ストイック 5


(5)
僕は足元を見ながらエレベーターに乗り、顔を上げないまま彼に背を向けた。
息苦しかった。
音を立てるのが怖くて、口の中にたまる唾液をのみ込むことさえできなかった。
彼は僕の右側の少し後ろに立っていた。
右肩から二の腕にかけたあたりに、彼の体温を感じていた。
身体中の神経がその部分に集中してしまったような気がした。
奥歯を強く噛みしめていたせいか、それともはやまる鼓動のせいか。耳の奥に痛みを感じた。
やがて六階で彼が降りていくまで、僕は息をするのさえ忘れていた。
「けんかでもしたのかい?」
芦原さんの言葉で、僕は我にかえった。
「え?」
「進藤くんと。ふたりしてずいぶん怖い顔していたじゃないか」
「そんなこと…」
言いかけて、僕は言葉を失った。
この時になってようやく、僕は芦原さんを疎ましく感じていた理由に思い至った。
芦原さんは僕にとって一番近しい友人で、誰よりも親しく言葉を交わせる相手だ。
その芦原さんの気遣いに、応えることができないせいだ。
(芦原さんにだって、こんなこと、言えるわけない…)
そう。
こんなこと、誰にも言えやしない…



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