若手棋士による塔矢アキラ研究会 3 - 6


(3)
メンバーはアキラの他はいつも決まっているのが5人。場合によって1人2人の増減はある。
それでもアキラが一番年下には違いなかったが、塔矢門下と比べて年が近くて
ある意味新鮮な検討会が出来る。
「いらっしゃい、塔矢くん、ここすぐにわかったかい?」
「はい。」
メンバーの中でも一番体が大きくて長髪の先輩棋士が玄関先で出迎えてくれて、
アキラは軽く頭を下げて中に入った。
棋士の部屋とはみな同じ様なものなのだろう。壁一面の本棚の本とパソコン関係だけのシンプルな空間。
その中央で4人で既に盤を囲んで先日のアキラと一柳の一局の検討が始まっていた。
それは自分でもさんざん緒方や芦原とやってみたものだが、部屋の入り口近くに座り
彼等が思う所の意見に暫く耳を傾けていた。
彼等もアキラに気がつくとそれぞれがニコリと笑んで頭を下げて来た。
参加したりしなかったりではなかなかそういう他所よそしさは抜けない。
「記録係やってた奴に聞いたんだけど、この一戦の時進藤君も見に来たんだって?」
長髪の男がアキラの隣に腰掛けて訊ねて来た。
「そうみたいですね。」
進藤は来るだろうと思った。自分もそうだけど、おそらく進藤とはこの先の互いの手合いを
可能な限り直接立ち会おうとすることになるだろう。
ただ、ついそっけなく答えてしまったのにはもう一つ理由がある。
一柳との対局の後、1人遅れてアキラが部屋を出て階段を下りるとヒカルが階下で待っていた。
言葉は要らなかった。どちらからともなく歩み寄るとそっと軽く唇を重ねた。


(4)
いつもならそんな不用意な場所でキスはしない。ヒカルと顔を合わせるのは
ヒカルがアキラの碁会所に出向いて打ったり検討会をする時と大手合いで
棋院会館にやって来た時くらいだった。

初めてヒカルとキスをしたのは、…キスというより、本当に軽く顔と顔が近付いて
ぶつかった程度だったが、名人戦一時予選の対局の後のエレベーターの中だった。
ヒカルとsaiの事で言い合いになって、ヒカルから「バカ」と怒鳴られてカッとなって
掴み掛かろうとし、その時ヒカルの靴の先につまずいた。
“あっ”と思った時はヒカルの瞳が目の前にあった。
顔の下半分一帯が、ヒカルの顏の下半分に重なりあっていた。
壁に手をついて、ヒカルに預けた状態だった上半身を支え治した。
「…ごめん…」
おそらく、アキラにとって耳まで顔を赤くするのは生まれて初めての経験だった。
結果的にそうなっってしまったキスという行為も。
「じ、事故だよ、うん。あんま気にすんな。」
そう笑いながらもヒカルの顏も赤くなっていたと思う。
ただそれが、あんなに頑なでお互いを厳しい目で捕らえていたものが何か少し変化した。
それまで気がつかなかった何かに気付いてしまったとも言える。
ヒカルの唇の柔らかい感触は長くアキラの同じ場所に残った。


(5)
その後、進藤がアキラの碁会所にやってきて対局した。
その間、お互い口元ばかりを見ていた気がする。ヒカルも同じ事を考えている様な気がした。
たまたま他の客が早く帰り、市河も席を外していて室内にヒカルと2人きりになった。
「…塔矢、あのさ…」
ヒカルが口を開いた時、アキラの胸の中でドクンと強く心臓が脈打った。
「もう一度…ていいか?」
ヒカルが席から腰を浮かせてこちらに顔を寄せて来た。アキラは盤面に視線を落としたまま
小さく頷いた。ヒカルが顔を横に傾けて唇を軽く触れさせて来た。
「へへ、」
それだけでヒカルは満足したみたいに席に坐り直した。
その後も、もう一度棋院会館の人気のない廊下の奥でキスした。今度はもう少し
長く触れ合わせた。
「…塔矢の唇って、気持ちいいなあ…。」
ヒカルはまだ「キス」という行為にあまり深い意味を感じていないようだった。
幼児が無意識に股間を手で触るように“何となく落ち着く”程度のものなのだろう。
誰かがやめろと言えばやめるだろうし、こちらが同意すれば続ける。
それで「もう一回キスしたい」という一時的な衝動が治まるのだろう。

「進藤くんと、仲いいんだ。」
長髪の男からそう問いかけられてアキラは一瞬どう答えたらいいか迷った。


(6)
その時、床に置いた自分の手の甲の上にその男の手が乗せられた。
「…?」
アキラは彼が無造作にたまたまそこに手を置いたのだと思い、何気なく手を抜こうとした。
だが、男の手はそのアキラの華奢な指を床に押さえ付けたまま動かないようにしている。
「…進藤くんって、可愛いよな。」
「…!」
男のアキラに向けられる視線が明らかにさっきまでと様子が変っていた。
アキラはその目を知っている。時折電車の車内や街角で自分に対し不作法に投げ付けられる、
雄の目。アキラの服の上からアキラの肢体を想像し空想の中で好き勝手に
嬲りものにして愉しむ男達と同質の目つきだ。
「進藤くんってさあ、いつも和谷くんと一緒にいるだろ。…あいつらデキてんのかな。」
アキラに卑猥な視線を向けながら何故かヒカルの話しをする。手を離せないのをいい事に
すぐ耳もとに顔を寄せて息を吹き掛ける。
やっとの思いで手を引き抜いたアキラは怒りを露にして立ち上がった。
「…検討会をするつもりがないのなら、帰ります。」
そのアキラの行く手を遮るように男も立ち上がると壁にアキラを囲うようにして両手をついた。
「検討会だよ。新入段者の素行に関する…ね。特に進藤くんと、彼のお相手についての…。」
アキラはその言葉に相手の男の目を睨み返した。
何か自分とヒカルの事を知っていてそういう話しをしているのだと感じた。



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