羽化 11 - 15
(11)
芦原の緩やかな愛撫が、ゆっくりと少年の緊張を溶かしていく。抑えようとしても抑えきれない
吐息が、少年の口から漏れはじめた。そして熱く硬く張り詰めた芦原自身が、行き場を求めてい
きり立っている。その行き場は。
知識としては知っている。だが行為にはためらいがあった。ためらいながらも少年の脚を押し開き、
その奥の秘められた入り口を指で探る。未知の場所。指で探ろうとしたそこは固く閉じられていて
芦原の一本の指の侵入までも拒む。芦原の指から少年の身体が逃げるように動き、緊張でこわ
ばるのを感じる。芦原がその緊張をほぐすように、紅く色づいた胸の突起をもう一度口に含み、舌
先で転がすと、少年が甘い吐息を漏らす。それに乗じて芦原は少年の内部に指をもぐり込ませた。
泣き声のような、嗚咽のような声をあげて少年が身を捩る。唇と左手で上半身に優しい愛撫を施
しながら、右手でゆっくりと入り口をほぐし、慣らしていく。
少年の内部のある個所を芦原の指がかすめた時、彼が悲鳴のような声をあげた。それに気付いて
もう一度指をそこに戻すと、少年は甘い泣き声を漏らす。緩急をつけながらそこを刺激すると、もは
や少年は声を抑えきれず、芦原の指を飲み込むように腰を動かす。彼のそんな媚態に、芦原も限
界を感じつつある。指を引き抜き、そこに猛る自分自身を押し当てた。
一瞬の躊躇。
だがそれは張り詰めた欲望の前に呆気なく崩れ去る。力を込めて芦原はそれをぐっと挿入とした。
「あっ、ああ…っ!」
少年の口から懇願に近いような悲鳴が漏れる。苦しいのか、そう問おうと思ったが口にはしなかった。
苦しくないはずがない。それでも苦痛にきつく目を閉じ眉を顰めながらも、彼はそれを拒んではいな
かった。少しでもその苦痛を少なくしようと、芦原は残りの距離を一気に詰めた。ひときわ高い声が
あがった。
(12)
苦痛の涙をこぼしながらも、それに耐えている細い身体が愛おしいと思った。
こぼれる涙を吸い取るように頬に、そして目元にくちづけする。涙に濡れた黒い瞳が自分を見つめ
ていた。その瞳が何を訴えているのかわからずに、芦原は彼の真意を探るようにまた顔を近づけ
た。彼の手がそっと芦原の頬に触れ、指先で輪郭をなぞる。そうしながらも彼の目に涙がうかんで
溢れそうになる。その涙を振り切るようにきゅっと目を閉じると、彼は芦原の身体に抱きついてきた。
背に回された細い腕の精一杯の力がいじらしくて、彼を抱く腕に力を込めた
少年の中で芦原が脈打ち、質量を増す。彼の中で制御し切れない芦原の動きの一つ一つに、少年
の身体がその度に反応するのがわかる。芦原がゆっくりと動き出すと、少年は苦痛をこらえるような
うめき声を必死で噛み締める。だが自分自身を押し包み締め付ける内壁に、味わった事のない感触
に目が眩んで、芦原は少年を気遣う事を忘れそうになる。
芦原が次第に動きを激しくしていくと、少年の声に、次第に苦痛以外の甘さが混じり始め、少年の
身体がびくんと大きく跳ねた。もう一度確認するように同じ個所を狙って動くと、少年は悲鳴のような、
けれど甘い泣き声を高く上げながら、彼にしがみ付く。
再度そこを狙って抉るように腰を動かすと、少年はひときわ高い声をあげて彼を締め付けた。下腹
部が熱く濡れるのを感じ、芦原は咄嗟に少年の内部から自分自身を引き抜き、ぎりぎりで彼の外に
欲望を放出した。
大きく背を仰け反らせ、がくがくと震えながら必死で芦原にしがみ付こうとする細い身体を、芦原は
強く抱きしめた。抱きしめながらも射精の虚脱感に芦原は少年の身体の上に体重を預け、少年はそ
の重みを受け止める。芦原の手がゆっくりと彼の髪を、肩から腕を、撫でた。
(13)
乱れた髪を梳き、頬をそっと撫でながら半身を起こす。少年の目が縋るように彼を追い、手を伸ば
して芦原の腕に触れる。
けれど芦原は少年をなだめるように微笑みかけ、彼をそこに押しとどめたまま、立ち上がった。
