雷鳴 4 - 6


(4)
「殺風景でしょう?」
依頼主の問いに、ヒカルはかぶりを振った。
「いいえ、綺麗です。白一色で……、本当に綺麗だ」
そう応えたとき、ヒカルの脳裏に閃く記憶があった。
綺麗な白。
それは、碁石のようにも思えたし、それを摘む指先のようにも思えた。
その記憶の緒を手繰り寄せようとしたとき、それを阻むかのように、雪雲の向こうで不思議と軽い破裂音がした。
それは、運動会の朝、校庭のほうから聞こえてくる花火の音によく似ていた。
「雪起しです」
依頼主の口にする、耳馴れぬ言葉にヒカルは首を傾げた。
「ゆきおこし」
壮年の紳士は、ゆっくりと言い直してくれた。
「ユキオコシ?」
「そう、雷鳴ですよ。雪の降る前や、最中になるんです。
雪起しは大雪の知らせとよく言われてます。じき雪が降り出すでしょう。積もるかな」
依頼主は楽しそうな表情で言葉を結ぶと、ヒカルのために扉を開いた。
からりと軽い音を立てて、開いた扉の向こうには、広い三和土と磨き抜かれた廊下、そして静寂があった。
「どうぞ、こちらへ」


(5)
依頼主が促すまま、ヒカルは長い廊下を歩いていった。
廊下にまで暖房が配置されているらしく、生暖かい空気が、時折頬を掠めていく。
しかし、足元からは冷気が這い登ってくる。
東京とは質の違う寒さに、ヒカルは軽く身を震わせた。
人の気配はまったく感じられなかった。
だが、碁会は夕方からと聞いていたので、まだ時間が早いのだろうと、ヒカルは一人納得していた。
「何人ぐらい集まるんですか?」
「そう多くはないですね。気心の知れた、大切な方を数名招きました」
指導碁と一口に言っても、いろいろな方法がある。
多面打ちをするのか、一局打ってから検討をするのか、それに応じて時間の使い方も変わってくるため、まず人数を把握したいと思ったのだが、欲しい答えは貰えなかった。
重ねて聞こうとヒカルが口を開きかけたとき、その心を読んだかのように、依頼主が言葉を続ける。
「ただ、市外からいらっしゃる方は、天候次第ですね……」
ヒカルは雪起しを思った。
重く垂れ込めるような雪雲とは対照的に響いた、軽い破裂音。
あれは大雪の前兆だと、依頼主は教えてくれた。
大雪が降れば、外出は躊躇われるものだ。
ヒカルは、窓の外に目をやった。
すると、その視線を待っていたかのように、雪が一片舞い落ちる。
ヒカルはそっと苦笑を漏らすしかなかった。


(6)
別荘の内部は、複雑に入り組んでいた。
「迷路のようでしょう? ここは以前旅館だったんですよ」
二つ角を曲がったところで、依頼主はヒカルを振り返り教えてくれた。
「だから、こんなに広いんですね。なんだか……、迷子になりそうだ」
ヒカルが苦笑まじりにそう言うと、依頼主は「その心配はありませんよ」と、微かに笑った。
その言葉が疑わしく思えた頃、依頼主はようやく足を止めた。
「あちらの蔵で碁会をする予定です」
渡り廊下を前に、依頼主がそう告げる。
「この別荘で一番静かな部屋でしてね」
渡り廊下とはいっても、厚いガラスで守られたそれは、外の雪景色とは隔絶された温かい空間だった。
その突き当たりに、蔵がある。
「碁会まで時間がありますが、少しご覧になりますか?」
「そうですね、ご迷惑でなければ」
「そう言っていただけると思っていましたよ」
依頼主は、嬉しそうな声をあげ、渡り廊下を先に行く。
後に続いたヒカルは、左右に広がる白い景色に、思わず目を見開いていた。
まぶしいほど光があるわけでもなかったが、薄暗がりに慣れた目には、いささか刺激が強すぎる。
ぱちぱちと瞬きをしていると、耳障りな音があたりに響いた。
音のした方向に目をやれば、観音開きの蔵の戸が大きく開け放たれていた。



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