ストイック 21 - 25


(21)
緒方さんの口の端がくっと上がり、驚きの表情は不敵な笑みに変わった。
僕は緒方さんを見据えながらも、目の端で退路を探した。
緒方さんが前へ出たのと、僕が横へ駆け出したのは、ほとんど同時だったと思う。
左手首を掴まれて、僕は逃れそこなった。
振り切ろうと身体を捻らせたところに足を掛けられ、あっけないくらい簡単に、僕は転ばされた。
立ち上がろうとした僕を、緒方さんは跨ぐようにして押さえつけた。
なんとか逃れようと、もがくように手足を動かしているうちに、僕の肘が緒方さんのこめかみを打った。
その拍子に、緒方さんの眼鏡が落ちた。
眼鏡越しではない緒方さんの目を見たのは、それが初めてだった。
色素の薄い、酷薄な瞳に、僕は一瞬気をのまれた。
僕が動きを止めたその一瞬をついて、緒方さんは再び僕にキスをした。
先ほどの触れるだけのキスとはうってかわった、激しいキスだった。いや、僕が知る限り、キスなんていう生易しいものじゃなかった。
割り入ろうとする舌にさせじと歯を噛みしめていると、緒方さんは僕の顎を強く掴み、無理やり口をこじ開けた。
唇を、歯を、舌を、口腔の全てを蹂躙された。時に貪るように、時に焦らすように。
弄られながら、僕はひどく腹を立てていた。
緒方さんの理不尽な仕打ちに。
そして、こんなキスにさえ反応している僕の身体に…


(22)
こんなやり方に屈したら…
(屈したら、どうなる…?)
快楽に流されそうになる身体を、精神力で捻じ伏せた。
左手は押さえられていたので、僕は自由になる右手に渾身の力を込めて、緒方さんの身体を押しのけた。
転がるようにして緒方さんの腕から逃れ、立ち上がろうとしたとき…
膝の下で乾いた音がして、何かが壊れた。
咄嗟に目をやると、それは緒方さんの眼鏡だった。フレームがひしゃげ、レンズが外れてしまっていた。
僕たちは二人して動きをとめ、気まずい、というよりはどこか間の抜けた沈黙が室内に落ちた。
沈黙に耐えかねて、先に口を開いたのは僕の方で、また口をついて出たセリフがひどく間の抜けたものだった。
「…ごめんなさい」
そう言って顔をあげると、緒方さんと目が合った。
緒方さんは何も言わず、やがてこらえきれぬといった風に笑い出した。
喉を鳴らすように笑う緒方さんにつられて、僕も笑った。
何がおかしいのか、さっぱりわからなかったけれど…
笑いの波がひくと、緒方さんは服についた埃をはらいながら立ち上がった。壊れた眼鏡をつまみ、もう片方の手を僕に差し出した。
邪険にしては気持ちを逆撫でしてしまうだろうかとも思い、またなんとなくしらけてしまった雰囲気に、僕は不用意にも安心してしまっていた。
僕は緒方さんの手を借りて立ち上がった。緒方さんはそのまま僕を引き寄せ、あっという間に僕を肩に担ぎ上げてしまった。
「緒方さん!」
「気にするな、眼鏡ならスペアがある」
ふざけているのか真面目なのか、まったくわからない口調でそう言いながら、緒方さんは壊れた眼鏡をゴミ箱に投げ入れた。
僕を担いだまま、緒方さんはリビングの奥にあるドアに手を掛けた。
僕はそのドアの向こうに何があるかなんて知らなかったけれど、簡単に想像はついた。
それは寝室に続くドアであろう、と。


