夏の終わり 5 - 6
(5)
「アキラさんは、好きな方、いるの?」
僕は即座に答えられなかった。
「最近……、アキラさん辺りが柔らかくなったから、もしかして恋でもしてるのかなって」
「よくわかりません」
僕はそう答えるしかなかった。
―――――塔矢も……、俺のこと好きになってよ
進藤はそう言った。
僕もはっきりとした言葉で応えたことはないが、気持は同じだ。
でも、言えない。
母のように惚気ることは、僕たちには許されていない。
「そう……、いまは碁のことで頭がいっぱい…ね。それはそれで素敵なことだと思うわ。
人生を賭けて打ちこめる何かに出会えるなんて、そうはないんですもの。
恋もね、同じ。人を好きになることもね。そうはないのよ。だから……」
「だから?」
「誰かを好きになったら、その気持を大事になさいね」
風が渡る。
梢が揺れる。
涼しげな葉擦れの音は、耳に優しい夏の歌だ。
一陣の風にやんだ蝉時雨が、すぐに息を吹き返し、夏が短いことを嘆くように、また盛大に求愛の歌を歌う。
母は、気づいているのかもしれない。
僕の気持を。進藤の気持を。僕たちの恋を。
だが、不思議と心は凪いでいた。
同性であるという一点で、誰に知られてもいけない想いだ。
だから、僕は言葉にすることを躊躇っている。
(6)
―――――――――塔矢も……、俺のこと好きになってよ
今更、そんな言葉を口にする進藤を、僕はなによりも愛しく思う。
先に君を求めたのは、僕なんだ。
それは恋ではなかったけれど、間違いなく僕が、僕の人生に、君という存在を必要としたんだ。
その事実に、なぜ君は気づかないんだろう。
もっと自惚れていいのに……。
「アキラさん」
「はい…?」
僕は少し上の空だった。だから、母の口から零れ落ちた「シンドウ」という名前に、過剰に反応していた。
「えっ!」
「いやだわ、なぜそんな大きな声を出すの? そこの進藤君の鬼灯、こっちに頂戴」
「あ、ああ。はい」
先日、進藤が母に買ってきた鬼灯は「進藤君の鬼灯」と呼ばれ、鉢物のなかでは一番大切にされていた。
「さすがに……花は終わりね」
母の白い手が、よく熟れた朱色の実を摘み取っていく。
「アキラさん、爪楊枝持ってきて」
母はよく揉んだ鬼灯の実から、爪楊枝を使って器用に種を取り除く。
「アキラさん、覚えてる? 鬼灯笛」
手渡された実を指の先で揉み解す。
「勿論、覚えてるよ」
つるつるとした皮を破らないように、気をつけて爪楊枝を使い中味を掻き出していると、きゅぷぎゅぷっという、どこか間の抜けた音が隣でする。
母が得意そうに鬼灯を鳴らしている。
僕は、なんだかおかしくてたまらなかった。
―――――ぎゅぷっぎゅぷっ
母が軽く吹き出すと、僕も釣られて笑っていた。
涼しい風のなか、母とふたり縁側に座り、鬼灯で遊んでいるのが、不思議と楽しかった。
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