で芦原さんがはてたことを知った。
芦原さんは僕を放して、猛りの去ったものを抜いた。
そしてもう一度、今度は哀しくなるくらい優しく、僕を抱きしめた。
(12)
それからというもの、芦原さんは毎日のように僕を求めてきた。
まるで箍が外れたように。
芦原さんの部屋ですることもあったし、僕の部屋ですることもあった。
芦原さんは日に日に大胆になっていったけれど、僕の部屋でするときはいつも、他に誰もいないことがわかっていても、遠慮がちだった。
そんな芦原さんを、僕はかわいいとさえ思っていた。
関係が深まるにつれ、僕はうちと外の使い分けが上手になっていったように思う。
慣れた、のかもしれない。
襟をきっちりとしめ、手合いにのぞむ自分を嘘っぽく感じていたのも最初だけで、少しすると、まったく以前と変わらぬふうに立ち振る舞うことができたし、いつの頃からか、そんな自分を冷静に見下ろしているもうひとりの自分を感じてもいた。
快楽に溺れる自分、背筋を伸ばして他者と相対している自分、そしてそんな自分を自嘲まじりに見ている自分…
ばらばらになった、それぞれの自分。
それらを感じながら、漠然と、大人になるというのそういうことなんだろうと思っていた…
そんな状態がとても危ういものであることを自覚したのはずっと後のことで、僕は自分が思っていたほど周りが見えてはいなかったし、自分が考えていたほど大人でもなかった。
さざ波さえ立てない感情を冷静であるとはき違え、感情が鈍化していたなんて少しも思わなかった。
このころほとんど進藤を会う機会がなかったのは、ある意味幸せだったのかもしれない。
彼は唯一、僕の心を乱す存在だったから…
(13)
次に彼と会ったのは、病院でだった。
会ったというより、すれ違ったと言ったほうが正しかった。
病院の廊下で、緒方さんが進藤に詰め寄っていた。
進藤は緒方さんを振り払って、走り去った。
緒方さんは進藤がsaiと知り合いだと疑っていた様子だった。
僕と一緒に父の病室に入っても、緒方さんはその話題を父に振った。
父は知らぬと言い、僕は父がそう言うならそうなのでしょう、ということを言ったように思う。
そのときの僕は、彼の話題を早く打ち切りたいだけだった。
それでも緒方さんは納得がいかない様子で、何かと彼の名前を出した。
僕が責められているわけでもないのに、いたたまれなくなって、病室を出た。
階段を降りる途中で、芦原さんに会った。
「アキラ、来てたの…」
芦原さんが言い終える前に、僕は倒れるように芦原さんの胸に身体を預けた。
「ア、アキラ…?」
「…どこか、連れてって」
僕はそう言っていた。
何処でもいい。此処ではない場所を、僕は求めていた。
父の見舞いに来たのだろうに、それでも何も言わないで、芦原さんは僕と一緒に階段を降りてくれた。
その一部始終を緒方さんに見られていたなんて、僕は思いもしなかったのだ。
(14)
芦原さんの車の中で、僕はずっと黙っていた。
芦原さんも、何も言わなかった。
海沿いの瀟洒なホテルで、車が止まった。
僕は芦原さんに肩を抱かれて、部屋に入った。
広い部屋だった。
吹き抜けになっていて、階段の上にベッドルームがあるようだった。
僕は無言のまま、シャワーを浴びた。
備え付けのバスローブを着てバスルームから出ると、ソファーに座っていた芦原さんが顔をあげた。
僕は濡れた髪のまま、芦原さんの前に立った。
「芦原さん…」
僕が呼びかけると、芦原さんは目線だけで答え、無言のまま僕の言葉を促した。
「ごめんなさい…」
僕の口をついて出た言葉に、芦原さんは笑った。
(15)
「お茶でも煎れようか?」
芦原さんの問いかけに、僕はうつむいて、首を横に振った。
「ねえ、アキラ。アキラは、そりゃ碁に関してはひたむきで、傍から見て怖いくらいだけれど…」
芦原さんは僕を覗き込むようにして言った。
「それ以外のことにはまったく執着しないというか…なんて言ったらいいんだろう…」
言葉を選ぶように、芦原さんは少し間をおいた。
「最初からあきらめているようなところがあって、かえって見ていて不安になることがあるんだ。だから、お前が我侭を言ってくれると、ほっとする」
僕は泣きそうになった。
泣き顔を見られるのがいやで、芦原さんの首に抱きついた。
芦原さんが僕の背中に手をまわし、優しく包む。
「よくこんな場所を知ってたね。意外だな」
僕は涙を押しとどめ、芦原さんの耳元でささやいた。
とたん芦原さんは僕の肩を掴んで、身体を引き離した。
「お前、そういうことを言うか?」
至近距離にある芦原さんの顔が、とまどいを隠すためにわざと怒ったふうにゆがむ。
必死にあせりを隠そうとする芦原さんが、愛しくて、哀しくて…
そのまま僕たちは、ソファーの上で身体を重ねた。
芦原さんはいつにもまして優しく、その優しさが、かえって僕を苛んだ。
(心と身体は別々なんだろうか…)
そんなことを、考えた。
いや、別々なはずがない。
もしそうなら、こんなに苦しいはずないもの…
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