断点-3 6 - 10


(6)
アキラから離れるように一歩下がって、けれどそれ以上は動かずにじっとアキラを見ているヒカルに、
アキラは苛ついたように言った。
「出ていけって言ったろう。そんなにボクを怒らせたいのか。
また痛い目にあいたくなかったらさっさとボクの前から消えろ。目障りだ。」
「なっ、なんだよ、怖くなんか、ねぇよ。」
また一歩あとずさってから、けれど自分を奮い立たせるようにヒカルは言う。
「そうだよ。怖くなんかねぇよ。
それに痛い目ってなんだよ。またオレをゴーカンでもするって言うのかよ。
そんな事したいんなら好きなようにしろよ。ヤりたいんならヤれよ。
どうせもう一回ヤられてんだから、二回だって三回だって同じだよ。
でもな、オレはおまえがどんな事したって、おまえの事、キライになんかなってやんないからな。」
勢いづいたヒカルは挑むようにアキラを見上げて続ける。
「キライになんかなってやんないからな。
何したって好きだからな。
覚えてろよ。おまえから離れてなんかやんないからな。」
ヒカルを睨みつけていたアキラの眉が不快げに強張る。
が、何かを言おうと口を開きかけたアキラは、その口を閉じ、ヒカルを睨みつけてからくるりと背を向けた。
「なんだよ、ヤらねぇのかよ。」
ヒカルを置いて出て行こうとしたアキラの背中に、ヒカルは言葉をぶつける。
「意気地なし。」
歩き出しかけていたアキラの足が一瞬止まり、けれどまた歩き始める。
それを引きとどめるようにヒカルは続ける。
「根性なし。臆病者。オレが怖いのかよ。」
ドアノブに手をかけていたアキラはゆっくりと振り返り、冷たくヒカルを一瞥する。
「よく、言ったな。」
負けじとヒカルもアキラを睨みつける。
低い、氷のような声が響いた。
「望み通り抱いてやろうじゃないか。」


(7)
「おまえさぁ、こーゆーとこ、前にも来たことあんの?」
「まさか。」
「だってさぁ、なんかすげー慣れてるみたいで……」
ヒカルの言葉に、アキラはさも不愉快そうに眉をひそめ、侮蔑するような表情でヒカルを見返した。
だって部屋に入る時だって、全然迷ったりとかしてなかった。初めて来たふうになんか見えなかった。
誰かと―――誰と、来たことがあるんだろうか。

塔矢アキラとラブホテル。あまりにも似合わない単語の取り合わせだ、とヒカルは思う。
けれどそれを言ったら、今までに知ったアキラの見た事も無い一面が、あまりにも「塔矢アキラ」らしからぬ
ものでもあったのだが。
誰かに言う気なんかこれっぽっちも無いけれど、それでももし誰かに言ってみたところで、信じる人なんか
いる筈がない、とヒカルは思った。

妙に可愛らしい少女趣味なピンクのフリルのベッドカバーが、いかにも、といった感じで居心地が悪い。
本当に、本気でする気なんだろうか。
挑発したのは自分のほうだけど、まさかこんな所にまで連れてこられるとは思わなかった。
本当に、あいつが何を考えているんだかさっぱりわからない。
これからどうしたらいいんだろう。どうするつもりなんだろう。
怖い。本当はすごく怖い。でもここまで来て今更逃げ出せるわけもないし。
「……塔矢、」
所在無さげに辺りを見回していたヒカルは助けを求めるようにアキラを見た。
ヒカルがきょろきょろとしている間に、いつの間にか華奢な籐製の椅子に腰掛けていたアキラがヒカルを
見上げていた。相変わらず冷たい視線に怖気づきそうになる。けれどここで逃げたら負けだ、と言う意識
もあって、ヒカルもきゅっと顔を引き締めた。
「塔矢、」
もう一度呼びかけると、長い脚を見せつけるように組み、身体の前で軽く指を組み合わせたアキラは、
傲岸不遜にヒカルを見上げたまま、言い放った。
「脱げよ。」


(8)
「脱げよ。ボクが好きなんだろう?ボクに抱いて欲しいんだろう?
だったらさっさと脱げよ。それとも着たままされる方が好きなのか?」
突然の言い草に大きく目を見張ってアキラを見返す。けれど変わらずに冷ややかな視線で見上げて
いるアキラに、ヒカルも覚悟を決め、ギリ、と睨み返した。