(23)
閉めきられた部屋。間接照明の、やわらかな灯り。
僕の心臓の音と、緒方さんの匂い。
僕は膝裏を抱えられたまま、ベッドに落された。
「何故、こんなことを?」
僕は仰向けに倒れたまま、緒方さんを見上げて言った。
「野暮なことを聞くな」
「ふざけないで下さい」
はぐらかそうとするる緒方さんを、僕は突っぱねた。
「嫉妬…」
「え?」
緒方さんの声がよく聞こえなくて半身を起こそうと肘をついたところに、緒方さんが覆いかぶさるように顔を寄せてきたので、僕は中途半端に身体を起こした形になってしまった。
「君を芦原にとられてしまったかと思うと、身を焼くような嫉妬に襲われてね。見境もなくこうしている…」
僕はその言葉の真意を理解し、戸惑いと驚きの目で緒方さんを見た。その時、緒方さんの目に、何か、哂うような表情が走った。
悪意と侮辱を感じた。
(緒方さんは、僕の反応を見て楽しんでいる…)
そう思った瞬間、背筋がかっと熱くなった。
僕は緒方さんの頬を打った。
記憶にある限り、はじめて人を打った。
立ち上がろうとしたところを、ベッドに引き戻された。
緒方さんは力任せに僕を押さえつけ、僕の服を剥ぎ取った。
僕は抵抗したけれど、ひとまわりも体格の違う相手に、力で勝てるわけがなかった。
すっかり息の上がってしまった僕を、緒方さんはうつ伏せに押さえつけた。そして普段の緒方さんから想像できない乱暴さで、僕の中に侵入してきた。
僕の悲鳴は、声にさえならなかった。挿入と同時に身体を引き裂かれるような激痛が走り、僕は一瞬気を失った。


(24)
後ろから顎を掴まれて、顔を上げさせられた。僕が薄っすらと目を開けるのを見とどけると、緒方さんは手を離し、腰を揺らしはじめた。
痛みと熱と屈辱で、思考は真っ赤に染まった。
苦痛のあまり、呻きが喉からこぼれた。
つながったまま、緒方さんは僕の身体を抱いた。そして、髪を、首筋を、唇で愛撫する。
先程までの乱暴さが嘘のように、緒方さんの指が僕の身体をたどりはじめた。
「あ…」
耳の下から首筋を撫でられて、僕は声を漏らしてしまった。
「ここが、いいのかい?」
そう言って、緒方さんはその箇所に舌を這わせた。
「い、や…」
身体の力が抜けてゆく。緒方さんに、すっかり身をゆだねてしまいそうになる。
「まさか君が芦原ごときを相手にするとは思わなかったよ。性処理の相手なら、もっとましなのを選べばいい」
ふいに聞こえた緒方さんの言葉に、一瞬息が詰まり、目の前が真っ暗になった。
そして再び、屈辱に対する怒りが滾った。
だが、もはや、抵抗しようにも足腰が思うように動かせず、とても抗える状態じゃなかった。
身体をよじったところを仰向けにされ、高く足を持ち上げられた。再び、緒方さんの腰が動き始めた。
僕は喘ぎを喉で殺し、目に力を込めて、緒方さんを睨んだ。
緒方さんは薄く笑って、唇を重ねてきた。
(わざと、挑発している…?)
緒方さんが、わざと僕を怒らせようとしているのではないか、という考えが浮かんだ。
だが、何のために?
脳裏に浮かぶ疑問が、緒方さんの愛撫に霧散してゆく。

僕は挿入されたまま、緒方さんの指で到達させられた。
一度到達しても、緒方さんの指は僕を弄び続けた。
もはや何も考えられず、身体と感情だけが僕を支配した。
挑発と屈辱に抵抗し、指先に翻弄されて…
幾度か果て、最後には気を失うように、眠りに落ちた。


(25)
帰宅後、僕は母の目をさけるようにして浴室に直行した。
湯船に浸かると、身体のあちこちが痛んだ。
あの後、目を覚ましたらすでに辺りは暗くなっていた。
緒方さんのマンションの寝室。室内には僕以外の人の気配はなかった。
徐々に慣れてきた目と手探りで服を探し当て、身につけた。
緒方さんは居間にいた。パソコンになにやら打ち込んでいる。
サイドテーブルには火のついた煙草と、お酒と氷が入ったタンブラー。
僕が入ってきたのはわかっているのだろうに、振り返りもしない。
まるで、何事もなかったような態度だ、と思った。
僕は逡巡し、やがて無言のまま部屋を出ようとした。
「シャワーなら出て右側だ」
緒方さんが言った。
「いえ、帰ります」
「なら送ろう」
緒方さんが立ち上がる音に、なぜだか身体がびくりとした。
「結構です!」
言い捨てて、僕は足早に緒方さんのマンションを背にした。



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