断点-3 14 - 15


(14)

――― 好きだよ、進藤。

突然、アキラの甘い――嘘が、ヒカルの耳によみがえってきた。

信じたりなんかしてねぇ。
あんなの、最初っからウソだってわかってた。そんな筈ないってわかってた。
それでも――ウソでも何でもよかった。
こんな風に放り出されるくらいなら、バカにされるんでも、無理矢理ヤられるんでも、痛くっても怖くっても、
まだそっちのほうがマシだ。こんなとこに一人で放っとかれる事に比べたら。

「クソッ!」
身体をうつ伏せに反転させて拳を振り下ろすが、柔らかいマットレスはその衝撃を吸収してしまう。
「畜生ッ!!」
もう一度、拳を振り下ろす。
それでも、頭の中ではアキラの言葉がぐるぐると回って耳を離れない。

…好きだよ、進藤…好きだよ、進藤…好きだよ…好きだよ…好きだよ……

「やめろッ!」
耳に残る声を打ち消すようにヒカルは叫ぶ。
「やめろ、やめろ、やめろ…」
あれはウソだ。オレをバカにするためだけの、ウソだ。そんな言葉に未練がましくしがみ付くな。
どうせなら、もっと酷い言葉を思い出せばいいんだ。そんな事言うはずないとか、殺してやりたいくらい憎い
とか、触るなとか、つきまとうなとか。
「やめろッ!塔矢!!」

…好きだよ、進藤…

「塔矢……なんで、なんでそんなにオレが嫌いなんだよ。」


(15)
嫌われてるなんて、憎まれてるなんて、あの日、塔矢にぶたれるまで気付かなかった。
いや、ずっと前、プロになる前は確かにそうだったかもしれない。
「もうキミの前には現れない」と言われ、「キミが?」と嘲られ、やっとプロ試験に合格して、やっと
並べたと思ったら思いっきり無視されて。
確かにあの頃だったら、オレは塔矢に嫌われてると思ったかも知れない。でも、オレにはそんな
事、関係なかった。そんな事関係無しにオレはオマエを追いかけた。オレなんか見ないで、ずっと
前だけを見て背中を伸ばして真っ直ぐに歩くオマエを、オレはずっと追いかけて、いつか追いつい
てやる、いつかオマエの目をオレに向けさせてやるって。

塔矢はいつだってオレの目標だった。
そしてその塔矢とやっと対局できたとき、塔矢がオレの中に佐為を見つけてくれたんだ。
オレの中の佐為に気が付いて、その上でオレを見て、オレを認めてくれた。
「キミの打つ碁がキミの全てだ。」
その言葉が、ずっとオレの支えだった。

そうだ。佐為がいなくなった時、オレは何もかも見失って、打つ意味もわからからなくて、オレなんか
いなくなってしまえばいいと思ってたのに。
でも、おまえがいたから。
佐為はいなくなってしまったけどおまえがいたから。
佐為の碁はオレの中に受け継がれていて、そしてオレの前にはずっと前を見て歩いてるおまえの
背中があったから。だから、オレはもう一度打つ決心をしたんだ。
塔矢。
おまえが、いたから。



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