断点-3 2 - 3
(2)
公開対局やら指導碁やらのイベントも随分慣れてきたけど、やっぱり疲れる。
プロって手合いだけじゃなくてこういうイベントも多いんだって、最近やっと実感してきた。
でもオレはやっぱ敬語とか得意じゃないし、オジサン達相手にも、ついついフツーの喋り方をしてしまっ
たりして、棋院の人には失礼だとか言われて怒られるし、和谷には馬鹿にされるし、でも、お客さんだっ
て喜んでるんだからいいじゃねーか、と言ったら、ちっとは塔矢を見習え、なんて言われてしまった。
塔矢はこういう場にも慣れてるみたいで、いつもみたいに涼しい顔で多面打ちの指導碁をこなしていた。
そう言えば囲碁サロンでも指導碁とかしてたし、大人相手の指導とかも慣れてるんだろうな。
塔矢の指導碁は人気らしい。なんてったって「塔矢アキラ」は既に囲碁界のブランドみたいなもんだし。
強さはもちろんだけど、あのルックスも随分ものをいってるんだろうな。髪も眼も真っ黒で、すごく色白だから、
白と黒の碁石みたいだな、とかオレは思ってた。
そんなところまで塔矢は「若き日本囲碁界の象徴」そのものって感じだ。
こうやって塔矢を見ていると、忘れてしまいそうになる。
あんな事があったなんて、信じられないと思う。
他の誰に言ったって信じないと思う。
でも、あんな風に愛想よく、お人形みたいにキレイな、でもお人形みたいに冷たい笑顔をばら撒いてる
塔矢を見てたら、何だか無性に腹が立ってきた。
この大嘘つき。
いつもそうやって皆を騙くらかしてたんだよな
何が囲碁界の貴公子サマだ。
清廉潔白、汚いことなんか何も知りません、みたいな顔をして。
オレにあんなコトしたくせに。
(3)
ノックもせず、物音を立てないようにしてドアを開けたら、やはりそこに彼がいた。
「……塔矢、」
ヒカルが低い声で呼びかけると、アキラは一瞬動作をとめ、それから酷く緩慢な動作で振り返った。
「よくよく懲りない人間だな、キミも。学習能力というものがないのか。」
なんだかもう見慣れてしまったような無表情なアキラを見て、ヒカルの怒りは急速にしぼんでいった。
アキラを責めてやりたいとか、詰ってやりたいとか思っていたのは只の口実にすぎなくて、何とかして
近寄りたいと、話をしたいと思っていた事に気付いてしまった。
なんて情けないんだろう、と思いながら、それでも口を開く。
「話がしたくて……」
「ボクはキミと話すことなんてないね。」
冷たく切って捨てるアキラを上目遣いに睨みつけてヒカルは問う。
「…塔矢はオレが嫌いなのか?」
「何を今更。」
当たり前の事を聞くな、と、アキラは鼻で笑って言う。
「でもっ…」
声を詰まらせながら、それでもヒカルは必死に食い下がる。
「それでも、塔矢、オレはおまえが…」
「言うなっ!」
言い出したヒカルを、アキラが鋭い声で遮った。
「…言わせない。そんな事。許さない。」
言われたヒカルは大きく目を見開き、次いで、アキラの言葉の理不尽さに噛み付くように言った。
「…許さないって、何だよ。オレが何言うかなんて、おまえの許可なんかいらねぇよ。
おまえが許さなくたって嫌だって言ってやるよ、おまえが、」
「やめろッ!!」
「おまえが、好きだッ!!」
叩き付けるように言ったヒカルを、アキラは息を飲んで見詰める。
「よくも…よくも、そんな事を、言ったな……」
「ああ、言ったよ。言ったがどうした。
何度でも言ってやる。おまえが好きだ。
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだッ!
おまえが何て言おうと、何しようと好きだ!」
顔面を蒼白にし、怒りに拳を握り締めるアキラに向かって、ヒカルは悲痛な声で叫ぶ。
「なんで、なんでオレが好きだって言ったらおまえが怒るんだよ!?」
「なんでだって?よくもそんな事が言えたな。何も、何もわかってないくせに…!」
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