若手棋士による塔矢アキラ研究会 3 - 4


(3)
メンバーはアキラの他はいつも決まっているのが5人。場合によって1人2人の増減はある。
それでもアキラが一番年下には違いなかったが、塔矢門下と比べて年が近くて
ある意味新鮮な検討会が出来る。
「いらっしゃい、塔矢くん、ここすぐにわかったかい?」
「はい。」
メンバーの中でも一番体が大きくて長髪の先輩棋士が玄関先で出迎えてくれて、
アキラは軽く頭を下げて中に入った。
棋士の部屋とはみな同じ様なものなのだろう。壁一面の本棚の本とパソコン関係だけのシンプルな空間。
その中央で4人で既に盤を囲んで先日のアキラと一柳の一局の検討が始まっていた。
それは自分でもさんざん緒方や芦原とやってみたものだが、部屋の入り口近くに座り
彼等が思う所の意見に暫く耳を傾けていた。
彼等もアキラに気がつくとそれぞれがニコリと笑んで頭を下げて来た。
参加したりしなかったりではなかなかそういう他所よそしさは抜けない。
「記録係やってた奴に聞いたんだけど、この一戦の時進藤君も見に来たんだって?」
長髪の男がアキラの隣に腰掛けて訊ねて来た。
「そうみたいですね。」
進藤は来るだろうと思った。自分もそうだけど、おそらく進藤とはこの先の互いの手合いを
可能な限り直接立ち会おうとすることになるだろう。
ただ、ついそっけなく答えてしまったのにはもう一つ理由がある。
一柳との対局の後、1人遅れてアキラが部屋を出て階段を下りるとヒカルが階下で待っていた。
言葉は要らなかった。どちらからともなく歩み寄るとそっと軽く唇を重ねた。


(4)
いつもならそんな不用意な場所でキスはしない。ヒカルと顔を合わせるのは
ヒカルがアキラの碁会所に出向いて打ったり検討会をする時と大手合いで
棋院会館にやって来た時くらいだった。

初めてヒカルとキスをしたのは、…キスというより、本当に軽く顔と顔が近付いて
ぶつかった程度だったが、名人戦一時予選の対局の後のエレベーターの中だった。
ヒカルとsaiの事で言い合いになって、ヒカルから「バカ」と怒鳴られてカッとなって
掴み掛かろうとし、その時ヒカルの靴の先につまずいた。
“あっ”と思った時はヒカルの瞳が目の前にあった。
顔の下半分一帯が、ヒカルの顏の下半分に重なりあっていた。
壁に手をついて、ヒカルに預けた状態だった上半身を支え治した。
「…ごめん…」
おそらく、アキラにとって耳まで顔を赤くするのは生まれて初めての経験だった。
結果的にそうなっってしまったキスという行為も。
「じ、事故だよ、うん。あんま気にすんな。」
そう笑いながらもヒカルの顏も赤くなっていたと思う。
ただそれが、あんなに頑なでお互いを厳しい目で捕らえていたものが何か少し変化した。
それまで気がつかなかった何かに気付いてしまったとも言える。
ヒカルの唇の柔らかい感触は長くアキラの同じ場所に残った。



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