夢の魚 4
(4)
「貰うよ」
進藤が言った。その声が不思議なほど優しく聞こえて、僕は視線を戻すことができた。
進藤の瞳は、僕の視線を待っていた。
今日の空のように明るく笑っているのに、進藤の瞳だけは怖いぐらいにまっすぐだ。
まっすぐな瞳が、僕を見つめている。
「開けていい?」
傘を渡したときと同じように、進藤は一言断ってから、バリバリと包装紙を破っていく。
桐の箱が現れる。
進藤はなんだろうと小首を傾げながら、ふたを開けた。
香木が仄かに薫ゆる。
「いい匂い……」
進藤が呟いた。
いつからかは覚えていないけれど、進藤は対局の時、扇子を手にするようになっていた。
座間先生のように要の辺りを齧る癖はまだないようだけど、心無い人が座間先生の真似をしてると嘲笑っていたっけ。
『扇子持ったからって、座間先生になれるとでも思ってんのかね』
進藤が連勝を続けていることに対するやっかみなのは、誰に教えてもらうこともない。
もし、扇子を持つことで、座間先生のようになれるなら、進藤のことを笑っていた人間こそ、一日も早く扇子を持つがいいだろう。
そんなくだらないことにばかり気を回しているから、進藤に勝てないんだ。と、僕はその人物に言ってやりたかった。
勿論、僕は進藤ではないから、彼がどんな理由から扇子を常時手にするようになったかはわからない。
だが、間違いなくその理由が、座間先生にあやかろうとしてではないと、僕は断言できる。
彼が目指す高みは、誰かに成り代わることではない。
誰もまだ見ぬ地平を目指す。
それが神の一手を極めるということだ。
いつ渡せる宛てもなかったし、実際渡すかどうかも決め兼ねていたけれど、僕はお父さんのお供で行った和装小物の店で、この扇子を買った。
骨に香木を使っているが、白檀のように甘ったるい匂いじゃないところが気に入ったんだ。
楓の種類なんですよ。と、お店の人は説明してくれたが、深い森を思わせる静かな薫が慕わしくて、僕はその場で買っていた。
今日、改めて誕生日のプレゼントとして渡せることができて、少しほっとする。
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