ストイック 3
(3)
その日はなんの予定もなく、僕は家で過ごしていた。
いっそ予定に追われていればあの夢のことなど思い出さずにすんだだろうに…
そんなことを考えながらも誰とも会う気がせず、部屋で本を開き、読むともなしに活字を眺めていた。
ノックの音がして、僕は顔を上げた。家には父の門下生をはじめいろいろな人が出入りしているが、僕の部屋を訪なうのはごく少数だ。
母ならばノックをしながら声をかける。ノックをして僕が出るのを待っているのは、彼しかいない。
「葦原さん」
案の定、そこに立っていたのは葦原さんだった。
「どうしたんですか。父の研究会の方はいいんですか?」
「どうしたんですかはこっちのセリフだよ。アキラが顔を出さないなんてめずらしいと思って。具合でも悪いのかい?」
そう言って葦原さんは僕の顔を覗き込んだ。
葦原さんの屈託のない目に、僕は少したじろいだ。
僕の胸の底にある彼への邪心を、葦原さんに気付かれてしまいそうな気がしたのだ。
後から思い返してみればそんなことがあるはずはなく、彼のことばかりを考えていた僕の神経は、そのとき人の視線に過敏になりすぎていたのだ。
「ちょうど出かけようと思っていたんだ」
僕は嘘をついた。
「出かけるって、どこへ?」
「その、棋院に…」
「今日は手合いはなかったよね?」
「し、調べたいことがあって、資料室に…」
次々と、僕の口から嘘がこぼれていく。自分の嘘に追い詰められて、鼓動がはやまった。
「じゃあ一緒に行くよ」
「え?」
僕は驚いて葦原さんを見上げた。
全く他意のない芦原さんの笑顔が、今の自分とひどく対照的に見えた。
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