羽化 15 - 16
(15)
アキラは黙ったまま床に落ちていたパジャマを拾い上げ、身につける。つられたように芦原も
そそくさとパジャマを着込んだ。芦原に背を向けて座っている背中がやけに小さく見える。なに
か言葉をかけようとして、けれども言うべき言葉が見つからない。
「アキラ……」
呼び声にアキラの肩がぴくりと震える。
「済まない、オレは…」
やっとの思いで絞りだした言葉に、アキラが振り返る。
「…済まないっ…て…、どういう、意味ですか。」
低い声で震えながらアキラが芦原の謝罪に抗議する。
「あなたには…謝らなきゃいけない事なんですか。
あなたは…ボクに、謝らなきゃいけないような事をしたとでも、言うんですか。」
アキラの手が芦原の腕を掴み、真っ直ぐに見上げながら芦原を責める。
「あなたはわかってない。ボクが…ボクが何を言ってたかさえ、あなたは聞いちゃいないんだ。」
彼の責める言葉は先程までの行為に対してではなく、芦原の怯懦への抗議だ。
けれど芦原はアキラが何を言いたいのか、何を責めているのかわからずにただ、彼を見返す
ばかりだった。
「謝るくらいなら、最初からしなきゃいい。後で謝るくらいなら…」
芦原の両腕をきつく掴んむ。けれど芦原がそれに答えられずにいると、その手を突き放して、
アキラはソファに力なく沈み込んだ。
「アキラ、オレは…」
「もう、いい。」
アキラが芦原の呼びかけを振り切るようにぽつりと言う。
「もう…いいんだ。」
芦原はかける言葉もなく、どうしていいかわからずに、泣き出したいのをこらえているような
アキラを、ただ見守っていた。
(16)
「…ごめんなさい。」
やがてアキラは小さい声で呟いた。そして顔を上げて芦原を見据えて、言った。
「どうか、もう、お休みになってください。あとはボクが片付けますから。」
そんな事はできない、そう言いたい芦原を止めるように、アキラが言う。
「客間に床を用意してありますから。」
そしてアキラは立ち上がり、芦原に背を向けたまま、テーブルの上に放置されていたグラスや
つまみの皿を片付け始めた。
後ろ髪を引かれる思いで廊下を歩く。客間の襖を開けようとした芦原はアキラの視線を感じて振り
返った。
「芦原さん、ボクは……」
廊下の向こうからアキラの小さい声がはっきりと聞こえた。
「…ずっとあなたが好きでした。
だから、今夜の事はきっとボクが望んだ事なんです。あなたのせいじゃない。
だから……もし、あなたが忘れたいのなら、忘れてください。」
信じられないような言葉に芦原が立ちすくんでいると、アキラは小さく笑ったように見えた。
「おやすみなさい、芦原さん。」
そう言ってアキラは芦原の視界から姿を消した。
暗い、誰もいない廊下を呆然として芦原は見つめていた。
体内に残っていたアルコールと疲労感が急速に芦原から意識を奪おうとする。
半ば夢見ているようにゆっくりと部屋に入り、後ろ手で襖を閉めると、芦原は用意されていた布団
に潜り込み、そのまま眠りに落ちた。
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