断点-3 11 - 15


(11)
―――要らない。
その言葉を聞いてオレはフリーズしてしまった。
最初に塔矢にヤられた時にも言われた言葉だ。
「後悔してるよ。キミなんかに関わってしまった事を。キミに出会ってしまった事を。
キミさえ、キミさえいなけりゃボクは……」
向き直ってオレを見ている塔矢の顔が今までとは違った風に歪んでる気がした。声が震えてる気がした。
今だ。今、塔矢を掴まえなければ。
頭の中で何かが必死にそう叫んでいるのに、オレは動く事ができずにバカみたいに突っ立ったままで、
そのオレの横を塔矢は通り過ぎた。ギィーッと軋んだ音をたててドアが閉まった。


(12)
ピンク色のひらひらした飾りのついた妙に可愛らしい、無意味に広いベッドの上に一人で転がって、
ヒカルは天井を見詰める。

ラブホテルって、ヘンな所だよな。鏡張りの天井とか、ぐるぐる動くベッドとか、聞いた事はあるけど、
ここはそーゆーんじゃないっぽいな。やっぱ女の子狙いでこんなに可愛くしてんのかな。でも女の子
はこーゆーのもロマンチックで好きなのかもしんないけど、こーんなピンクのフリフリなんか、男として
は萎えそうだよな。それともヤれるんならそんなのどうでもイイのかな。
……まさかこんな形でこんなとこに来るとは思わなかったな。
信じらんねーよ。
まさかさ、塔矢と、こーんなブリブリのラブホテルなんかに来るなんてさ。
しかもオレがヤられる側だなんてさ。
ハハ、笑っちゃうよな。

オレ、何やってるんだろう。こんな所で。

――― キミさえいなけりゃ

声、震えてたような気がする。
どういうことなんだ?塔矢。
なんで…なんでおまえがそんな泣きそうな目をするんだよ、塔矢。
泣きたいのはこっちのはずなのに。
ずるいよ、塔矢。
そんな顔されたら、おまえの事、嫌いになれないじゃないか。憎めないじゃないか。
オレ、バカじゃないか。
どうかしてる。
こんなとこで、何してるんだ。


(13)
どう考えたってオレのほうが酷い目にあってるのに、なんでアイツが傷ついてるような気がするんだろう。
必死で強がってるように見えてしまうのはなんでなんだろう。
オレなんかに関わんなきゃよかった、なんて。
オレ、おまえにそんなに酷いこと、したか?
佐為のこと?
それともおまえを好きだって言った事?
おまえにキスしたいとか、触りたいとか思った事?

オレがおまえを好きだっていうのが、そんなに嫌なのか?
どうして――オレを、憎んでるなんて言うんだ?
どうして「オレさえいなきゃ」なんて、そんな事言うんだ?
そんなに、おまえにとってオレは―――いないほうがいい存在なのか?


(14)

――― 好きだよ、進藤。

突然、アキラの甘い――嘘が、ヒカルの耳によみがえってきた。

信じたりなんかしてねぇ。
あんなの、最初っからウソだってわかってた。そんな筈ないってわかってた。
それでも――ウソでも何でもよかった。
こんな風に放り出されるくらいなら、バカにされるんでも、無理矢理ヤられるんでも、痛くっても怖くっても、
まだそっちのほうがマシだ。こんなとこに一人で放っとかれる事に比べたら。

「クソッ!」
身体をうつ伏せに反転させて拳を振り下ろすが、柔らかいマットレスはその衝撃を吸収してしまう。
「畜生ッ!!」
もう一度、拳を振り下ろす。
それでも、頭の中ではアキラの言葉がぐるぐると回って耳を離れない。

…好きだよ、進藤…好きだよ、進藤…好きだよ…好きだよ…好きだよ……

「やめろッ!」
耳に残る声を打ち消すようにヒカルは叫ぶ。
「やめろ、やめろ、やめろ…」
あれはウソだ。オレをバカにするためだけの、ウソだ。そんな言葉に未練がましくしがみ付くな。
どうせなら、もっと酷い言葉を思い出せばいいんだ。そんな事言うはずないとか、殺してやりたいくらい憎い
とか、触るなとか、つきまとうなとか。
「やめろッ!塔矢!!」

…好きだよ、進藤…

「塔矢……なんで、なんでそんなにオレが嫌いなんだよ。」


(15)
嫌われてるなんて、憎まれてるなんて、あの日、塔矢にぶたれるまで気付かなかった。
いや、ずっと前、プロになる前は確かにそうだったかもしれない。
「もうキミの前には現れない」と言われ、「キミが?」と嘲られ、やっとプロ試験に合格して、やっと
並べたと思ったら思いっきり無視されて。
確かにあの頃だったら、オレは塔矢に嫌われてると思ったかも知れない。でも、オレにはそんな
事、関係なかった。そんな事関係無しにオレはオマエを追いかけた。オレなんか見ないで、ずっと
前だけを見て背中を伸ばして真っ直ぐに歩くオマエを、オレはずっと追いかけて、いつか追いつい
てやる、いつかオマエの目をオレに向けさせてやるって。

塔矢はいつだってオレの目標だった。
そしてその塔矢とやっと対局できたとき、塔矢がオレの中に佐為を見つけてくれたんだ。
オレの中の佐為に気が付いて、その上でオレを見て、オレを認めてくれた。
「キミの打つ碁がキミの全てだ。」
その言葉が、ずっとオレの支えだった。

そうだ。佐為がいなくなった時、オレは何もかも見失って、打つ意味もわからからなくて、オレなんか
いなくなってしまえばいいと思ってたのに。
でも、おまえがいたから。
佐為はいなくなってしまったけどおまえがいたから。
佐為の碁はオレの中に受け継がれていて、そしてオレの前にはずっと前を見て歩いてるおまえの
背中があったから。だから、オレはもう一度打つ決心をしたんだ。
塔矢。
おまえが、いたから。



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