アキラを睨みながら上着を脱ぎ捨て、更にネクタイを解き、ワイシャツのボタンを一つ一つ外していく。
その様子を、アキラは無言のまま無表情に見ていた。
ヒカルはシャツを脱ぎ捨て、更にTシャツの裾を捲り上げ、頭から引き抜いて放り投げる。
ぱっと見だけは豪華そうなシャンデリアの安っぽいキラキラした光の下で、ヒカルは裸の上半身を
晒してアキラに向き合う。
が、変わらずアキラは冷ややかな視線を向けてヒカルにその先を促した。
アキラの目を見据えたまま、ヒカルはベルトに手をかけた。

最後の一枚はさすがに躊躇した。
何しろこっちはパンツ一枚になっているのに、向こうは相変わらずきっちりとスーツを着込んで、眉
一つ動かさずに自分を見ているのだ。
屈辱と羞恥と怒りとで震えそうになる身体を必死にこらえて彼を睨み付けた。
だがその視線を受けても、彼はびくともせずに変わらぬ冷ややかな視線を返した。
それでも、ここまで来て引き返すなんて出来ない。
自棄のように乱暴に下着を足から引き抜き、バシッと音を立てるほどに放り捨てて、震えをこらえる
ように両拳を握り彼の前に仁王立ちになって全てを曝け出した。


(9)
上から下へゆっくりと降りていった視線がまた上に戻り、ヒカルの目を捕らえる。
言葉もなく真っ直ぐ見る目に耐え切れずに奥歯を噛んでぎゅっと目を瞑った。
普段以上に肌の表面が敏感になっているような気がする。
空調の風が肌にあたるのがイヤな感じだ。
早く。
早く何とかして欲しい。
せめて何かひとこと言って欲しい。
塔矢。

空気が乱れたような気がして目を開けると、アキラが椅子から立ち上がり、けれどヒカルを見ては
いない事に、ヒカルは呆然とした。
「…塔矢……!」
その声が届いてもいないように、アキラはヒカルを見ないまま、その横をすり抜けようとする。
「待てよ、なんだよ、どこ行くつもりだよ。」
思わず引きとめようと伸ばした手を無言ではらわれて、ヒカルの目は大きく見開かれる。
「どういうつもりなんだよ、おまえ!」
やっと振り返ったアキラはヒカルをちらりと一瞥して言い捨てた。
「――やる気が失せた。」
「…なんだよ!?それ!!」
「いくら据え膳でもそんなんじゃ食欲がわきやしない。出直してきな。」
「な…ふざけんなよ!」
「何が?」
「何って、ここまでさせておいて、それはないだろう…!」
「キミが勝手にした事だろう。
残念ながらその気になれそうにないから失礼させてもらうよ。」
「ふざけんなよ、塔矢、いい加減にしろよ!!」
「触るなッ!」


(10)
引き止めようと咄嗟に手首を掴んだヒカルの手を、アキラは物凄い勢いで振り払った。
弾みでよろけたヒカルの裸足の足が絨毯の上で滑り、ヒカルはそのままバランスを崩して尻餅をついた。
「あ……」
アキラは自分の手首を押さえたまま、自分のしてしまった事にびっくりしたように無防備に目を見開いて、
すまなそうにヒカルを見下ろした。だが次の瞬間、元の表情に戻ってヒカルから目を逸らし、またドアに
向かおうとした。
「待てよ、塔矢ッ!!」
ヒカルは跳ね起きてアキラの前に回りこみ、ドアの前に立ちはだかる。
行く手を阻まれたアキラは眉を跳ね上げてヒカルを睨みつける。
「いい加減にしろ。ボクに構うな。つきまとうな。一体何様のつもりだ。」
「……何様のつもりって、そっくりおまえに返してやるよ。おまえこそ、何様のつもりだよ。
何考えてんだよ、一体。」
「キミはボクを好きだという。だから何だ。それがどうした。それでキミはどうしたいって言うんだ。
そんなもの、迷惑なだけだ。」
吐き捨てるように言ったアキラはヒカルから顔を背け、拳を握り締める。
「ボクに必要なのは碁だ。それだけだ。それだけで十分だ。それだけがボクの全てだ。
それ以外は要らない。何も要らない。必要ない。」



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