ストイック 20
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背後に気配を感じて、僕は振り返った。
すぐ後ろに、緒方さんが立っていた。
「芦原とは、いつからなんだ?」
一瞬、息が止まった。
「何の、ことですか…?」
僕はできるかぎりの平静さを取り繕った。
「キミは隠し事ができないな。すぐに顔に出る」
緒方さんは哂っていた。僕が今まで見たことのない緒方さんが、そこにいた。
「『どこか、連れてって』か…。もう少し、人目をはばかったほうがいい」
見られていたのだ、あの時、病院の階段で…
「そんなことを話しにきたんじゃありません!」
「俺は端からそのつもりだ…」
緒方さんの顔が、少しずつ近づいてきた。
僕は後ずさりをしようとして、背中が水槽にあたった。
ゆっくりと、唇が重なった。
緒方さんは僕を見ている。僕も、目を開いたままで、緒方さんを見ている。
薄く唇を重ねたまま、緒方さんは動かない。僕も、動かない。
まるでにらめっこだ、と僕は思った。
根競べのような、キス。
こちらの力量を測るような緒方さんの態度に、怒りと苛立ちが腹の底から沸いてきた。
先にしびれを切らせたのは、僕の方だった。
緒方さんが身を引いて、口元を押さえた。
僕が、緒方さんの唇を噛んだのだ。
驚いた風に目を見開く緒方さんの姿に、僕は背筋がぞくりとするような、言い知れぬ感情が走った。
上手く言葉にできない。
快楽にも似た、その感情…
もしかしたら、嗜虐、というのがそれにふさわしいのかも知れない…
そう、思った。
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