床に落ちていたタオルを拾い上げ、少年の下腹部の、下肢の汚れを丁寧に拭ってやる。けれど彼の
手が少年の敏感な個所に触れると、少年はびくりと反応し、彼の若い性はまた昂ぶりを取り戻そうと
する。芦原はその様に半ば微苦笑しながら、きれいに拭き取った内腿に軽くくちづけした。
そんな僅かな刺激にさえも、少年は身体を震わせ、声を抑えきれない。その声に煽られて、芦原は
唇を放さずに、その脚を押し上げる。拭き取ったばかりの少年のペニスが震えながら涙をこぼしは
じめる。と同時に芦原も自分自身が勢いを取り戻しかけているのを感じる。
下半身への愛撫を手に任せ、芦原はもう一度唇と唇を、そして身体と身体を重ねようとした。
(14)
突如、柱時計が時を告げ始めた。
その音に二人ははっと目を見開いた。
静まり返った家に響く古めかしい音が、もう一度少年に触れようとしていた芦原の身体を引き離す。
時計の音がゆっくりとなり、その一つ一つの音が、芦原から熱と酔いを奪っていき、意識は現実に
引き戻される。そして最後の12番目の音が長く尾を引いて闇の中に吸い込まれていくと、室内は
空虚な静寂に包まれた。
自分を見つめたまま、少年がゆっくりと身を起こすのを、芦原はどこか冷めた頭で見ていた。
乱れて顔に張り付いた黒髪を少年は白い手で払い、頭を軽く振る。黒く濡れた瞳が、問うように、
懇願するように、彼を見つめている。彼のこんな表情を見たことがない。
「ア…キラ…」
一体、何をしていたのだろう。アキラに。
「オレは…」
「芦原…さん……」
芦原が怯んでいる事を感じたように、見つめるアキラの目に力がこもる。
「ボクは………ボクは…、」
けれど言葉を続けられずに、アキラは唇をきつく結んで、うつむいて小さく首を振る。そしてもう一
度顔を上げて芦原を見つめた。真っ直ぐな視線が痛い。けれど目をそらす事ができない。アキラ
の眼差しを受け止めきれずに芦原の視線が揺れるのを感じて、アキラは奥歯を噛み締めながら
ゆっくりと目を閉じた。そして芦原から顔を背けた。その肩が小さく震えているように見えた。揺れ
る黒髪の陰に涙が光ったように見えた。
(15)
アキラは黙ったまま床に落ちていたパジャマを拾い上げ、身につける。つられたように芦原も
そそくさとパジャマを着込んだ。芦原に背を向けて座っている背中がやけに小さく見える。なに
か言葉をかけようとして、けれども言うべき言葉が見つからない。
「アキラ……」
呼び声にアキラの肩がぴくりと震える。
「済まない、オレは…」
やっとの思いで絞りだした言葉に、アキラが振り返る。
「…済まないっ…て…、どういう、意味ですか。」
低い声で震えながらアキラが芦原の謝罪に抗議する。
「あなたには…謝らなきゃいけない事なんですか。
あなたは…ボクに、謝らなきゃいけないような事をしたとでも、言うんですか。」
アキラの手が芦原の腕を掴み、真っ直ぐに見上げながら芦原を責める。
「あなたはわかってない。ボクが…ボクが何を言ってたかさえ、あなたは聞いちゃいないんだ。」
彼の責める言葉は先程までの行為に対してではなく、芦原の怯懦への抗議だ。
けれど芦原はアキラが何を言いたいのか、何を責めているのかわからずにただ、彼を見返す
ばかりだった。
「謝るくらいなら、最初からしなきゃいい。後で謝るくらいなら…」
芦原の両腕をきつく掴んむ。けれど芦原がそれに答えられずにいると、その手を突き放して、
アキラはソファに力なく沈み込んだ。
「アキラ、オレは…」
「もう、いい。」
アキラが芦原の呼びかけを振り切るようにぽつりと言う。
「もう…いいんだ。」
芦原はかける言葉もなく、どうしていいかわからずに、泣き出したいのをこらえているような
アキラを、ただ見守っていた。
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