ストイック 4
(4)
棋院の受付で資料室の閲覧を申請すると、しばらくして係員が鍵束を持って出てきた。
僕は葦原さんとここに来るまでの間、どんな話をしていたのか覚えていない。
ただ、時折葦原さんが見せる気遣いの表情を、疎ましく感じていたのは確かなことだ。
僕は棋院の職員の後をたどって、受付のある二階で上へのぼるエレベーターを待った。
葦原さんはあいかわらず、たあいのない言葉を投げてくる。葦原さんの気遣いを疎ましく思えば思うほど、僕の後ろめたさは加速度を増していった。
チン、と乾いた音を立てて、エレベーターが止まった。ゆっくりと開くエレベーターのドアからこぼれた声に、僕は思わず顔をあげた。
「でも、あの手は…」
「だから、あれは…」
そう言いかけて、声の主はこちらを見た。
彼の目をとらえて、僕の身体は硬直した。
(進藤ヒカル…)
突き上げるような熱を、背筋に感じた。
僕は彼から目をそらすことができなかった。
彼の目は一瞬僕を捕らえ、すぐに逸らされた。
進藤と一緒にいたのは、彼と一緒にプロ試験に合格した少年だった。
いつだったか、緒方さんが進藤を父の研究会に誘ったという話を聞いたが、進藤はそれを断って森下九段のもとに通うようになったという。進藤の隣で驚いた風に目を見開いているのは森下九段の門下生、そう、確か名前は和谷。
資料室の鍵を持った棋院の職員がエレベーターに乗り込んだ。
僕はできるかぎり冷静さを繕いながら、職員の後に続いた。
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